バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

7月のコーディネート  雪輪と夏花で、涼を呼ぶおめかし姿に

2024.07 24

先週梅雨が明けたと思ったら、このところ連日35℃を越える暑さ。少し歩いただけでも、全身から汗が噴き出す。「梅雨明け10日」は、太平洋高気圧の勢力が強くなり、天気が安定して暑い日が続くと言われているが、昨今は温暖化が進んだこともあって、その暑さの度合いが年々酷くなっているように感じる。

関東甲信越では、7月19日が梅雨明けの基準日。だから学校が夏休みに入ると同時に、太陽が思い切り照りつける灼熱の日が始まる。ラジオ体操、朝顔の観察日記、夏休みの友、自由研究。今も、夏定番の課題は続いているのだろうか。子どもの頃には、ひと月半の夏休みがとても長く感じられたものだが、いつぞやから、あっという間に夏が通り過ぎるようになった。しかも、ここ数年は10月まで暑いので、長袖になるとすぐに年の瀬が来てしまう。年齢が進むと、加速度的に時が流れが速まる。

 

私は小学校の夏休みと言えば、毎日のように学校のプールへ通ったことを思い出す。今と違って、紫外線の危険が叫ばれておらず、直射日光は浴び放題で、日焼け防止クリームを塗る者など誰もいない。そしてむしろ、焼けて真っ黒になっているのが、子どもらしいと思われていた。そんなことを思い出すと、今とは全く、隔世の感がある。

小学校のプールの周りには、背の高いヒマワリが何本もあり、休みが始まる頃になると、いつも大輪の花を付けた。それと並んでタチアオイの花も、長い茎の上に幾つもの花を付けた。ヒマワリの黄色、タチアオイの赤とピンク。どちらも強い陽ざしに負けないよう、空に向かってまっすぐに咲き誇る。今も、夏の花と言えば、真っ先にこの二つの花を思い出す。

夏の装いには、意匠のモチーフとなる夏植物と特徴的な夏の図案が幾つもある。そこで今日のコーデネートでは、その中でも定番とされる文様をあしらった品物を取り上げ、カジュアルではなく、少しだけ畏まっておめかしをした姿を考えてみたい。真夏のフォーマルはなかなか装う機会が無いが、肩の凝らない付下げあたりなら、何とか出番を見つけられるように思える。それでは、始めてみよう。

 

(薄水色 雪輪に夏花模様・絽付下げ カナリア色 横段矢羽模様・紗袋帯)

夏のモチーフは何かと考える時、それは竺仙の浴衣を見ればおおよその理解が出来る。江戸安政年間に創業した竺仙は、これまで何百(何千かも)という夏の意匠を制作しており、そこでは植物・動物・鳥・風景・器物において、ほぼすべての夏モチーフが網羅され、品物の上で表現されてきたように思える。

浴衣の中で最も多いのが、植物の単独模様。初夏の杜若や菖蒲、紫陽花に始まり、盛夏の羊歯、百合、鉄線、露芝、朝顔、薊(あざみ)等々。この花たちは、他の植物と複合してあしらわれることはあまりない。それが、立秋を境として旬を迎える秋草の萩、女郎花、撫子、桔梗などは単独ではなく、幾つかの花を集めて模様付けすることが多い。例えば、萩と撫子とか、桔梗と女郎花と薄とか、である。夏の盛りまでは一つの花で、秋風が吹くと集合体が主になるというのは面白い。それはおそらく、秋草に数えられる花姿が楚々としており、寄り添ったり散らされている姿の方が、似つかわしいからだ。

 

そして植物以外では、金魚や団扇など単独であしらわれるものと、流水に千鳥や萩に蜻蛉、波に貝寄せなど、特定のモチーフ同士を組み合わせて文様化しているものとに分かれる。そして雪輪や雪華(せっか)霰(あられ)のように、季節が真逆なモチーフをあしらうことで、涼やかさを醸し出すといった試みもなされている。

いずれにせよ、単衣や薄物に相応しい装いを考える時には、否応なく旬が意識され、自然に涼やかさや爽やかさを感じさせるモチーフが選ばれる。もちろん秋冬から春にかけて装う袷モノでも、季節感を重要視して、それにちなんだ題材は使われているのだが、夏の方がどうしても使われるモチーフの範囲が狭くなるため、ある程度模様は定型化しているように思う。

今日コーディネートで取り上げる付下げの意匠も、雪輪と夏植物を複合した、いわば最もポピュラーな夏の文様である。ありきたりと言えばそれまでだが、オーソドックスで間違いなく涼やかな夏を感じさせるという点では、安心して装える品物。ちょっとした夏のおめかしでは、こんな奇をてらわない姿が、一番受け入れやすいのかも知れない。

 

(薄水色 雪輪暈しに夏花模様・型友禅絽付下げ トキワ商事)

薄物として一番涼し気に見える地色は、やはり水色や青磁色系の薄色。この手の色を使っていれば、ほぼ品よく涼やかさが表現出来る。無論、黒や深紫のようなシックなビビッド色を地に使う夏物もあるが、誰にでも着こなせる雰囲気ではなく、無難さを優先させるのであれば、寒色系の薄地に落ち着く。

そして意匠だが、冬モノにも見られるような、ポピュラーの古典図案(御所解文や宝尽し文など)を使う品物と、夏のアイテムに限定して模様を表現した品物に分かれる。古典的な吉祥文などを使えば、格は上がるが季節感は乏しくなる。だが夏図案に偏れば、季節に寄り添った装いになるが、重厚さは薄れる。どちらを選ぶかは、装う場面によって変わるだろう。

