バイク呉服屋の忙しい日々

その他

2025年  巳年の始まりとして

2025.01 07

あけまして、おめでとうございます。この年末年始は曜日並びが良かったので、多くの方がゆっくり寛いだ時間を過ごせたのではないでしょうか。私も世間並みに8連休を頂き、6日の月曜日から営業を再開致しました。本年も、何卒よろしくお願い致します。

今年は巳年ですが、このブログを書き始めたのが2013年の同じ巳年。ですので、ちょうど干支が一周したことになります。12年が経ち、バイク呉服屋の年齢も54歳から65歳となり、目出度く高齢者の仲間入りを果たしました。自分では老いた感覚はほとんどありませんが、もしかすると、見えない所に衰えは来ているのかも知れません。けれども、「年寄襲名」にはまだ早すぎるので、出来る限り体を鍛えて、これまで通り仕事に励みつつ、ヒグマが出そうな僻遠の場所も沢山歩きたいと思っています。

さて毎年年明けの稿では、年初の雑感をとりとめなくお話していますが、今年もまた呉服屋の主として、どのような仕事になるのか、消費者の動向や業界を取り巻く環境などを交えながら、少し考えてみましょう。お正月の店先と店内の様子をご覧頂きながら、お読み頂ければ有難いです。

 

今年最初のウインド。変わり松葉模様の付下げ。狂言の丸袋帯。湯本エリ子の斬新な松デザインの染帯。この三点はこれまでにも何回か登場している品物なので、見覚えのある方もおられるはず。やはり松に因んだ品物は年始に相応しいので、正月のウインドに飾られることが多くなる。バイク呉服屋は基本的に品物を買い取っているので、売れない限り店の棚に残る。だからこうして、繰り返してブログでご紹介することにもなる。

 

この年末年始は、家内と三人の娘、そして生まれたばかりの孫が甲府の家に顔を揃え、久しぶりに賑やかな年越しとなりました。そこで、少し奮発してみんなで美味しいモノを食べようと思い、スーパーへ買い出しに行ったところ、モノの値段の高さにびっくり。イチゴが1パック1280円、ミカンが一箱5000円。食料品の値上がりは今に始まったことではありませんが、ここまで高くなると、やはり躊躇してしまいます。特に果物はいわば嗜好品の類なので、おのずと手が出し難くなりますね。

賃金は上昇しているが、昨今の物価高には追いついておらず、実質賃金はマイナスの連続。しかも賃上げしているのは大企業がほとんどで、中小には及んでいない。長く続いたデフレの時代、企業は人減らしに躍起になり、結果として低賃金の非正規雇用を増やしました。そして産業各分野においては、一部の大企業における寡占化が進んだため、賃上げの恩恵を受ける社員は労働者全体から見れば、ほんの僅か。春闘の交渉では、過去に見られない賃上げ幅を獲得したと報道されても、ほとんどの国民には他人事にしか感じられません。もちろん、零細な個人商いのバイク呉服屋では、平成不況以降、自らの給料を下げることはあっても、上げることは一度もありませんでしたので、当然現在でも、上がる物価に見合う賃金にはなっていません。

 

ここ2年ほどの間に起こった急激な物価上昇は、戦争によるエネルギー価格の高騰や円安による原料コストの上昇、それに伴う物流コストの拡大と労働者の賃金アップなど、複合的な要因によると言われています。もちろん、我々呉服屋が扱う品物も例外ではなく、このところありとあらゆるモノの価格が上がり続けています。

その理由は、生糸や綿糸を始めとする原材料の高騰や、人件費を中心とする作業賃金の上昇、あるいは伝統工芸品産地における国の補助金削減などが挙げられますが、中には原因が釈然としないまま、価格だけが上がっていくものもあります。これは、呉服業界内の川上から川下まで同様で、もし制作の現場から工賃の値上げを告げられれば、発注するメーカー問屋では、その分を卸価格に転嫁しない訳には行かなくなります。また品物を扱う小売屋でも、上がった仕入れ価格の分だけ小売価格に転嫁します。そして結局は、流通各所で上乗せされた価格が、消費者の懐を直撃することになるのです。

価格の上昇は、品物によって差がありますが、糸や生地原価が値段に直結する胴裏や八掛などの裏地類や長襦袢地で、その割合が高くなっているように思われます。そして染や織の各加工工程では、熟練した職人が少なくなっており、その方々にきちんと仕事をしてもらうためには、見合う賃金を支払うことが求められています。これまで長い間、仕事を委託するメーカー側の力が強いために、職人は低賃金での仕事をやむなく受け入れてきましたが、この先それは通用しなくなるでしょう。

 

壁側の撞木五本は、いずれもフォーマル用の袋帯。龍村が三本、川島と紫紘が一本ずつ。台の上には、図案化した松竹梅模様の小紋と唐織の袋帯。鏡の前の撞木は、唐織の名古屋帯。龍村の重厚な袋帯は価格が高いこともあり、そう簡単には売れてくれない。

