バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

バイク呉服屋への指令(9) さざ波のように、模様合わせをせよ

2024.10 06

体を伸ばしては縮め、縮めては伸ばしながら匍匐(ほふく)前進する。この姿が、指で寸法を採る姿に似ていることから、「尺取り虫」の名前が付く。このモゾモゾとまだるこしい動きをする幼虫は、やがてシャクガという蛾に成長する。

虫の名前に「尺を取る」と付けた当時は、まだ尺貫法が生きていたのだろう。計量法の制定により、長さや重さの単位を表わす尺や貫の使用が禁じられたのは、1958(昭和33)年末のことである。取引や証明でこの単位を使えば、50万円以下の罰金を取られる。私からすれば、尺を使うなと言うのは、呉服屋を辞めろと言うに等しい。

 

公の商行為で使うことを禁じられた尺だが、呉服の仕事の現場ではまだ消えていない。そして消えるどころか、私のように還暦を過ぎた者は、寸法や品物の長さを測る単位は必ず尺でなければならない。尺であれば、どのくらいの長さかすぐ類推できるが、メートルで言われると全く理解できなくなる。だから尺差しは、必需の道具である。

この尺貫法が出来た時には、尺を単位とする物差し・尺差しの製造まで禁じられていた。しかし、和裁や古い建造物を建築する際には、鯨尺や曲尺(かねじゃく)がどうしても必要であり、厳しく規制すると、良き伝統文化を継承する風土が失われるという批判が巻き起こった。そんなこともあって、1977(昭和52)年に政府は、尺とメートルの双方を表記してある物差しを使うことは合法とする判断をし、今に至っている。

 

仕事をしていて、尺差しを持たない日はほとんど無い。反物の長さを測ったり、必要な裏地を切る際には、まさに「尺取り虫」のように、尺差しを送りながら寸法を当たっている。もしかしたら、尺取り虫という名前は、呉服に関わる者が付けたのではないだろうか。使っていると、そんな気さえしてくる。

さて今日は、久しぶりにお客様から受けた「指令」の記事を書くことにするが、今までの稿では、希望する品物を探したり創ったりする過程をご紹介してきた。けれども今日は、品物の誂え方そのものに対する要望である。反物の模様あしらいを、どのように着姿の中で映し出すか。それが問われているのだ。それは、誂えを請け負うバイク呉服屋のプロデュース力と、実際に仕事を請け負う和裁士の力量が試されることになる。反物の模様とお客様の寸法を勘案しながら、理想とする模様姿に近づけなくてはならない。まさに、尺差しを自在に使い回さなければ出来ない仕事である。

 

(鰹縞 十日町橡紬 根啓織物・菱一オリジナル品 誂え姿)

一口に「反物」と言っても、長さや幅に違いがある。女性のキモノを一枚誂える時に必要な長さは、3丈3尺(約12m50cm)程度で、幅は9寸8分~1尺(37~38cm)ほど。この反物のことを「三丈モノ」と言うが、八掛が一緒に付いている品物は、その裏地分(1丈1尺ほど)だけ長く、「四丈モノ」と呼ばれる。寸法を測る尺さしの長さは、2尺(約75cm)なので、三丈モノ一反を測るためには、15.6回もの尺取りの手運動を必要とする。

キモノの誂えでは、予め模様位置が決まっている品物と、そうでないモノとに分けられる。前者は、フォーマルモノ全般で、第一礼装用の黒留袖や色留袖、振袖、訪問着など。これらは、予めキモノの形(仮絵羽と言う)になっており、着姿の中でどこにどのような模様が出てくるのか、求める方にも判りやすくなっている。もちろん、裁ち位置は一目瞭然である。

反物では付下げがそうだが、こちらは丸く巻かれているために、反物の中の模様がどこに当たるのか、お客様には判り難い。しかし、扱っている店の者や和裁士ならば、その位置取りは容易に判別できる。それでも反物を裁つ時に便利なように、各パーツの境界には、反物の耳に小さな黒いスジ(墨打ちと言う)が付けられている。この印が目安となって、反物がパーツごとに、スムーズに裁ち分けられていくことになる。

 

では、裁ち位置が決まっていない品物とは何か。それは無地モノや小紋、紬などカジュアルモノである。無地や同じ図案が連続する江戸小紋なら、全く悩む必要は無い。誂える方の寸法に応じて、品物を裁ち分けていけば良いだけ。問題になるのは、模様が不規則に散らばっている「飛び柄」や、幾何学図案がある一定の間隔で連続している品物、あるいは、不規則にスジや格子が配列されている柄等である。

このような意匠は、一定の誂え方(模様の出し方)を念頭においてあしらわれる場合と、模様の位置は誂える側がどのように考えて配置しても良い「自由な図案」とがある。模様の間隔も大きさも不規則な飛び柄小紋などは、キモノの中でどのように模様を組み立てていくのかを、店の者や誂え手に委ねていると言えよう。

