バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

8月のコーディネート  水系色の濃淡合わせで、残暑を凌ぐ

2024.08 23

最高気温が35℃以上を記録すると、その日は猛暑日となるが、甲府では先月の25日から今月15日まで、22日連続してこの猛暑日が続いた。これまでの最長が、1995(平成7)年に記録した17日だったので、これを29年ぶりに更新したことになる。16日には、台風7号が接近して最高気温が31.3℃に下がったが、もし台風が来なかったら、未だに猛暑日は続いていたかも知れない。

ご存じの通り、甲府は盆地なので空気が蓄積しやすく、夏はなかなか熱が冷めない。気温が上がる原因は、強い日差しだけではない。湿気を含む高温の風が、南アルプスや御坂山地を越えて盆地に吹き降ろす。このフェーン現象が、気温を押し上げているのだ。毎日、ギラギラと照りつける太陽と山からの熱風を受け、住民はもうノックアウト寸前である。

甲府の過去最高気温は、2013(平成25)年8月10日に記録した40.7℃。この日を含めて、40℃台を4回記録しており、全国有数の暑い街であることには間違いない。けれども、暑さの歴代記録を見れば第11位で、ベストテンにも入っていない。これは甲府の気温が下がったのではなく、他の地域の気温が上がってきたからで、年々この傾向は酷くなっている。だからもう、甲府が突出した暑い場所とは、認識されなくなりつつある。

 

さて、こんな酷暑が続く中では、キモノを装うことが難しく、夏の和装に現実味は薄いかもしれない。お客様からは、着付ける部屋には、よほど強く冷房を入れておかなければ、着終わるまでに汗をかいてしまうとの話も聞く。おそらく、着る方によほどの覚悟が無ければ、盛夏の和装には辿り着かないだろう。そしてこの暑さは、おそらくまだひと月は続くので、これではどんどんキモノと縁遠くなってしまう。

こんな時には、どんな品物を紹介しても、とても手を通して頂けないだろうが、せめて画像から、薄物の涼やかさを感じ取ってもらいたいと思う。と言うことで、今月のコーディネートでは夏の涼し色・水の色をピックアップし、この色に近しい濃淡色で構成されたキモノと帯を使って、少しでも残暑を凌ぐような夏の装いを考えてみたい。

 

(水色 濃淡格子縞・夏米沢紬  空色 更紗模様・麻型絵染九寸帯)

キモノと帯のコーディネートを考える時、品物を選ぶ人の視点の置き方次第で、使う品物が変わり、当然ながらその着姿の雰囲気も変わってくる。そして流れとして、必然的に装いを見た人の印象も変わってくる。カジュアルの装いは基本的に自由なので、より着用する人の個性がその姿に表れる。もちろん「正しいコーデ」など存在しないので、自分の感性に従い、組み合わせを考えれば良いだけ。この「何をどのように選ぶか」と言うことが、キモノの大きな楽しみの一つでもある。

コーデのポイントは、幾つもある。その中でまず最初に考えるのは、キモノと帯の地色をどのように合わせるかということ。やはり着姿全体を見た時には、広範囲に色が付く地の印象は残り、それが装いの中で大きなウエイトを占めている。当然ながら、コーデの際にキモノと帯を切り離して、各々に地色を考えることは無く、合わせることが前提になる。

 

ただ薄物の装いには、他の季節とは違う、独自のコンセプトが存在する。それは、涼やかさであり、爽やかさであり、軽やかさや清潔感である。装いを見た人が、暑さを忘れるような、そんな涼感溢れる着姿。この「夏だからこその姿」を目指して、装う人各々がキモノや帯を選んでいく。

そしてこのように、一定の方向に着姿の目安を置くことによって、キモノや帯の地に使う色の範囲が狭くなってくる。どういうことかと具体的に言えば、涼やかさという視点で考えると、青磁や藍などの寒色系は使いやすく、暖色系は敬遠されやすいこと。さらに合わせる帯としては、白系地色を考えやすいこと。これは、夏のコンセプトが前提になれば、ごく自然の成り行きである。結局はこうして、薄物各々の品物とそのコーデは、色が偏りがちになってしまう。だがこれは、避けようのない課題である。

