バイク呉服屋の忙しい日々

にっぽんの色と文様

風立ちて、寄り添い合う野辺の花  秋草文様

2024.09 15

谷山浩子というシンガーソングライターを、ご存じだろうか。主に活躍していたのは80~90年代で、誰もが知っているほどのヒット曲は持っていない。なので知っている方は、私と同年代の限られ人になるだろうか。彼女の作る歌は、ユメの世界をフワフワと描くような、現実離れした独特の世界観があり、一般受けはしないのだが、それ故に根強いファンが存在していた。

そんな不思議な彼女の歌の中で、唯一私の心に響いたのが、「カントリーガール」という曲。狭い下宿の小さなラジオから流れてきたのは、明るい曲調とせつない歌詞、そしてそれを歌う澄み切った声。深夜だったこともあり、思わず引き込まれてしまった。

 

歌の内容は、純朴な田舎の少女が都会で恋に落ちたが、都会の男に、踏みつけられるように簡単に捨てられてしまうというもの。「木綿のハンカチーフ」も都会に出て行った恋人から、田舎で待つ少女が別れを告げられるという話だが、この時代は、このように都市に移る者と地方に残る者を対比して、恋愛物語を設定するような歌が幾つもあった。当時すでに、若者の都市流入は始まっていたが、それは今も解消されていない。

私が東京で学生生活を始めたばかりの頃は、やはり東京と地方の差をかなり意識し、田舎から出てきた者には「都会への負い目・コンプレックス」があったような気がする。だからこそ、カントリーガールという歌に共感した訳だが、それは裏を返せば心の奥底に、「やはり野に置け、レンゲ草」という思いがあったからに他ならない。

人には、各々に輝ける場所がある。純朴な少女は、田舎にいるからこそ、美しさが際立つ。今のように情報格差が無い時代では、こうした意識は薄らいでいるが、少なくとも昭和の時代までは、都市と地方の間では、明確な心の壁が存在していたように思う。

 

さて、思わぬ方向に話がずれてしまったが、今日は「野に咲いてこそ、美しい花たち」の話をしたい。それは、夏の終わりから秋にかけて、文様の主役となる秋草。これまで、ブログで取り上げた品物の中で、何度となくご紹介してきた秋草文様だが、今が旬と言うこともあり、ここでもう一度おさらいをしてみよう。

 

(薄橙色 七草文様・型友禅 単衣訪問着  1980年代・北秀)

このキモノは、日本舞踊と茶道を習っていた私の妹が若い頃に着用したもの。これを、大学に入って茶道部に入部した従妹の子に譲るため、つい先ごろ誂え直しをした。ご覧の通り、図案は秋草だけをあしらった典型的な「秋草文様」である。地色は優しいサーモンピンクの暖色だが、元々単衣として使っていた。だから、この意匠としては「正しき扱い」ということになる。今から半世紀近く前の品物だが、全く古さを感じさせない。それはやはり、秋草という文様が単衣期の最もスタンダードな図案だからである。

キモノに配されている植物は、萩・撫子・桔梗・女郎花・藤袴・菊

秋の七草の発祥は、万葉集に収録されている山上憶良の歌・二首の「秋の野に、咲きたる七種の花。萩、尾花、葛、撫子、女郎花、藤袴、朝貌」に由来している。この中で尾花は薄の別名であり、また朝貌(あさがお)は盛夏に咲く朝顔ではなく、桔梗のことを指しているとされる。

一般的には、この七種が七草であるが、キモノや帯にあしらわれる文様・七草文では、葛の代わりに菊を使うことがほとんど。馴染みがあまりなく、少し図案化が難しい葛よりも、誰もが知る秋の花・菊を使う方が、秋の文様として印象付けるには効果的ということなのだろう。意匠としては、七草全てが登場する七草文はほとんど見受けられず、この中の幾つかを組み合わせて文様化している。どの花とどの花を組み合わせるか、決まった法則はないので、その都度ランダムに色々な花が使われている。

 

この訪問着に使われているのは、薄を除く六種の秋草。上前から下前にかけて、ぐるりと裾を囲むように、同じ大きさ同じリズムであしらわれている。秋草文の花は、このように大きさを揃えた上で、密にしたり散らしたりしながら、模様付けすることがほとんど。それは、寄り添いながら楚々と咲く、秋の野辺をそのままイメージしたものだ。

暑さが少し納まって、虫の音も聞こえ始める初秋。九月長月は、一番秋草文様が映える季節でもある。ではどのような模様姿になっているのか、幾つかの品物で見ていこう。

 

(虫籠に秋草文様 手描友禅 絽留袖・北秀)

