バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

装いの名脇役・帯揚げ その用途と種類  後編・カジュアルと薄物編

2024.04 03

先週の金曜日・29日に、桜がようやく開花した。甲府では昨年より12日、東京では15日遅い。去年の満開日が3月22日だったことを考えると、今年の遅さが際立つ。ここまで遅れたのは、2012(平成24)年以来のことだが、これは開花直前・3月の気温の低さが原因のようである。確かに2月までは暖かかったのに、3月は雨が多く寒い日が続いていた。

開花が遅れたために、満開は新年度になってから。いつもなら、入学式では散っている校庭の桜も、今年はまだ花を付けているはず。温暖化の影響で、年々開花が早まっているため、近年での桜の季節は卒業式近くに移ってきているが、やはりイメージとしては、門出の花である。新たなスタートを切る人にとって、遅れて咲く今年の桜は、特に記憶に残るに違いない。

 

ところで、私自身の小学校入学式のことは、何も覚えておらず、もちろん桜の記憶もない。1966(昭和41)年のことで、もう半世紀以上も前になるのだから、無理もなかろう。そこで当時の記憶を呼び覚ます唯一の手掛かりとなると、それは写真になる。実家に残る古いアルバムの中には、校庭の片隅で、黒い羽織を着た母親と一緒に写った自分の姿が残されている。

戦後の和装の歴史を振り返ってみると、この昭和40年代前半というのは、高度成長期の最中にあって、多くの家庭に和装が普及した時期でもあった。入学式に参列する母親の衣装は、無地の色紋付キモノに黒絵羽織が定番で、世間では当時、この姿のことを「PTAルック」などと呼んでいた。どの家庭でも、式服としての和装は必需と考えられていた時代であり、呉服屋にとって「我が世の春」と言えるような良い時代であった。

けれども時が過ぎるにつれ、次第に学校の式典からキモノは姿を消す。平成の時代には、和装姿の母親は式典で目立つ存在になり、ついには、「誰々のおかあさんとすぐ判るから、止めて」などと、子どもから言われてしまったという話も聞いた。そして、うちの娘たちの中学や高校の入学式では、和装で参列しているのは、私の家内の他には、数えられるくらいの人数であることが、常だった。

 

もはや入学式での和装は、消えるのみと思われていたのだが、最近少し復活の兆しが伺える。嫁入り道具としての存在が消えて久しいキモノだが、このところ、子どもの小学校入学を期として、新しく誂える方や、自分の母親が持っているキモノを手直しして着用しようと考える人が増えており、実際に依頼も多くなった。子どもの入学を「特別な場面」と捉えていて、ならば装いにもこだわりを持つということになるのか。現代において和装は、とびきり「特別な衣装」と意識されていることは、間違いないだろう。

いずれにせよ、こうしたことが契機になり、キモノに目を向けて頂けることは、嬉しいことである。そしてそれがフォーマルだけでなく、カジュアルな場での装いにも目を向けて頂けると、もっと楽しさが発見できて、より理解が深まると思う。さらに進んで、コーディネートにも関心を寄せて頂くようになると、手を通す機会は増えるはずだ。

今日の稿も前回に引き続いて、帯揚げについて。着姿からはそれほど目立たない脇役だが、小物一つにも個性があり、各々に使うに相応しい場面がある。それが、和装の奥深さや面白さでもあるが、この記事の内容が、今からキモノを着てみたいという方に少しでも役立つように、画像を交えながら、判りやすく説明することを心掛けて、書き進めることにしよう。

 

猫足にネズミ模様・帯揚げ(龍工房) 後向き犬模様・帯揚げ(加藤萬)

帯揚げの生地には、一越、綸子、鬼シボちりめん、そして鹿の子絞りと様々なものがあるが、模様の加工も友禅調のものや、刺繍や箔、さらに各種の絞りを駆使したもの、また幾つかの技法を複合したものなど、バリエーションに富んでいる。ただフォーマルの場面では、総疋田絞りや綸子を用いることが一般的で、模様も暈しや無地系のものが多く使われる。やはり礼装には、個性よりも無難さの方が求められるからだろう。

