皆様は、日本の俳優の中で「名脇役」と言えば、誰を思い浮かべるだろうか。私は、大滝秀治さん。朴訥な好々爺だったり、一徹な頑固者を演じてみたり、時にはコミカルな一面も見せたりする。70年代には、社会派と呼ばれた日本映画・金環蝕や不毛地帯などで、政治家の役回りを務め、脇役としての存在感が光っていた。また80年代以降では、ドラマ「北の国から」での開拓農家の主人役や、伊丹映画「タンポポ」の老人役などで見せた個性的な演技が、強く印象に残っている。
脇役がきらりと光れば、その映画やドラマの魅力は、否応なく上がるはず。それは主役の演技が、脇役によって引き出され、それが作品全体に波及するから。つまり、脇役が作品のキャスティングボードを握っており、誰がどのように演技するかが、とても重要なのである。だから個性的なバイプレイヤーの存在は、いつの時代でも求められる。
この脇役という役割を、和装に当てはめてみると、それは間違いなく帯〆と帯揚げになるだろう。装いの主役・キモノと帯を引き立て、着姿をより美しく、時には華麗に演出する。この小物を抜きにして、装いを作ることは出来ず、絶対に必要なアイテムである。だから、ここにどのようなモノを使うかで着姿が変わり、それこそが、装いを上手く決めるか否かの分かれ道になるのだ。
考えてみれば、帯揚げはキモノと帯の間で使われており、着姿の主役となる二つのアイテムを繋ぐ、いわば緩衝的な役割を果たしている。また帯〆は、前姿の真ん中に位置するため、着姿の中で最も目立つポイントになっている。いずれにしても、この二つの小物の果たす役割は大きいが、何をどのように使うのかは、装う品物によって変わってくる。フォーマル、カジュアル各々に相応しい品物があり、特に格の高い礼装の場面では、予め使う品物は限られている。また使う小物の色やあしらいは、一緒に装うキモノや帯の色や図案とも大きく関り、何を選択するのか悩ましいことも珍しくはない。
そこで今日は、装いの脇役である小物に注目してみたい。帯〆については、以前稿の中で取り上げたことがあったので、今回は帯揚げにスポットを当てることにする。帯揚げの種類や、用途別に何が相応しいのか、さらに品物選びのポイントをどこに置くかなどを中心に、話を進めていく。なお長くなりそうなので、内容は、今回のフォーマル編と次回のカジュアル編の二回に分けることにした。
在庫の帯揚げを出してみたら、畳一杯に広がってしまった。色も細工も様々だが、ここにはフォーマル用とカジュアル用、そして夏モノと冬モノが混在している。但し、この画像を見ただけでは、その種類を見極めることは難しい。
そもそも帯揚げは、帯の垂れを背に背負い上げるためのもの。これは、江戸の文政年間に深川の芸者が考案した「太鼓結び」が、それまで主流だった結び余りの帯を結ばず、紐で押さえて結ぶ方法をとったために、帯が下がらぬように結ぶ布・帯揚げと、締めた帯が解けないようにする紐・帯〆が、装いには必要な道具となったのである。
初期の帯揚げは、友禅染の小さな裂を使っていたが、太鼓結びが広まるにつれて、「帯揚げ」というアイテムで品物が作られるようになり、明治末期には、淵に耳の付いたものが生産されるようになった。
帯揚げは、太鼓の形状を保つ帯枕を包むようにかぶせ、前で結ぶ。そしてこれを、キモノと帯の間に挟み入れて、帯の上に覗かせる。一般的な使い方は、前で結び目を作る「本結び」になるが、振袖の装いでは、結ばずに前で大きく帯揚げを見せる「カモメ結び(内いりく)」を使うこともある。
本来帯揚げは、お太鼓姿を美しく整えるという機能的な役割を持つのだが、同時に着姿のアクセントとして、装飾的な意味合いがある。特に最近では、「飾り」としての役割の方が重要視されている。と言うのも、装いにはトータル的な美しさが必要であり、そのためには、各々の着姿に応じた帯揚げを選ぶことが大切になるから。特にフォーマルの装いでは、装う場面ごとに小物を工夫して、着姿の格を高めていくことになる。
