バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

夏の素材で、文月の街へ(前編)  無地小千谷縮と麻型絵染帯

2024.07 05

文月(ふみつき・ふづき)は、旧暦7月の呼称だが、この名前は、稲穂が実る月・穂含月(ほふみづき)、あるいは、七夕に書を干す習慣・文披月(ふみひろげつき)などに由来すると言われている。

現代の新暦と旧暦の間には、ひと月以上のタイムラグがあり、旧暦の方が季節は先行している。旧暦の7月1日は、新暦の8月4日にあたるが、旧暦では7~9月が秋。明治以前の文月は、少し暑さが和らぎ、秋の気配が感じられる頃とされていたが、それを裏付けるように、秋初月(あきはづき)とか女郎花月(おみなえしつき)の名前も付いている。秋の七草に数えられる女郎花が咲き、稲の穂が涼風にそよぐ。それが、旧暦・7月文月の風景だったのだろう。

 

秋風どころか、まだ本格的な夏も迎えていない新暦・文月。暑さはこれからが本番だが、近頃は温暖化の影響で、葉月、長月、そして神無月になっても、30℃を越える日がある。そんな環境の変化は和装にも影響を与え、単衣の着用はひと月前倒して5月から始まり、10月初旬まで続く。そして薄物(絽や紗、麻など)も、7・8月だけの装いに限らず、6・9月にまで範囲が広がっている。

江戸時代の更衣(ころもがえ)は、端午(5月5日)や重陽(9月9日)の節句を目途に行われていたが、袷から単衣・帷子(かたびら・麻モノ)に代わるのが5月1日、そして9月1日には袷に戻る。この旧暦の単衣薄物の期間を、新暦に当てはめると、6月6日~10月2日となり、ほぼ今と同じになる。但し、単衣と薄物の区分は無く、単純に裏地を付けないキモノを使用する期間が、この4か月であった。なお、この時代の袷の着用は単衣期間の前後ひと月ずつで、後は綿入れを使っていた。防寒設備の全く無い時代、綿を入れたキモノを着なければ、とても冬は凌げなかったのだろう。

 

ということで、昨今の気候を考えれば、現代も江戸期に倣い、単衣と薄物の垣根を取り払って、6月~9月の間はどちらも自由に装えると考えた方が、自然である。そこで今日から二回、文月に相応しい気軽な装いを提案してみたい。夏素材を使ったキモノと帯を個性的に組み合わせ、颯爽と街を歩く。その着姿を見た人が、思わず振り返るような、そんなセンスの良い夏姿を考えよう。使う品物は、今回が小千谷縮と型絵染麻帯、次回は紅梅と近江麻織帯を予定している。それでは、始めてみよう。

 

麻素材の型絵染帯(いずれも竺仙)

麻素材の小千谷無地縮(いずれも小千谷・杉山織物)

夏を心地よく過ごす素材を考えた時、やはり真っ先に思い浮かぶのが、麻。風通しが良く、汗をかいてもすぐ乾く。おまけに内側に熱がこもらず、心地よく長く着用出来る。通気性と速乾性の良さでは、他の繊維の追随を許さない。その上、汚れても自分で洗うことが出来るので、使う自由度は格段に高い。これだけ好条件が揃っていれば、ごく自然に麻を使いたくなる。

けれども、夏の街着として気軽に使うためには、ある程度求めやすい価格であることが求められる。麻織物と言えば、宮古上布や八重山上布を頂点として、越後上布や能登上布などがあるが、何れも製織反数は少なく、手の届きやすい値段とはとてもいえない。そんな中にあって目を惹くのが、廉価な小千谷縮である。 小千谷縮の歴史は古く、製織は江戸寛文年間にまで遡る。原料の苧麻を手績みし、手括りをした絣糸を居座(いざり)機にかけて織り、それを足で踏んでシボを取り、雪にさらして仕上げる。こうした伝統技法を用いて作られる「伝統的工芸品・小千谷縮」も、僅かに残るが、先述した産地の上布同様、とてつもなく高く、呉服屋である我々さえ、目にすることが稀な品物になっている。

 