けれどもカジュアルの帯揚げとなると、ほぼ何でも良くなり、装う人の好みでどんなものでも使うことが出来る。作り手もそれに応じるかのように、思い切り斬新な「面白い帯揚げ」を制作する。それは帯揚げとしての機能よりも、図案の楽しさや季節感を意識して作られ、その品物を見た人が、思わず手元に置きたくなるように仕向けている。おそらくそれは、使い勝手よりも、持っていることでの満足感を得られるものであろう。そんな一例が、上の画像にある二点の帯揚げだ。

 

図案は、猫足にネズミと犬の後姿。こんな模様がキモノや帯に使われることはまず無く、個性が表現される帯揚げだからこそのあしらい。だが実際に使う段になれば、着姿からはネズミも犬もほとんど見えないはず。つまり、このユニークな図案が装いに生かせないことになるのだが、だからこそ、使い道が広くなるとも言えよう。もしもこのネズミや犬の姿が、着姿から鮮明になれば、そこだけに注目が集まってしまうだろう。

上の品物は、カジュアル使いの帯揚げの中でも、「キワモノ」と言えようか。ただ、ここまで行かなくても、季節を感じさせる図案を品良く描いたものや、お目出度さを前に出した意匠、そして絞り加工の特徴を生かした凝った図案や、珍しい色を組み合わせた斬新な暈しなど、思わず手を伸ばしてみたくなる品物が、他にも沢山ある。ではこれから、そんな帯揚げの姿を、数々のコーディネートの中でご覧頂くことにしよう。

 

桜色 桜花散し帯揚げ・萌黄色 椿模様帯揚げ(二点共に加藤萬)

桜色地・小桜散し小紋(トキワ商事)と白地・波文に桜散し名古屋帯(龍村)

丁度桜の季節なので、まずそれに応じた品物を使って、各々に工夫した帯揚げの姿を見て頂こう。最初の帯揚げは、大きな桜花を桶出し絞りで白く抜いたもの。小紋の桜地色とほぼ同色で、帯〆の色もそれに合わせている。この組み合わせだと、春のはんなり感が着姿の前に出る。

一方で、この萌黄色の帯揚げを使うと、着姿にアクセントが付く。帯にあしらわれている桜花弁の一部・緑色を小物に取り入れている。やはり着姿のバランスを考えれば、小物で桜色以外を考えるとなれば、緑系以外の色は使い難い。帯揚げの図案は、大きい椿の花を桶絞りで表現したものだが、模様が図案化されていることもあり、着姿から椿とは判り難い。

 

二色染め分け 椿絞り模様・帯揚げ(加藤萬)

宍色・摺込み長井紬絣(渡源織物)と生成色ちりめん・椿型絵染帯(最上)

椿模様の帯揚げをもう一つ。この帯揚げは、桜色と紫味の強いワインレッドの二色を、桶絞りを使って中央で染め分け、真ん中には、縫い絞りと小帽子絞りという二つの絞り技法を使った椿の花をあしらっている。つまりここで使われた絞り技法は、三つになる。型絵染で表現した帯の椿にリンクして、帯揚げにも同じモチーフを使う。実際に使うと、帯揚げの椿は着姿からは判り難いが、気分は「椿コーデ」である。

この帯揚げは、使う時の折り方によって、着姿に三通りの模様が楽しめる。最初の折り方では、椿の花が前姿に出てくる。色も二色が折半になっている。真ん中の折り方では、濃いワイン色が前に出るので、このキモノと帯の組み合わせで使うと、帯揚げの存在が目立ってくる。最後の桜色メインの折り方では、帯揚げの色が着姿の中に埋もれるので、優しい雰囲気になる。このように、一枚の帯揚げからでも、模様の出し方により着姿のイメージが変わるので、時に応じた工夫が楽しめる。

 

このように、多彩な絞りの技法を使って模様を表現する帯揚げは、カジュアルの装いには欠かせないお洒落なアイテム。幾何学模様を組み合わせたり、思い切った配色を施したものも多い。装う人の好みで、何を選んでも良い。それでは、具体的にどのような使い方をするのか、二つの例をご覧頂こう。

濃茶色 亀甲絞り模様・帯揚げ(加藤萬)