そこで、今回取り上げる紬だが、本来このキモノは、ある程度誂え姿を勘案した上で制作されていたと考えられている。しかしお客様からの指令は、それとは全く異なる模様の最終形。どうしてそのような「特殊形」を望まれたのかは後述するとして、まずはどのような模様が反物の中で展開されているのか、そこから話を始めることにしよう。

 

読者の方の中には、この鰹縞の段暈し紬に見覚えのある方もおられるだろう。一度見たら忘れないほど、インパクトのある意匠。グラデーションの付いた青い横段縞とクリーム地が、一定の間隔で交互にあしらわれている。この大胆な模様姿と色目が、強い印象を残す。

この品物は、一昨年五月のコーディネート稿でも登場したほか、店内に飾ってある姿をブログの中で何度か紹介している。製織したのは、十日町の機屋・根啓織物だが、図案や配色を立案したプロデューサーは、今は無き東京の高級呉服問屋・菱一。橡紬(つるばみつむぎ)と名前が付けられた、メーカーオリジナル品である。仕入れたのは6年ほど前で、菱一が廃業した2019年の少し前だったように思う。

暈し、それも青い鰹縞の大模様なので、飾るととにかく目立つ。なので、来店されたお客様の中では、気に留められた方も何人かおられたが、全体の模様がどのように表れてくるのか、誂えてみないと判らないことや、この個性的な模様姿を着こなすには勇気が必要との声もあり、なかなか求められるまでには至らなかった。

 

けれども今年の春先、店を訪ねて来られたお客様から、求めても良いとのお話を頂いた。だがそこで、求める条件として一つの提案・指令を受けた。それが、鰹縞を横に繋げて誂えをすることである。上前身頃と衽、後身頃、両袖、衿。キモノを構成する各々のパーツで、きちんと鰹縞が横に揃うように誂える。それはまるで、最初から模様位置が決まっていた如く、着姿を形作ることである。

この紬の模様配置から考えれば、クリーム地の部分と鰹縞の部分を互い違いに組み合わせ、キモノ全体が大きな市松模様になるように誂えるのが、自然である。反物全体が、同じ間隔で模様あしらいがされているので、こうして交互に模様を合わせることは、それほど難しいことではない。おそらくこの図案を企画する段階で、大きな市松格子を着姿の中で表現することが、作り手側で予め想定されていたに違いない。

私もこの品物の模様姿を見た時、やはり交互に合わせて市松模様にするのが良いと思っていた。けれどもお客様は「大きな市松だと、キモノが体に覆いかぶさるような気がする」と話す。確かに誂えた姿は、かなり大胆になる。体格の良い方なら着映えがするだろうが、普通の方では模様が前に出過ぎてしまい、体が衣装の中に埋没する。だから、誰にでも奨められる品物ではなく、その結果として店の棚に残っていたのだ。

しかし、この個性的な鰹縞のキモノ、何とかして着てみたいとお客様は言う。その時思いついたのが、縞を横に揃える誂えである。これだと、波打ち際から見えるさざ波のような模様になり、「キモノに着られてしまう」ようなことにはならない。そして目にも鮮やかな装いの姿になることは、間違いない。もちろん、予め模様位置が決まっている訳ではないので、私と和裁士とで綿密に相談を重ねながら、何とか横繋ぎの最終形を完成させなければならない。決して上手くいくとの確証は無いが、出来る限りの努力を約束したことで、求めて頂けることになった。

では、どのようにして誂えをしていったのか、お話してみよう。

 

後身頃を写したところ。背中心の左右もピタリと合っている。

ご存じかと思うが、キモノは8枚の布で構成される。前身頃と後身頃、両袖、本衿と掛け衿、そして上前と下前の衽。もちろん、誂える方の体格が異なるので、それに合わせて、各々のパーツの寸法も変わってくる。無地や総柄の小紋であれば、寸法だけを見て裁てば良いが、この鰹縞の場合はとてもそのような訳にはいかない。

まず考えねばならないのは、この品物の主模様となっている鰹縞を、どこにどのように出していくかということ。この設計が終わらなければ、何も手が付かない。その時には、当然このお客様の寸法も勘案されなければならない。

鰹縞を拡大してみた。青みのある横縞一本の幅は約5分で、これが17本付いている。一方ベージュ部分も同様の5分幅で、11本。と言うことは、青のグラデーションが8寸5分、ベージュのグラデーションが5寸5分になり、一つの模様のサイクルは1尺4寸になる。これを大きな模様と考え、パーツごとに出す位置を考えながら、裁ちを入れることになる。