だが、そんな高級小千谷縮の質感をそのまま生かしつつ、とてもリーズナブルな価格で売られている品物がある。それが機械紡績のラミー糸を使い、機械製織した工業品的な小千谷縮。柄は無地モノや格子、縞などが中心だが、麻100%素材であることに変わりはなく、その上特有のゴワツキを抑えるために、わざわざこんにゃく糊を使用したりしている。

浴衣以外で夏キモノを考える時、まず思い浮かぶのが小千谷縮で、これなら下に長襦袢を着用し半衿を付ければ、夏のカジュアル着として十分通用する。しかも、その価格は多くが6万円前後。つまり「夏キモノデビュー」を飾るには、またと無い品物なのである。そこで今日は、最も帯で個性を表現しやすい無地モノを使って、その装いを考える。最近では、淡く明るいパステルカラーの小千谷をよく見かけるようになり、色のバリエーションは以前より格段に増えた。

 

(淡い萩色 無地小千谷縮・杉山織物)

夏薄物の地色というと、やはり青や鶸などの寒色系が目立つ。着姿を涼し気に見せることが、夏の装いの前提になるので、こうした色の傾向はある程度仕方がないが、もう少し色の範囲が広がっても良いと以前から思っていた。そんな中にあって、このところ小千谷縮では斬新な色の品物が増えた。それは、着心地が良くて値段も安いことから、夏キモノとして認知度が上がり、需要が増えたことが大きな要因である。数が売れれば生産量も上がり、同時に作り手は品物のバリエーションを増やす。機械生産だけに、安定的に品物を供給することが出来るので、価格もほとんど変わらない。やはり「売れる」ということが、モノ作りにとって何より大切なのである。

小千谷縮には、イチゴのような紅色やオレンジシャーベット色、またブルーベリー色など、それこそ目にも鮮やかなビビッドカラーもあるが、いくら派手モノが好きな私でも、これは少し扱うのに躊躇する。やはり暖色でも、柔らかみを感じる品の良い色の方が好ましく、合わせる帯の範囲も広がる。そこで選んだのが、桜色を落ち着かせたようなこの萩の色。萩は秋の七草の一種なので、薄物の色として使うにも相応しい。

(小格子に夏花模様 型絵染麻帯・竺仙)

優しいピンクのキモノに合わせたのは、小さな格子窓の中に夏花が入った、可愛い型絵の染帯。明るい夏色のキモノが少ないのと同様に、可愛い夏帯というのも少ない。そんな中で見つけたのが、この型絵染帯。帯の生地素材も小千谷の麻生地なので、これは麻×麻のコーデになる。

この帯は今年の春、竺仙の営業マンが店に持参してきた品物だが、その時の帯の垂れ色はくすんだ茶色だった。図案は気に入ったのだが、この垂れの色は違うと感じたので、模様の花色(アザミのピンク)に替えて誂えてもらった。合わせた画像を見ると、やはりこのピンクの垂れ色があるから、萩色の小千谷縮がより引き立つように思える。

あしらわれている花は、アザミ、鉄線、露草、桔梗など夏の野花。格子の所々には花を抜いたところがあるので、前姿もすっきりしている。こうして模様の挿し色を見ると、アザミの濃いピンクが目立ち、図案のアクセントになっている。やはりポイントとなる色を垂れに使う方が、帯としてのバランスが取れるように思う。

淡い萩色と小さな夏花の取り合わせは、さりげなく愛らしい着姿になる。浴衣よりひとつ上の夏キモノとして、オシャレで個性的、そして都会的な印象も受ける。縮のピンクに落ち着きがあるので、若い人だけでなく、少し大人の方でも装うことが出来そう。

 

(青磁色 無地小千谷縮・杉山織物)

薄物の定番色・青磁色の小千谷縮は、見るからに涼しそう。上の萩色と同様に、色を淡く抑えてすっきりした無地色にしている。この色だと、シンプルな幾何学図案の帯を使えば、キモノの地色が着姿の前に出て、爽やかな印象を醸し出すが、あえて密な模様の帯を使って、華やかさを出してみよう。

