バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

5月のコーディネート  ラッキーなフルーツ帯で、爽やかな小紋姿を

2024.05 20

「験を担ぐ」とは、縁起を気にして一定の行動を繰り返すことを言うのだが、以前良い結果が出た時のある行いを、吉祥の前兆と考えるからこそ続くこと。この験なる行動は、担いでいる本人だけが拘っていることで、傍から見れば、それほど意味のあることとも思えない。いわば、個人的なある種の信仰のようなものである。

私にはほとんど信仰心がなく、日常の中で縁起の良し悪しを気にかけることも少ない。従って、験担ぎと呼べるようなことはしていないのだが、ただ一つだけ「判で押したような行動」をとっていることがある。それは、自宅から店まで朝の通勤に使う道を、全く変えていないこと。もう20年以上、同じ道を同じ時間にバイクで走っている。距離は3Kほどで、時間にすれば10分くらい。道は沢山あるので、選択はいくらでも出来るのだが、脇目も降らずに同じ道を通っている。

通勤で使っている経路が特に空いているとか、安全度が高いということも無い。おそらく、もっとスムーズに早く着く経路もあるはず。けれども、もし変えてしまうと、何となく落ち着かない一日の始まりになりそう。決まった道を、決まった時間に、決まった手段で通る。これが自分の気持ちの中で、一つの安心感に繋がっていることは間違いない。験など担いでいないようでも、これも縁起を気に掛ける行動に値するのだろう。

 

さて行動の験担ぎではないが、キモノや帯の文様やモチーフの中には、縁起が良いとされ、お目出度い場所に使う図案と位置付けられているものが、数多く存在する。これまでこのブログの中でも、機会があるごとに、各々の文様の謂れや歴史を説明してきたが、それは幾つかの特定植物を組み合わせるもの、一定の様式で植物や鳥、器物を揃えるもの、そしてモチーフ単独でも吉祥を高めるとするもの等に、すみ分けられている。

縁起文と位置付けられる意匠には、様々なパターンがあり、そこに季節性を組み入れることで、よりタイムリーで個性的な姿が演出出来る。そこで今月のコーデネートでは、古くからラッキーフルーツ・縁起の良い果物とされる「三柑の実」をモチーフにした帯を、小紋で試すことにした。キモノ色は、初夏に相応しい鮮やかなアップルグリーン。どのような装いを形作れたのか、ご覧頂くことにしよう。

 

ラッキーフルーツ帯二点。左の白地・柘榴文 右の深紅地・三果(三柑の実)文

いわゆる縁起の良い果物・ラッキーなフルーツと位置付けられているのは、柘榴・桃・仏手柑(蜜柑の一種)。キモノや帯の意匠として、この三種類の果物を各々単独であしらっただけでも吉祥の表現となるが、この三つを一つにまとめて図案にすると、それが三果(三多果)文という吉祥文様になる。

三果文に関しては、今年1月の稿(1.15 吉祥な植物文様)の中で詳しく述べているので、説明は省略するが、柘榴は、子孫繁栄を意味する豊穣のシンボルであり、桃は不老長寿の意味を持つ霊木、そして仏手柑(柑子あるいは橘)は、幸福や財宝を呼び込む植物として、古来より特別視されてきた。中でも、蜜柑=橘は文様として定型化されているため、果実文様と意識されることは少ないように思われる。

果物なので、どうしても実の方がイメージされるが、結実する季節は、桃が夏で、柘榴と蜜柑が秋。だが花の時期となると、桃が春で、柘榴と蜜柑の花は初夏。柘榴は華やかで目立つ橙色、蜜柑は五弁の白く清楚な花姿が特徴的。そこで、今の時期が花の旬となる縁起物の果実帯を、これも、今の時期に相応しい爽やか色の小紋と合わせて、すっきりとした街着の姿にしてみたい。どのような装いになるのか、始めてみよう。

 

(青りんご色 小立湧紋織 更紗短冊模様・飛柄小紋・トキワ商事)

初夏になると、見た目にも爽やかな緑系・青磁色や青系・コバルトブルーなどの地色のキモノを使いたくなるが、今回使うこの小紋も、そんな印象を受ける品物の一つ。画像では光のあたり方で、少しくすんだ若草色に見える地色だが、実際はもっと明るく、青リンゴの皮のように澄んだ黄緑色をしている。