童謡・虫の声では、「秋の夜長を鳴き通す、ああ面白い虫の声」と歌われているが、古来より虫の音は、長い秋の夜の慰めとして親しまれてきた。故にキモノの意匠としても、秋草文と虫籠を取り合わせ、これを並んであしらうことも珍しくなかった。秋草は、単衣モノだけでなく、絽や紗、あるいは浴衣類など薄物の図案としても使われる。つまりは夏秋兼用の文様になるのだが、これは暑い盛りに少しでも涼しさを感じさせようとする「季節先取りの意識」と、暦の上の立秋は、まだ夏の盛りに当たることを考えた上でのことと思われる。

雪洞型の虫籠の周囲には、撫子と菊と桔梗、それに萩の姿が見られる。虫籠の中身は描かれていないが、中に入っているのは鈴虫か松虫に違いない。言うまでもないが、間違ってもここにクワガタやカブトムシを入れてはいけない。秋の風情が台無しになる。

(虫籠に桔梗模様 刺繍名古屋帯・お客様悉皆品)

生成色のちりめん生地に、総刺繍で模様をあしらった贅沢な名古屋帯。以前手直しのために預かった品物だが、お太鼓の柄には虫籠と秋草文の一つ・桔梗を使っていて、脇には流水の姿も見える。生地がちりめんなので、これは単衣あるいは袷に使う帯。模様姿から考えれば、装いをほぼ9月と10月に限定していると言えようか。このように複数の秋草を使わなくても、その図案の組み合わせから、きちんと着る時期を推し量ることが出来る。

 

(秋草文様 手描き京友禅 絽訪問着・田畑喜八)

控えめな秋草文の姿をそのまま意匠としたような、楚々として上品な夏の訪問着。これは、江戸から続く京友禅の家・田畑家の五代目喜八が手掛けた、本格的な手描き友禅。その姿は、無駄な図案を一切削ぎ落した引き算の意匠である。模様は、後身頃の背から裾に向かって流れる萩と、上前身頃の小菊と桔梗、撫子が涼やかな藍で描かれているだけ。地色には青磁色を使って夏の涼やかさを醸し出し、図案は季節を先取りする。秋草文の意味を知り尽くした作者だからこそ生まれた、「シンプル・イズ・ベスト」な夏の訪問着である。

背から裾に向かい、柳のように流れる萩。

一輪だけ金駒繍がほどこされた小菊は、一番目立つ上前衽に置かれている。

上前の模様には、桔梗と撫子。こちらも一輪だけ、ピンクで刺繍あしらいをしている。余計な色を削ぎ落しているので、一輪だけ刺繍で色のついた花弁は、小さくとも目立つ。この辺りが、優れた作家の心憎い演出になるのだろう。

 

(秋草吹き寄せ文様 染め分け手描き京友禅 染め分け訪問着)

キモノ全体を芥子色と紫色に鋭角に染め分け、各々に秋草と吹き寄せの文様をあしらった、大胆かつ斬新な訪問着。色も図案も秋そのものを表現しており、まさに季節を着姿の全てに映し出した品物。同じ秋草文を使っていても、先ほどの図案が静ならば、こちらは動である。

上の画像は、模様の中心・上前を写したところだが、剣先から下半分の一方を芥子色の秋草で、もう一方を紫色の吹き寄せで切り分けている。これは秋の文様でも、初秋と晩秋が同居していることになる。

 

(秋草文様 加賀友禅 裾ぼかし訪問着・小田美知代)

写実性を重視する加賀友禅では、秋草文は最も身近な題材として選ばれることが多い。元々花を小さく描くことを旨としているので、何種類もの花を束ねてたり、少し散らし気味にあしらう構図は、得意とするところ。

数種類の秋草を、上前から下前に向かって切り下げながら描いていく。加賀友禅の意匠としては、最もオーソドックスな模様配置。小菊、萩、撫子、女郎花の四種は、優しく淡い色挿しで描かれている。野の花を絵画的にキモノで表現すると、こうなる。

 

(秋草文様 加賀友禅 訪問着・由水煌人)

秋草各々の小さな茎を繋ぎ合わせ、水の流れのように、幾筋も上から下へと模様を付けている。何と斬新な秋草文かと思ったら、独特の感性で模様をデザインする由水煌人氏の作品であった。言わずと知れた加賀友禅作家・由水十久氏の息子さんだが、その意匠は父親の得意とする唐子人形ではなく、こうした模様の間隔を意識した、流れのある枝垂れ図案を描くことが多い。こうした空間を生かした図案配置は、師事した森口華弘氏から影響を受けているからなのか。

流れているように見えたのだが、一つ一つの秋草は接続してはいない。流線形に描かれているだけである。画像で見えているのは、藤袴に桔梗、菊、女郎花。地色が柔らかいベージュで、花以外の挿し色は墨色。作家のセンスが、秋草の中に見事に反映されているが、こうした独自の表現力が、個性となって品物の価値を高めている。