もちろん、「涼し気な着姿」を目標とすることは、変わらない。けれども、いつも似たような色を使い、変わり映えのしない装いになることは、あまり面白くはない。そこで考えることは、地色や模様の色は共通していながらも、時々の装いには個性が伺えること。これが、今日のテーマである。それではこれから、品物をご紹介しながら、話を進めていくことにしよう。

 

(水色地 横段濃淡格子縞 夏米沢紬・米沢 新田)

夏の定番色となれば、どうしても青系色になる。中でも淡い気配を持つ水色や空色、浅葱色などは、澄んだ海や川の景色、あるいは抜けるような夏空を思い起こす。なので、涼感や爽快感を着姿に映すためには、ごく自然に使いたくなる色となる。

水色、空色、浅葱色の違いは微妙で、水色には僅かに緑の気配があり、空色は水色より少しだけ青みが強い。浅葱は水色よりも緑みを帯びるものの、やや薄い水浅葱だと、水色と空色の中間色のように感じられる。古来より、藍を原料に使って染められてきた「にっぽんの青色」は、殊の外、微妙に繊細に区分されている。今回使う夏紬は、水色を基本とする縞格子だが、色を重ねることによって変化が付き、それが着姿に反映されるという面白いキモノである。

この紬の糸は、最初に左回転で撚りをかけた糸を束ね、これを右回転で撚りをかけて一本にしたものを使っている。このような撚糸のことを駒糸と呼ぶ。最近でこそ、撚糸機という機械にかけて糸は撚られるが、その昔撚糸を作るには、糸を長く張り伸ばして一端を固定し、もう一端には駒を吊り下げ、これを廻しながら手作業で糸を撚っていた。そんなことから、駒撚糸と名前がついたのである。

駒糸を使って織り上げた紬は、紗のような透け感が生地の表情に出てくる。なのでこうした紬を「紗紬(しゃつむぎ)」と呼ぶこともある。生地に触れてみると、シャリシャリとした風合が感じられる。生地に隙間があるので、通気性が良く、肌離れのよさを実感できる。絹でありながも、麻縮のような着心地の良さを持っている。

格子縞の詳細を見ると、生地本来は白地であることが判る。そこにまず、横に水色縞がランダムに入る。縞の間隔も太さもまちまちで、規則性はない。さらにこの上に、四本の青濃淡色が縦に均等に入っている。この縦横の縞と色が重なることにより、面白い格子模様が生まれる。良く見れば、縦四色の中にも、細かい細縞が何本も付いている。これは、単純な図案パーツを重ね、複雑化した幾何学模様の紬である。

こうした縞と格子を組み合わせた模様は、誂え方によって着姿が変わる。身頃と衽、衿と袖をどのような模様配置にするのか。最初に、キモノの全体像を決めておかないと鋏が入れられない、いわば「和裁士泣かせ」の品物である。参考までに、下に模様合わせの一例を示そう。

横段の水色縞を揃え、縦は背中心から脇へと薄くさせていく誂え方。

こちらは、横の水色縞をずらし、市松模様のように互い違いにしている。

製織したのは、紅花染で知られる米沢の新田。この紬の青系糸は、藍その他の草木で糸染をしていない。なので、草木染を認定の告示(必要不可分な技法)とする置賜紬(米沢紬)の基準を満たしておらず(化学染料使用のため)、従って伝統産業品マークはついていない。けれども先述したように、駒糸を使った生地は手触りも軽やかで、水色濃淡の縞格子も見た目がとても涼やかに感じられ、夏に相応しい良品である。

ただ、こうした幾何学模様は帯次第で着姿が変わってくる。それでは今日の課題である、同系色の帯合わせを試みて、個性的な夏姿を作ってみよう。

 

(空色 更紗模様 麻型絵染九寸帯・栗山工房)

紬の水色より、僅かに青みが強い空色を地色に使った型絵染帯。図案は動きのある更紗模様で、一番大きい花は女郎花のようにも見える。挿し色も青系が主体で、花や蔓に濃淡を付けることで、模様にメリハリを付けている。唐草は季節を問わずあしらいに使うことが出来るが、この帯生地は麻を使っていることから、夏帯となる。