(唐花模様 型絵染麻帯・竺仙)

こちらも竺仙の手による、植物をモチーフにした麻生地の型絵染帯。最初の帯は、夏の植物図案だったが、こちらは唐花。蔓を付けた少し大きめの花が、帯の巾いっぱいにあしらわれている。茜色や赤紫、藤ピンクなどの明度の高い挿し色を使っているので、夏帯としては華やかな雰囲気を持っている。この帯の垂れの緑色も、私が指定して誂えてもらった。

唐花が縦横に咲きほこる前姿は、やはりインパクトがある。ただ、前もお太鼓も地は白なので、模様が密でも、暑苦しい感じにはならない。

無地モノを帯で自由に演出する。そんな楽しさを象徴するような組み合わせ。こうしたコーデは、年齢とは関係なく考えて良いと思う。季節に関係なく使える唐花は、やはり使い勝手の良いモチーフ。しかもこれだけ鮮やかな挿し色を使っていると、装いが一気に明るくなる。

 

(墨黒地 無地小千谷縮・杉山織物)

薄物で黒地を使うというのは、最も個性的な夏の装いのように思える。夏の黒と言えば、まずは紋紗が思い浮かぶが、この品物の特徴は、白襦袢を重ねることで、黒いキモノの地紋が着姿から浮きあがり、それが独特の表情を作ること。この墨色に近い黒地の小千谷もそれと同様で、白の襦袢を重ねると、僅かに鼠色の気配が出て、見た目の色が柔らかくなる。表の色を裏から透けさせて、装いの表情とするというのは、やはり上級者っぽい工夫だ。

(マーガレット模様 型絵染帯・竺仙)

この渋い黒小千谷の大人っぽさを残しながらも、少しだけ可愛さを出そうと考えて選んだのが、大きなマーガレット模様の型絵染帯。もしもここで、和花モチーフの帯を使えば堅苦しくなり、着姿は墨黒の色の中に沈んでしまうだろう。だが、大きなマーガレットがあれば、その花の大人可愛さから、印象がガラリと変わるはず。渋みとモダンさが同居する、なんとも不思議で個性的な着こなしになるのではと、私は思うのだが。

黒だからこそ引き立つ、帯幅いっぱいのマーガレット。他の色では、こんなに模様が強調されることはないだろう。また帯〆の色を変えるだけで、雰囲気も変わりそう。小物を工夫して、存分に楽しむことが出来そうな組み合わせ。

帯地が白で、挿し色が淡く抑えられていることがまた、黒の煤けた色とよく合う。無地モノは帯次第で、装いの印象を自在に変えられる。そんなことを証明するコーデではなかろうか。

 

今日は、コストパフォーマンスに優れる無地の小千谷縮と、竺仙の可愛い型絵染の帯を使って、夏のカジュアルな装いを考えてみたが、如何だっただろうか。浴衣より一歩進んだ夏キモノは、独特の風情があり、その着姿は街行く人の目を存分に楽しませてくれる。キモノ姿が注目されるという点では、夏姿は冬姿の何倍にもなるだろう。ぜひ皆様も、麻の涼やかさと共に、自分らしい夏のコーデを楽しんで頂きたい。

次回は今回と対照的に、模様が密な紅梅小紋とシンプルな幾何学模様の織帯を使って、また違う個性的な夏姿を演出してみよう。最後に、今日ご紹介した三パターンのコーデを、もう一度ご覧頂こう。

 

和装の特別さというのは、やはり冬より夏の方が断然感じるように思います。照りつける陽ざしの中、日傘をさしてさりげなく歩けば、そのキモノ姿は、多くの人から振り返られること間違いなしです。浴衣では感じ得ない、きちんとした夏の装いは、やはりあって然るべきかと思います。夏が長~くなっている昨今、薄物に目を向けて頂ければと、切に願っております。

なお今月より、ブログの更新回数が3回になります。原因は、とにもかくにも私の執筆力の低下にあります。これまで通り、記事の内容を落とさずに書き続けるには、やはり回数を減らすしかないのです。悔しいですが、仕方ありません。

今日も、最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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