 

(小菊尽くし文 加賀友禅 訪問着・高平良隆)

加賀友禅には、秋草文様の中の一つだけを取り上げて、単独で意匠とすることもよくある。これは、大御所の一人で、長く加賀友禅の技術保存会会員を務めている高平良隆氏の作品。師匠は、由水煌人氏の父・十久氏であるが、得意とするモチーフは草花で、これも菊だけを見事に描き切っている。単に写実的というだけでなく、動きのあるデザインとなっていて美しい。

花の挿し色、暈しの入り方、虫食い葉の位置取り、どれをとっても繊細で丁寧な施し。花はその形も色も一枚として同じものは無い。友禅の真髄が、作品の中のありとあらゆるところに見える。

 

(女郎花尽くし文 加賀友禅 訪問着・宮野勇造)

女郎花だけをモチーフにした品物というのは、珍しいかも知れない。菊や桔梗、萩や撫子は図案としてあしらいやすく、単独で意匠化した品物に出会うこともよくある。けれども女郎花は、花の形状が特徴的なことから、これ一つで図案を完結することが難しいと考えられる。秋草七種の中では脇役だが、この訪問着では堂々と主役を演じている。

女郎花の中に小花と水玉を散りばめて、図案化している。写実性よりもデザイン性を重視した女郎花。だからこそ、この花を主役に出来るのかもしれない。これも作家の個性であり、こうした試みが、加賀友禅という品物の懐を深くしている。

 

最後に、野辺に咲く秋草の特徴を描いた「そっと寄り添う秋草文」の姿を、絽の訪問着と付下げの意匠でご覧頂こう。路傍で目立つことなく、健気に咲く花姿。こんな装いには、誰もが控えめながらも上品な印象を持つはず。それは模様の嵩が少ない品物であれば、なお静かに季節のうつろいを感じさせるだろう。秋草文は、やはり控えめのあしらいがよく似合う。

(薄ピンク色 虹暈し秋草文様・絽訪問着) 花は菊・萩・桔梗・女郎花

(薄水色 雪輪に夏秋花文様・絽付下げ)  秋花は桔梗・萩・女郎花・撫子

(藤色 短冊に秋草文様 絽付下げ) 花は萩・撫子・桔梗・薄

こうして秋草文の内容を見ていくと、文様に使われる頻度の高い花が、萩・撫子・桔梗・女郎花・菊で、出番が少ないのは藤袴と薄。薄は尾花の別名があるように、穂が動物の尾のようにも見えて、独特の枯れた雰囲気を持っている。そのため、他の秋草文と一線を画して、単独で意匠化されることの方が多い。藤袴は形状もユニークで色も淡く、いかにも野の花という感じなのだが、あまりに大人しいために、似たような風情の女郎花に出番を持っていかれているのだろう。

 

秋の七草は、花屋さんでもリアルに求められるかと調べてみたら、萩と葛はほとんど扱いがないものの、他の花は切り花として売られているようだ。けれども、文様としてのあしらいは、あくまでも野花である。秋風が立つ頃、目立たない場所でひっそりと花を付ける姿は、いじらしくもあり可憐でもある。それは、人に見られることさえ、恥ずかしいと言っているようだ。まさに、「やはり野に置け秋の草」であり、控えめな姿を良しとした、日本人の心根そのままの文様と言えるのではないだろうか。

路傍に密やかに咲く、秋の野花。少し探せば花は見つかるはずなので、ぜひその一生懸命な姿を愛でて頂きたい。そして、秋草文様の楚々とした装いも、一度はお試しあれ。

 

東京への人口流入は転出者を8万人も上回っており、依然として、人口の一極集中が改善される気配はありません。注目されるのが、女性転入者の70%以上が20~30代の若い人で占められること。大学進学で都会へ出て、そのまま故郷に帰らず就職する。そんな女性の姿が垣間見えます。

彼女たちには、都会に気圧されてしまった40年前のカントリーガールの姿は、どこにもありません。自分の学びたいこと、そしてその先で自己実現を果たすためには、都会へ出たい。地方のしがらみは苦痛でしかなく、自分は自由に生きたい。都市への一極集中は、こうした女性たちの生き方や考え方が根底にあるので、課題が簡単に解消されるはずもありません。そしてその延長線上に、地方の衰退と東京の出生率低下があることも、容易に想像できます。

女性たちはもう、野に置かれたままの花では嫌だと言っているのは明らか。なのでこれまでの社会制度は、変わって然るべきと思うのですが、未だに意味不明の論理を振りかざす政治家がいることに、愕然とします。夫婦別姓制度など、とっくに認められなければならないはずですがね。今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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