バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

夏の素材で、文月の街へ(後編)  紅梅小紋と織八寸夏帯

2024.07 15

今年の10月から、郵便料金が一挙に三割もアップするらしい。葉書が63円から85円に、手紙は定型で84円から110円になる。郵便の扱い数は、最盛期より45%も落ち込み、その上に人件費や運搬燃料費の高騰が重なる。昨年度の郵便事業収支は、686億もの大赤字。これを考えれば、今回の大幅値上げもやむを得ないだろう。

ひと昔前までは、手紙や葉書は人と人を繋ぐ重要なコミュニケーションツールであり、生活には欠かせない道具だった。けれどもその存在は、電話が普及するとともに薄れ、今のようにSNS全盛の時代ではメールさえ古く、手紙などほとんど化石化した通信手段となっている。先日ある新聞のコラムで、手紙のやりとりをしたことが無い人が30%にも上ると書かれていたが、基本的な書き方を学ぶ機会もなかなか無い。もっとも今の小中学生は、手紙の書き方どころか、公衆電話の使い方を知らないという子も多いらしい。還暦を過ぎて、半分化石の域に達している私からすれば、とんでもない時代になってしまったと思う。

毎月23日を「ふみの日」として制定したのが、1979(昭和54)年。当時の郵政省は、手紙の楽しさ、手紙を受け取る嬉しさを通じて、文字文化を継承する一助とすると、この記念日の目的を掲げた。中でも7月23日は、「文月ふみの日」として手紙キャンペーンが大々的に実施されたが、この時代はまだ、郵便は社会の中でそれなりの存在感があった。当時の葉書代は20円、手紙代は50円。驚くことにこの値段で、日本中どこからどこまでも届いたのである。

 

70年代末の学生時代、私の下宿アパートの部屋には電話が無かったので、よく手紙を書いた。というか、それしか通信手段が無かったから、否応なくである。地方出身の私の友人たちは誰もが貧しく、電話を引き込んでいる者など皆無。だから緊急の要件を伝える時は、お互いに速達を送りあい、時として電報も使った。その一方、都内の自宅に住んでいる友人たちからは、早く電話を入れろと催促されていたが、当時の電話加入権(設置料)は8万円と高額で、とても貧乏学生が手を出せるシロモノでは無かった。

今考えれば、とても間怠こしい手紙だが、それは一方で心を豊かにする道具だったような気がする。便りをポストに入れた時から始まるのは、返事を待つ時間。差し出す相手が遠くにいればいるほど、その時間は長い。そしてそれは、見えない相手のことを思う時間でもある。手紙には、人を思う気持ち、人を慮る気持ちを育てる役割があったと、今更ながら思う。手紙を通して緩やかに流れる時間は、人と人の関りを穏やかで豊かにし、自分の心をも育てる。便利で効率ばかり追う道具がどれだけ開発されても、それが人の心を豊かにするとは思えない。不便さによって育まれた大切なことは、すでに社会から失われつつあり、もう取り返しはつかない。

「ふみ」には沢山の思い出があるので、ついぞ前置きが長くなってしまったが、今日の稿も前回の続きで、特徴的な夏素材を使ったカジュアルな装いを考えてみたい。

 

紅梅小紋 左二点・絹紅梅(新粋染) 右一点・綿紅梅(竺仙)

織八寸夏帯 左右二点・近江麻帯(川口織物) 中一点・米沢もじり織帯(白根澤)

前回夏素材のキモノとして取り上げたのが、無地の小千谷縮だったが、今日は紅梅生地に小紋柄を型付けて染めた紅梅小紋を使ってみる。紅梅生地には、絹と綿を織り込んだ絹紅梅と、太さの異なる綿糸を使って織った綿紅梅を用意した。

小千谷縮の場合、その色はかなりバリエーションに富んでいるが、紅梅小紋はその多くが、紺か藍の地に模様を白く抜いたものか、あるいはその逆で、白地に紺で模様を染め出したもの。竺仙では最近、藤色や紫、あるいはコバルトブルーなどを使ったカラフルな紅梅も染めてはいるものの、やはり基本は前述した紺白か白紺である。伝統的な江戸浴衣は、染料に本藍を用いて模様を型付けした「長板中形(長板本染中形)」であるが、この絹紅梅・綿紅梅には、そのトラッドな品物の雰囲気が踏襲されている。

 

浴衣の風情を残す品物だけに、無地小千谷縮と比較すると、カジュアルの度合いが高くなる。けれども、型紙を生地の上に置き、丁寧に刷毛で引きながら模様を染め出して(引き染)誂えてあるだけに、小紋としての完成度が高く、やはり浴衣というよりも「夏キモノ」として装うに相応しい品物であろう。