よくよく見ると、縞の中にさらに細い縞が付いている。青の色は真ん中が一番濃く、上に行くと水色となり、下に行くとベージュ色に近くなる。17段階にも区切られたグラデーションでは、やはり繊細な色の表情が表れる。微妙な細部の施しがあるからこそ、暈しが鮮やかに映るのだ。

では、長さ1尺4寸に及ぶベージュと青の暈し縞を、どのように配置すべきか。そしてどこに置けば、全体の模様をピタリと揃えることが出来るのか。反物をひっくり返しながら、様々なシュミレーションを行い、最良の模様位置を見つけなければならない。これが上手く行くか否かで、この仕事の成否は決まる。だから私と誂えを担当する和裁士は、「これでOK」と自分が納得できるまで、何回も何回も設計を試し続けなければならない。キモノ全体を一つのパターンで統一するというのは、言うは易く行い難いことである。

 

模様を前姿から写してみた。上前・下前の身頃・衽共に、ピタリと横に揃っている。

お客様の当初の希望は、鰹縞を裾先に置くことだったので、まずはこれを基準にして全体の模様設計をしてみたのだが、何度となくシュミレーションを繰り返しても、全くうまく行かない。身頃の上部・肩と袖の繋がり、あるいは衿と関わるところで、模様が揃わない。そこで、裾に鰹縞を出さず、少し上がったところに青みの中心を置いたらどうなるか、試してみた。

すると、裾から4寸上がったところに、鰹縞の先端を置くと、スムーズに暈しが横に繋がり、なおかつ全体の色のバランスも良くなることが判った。これだと、着姿の中心である上前身頃に、鰹縞の中心が来るので、さざ波のような表情になる。そこでお客様に、裾先を青からベージュに変更すると模様が上手く繋がることをお伝えし、納得して頂けたところで、仕事を進めることにした。

 

左前袖と肩付け、みやつ口を写してみた。肩と袖も全ての縞が繋がっている。

袖の模様は、前姿から見て一番自然に暈しが表れる位置を考える。袖の寸法は1尺3寸なので、8寸5分の鰹縞を、上から1寸5分・下から3寸の範囲に収まるようにしてみた。こうすると、肩側の模様も合わせやすくなる。袖の鰹縞が下に行き過ぎると、揃えることが難しくなる。

掛け衿と身頃胸部分の縞も、ほぼ横に一致している。

掛け衿の長さは2尺6寸程度だが、8寸5分の鰹縞は、着姿の中で目立つ上前衿の中心部に配置する。この縞の位置を決めてから、横の身頃の縞を合わせていく。これでキモノ上部は、衿から胸、肩、袖まで一体となって、暈し縞が横に繋がることになる。帯の下から裾までと、帯の上から衿まで、この双方が同様の模様姿になっていなければ、非常にバランスの悪いキモノ姿になってしまう。なので下は模様が合っているのに、上は合っていないというのは、許されない。

前身頃と衿先を写したところ。帯の中に入るところでも、模様は繋がっている。

掛け衿と胸も連動しているが、本衿の衿先と上前衽・身頃もきちんと縞が揃っている。この位置の縞は、多くが帯の中に入ってしまうと思われるが、それでもこうしてきちんと模様が合っていれば、着姿から少し覗いたとしても、安心できる。着姿になっても、畳の上に置いてみても、全ての箇所で模様が揃っている姿は、やはり美しい。

 

と言うことで、「キモノの中で、鰹縞を全てつなげて、さざ波のような着姿に誂える」というミッションを何とか達成することが出来た。これは、ほとんどが誂えを担当した和裁士の智恵と努力によるもの。バイク呉服屋はただ、「そこのところを、もう少し何とかすっきりと繋げて」などと、お願いし続けていただけである。

「言うは易く、行い難し」と先述したが、こうしてお客様の要望を受けても、それを実現できる力が職人に備わっていなければ、品物として完成せず、満足して頂くことが出来ない。それは裏返せば、私が職人の仕事力を認識している証であり、必ず上手く出来ると信じているからだ。「誂える」とは、自分の思い通りに作らせること。それが如何に難しいことであるかが、このような仕事を請け負うとよく判る。そして職人さんが如何に大切な存在なのかをも、再認識させられる。

 

この誂えを担当した和裁士の小松さんは、難しい模様合わせの品物やクセのある飛び柄小紋などを縫い上げた時、「もっと良い模様配置があったのではないか」と、いつも思うそうです。誂えを依頼される店の者や縫い手次第で、装いの姿が変わる。その最良の模様姿は何か、そこに確固とした答えはありません。けれども、理想の誂えを実現しようとする探求心を持つ職人ならば、安心して仕事を任せられます。

良い誂え、そして良い手直しを行うためには、店の者と職人は密接に繋がり、互いに信頼し合う関係になっていなければなりません。お客様と店、店と職人。この三者が今日の鰹縞のように、横でしっかり繋がり、連携していることが、何より大切になります。今日も、長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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