模様中心に白く抜けたところがあり、雲の上に唐花が浮かんでいるように見える。型紙を作った職人のセンスが、図案にそのまま表れている。そして四季を問わない唐花を、青系濃淡の挿し色で夏バージョンに仕上げている。こうして、色で旬を表現することもよくある。

お太鼓を作ってみると、平面に置いて見た時より、模様にインパクトがある。蔓にあしらわれている濃い目の群青色がアクセントになり、帯全体の青みを引き締めている。生地が麻なので薄物には違いないが、模様姿からも十分夏が感じられる。それでは、同じ夏色の雰囲気を持つ幾何学紬と更紗帯を合わせるとどうなるのか、試すことにしよう。

 

キモノの水色と帯の空色。ほぼ同系に見えるが、こうして双方を並べて置いて見ると、色の気配に僅かな違いがあることが判る。そしてキモノが幾何学模様で、帯が丸みを帯びた蔓が印象的な唐花という、極めて対照的な図案の合わせになっている。これだと、品物の基本色は同系ながらも、きちんとコントラストが付く着姿になるはず。

そして同系と言えども、キモノも帯も色に濃淡があり、双方とも模様に動きがあるので、平板にはならない。この縞格子紬に関しては、もしかしたら、共色の帯以外は合わせるのが難しいかも知れない。

誰の目にも涼しげに映る、青を主体とした薄物コーデ。こうした夏紬と麻帯の組み合わせは、来月いっぱいまでは装えるだろう。夏が長くなった分だけ、薄物の風合いを楽しむ時間も長くなった。

帯の前模様では、地を白く抜いたところに唐花を描いているが、キモノの上にのせてみると、その図案がより浮き出て見える。蔓に濃い群青色を挿したところが、この型染図案のポイントだろう。

小物の色は、唐花を暈している女郎花色を使ってみた。落ち着いた帯〆の色で、少しだけ秋の気配を演出してみる。帯揚げは絽で、水色と明るい卵色の暈し。(夏帯〆・龍工房 絽帯揚げ・加藤萬)

 

今日は、夏の装いには欠かせない青の色・水色キモノと空色帯を使って、涼やかなコーデを考えてみた。浴衣を始めとして、紅梅や小千谷縮などの夏薄物の地色は、どうしても紺や藍系の色が中心になる。なので、青という色をどのように使い回すかと言うのが、夏の装いの中では大きなテーマとなる。

薄物の素材は、絹の他、綿、麻、そして各々を複合した混紡の品物と多彩である。装いの場を考えながら、「夏の青」を存分に楽しんで頂きたいと思う。この先もまだ残暑厳しい日は続くが、和装でなければ演出出来ない「涼やかさ」で、街行く人の目を和ませて欲しい。最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

以前なら、夏場に出張で東京へ行くと、甲府の暑さから解放されて、体が少し楽に感じられたものですが、最近は逆で、道路のアスファルトの照り返しと、ビルから排出されるエアコン室外機の熱風で、もうフラフラになります。もあっと体に巻き付くような暑さは、都会特有のもので、慣れていない田舎者にはかなり堪えます。

私が東京で暮らしていたのは、もう40年も前ですが、クーラーどころか扇風機や冷蔵庫など、部屋の中に冷やす道具を何一つ持ち合わせてはいませんでした。それでも何とか生活は出来ていたのですから、暑さの質が今とかなり違っていたのでしょう。そもそも「熱中症」なんて病気も、当時は聞いたことがありませんでした。

気温の急激な上昇や各地でのゲリラ豪雨の発生、台風の巨大化など、地球規模の気候変動は、年を追うごとに激しさの一途を辿っています。けれども、世界の為政者の目はこの問題にあまり向いていないようです。狭い地球で領土争いをしているうちには、地球そのものが崩壊するかもしれない。子どもだって、そのくらいのことには気づくはず。愚かな者が牛耳る国がある限り、この星は救われませんね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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