亀甲模様を桶出し絞りで大胆に切り取り、中心には疋田絞りで折れ筋を付けている。地は黒に近い深い茶だが、亀甲の配色が赤茶と抹茶なので、渋すぎる感じはしない。

黒地・葡萄唐草小紋(トキワ商事)と白地・クローバー型絵帯(岡田その子)

小紋の黒い地と帯の黒クローバー、この二つを繋ぐ役割として帯揚げを考える時、この絞り亀甲の色合いなら全く違和感は無い。葡萄唐草の茶色と帯〆の茶色も連動し、納得できるコーデになった。帯揚げと帯〆の間に色の連関性があると、全体がすんなりとまとまりやすい気がする。

 

青緑色 流水絞り模様・帯揚げ(加藤萬)

少し青みが入った緑色の地の真ん中に、桶出し絞りで流水模様をあしらっている。流水部分には同じ緑系の苗色を入れており、全体から見ると同系色の染分けになっている。またアクセントとして、疋田絞りの粒で、細い流れの筋が描かれている。

紅藤色・縞大島紬(伊集院リキ商店)と白地・柊染帯(トキワ商事)

ヒイラギだけをあしらったこの帯は、クリスマスをイメージしたものとすぐ判る。なので、小物にも赤と緑のクリスマスカラーを使い、全体の雰囲気を盛り上げてみる。緑二色に染分けた帯揚げは、ヒイラギの葉色と連動しており、深紅の冠帯〆も、ヒイラギの実の色に合わせている。このような緑で染め分けた帯揚げは、色使いとしてかなり珍しいが、こんなクリスマスコーデの時には、最大の効果を着姿にもたらす。

 

暈しはポピュラーな帯揚げの施しだが、上のような大胆な色の組み合わせは、あまり見かけない。薄色中心の上品な暈しは、フォーマルモノに使う帯揚げとして定番だが、こちらの斬新な暈しは、個性的なカジュアルの装いでは、名脇役を務める。どのようなコーデで使うのか、幾つか例を挙げてみよう。(この帯揚げは全て、木屋太・今河織物)

山葵色・スマトラ絣お召(今河織物)とマーガレット模様染帯(トキワ商事)

上の画像で左下に置いた、橙と青磁の二色暈しを使ってみた。この合わせでは、橙色の方を前に出しているが、温かみを感じる色を使うことで、着姿はより春らしくなる。

こちらは、青磁色を前に出した合わせ。上の橙色と比べて、かなり落ち着いた雰囲気になる。マーガレットの葉の緑、冠帯〆の青緑色と関連付けて、同系色でまとめたコーデになっている。二色暈しの帯揚げでは、こうした使いまわしが可能になる。

 

横段鰹縞・十日町紬(菱一)と鱗模様・石下紬帯(奥順)

誂えると市松模様になる横段の鰹縞と、連続した鱗模様の紬帯の合わせに、群青と桜色の二色暈し帯揚げを使う。キモノも帯も、白と淡いブルーを基調とする柔らかい配色なので、小物に少しビビッドな気配を持たせて、着姿にアクセントを付ける。帯揚げと冠帯〆は、ほぼ同色。群青に少し紫を含ませた微妙な色。この帯〆も木屋太の品物だが、やはり同じ感覚で色を出しているために、一緒に使うと上手くまとまる。

生成色・小花繋ぎ小紋(菱一)と薄桜色・イカット絣縞帯(木屋太)

こちらのコーデでも、今河織物の暈し帯揚げ(薄桜と紅色の二色暈し)と冠帯〆を使っている。可愛い小花の挿し色からピンクを選んで帯揚げの色に使い、深紅の帯〆で若さを強調する。キモノと帯の挿し色から、ポイントになる色を見出して、それを小物の基本色にする。この色を何に決めるかで、着姿の印象はガラリと変わるだろう。

 

薄物に合わせる帯揚げの生地は、絽や紗が一般的。最近では、単衣に夏帯を合わせることも多いが、この場合には帯揚げも夏モノを使う。上の画像のような薄地色の暈しは、フォーマルな場面で使うことが多く、合わせる帯は紗袋帯や絽綴れ帯になる。

薄水色 秋草の丸地紋・暈し絽帯揚げ(加藤萬)