それでは、フォーマルで使う帯揚げは、どのようなものなのか。そして何を基準にして、品物を選べば良いのか。これからアイテムごとに、説明していくことにしよう。
鬼シボちりめん地 桜刺繍帯揚げ(加藤萬) 振袖・訪問着・付下げ向き
鬼シボ(別名・鶉)ちりめんには、独特の柔らかみと光沢があり、使ってみると重厚さが装いの中に表れてくる。色は、赤や橙、黄に鶸など原色が多く、あしらわれている桜の刺繍が、可愛さを引き立てている。華やかさが前に出せるので、振袖や若い人の訪問着や付下げに合わせることがほとんど。
深い茜色地・梅笹模様の振袖(菱一)と黒地・松文様袋帯(紫紘)のコーデ。
間に橙色の鬼ちりめん帯揚げが入ることで、着姿からキモノの茜色と帯の黒を柔らかく抑えている。ビビットな色のキモノと帯を合わせると、どうしても全体の色が強くなってしまう。そんな時にちりめん帯揚げを挟むと、落ち着きが生まれてくる。帯〆はポイントになるので、少し強い紅色に金通しのものを使っている。
エメラルドグリーン・菜の花色 総疋田絞り 帯揚げ(加藤萬) 振袖向き
一般的に振袖の帯揚げと言えば、絞りになるだろう。全体を絞り粒で埋め尽くす「総疋田(そうひった)を使うことが多いが、時には輪出しや飛び絞りなど、絞り技法で模様を表現したものも用いられる。
茜色・御所解模様振袖(菱一)と黒地・流水に松竹梅文袋帯(梅垣)のコーデ。
赤の補色・緑を小物に使って、着姿を際立たせている。帯揚げ・帯〆・伊達衿すべてを緑系にして、小物の間で僅かに濃淡に差を付ける。伊達衿は若草色、絞り帯揚げは少し蛍光的なエメラルドグリーン、そして帯〆には、はっきりした苗色を使う。帯〆の色が和らいでしまうと、豪華な黒地の帯の中に埋没してしまい、帯〆の存在感が薄れてしまう。だから、緑でもビビッドな気配の色を使わなければ上手くまとまらない。
朱・黄・黒の紫紘袋帯と絞り帯揚げ・帯〆の組み合わせ。いずれも、振袖に使うことを想定して、帯に合う小物の色を選んでいる。
ちりめん金駒繍・紋綸子 礼装用白帯揚げ(加藤萬) 留袖専用
黒留袖を着用する第一礼装の時には、必ず白地の帯揚げを使う。模様の色も金銀と白だけに限定される。同時に使う帯〆も、同様の色の縛りがある。
駒刺繍で小さな円を表現した模様。このように、金の駒繍いで模様を縫い詰める方法を「駒詰(こまづめ)」と呼ぶ。小さく散らされた金の刺繍が、控えめながら華やかさを醸し出す。
桐に仕覆模様・黒留袖(北秀)と橋に四季花文袋帯(紫紘)のコーデ。
実際に留袖の合わせで使うと、こんな感じになる。帯は、松と楓、桜をあしらった柔らかい金引き箔帯(紫紘)。帯揚げがすっきりとした金刺繍の施しなので、帯〆も金糸を短く組み込んだ貝ノ口組を使う。小物には金が目立ちすぎない、あくまで白を基調としたものを選びたい。やはり第一礼装なので、品の良さが何より大切になる。
ちりめん横段・一越霞 暈し帯揚げ(加藤萬) 訪問着~無地までフォーマル向き
優しい色の暈し帯揚げは、癖が無く、装いの前に出過ぎることが無いので、フォーマルの装いに最も使いやすい品物。無地から付下げ、訪問着あたりまで、様々なシーンで選ばれている。時には、小紋あたりでも利用される。特に淡い色は、帯の色や意匠を選ばずに合わせられるので、一枚持っていると便利。
遠目からは、橙とベージュの二色暈しに見えるが、色の境界には白いグラデーションが施され、なおかつ、そこだけ地紋の織り出しがある。単純なようでも、よく見ると手を掛けた帯揚げと判る。
桜色・天平花華文付下げ(松寿苑)と黒地・彩花連珠文(龍村)のコーデ。
キモノの地色が上品な桜色、帯が黒金地でインパクトの強い意匠なので、キモノ地より僅かに色の気配がある橙色系の段暈し帯揚げが、帯との間で緩衝的な役割を果たしている。帯〆には、同じ橙色系でも、明度の高いサーモンピンクを合わせて、若々しい着姿に仕上げている。
所々を白く暈し、その中には金を砂子のように蒔いている。ほとんど目立たない施しだが、帯揚げの格を上げる試みになっている。