そこでこの紅梅を使って、おしゃれな街歩きの姿を作ってみようと思うのだが、無地小千谷縮の時とは反対で、こちらはキモノ一面に模様の表情が広がる小紋。だから前回のように、帯の模様が際立ってしまうと、ごちゃごちゃしてまとまりの付かない着姿になってしまう。なので、いかに紅梅の小紋柄を引き立てる帯を合わせるか、ということが今日のテーマになる。では、一点ずつ帯コーデを考えてみよう。

 

(変わり桧垣模様・絹紅梅小紋 新粋染)

これまでも何度か、ブログの中でご紹介してきた絹紅梅。うちで扱うのは、新粋染と竺仙に限定されるが、両者を比較すると、新粋染の方がしなやかな風合いで、生地が軽く感じられる。竺仙は硬くは無いが、しっかりとした質感がある。この差は、絹と綿の比率の違いにあるか、あるいは使われている綿糸の番手の違い(糸の細さの差)であろう。ちなみに新粋染の糸比率は、絹52%・綿48%。

上の画像で判るように、この品物の図案はちょっと不思議な幾何学模様になっている。細目の縦縞の中に、太い斜線を青く染め抜き、そこに菱格子の短い短冊を交差させている。この図案を全体から見ると、桧垣文様の変形か網代文様をアレンジした図案に見えるが、いずれにせよ、あまり見かけない模様姿。レトロだが、どことなくモダン。そんな面白い表情が図案に伺える。

新粋染と竺仙は、質感も違うが、制作する小紋図案にも違いがある。新粋染は、幾何学文でも植物文でも、そのモチーフを大胆にアレンジした個性的な意匠を作る。一方竺仙は、古典にこだわったオーソドックスな模様の品物が多い。同じアイテムでも、染屋ごとに個性があるので、各々の品物を扱うことは、お客様の選択を広げることに繋がる。だから仕入れ先は、一つのメーカーに限定しない方が良いのだ。ではこの面白い格子には、どのような帯で対応すれば良いのか、試してみよう。

(女郎花地色 縞絣模様・麻八寸織名古屋帯 近江 川口織物 広田紬扱い)

毎年、広田紬が近江の川口織物に委託制作している麻100%の手機八寸帯。この帯は、今年作った10柄のうちの一点。控えめで優しい黄色の女郎花地が、藍色の絹紅梅によく映える。キモノにも細縞があしらわれているが、帯に見える大小9本の縞と合わせても、模様がぶつかりあうことは無く、すっきりとした姿でまとまっている。

帯の縞柄は、前模様ではシンプルな横段になる。またその図案も単純ではなく、色と模様に変化が付いているので、大胆な桧垣図案を上手く抑え込んでいる。幾何学図案同士のコーデだが、違和感はほとんど感じられない。

夏の装いには、どうしても夏らしい植物や動物、そして自然現象をモチーフに使いたくなるが、こうした縞と格子を駆使したコーデは、個性的で「キモノに通じた方」の洒落た装いに見えるだろう。図案に季節を演じる道具は無いが、暑苦しさは感じさせない。キモノは、麻絹混紡のふわり仕様。帯も、麻100%で強く撚りが掛かっていながら、柔らかみのある生地質。夏素材を十分に生かした組み合わせなので、装った時にはその素材の良さを、肌で十分に感じられると思う。

 

(夏花連ね模様・絹紅梅小紋 新粋染)

前の幾何学文とは対照的に、大ぶりな花弁を反物全体にあしらった小紋。モチーフは蘭なのか、水蓮なのか、はたまた芥子なのか判らず、何の花とは決めきれない。いずれにせよ、夏花として際立って目立つデザイン。挿し色は入っていないが、花の描写が丁寧なので、華やかな印象を受ける。型紙を使った小紋の良さが、よく表れている品物。

紅梅の特徴である生地表面のワッフル状の畝が、独特の着心地をもたらす。特に新粋染が使う絹紅梅の生地は、どれも僅かな風で揺らぎそう。様々な夏素材があるが、軽さとしなやかさにおいては、これに勝る品物は無い。ではこの大胆な夏花には、どんな帯が相応しいのだろうか。

(三色段暈し地色 羊歯ぜんまい模様・もじり織八寸帯 米沢 白根澤)

黄色・ピンク・グレーの三色段暈しを施した、明るい夏の織帯。素材は絹だが、生地に隙間を生じる捩り織を使っているので、透かしが表れていかにも涼しげ。もじりとは、夏生地の絽や紗、あるいは羅と同様に、捩り経糸が緯糸一本、また数本ごとに、地の経糸の左右に位置を変えて組織する技法。

夏帯で、こうした明るい色の段暈し地というのは珍しいが、三色とも淡いパステル色なので、ふわりとした帯姿になっている。織り出されているのは、先端がくるりとこぶし状に巻かれた羊歯(しだ)。羊歯には、忍草(しのぶくさ)とか軒忍(のきしのぶ)の別名があり、古来から盛夏になると、軒の下に吊るして涼を呼んでいたとされる。だから羊歯は、正しい夏のモチーフになる。