この小紋の形式は、図案をランダムに散りばめる「飛柄小紋」になっているが、一つ一つの模様が小さいことから、遠目からは、緑の地色だけが前に出ている品物である。こうした「色で装う」シンプルなキモノは、帯次第で印象が変わることから、コーデを自在に楽しむことが出来る。

生地目と図案を拡大してみると、意外に凝ったあしらいになっていることが判る。地紋は、小さな立湧模様の中に唐草が入っており、図案も、短冊の中に三つ繋いだ花菱唐花が入っている。飛柄小紋の模様としては、こうした更紗的な図案を使うことは珍しく、その挿し色に赤が入ることも珍しい。飛び小紋は茶席で使われることも多いが、この小紋は洒落た街着の装いにもなる、モダンで面白い品物かと思う。

色的にも模様的にも、十分に爽やかさが伺える小紋。袷・単衣どちらに誂えても良さそう。それではこれから、この小紋にラッキーフルーツをテーマにした二点の帯を合わせて、今の季節に相応しい装いの形を考えてみたい。

 

(白地 柘榴に横段唐花模様・九寸織名古屋帯 西陣 山田織物)

柘榴は、紀元前2000年頃から、ペルシャ(イラン)で栽培が始まり、それが古代ギリシャやローマへと伝播していった。ギリシャでは、種子の多い柘榴を豊穣の象徴、あるいは多産のシンボルとみなし、「命を育む植物・生命の木」と認識するようになった。メソポタミアのナツメヤシ、古代エジプトの葡萄、ロータス(蓮)、フェニキアのレバノン木など、オリエントの地域それぞれに、生命の木=聖なる樹木が存在した。

この聖樹とされた植物が、唐草モチーフの原型であり、以後それを様々に文様化したものが、宮殿の柱など古代の建築様式として取り入れられていった。もちろん柘榴もその一つで、BC800年代にメソポタミアで建国された、新アッシリア帝国のニネヴェ宮殿跡からは、円形の上に三ツ割の小さい葉を持った形の文様飾りが見つかっている。柘榴は、メソポタミア美術においてモチーフの一つに数えられ、先述した宮殿の図案は、アッシリア文様式ザクロ文と名前が付いている。

こうして拡大して帯の柘榴図案を見ると、これが「唐花的」であることがよく理解出来る。この帯の配色では、柘榴は黄色味を帯びた橙色になっているが、これはリアルな柘榴の実の色である。実は熟してくると、皮が剥がれて多数の種子が現れるが、種子は死んでも新しい葉が芽吹く。そんなことから、キリスト教では再生と不死を象徴する「希望の果実」となっている。

お太鼓を作ってみると、三本並んだ柘榴の木の下に小さい唐草が巻き付いており、上下には横段の区切りがあって、その中にも唐草が見える。つまりこれは、柘榴を主役とする唐花文の帯ということになるだろう。配色は、実の薄ベージュ・橙色と葉の緑青色が主体で、全体が淡いパステルの色で包まれている。地の色が白だけに、爽やかで優しい印象を与える帯姿。では、アップルグリーンの小紋とのコーデを試してみよう。

 

小紋のモチーフが小さな唐草、帯のモチーフが柘榴を中心とする大胆な唐花。そしてキモノ地色が柔らかみのある黄緑で、帯の配色も優しい緑が目立つ。模様の性質や配色に共通項が多く、似たもの同士のコーディネートになっている。

帯地が白であることが、清潔感のある着姿を演出する。小紋の唐草模様は、近接しなければそれとは判らないが、こうして柘榴と合わせてみると、雰囲気が上手くマッチしているように思える。

前の合わせを見ると、横段が縦になって、かなりインパクトのある帯姿に変わる。小紋がかなり無地場の多い品物なので、これくらい模様がはっきりとした帯でなければ、変化に乏しい着姿になってしまう。

小物には、柘榴の橙色を使ってみた。帯〆の色を決める時には、帯の模様配色の中でキーポイントとなっている色を見極め、それを使うとすんなりまとまることが多い。今回もその例に従い、柘榴色より僅かに濃い橙で、しかも黄色の縞を組み込んだ個性的な帯〆を使ってみた。帯揚げは、使い勝手の良い三色暈しで、橙色が入っているものを選んだ。(帯〆・龍工房 帯揚げ・加藤萬)

 

(深紅色地 柘榴・桃・仏手柑 三多果文様・九寸織名古屋帯 川島織物)