薄い水色の中に、斑に白い暈しを入れて、その間に秋草の丸模様の地紋を浮き上がらせる。この絽帯揚げの地色には、水色の他に、青磁色や浅紫、薄黄土色があり、いずれも爽やかな仕上がりになっている。

クリーム色・友禅絽訪問着(菱一)と露草色・唐花模様絽綴れ帯

合わせている帯揚げは、上の画像で真ん中に置いた、浅い紫色の暈し。綴れ帯に織り出されている唐花の配色から、帯揚げと帯〆の色を決めている。夏のフォーマルでは、上品で涼やかな装いを何より望まれるので、小物はどうしても無難な合わせ方になる。

 

カジュアルに使う、夏の帯揚げ。こちらも生地は絽と紗が中心で、地色はやはり薄色が多い。図案は、染や絞り、刺繍などであしらわれているが、冬モノと比べて、あっさりしたものが多く、控えめな感じを受ける。(加藤萬・龍工房・渡敬)

白地・小帽子絞り 流水紋紗帯揚げ(加藤萬)

紗の生地に、平織で流水模様を織り出した、いかにも夏らしい涼やかな帯揚げ。この紋紗は、サラリとした風合いを持つので、帯揚げだけでなく、襦袢生地にもよく使われる。小丸の絞り模様は、小帽子絞りの中に疋田を入れてあるが、明るいサーモンピンクの配色で、若々しい模様姿になっている。

白地・蝶模様 絹紅梅(新粋染)と横段 紗博多帯(西村織物)

帯の横段配色の中で、最も明るいピンクを、小物の色に採用しいる。ただ、あくまでも夏物らしく、すっきりとした涼やかさを失わないように、帯揚げも帯〆も白を基調としたものを選んでいる。キモノの絹紅梅は、揚羽蝶を連ねた江戸小紋的な意匠。

 

ミントグリーン色 ヨット模様・絽帯揚げ(加藤萬)

ミント色に銀を散らし、その中にヨット刺繍を施したモダンな品物。色にも図案にも、帯揚げには珍しい洋的な雰囲気があるが、夏の爽やかさだけを考えて作られたものなのだろう。カジュアルの装いの彩りとして考えるなら、こんな試みも面白い。

青磁色無地・小千谷縮(杉山織物)と白地割付模様・夏紬型絵帯(トキワ商事)

小千谷縮の無地モノは求めやすい価格の上に、様々な帯合わせを楽しめることから、気軽な夏キモノの定番となっている。この青磁色縮には、少しお洒落な型絵染帯を使って都会的な姿に仕上げているが、画像からも、ミントグリーンの帯揚げがポイントになり、しっかり装いの脇役を務めていることが見て取れる。

 

さて長くなってしまったが、今日はカジュアルな装いと薄物で使う帯揚げについて、話を進めてきた。個性的な色使いや加工を試みて作られる品物は沢山あり、全部をご紹介することは出来ないが、ぜひ皆様もその時々にに応じた「脇役」を探しながら、装いを楽しんで頂きたい。帯揚げと帯〆にこだわりを持ち、これを臨機応変に使い分けられるようになれば、それはもう、和の装いの上級者の域に達したと言えるのではないか。

 

桜だけのキモノや帯は、桜という花の旬の短さから、多くの方が「装ってみたい」と思いつつも、いざ求めるとなると、敬遠されることが多いです。けれども、桜ほど待ち望まれる花は無く、しかも卒業や入学、就職といった「人生の節目」を飾る花でもあるのです。そして何より、桜をキライという人はほとんどいないでしょう。

ですので、春の式に参列する時の和装として、桜ほど相応しいモチーフはありません。そしてカジュアルモノでしたら、毎年装う機会を自分で作れば良いので、桜を装いに取り入れないのは、勿体ない気がします。それでも、「桜だけの品物は、ちょっと難しい」というのでしたら、せめて帯揚げで「桜モノ」を使ってみたら、如何でしょうか。これなら気軽ですし、ささやかに旬を取り入れることも出来ますので。

以上、桜モチーフのキモノや帯を在庫に抱えて、なかなか捌けずに困っているバイク呉服屋からの提案でした。今日も、長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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