藤袴色・貝桶模様色留袖(北秀)と白地・花帯繋ぎ文袋帯(紫紘)のコーデ。
優しい藤袴色のキモノと清楚な白地の帯を繋いで、上品な着姿をより印象付けられるように、淡い桜色暈しの帯揚げを使う。帯〆も桜色と薄藤色二色の貝ノ口組で、帯揚げと添い合わす。小物にインパクトを付けず、キモノと帯に寄り添うようにすると、品の良さが増幅できる。
斜め段違い・鱗重ね 暈し帯揚げ(加藤萬) 付下げ、無地、小紋向き
同じ暈しでも、斜めや鋭角な三角・鱗型に色があしらわれた帯揚げ。配色にもよるが、暈し特有の優しい雰囲気があるので、染モノ系の装いでは使いやすい。ただ軽さも目立つので、あまり重厚な品物には使い難いかもしれない。フォーマルでは付下げや無地など、江戸小紋や飛び柄小紋にも向きそう。
帯揚げを本結びにして使う時は、まず両端を三分の一ずつ折り、それをさらに半分にたたむ。そうすると上の画像のような幅になる。これを帯枕に巻いてから、前で結ぶ。そして結び目と残りの両端を帯の中に入れる。前に出す帯揚げの巾に決まりはないが、およそ1寸程度(3.75cm)か。振袖に使うカモメ結びなどでは、かなり巾を取ることがあるが、一般的な本結びの場合は、それほど目立たない着方になる。
黒地・飛び柄梅鉢小紋(千切屋)と蒔糊・梅模様染帯(足立昌澄)のコーデ。
先月のコーディネートの稿で使った、梅模様同士の合わせ。キモノが深い鉄紺色、帯は芥子色の蒔糊と、どちらも割と強めの地色なので、優しい帯揚げで色を宥めて着姿を和らげることを試みる。この鱗暈しの帯揚げには、白とパステル色が交互に入っているために、色の柔らかさが前姿からもよく表れてくる。帯〆には、ユニークな横段の橙色を使い、オシャレなカジュアル感を前に出す。
小菊唐草 紋織喪用帯揚げ(加藤萬) 喪服専用
最後は、お葬式の時に使う黒の喪用帯揚げ。紋織されている図案はほとんど目立たないが、菊や蓮、流水、雲などをモチーフにすることが多い。もちろん帯〆も、黒を使う。なお以前は、白無地の帯揚げを使うこともあったが、最近ではほぼ黒になっている。
今回はフォーマルに限定して、各々に相応しい帯揚げをご紹介してきた。礼装と言っても様々な場面があり、装いもそれに応じた格式を執る必要がある。そうした中で、着姿の脇役・帯揚げにも、格に応じた品物がある。
帯揚げを選ぶポイントは、やはり装いの雰囲気を見極めることが必要になるが、それはつまり、「着姿を、どのように見せるか」ということになるだろう。そこで、キモノと帯の色や模様を勘案し、小物に何を使うと、理想とする着姿に近くなるのかを考える。こう書くと難しいことに思えるかも知れないが、とりあえずキモノの地色や帯地色、また模様配色の中心となる色から考えて、小物を探し始めると良いだろう。
脇役である帯揚げと帯〆が、ピタリとキモノと帯にマッチすれば、装いの美しさは限りないものになる。脇役次第で、主役の魅力がより引き出されることは、間違いない。 ぜひ皆様も、様々なコーディネートを参考にしながら、小物選びに挑戦して頂きたい。 次回の稿では、カジュアルな装いに使う個性的な帯揚げの数々を、今回同様にコーディネートした画像を参考にしながらご紹介してみよう。
これはあくまで私の好みなのですが、振袖の装いにおいて、帯揚げを強調する着方はあまり好きではありません。中には帯の上に大きくかぶさったり、また帯の横で花をあしらった姿を見かけることもあります。振袖ですから、普通の本結びよりも目立つ結び方で構わないのですが、それでも、ある程度限度があるように思います。
着姿の主役は、あくまでキモノと帯であり、帯揚げや帯〆、伊達衿や刺繍半衿など小物類は、あくまで引き立て役・脇役です。昨今の振袖姿を見ると、それが「今風」かどうかは知りませんが、小物が必要以上に目立つような気がします。脇役が主役を越えるようでは、装いのバランスが崩れてしまいます。それはやはり、本末転倒になりますね。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。