キモノの夏花も帯の羊歯も、動きのある大きな図案。けれども、こうして帯の前模様を合わせてみても、模様が重なるくどさは感じない。藍と白だけの小紋は、帯の三色暈しによって明るい印象に変わる。キモノにも帯にも透け感があり、どちらも素材は飛び抜けて軽い。着心地の良さを考えれば、これ以上無い組み合わせかも。

最初のコーデは幾何学文同士で、こちらは植物文同士。キモノと帯に同じ系統のモチーフを使った品物を組み合わせると、まとまり難いケースが多いが、この二組に関しては、違和感を感じさせない着姿に映っている。モチーフは同じでも、配色や図案の構成によっては、十分に使える組み合わせもある。

 

(四季花の丸模様 綿紅梅・竺仙)

花の丸文様のお手本のような、極めてオーソドックスな図案の意匠。花の丸を構成する植物モチーフは、通常浴衣に使う夏植物だけでなく、梅の丸や椿の丸の姿も見える。紅梅生地ではなく、ちりめんや一越生地にこの型紙を染付ければ、普通の小紋着尺として、売り出すことが出来そう。こうした、誰にも受け入れられるポピュラーな図案制作は、竺仙の得意とするところ。

綿糸の番手を変えて織り出した紅梅なので、絹紅梅とは違うシャリ感を生地が持っている。竺仙の場合、絹紅梅は生地全体にへらで糊を塗り付ける「しごき染」を使うが、綿紅梅は刷毛による引き染。他に、長板中形や注染(ちゅうせん)、ローケツ染など、品物ごとに染付け方法を変えている。

(白地色 変わり縞模様・綿麻八寸名古屋帯 近江 川口織物)

模様が密な古典的花模様に対して、帯は幾何学文ですっきりとまとめる。帯とキモノとで、対照的なモチーフを使ったオーソドックスなコーデ。藍地に白抜きの紅梅に対し、帯にも白地に藍系の色だけを配したものを使う。白と青に限定した組み合わせは、涼を呼ぶ夏の装いとして定番。

この帯図案は、縦と横の縞を組み合わせものだが、縦の細縞が左右両端にあり、横の太縞の間隔が広く空いているので、中心には白い地が広がっている。画像のようにお太鼓を作ってみると、すっきりと爽やかな印象を受けるが、それも、この帯の斬新な模様配置と配色によるもの。直線で構成する縞と格子には、どれほど意匠があるのだろう。

規則的な縞格子が、密な花の丸をうまく抑えている。縞柄の帯は、お太鼓と前模様でガラリと様相が変わるので、大概面白い着姿になる。古典的な花の丸と粋な縞柄の組み合わせは、江戸の町に似合いそうな風情。

いかにもキモノらしい小紋柄には、やはりシンプルな帯が一番。浴衣とはまた違う、少しだけ畏まった夏のキモノの姿。やはり青と白だけの組み合わせは、目にも鮮やかで、人の目を惹く。

 

暑い時期にはその時だけの素材があり、模様があり、色がある。夏が長くなり、以前より薄物や単衣モノを装う機会がぐっと増えた気がする。シンプルな無地小千谷とキモノらしい紅梅小紋、どちらも帯の工夫次第で、個性的な夏の装いになる。これから夏本番を迎えて、各地で夏祭りや花火大会など数多くのイベントが開かれる。ぜひ夏キモノに手を通しつつ、出かけて頂きたいものだ。

最後に、今日ご紹介した三点のコーデを、もう一度まとめてご覧頂こう。

 

ラインでは、相手が読んだか否かが判ります。「既読が付いているのに、返事が来ないなんて。もしかしたら無視されているのでは」と勘繰ることも、しばしば起こります。こんな「既読スルー」が、関係をギクシャクさせる原因にもなっているようです。

けれども手紙の場合、いつ相手に届いたのかが判りません。そして、たとえ差し出した相手に電話があったとしても、「届いてますか」などと聞くことはなく、まして内容について返事を求めることはありません。手紙の返事は、手紙でなければならない。少なくとも私は、そう思っていました。それは、手紙の持つ「奥ゆかしさ」を、とても尊重していたからかもしれません。

手紙を待つ時間は、素敵な時間。そして相手の返事がポストに届いた時は、本当に嬉しいものです。それが愛おしい大切な人からなら、なおのこと。昔のいろいろなことを思い出して、何だか鼻の先がツンとしてきました。これも年齢のせいですかね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日付から

  • 総訪問者数:1827352
  • 本日の訪問者数:48
  • 昨日の訪問者数:278

このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

ご感想・ご要望はこちらから e-mail : matsuki-gofuku@mx6.nns.ne.jp

©2024 松木呉服店 819529.com