この付下げに関しては、もちろん後者の夏図案に限定した意匠。地色は薄く、あしらわれている模様の配色も極めて淡い。模様も楚々としており、色も抑えられているとなれば、着姿にほとんどインパクトは無い。けれども全体から醸し出される清楚さは、淑やかで上品な印象を残す。これは夏の日差しの中で、少しだけおめかしをして出掛ける時に相応しい品物である。

着姿の中心、上前衽と身頃の模様を合わせたところ。輪郭を白く縁取った雪輪を散らし、その上に数種類の夏花を描いている。地色も薄い水色だが、雪輪の色も橙と藤紫、草色の三色共に薄く、遠目から見れば図案全体がぼやけて見える。

あしらわれている植物は、紫陽花に女郎花、鉄線に撫子、萩に朝顔などと、盛夏の花と秋草を組み合わせている。この挿し色もかなり抑えられているので、雪輪の中にそっと花が浮かんでいる感じに見える。雪輪の輪郭に重ねて描かれているこの図案は、名付けるとすれば「夏花雪輪の丸」になろうか。

薄い草色の雪輪の中に模様を付けた鉄線と桔梗。鉄線は盛夏の花で、桔梗は秋草の一つ。また花の形が、鉄線が六弁で桔梗が五弁だが、こうして並べると良く似ている。画像からも判るように、花弁も葉も優しい配色。花弁の輪郭には、銀糸の駒刺繍があしらわれ、控えめながらも花が強調されている。

それでは、このおとなしい夏の付下げを、どんな帯でまとめれば良いのか。そっと佇んでいる姿がなお美しく見えるように、キモノの良さを引き出せる帯を選んでみたい。

 

(カナリヤ色 横段矢羽根模様・紗袋帯 西陣まいづる)

カナリアの羽根のような、明るい黄色の紗袋帯。白地の夏帯は一般的だが、黄色系の帯は珍しい。しかも、南国を思わせる鮮やかで冴えた色調。そして図案は、横に段をつけながら、小さな十字と短い矢羽根を織りなす幾何学模様。また模様配色がミントグリーンなので、清々しさを感じる。全体から見ると、琉球の絣模様に近い雰囲気を持つ。

オーソドックスな夏の帯を考える時には、流水や波などの水辺文や、これと夏植物を組み合わせた複合文など、どうしても写実的な図案が多くなる。大体夏キモノの図案が植物中心なので、同様のコンセプトを持つ帯だと、合わせても変化に乏しく、ありきたりな着姿にしかならない。けれども、この斬新な絣的模様の夏帯なら、全く違う雰囲気になりそう。そんな期待が出来る。

小さな四角の点を組み合わせて、十字や風車型模様を織りなす姿は、読谷花織を彷彿とさせる図案。読谷では、この風車型花(カジマヤーバナ)と矢羽根のような弓矢絣を併用した模様が、数多く見受けられる。色からも模様からも、強く琉球を意識したものであることが判り、それが夏空の下でこそ映える意匠になっている。

お太鼓を作ってみると、少し不規則な横段模様が、帯の表情をより面白くしていることが判る。極めて控えめな夏キモノと、かなり個性的な夏帯。コーディネートすると、一体どんな姿になるのか。早速試すことにしよう。

 

淡々とした雰囲気のキモノを、帯の矢羽根横段でうまくまとめている。カナリヤ色にミントグリーンという珍しい配色だが、こうして合わせてみても、あまり暑苦しい感じにはならない。オーソドックスな夏のキモノ意匠も、帯に個性を持たせることで、斬新な装いになる。当然付下げはフォーマルモノだが、こんな帯で少しだけ格を下げると、着用の場はもっと広がるのかも知れない。

雪輪と夏花の丸という古典図案に対し、不思議な絣模様の幾何学図案。やはり対照的な意匠の品物同士を組み合わせる方が、まとまりやすい。前模様をみると、思う以上に矢羽根が目立つ。また色の差として僅かだが、帯地が白ではなく黄系であることが、模様を際立たせることに繋がっている。

少しだけ気軽なよそいきになるように、小物もそれなりの工夫をする。帯揚げは、蛍光的なエメラルドグリーンの絽生地にヨットを刺繍したもの。帯〆は堅い雰囲気の青と白の高麗組。着姿にぼやけた印象を残さないためには、ある程度小物の色に、メリハリを付けなければならない。(絽帯揚げ・加藤萬 高麗組夏帯〆・龍工房)

 

今日は、あまり堅苦しくない夏のフォーマル姿を、夏模様の付下げを使って、考えてみた。浴衣や小千谷縮のような綿や麻素材のカジュアルモノは、自分で手入れが出来る簡便さから、着用の機会は多い。しかし絽や紗の絹物となると、気軽に装うことの出来る場面は少なく、どうしても畏まった場所に限定されてしまう。

けれども、夏の本格的な薄物には、そこでしかみられない特有のあしらいや意匠があり、それによって、染モノならではのしなやかな着姿が演出される。なかなか手を通す機会が少ない品物だが、「暑い日の柔らかモノの着心地」も、ぜひ一度は試して頂きたい。最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

今月22日が、二十四節気の大暑(たいしょ)にあたる日。ここから8月7日の立秋までが、一年のうちで最も暑さの厳しい季節になります。甲府でも連日、人の体温を越す37℃以上の日が続いているので、私もよほどの用事が無い限り、日中に外へ出ることを控えております。

夏の平均気温は、毎年のように上昇し続け、ヒートアイランド現象の影響により、都市部でより高くなる傾向が現れているようです。そんな中でキモノを装うことは、本当に大変なことであり、安易に和装を推奨することは無責任のようにも感じますが、皆様には出来る限り無理のない環境の中で、夏姿を存分に楽しんで頂けたらと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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