縁起の良い三つの果実を同時にあしらう・三果文様を、そのまま意匠とした帯。幾つかの植物を集めて吉祥文様としているパターンは、松竹梅文や四君子文などと同じだが、この三果文はそれほどポピュラーな図案ではなく、知らない方も結構多い。実際にこの文様が、重厚なフォーマルモノにあしらわれているケースはほとんどない。例えば、松竹梅文の留袖は一般的だが、三果文の留袖は、これまでにお目にかかったことがない。

先の柘榴同様、桃と仏手柑(蜜柑)も古代中国やオリエントで霊木として認識され、これもまた、唐草や唐花の原型として考えられてきた。桃は邪気を払う力があり、蜜柑には幸運を呼び込む力があると、信じられてきたのである。そこで柘榴の不老長寿と合わせ、この三つの果実が揃えば、それはまごうことなき縁起文様となるのだ。

唐草の蔓の中に、三つの果実を配している。帯幅一杯に蔓と葉と実が付いていて、帯姿からは、立体的な印象を受ける図案。帯地の色は深い紅赤色で、大人の帯としては珍しい「赤い帯」。ビビッドな赤は、着姿をキュっと引き締められる上に、華やかさや可愛さも引き出せるので、案外使い道は広いように感じる。だから私などはいつも、赤い色の帯を探しているが、なかなかピンとくる品物に出会わない。そもそも赤地は織り出す数が少ないのだから、仕方がないのだが。ではこちらも、先の小紋と合わせてみる。

 

こちらのコーデのポイントは、小紋の小さな更紗の中に入っている僅かな赤を、帯地色として使っている点。外見からキモノの赤はほとんどわからないが、模様のアクセントとしては一定の役割を果たしている。コーデを考える際には、どの色を帯色に使うと着姿にインパクトが出せるかを、まず考える。帯次第で印象が変わる飛柄小紋だけに、キモノの中で一番目立つ赤で、装いを強調してみた。

キモノは大人しく、帯は密。対照的な図案の品物で着姿をまとめると、案外上手く行く。やはりこのケースでは、帯色の赤が装いのカギを握っている。

くねっとした蔓と図案化した三つの果実が前姿に表れ、何ともモダンな姿に映っている。帯地が赤であることが、模様をなお生かしているように思う。この色だからこそ、図案が浮き上がっているように見えてくる。

帯締めには赤の補色となる緑を使って、着姿をまとめてみた。帯地の赤が濃いので、帯〆の緑も深い色を使う。お互いの色を補い合う補色コーデは、こうした時に効果的。(冠帯〆・暈し帯揚げ 共に今河織物)

 

あまり知られていない、ラッキーな果実を使った文様だが、元を正せば、これは唐花文の範疇に入る図案である。唐花や唐草の源は、古代文明の中で尊重されてきた植物や果実。それが伝播の過程で、様々な国のエッセンスを詰め込んでアレンジされ、驚くほど多様な文様となって、次の国に流布される。天平期、唐花が正倉院へ辿り着いた時、それは東西の文化を融合した文様の完成形として、すでに確立されていた。

初夏に似合うアップルグリーンの小紋を、紅白の名古屋帯でコーデしてみたが、如何だっただろうか。やはり唐花系のコーデは、組み合わせの自由度が高く、考えていても楽しい。それはおそらく、唐花というモチーフの多様性に要因があるのだろう。皆様も一度、フルーツな装いをお試しあれ。最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

私は、事故に遭遇するということが、偶然でしかないように思います。あと数秒早かったら、飛び出してきた車と接触しなかったとか、数秒遅ければ、道を渡る人と出会うこともなかった。そして、あそこの信号が赤にさえなっていなければとか、後1分家を出るのが遅ければなどと、当事者になった誰もが思います。

長いこと車やバイクを運転していますが、おかげさまで、これまで重大な事故を起こしたり、被害にあったことはありません。これは運転技術云々ではなく、ただ単純に運が良いだけです。私が店への通勤に同じ道を使っているのは、これまで何事も無かったという経験が、心の中にあるからで、やはりこれはある種の「験担ぎ」と言えましょう。

ただ私の場合、交差点で出会いがしらに車とぶつかることよりも、林道でヒグマとぶつかる恐れの方が高く、いつ重大な事態になっても不思議ではありません。こちらの方は験の担ぎようが無いので、ただ運を天に任せるのみです。ですので保険屋さんには、バイク呉服屋のために、ヒグマ死亡保険や傷害保険を作って頂きたいと思っています。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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