 

今、店に残っている品物は、それを仕入れた時の価格を基準にして付けた札値になっており、いくら現在の卸価格が上昇していると言っても、これを変えることはほとんどありません。ですので中には、小売価格が現在の仕入れ価格とほぼ同じくらいのモノもあります。つまり手持ち在庫は、それだけ安くなっている=お買い得ということになるのですが、こうした専門店の在庫品は、価格を比較するモノがあまり流通しておらず、一般にはその値段が高いか安いか判り難くなっています。裏を返せば、これが判るお客様は、かなり品物に精通されている方と言えるでしょう。

質が担保された品物は、棚の暮らしが長くなったとしても、よほど杜撰な管理をしない限り、劣化することはありません。残っている理由は、たまたま求めるお客様に出会うことが無かっただけですので、ある日突然、あっけなく売れて行くことが多いです。私は店に残る品物について、帯〆や帯揚げ、刺繍衿などの小物類も含めて、いつ、どこから、どんな値段で仕入れているのかをほぼ記憶しています。ですので、古い品物を見初めてくれる方があれば、少々値引きをしても求めてもらいたくなります。このように、何年も価格が据え置かれたままの「専門店在庫品」には価値があり、もしそこで気に行った品物が見つかれば、それはとても良い買い物になるでしょう。

もちろん今は、WEB上に沢山の品物が溢れていて、それを様々なツールを使って検索し、すぐに求めることも出来ます。けれども、リアルな店舗で直接モノを見ることは、色や風合いを実感出来ると同時に、品物についての詳しい説明を店の主に求めることが出来ます。在庫を抱える店主は、売りたくて仕方がないので、値引きの交渉にも応じるはず。こうした、いわばお客様の「お宝探し」に付き合うことが、専門店ならではのお客さまとの向き合い方ではないでしょうか。バイク呉服屋に限らず、専門店の存在は、最初消費者の方には敷居が高く感じるかも知れませんが、良識のある店なら、きっと気持ち良く対応してくれると思います。

 

店奥の四本の撞木は、いずれも米沢・野々花工房の草木紬。原料には茜や栗、藍、ヤマモモなどを用い、鉄やアルミなどの媒染剤を仲立ちにして、各々の色を出している。こうした無地系の紬は、帯合わせによって表情が変わるので、カジュアルな装いとして使いやすい。何より草木で染めた糸で織り出した紬の表情が優しい。

 

さて在庫があればこそ、常にお客様に品物を提示することが出来るので、専門店にとって仕入れは欠かすことの出来ない仕事ですが、昨今のモノつくりの現場の状況が、それを難しくさせています。特に、複数の熟練した職人を必要とする品物では、ある工程で人がいなくなれば、即座にモノ作りはストップしてしまいますが、こうした、いわば「櫛の歯の抜けた現場」が染と織双方の産地で、本当に目立つようになりました。

ある帯メーカーでは、この一年の間に、新しく紋図を起こした「新柄」が一本も製織されず、また他の帯メーカーでは、ベテランの織職人が退職し、その技を引き継ぐ織手が育ていないがために、精緻な図案の引き箔帯をこれまでのように製織することが出来なくなりました。そして昨年の11月には、江戸友禅の最高峰・大羊居が民事再生を申請し、事実上行き詰まってしまいました。長年高島屋の上品会の中心的な役割を果たしてきた、それこそ歴史ある友禅メーカーの蹉跌は、業界に衝撃を与えました。これほど上質な仕事をする職人集団は他には無く、この先大羊居の品物がどこにも見られなくなるというのは、あまりにも残念です。どこか気概のあるメーカーや問屋が、仕事を引き継いでくれれば良いのですが。

かように、「仕入れたいが仕入れるべき品物が出てこない」という状況が、これからさらに加速することは、目に見えています。新しいモノ作りが頓挫し、良品を求めるならば、中古市場で流通する「過去の上物」しかないとなれば、専門店の存在価値はほとんど無くなってしまいます。ひたひたと迫る品物の生産危機に、どのように対処するのか。この一年は、正念場を迎えることになりそうです。

 

今日は年明けの雑感記事として、リスクを背負って仕入れた専門店の品物の在庫価値と、モノ作り現場の厳しい現状を中心に、話を進めてきました。品物の高騰と作り手の喪失、さらに加工職人の枯渇が重なり、そこに品質を理解したり、きちんと品物を継承することを望む消費者の減少が加わって、呉服に関わる環境は、いわば四面楚歌とも言える状況に陥っています。

この極めて難しい現状を回復することは、もう困難と言わざるを得ません。あとは個々の店が自らの努力で、どれくらい専門店としての矜持を持ち続けることが出来るか。それだけではないかと、私は思います。大変な時代ですが、これまで通り気負うことなく淡々と仕事を続け、今年一年、暖簾を下げ続けることが出来るように頑張ってみます。今日も、最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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