バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

「きゅっ」と締まったスマートな着姿へ  裾をすぼめた誂えの工夫

2024.03 04

外見や見た目で人を評価してしまうことを、ルッキズムと呼んでいる。この言葉は、look(外見)とism(主義)で構成され、それは「外見重視主義」という意味を持つ。本来人の評価は、外的なことではなく、内的なことで決めなければならないのだが、実際には、いわゆるルックスという外部要因に左右されることが少なくない。

例えば、会社の人材雇用を考えても、依然として、どこかにルッキズムの匂いが残る。知識や能力、あるいは専門性が何より重要視されるはずの採用現場なのに、その面接時には、外見が考慮されていることは間違いない。何故かと言えば、面接官も人間だからである。やはり人は、好むと好まざるとに関わらず、無意識のうちに「見た目」の良し悪しを判断材料にする。ルッキズムが起こるのは、いわば「人間の性(さが)」が背景にあるため、いつまで経っても無くなることはない。

そして最近の若者は、以前に比べて、外見を意識する者が多いと言われている。それはおそらく、スマホの普及・依存により、絶えず視覚的な情報にさらされていることが遠因で、知らず知らずのうちに、「外見へのこだわり」が意識の中に組み込まれている。そのため、見た目を必要以上に気にかける。昨今の美容整形やダイエットに対する関心の高さが、それを裏付けている。

 

さて、バイク呉服屋の若い頃には、もちろん身づくろいを大切にする若者も大勢いたが、無頓着な者も多かった。私などは、そもそもオシャレに費やすお金を持ち合わせていなかったので、服の興味などほとんど持たなかった。けれども、たった一つだけ試してみたかったことがある。それは、スリムジーンズを穿くことだった。

高校時代の私は、100キロ近く体重があったため、物理的に、太ももから裾にかけて細くなるスリムジーンズを穿くことができなかった。デブである限り、スリムを穿くことは難しい。そう思っていたのだが、東京で食糧事情が悪化した学生生活を送るうちに体重は激減し、ジーンズのサイズは、38インチ(ウエスト96cm)から32インチ(ウエスト81cm)へと、大転換を遂げたのである。そうして、とうとうスリムジーンズに足を入れる日が訪れた。ほっそりと足が締まって見えるシルエットは、やはり恰好良い。この時初めて、自分が痩せたことを実感し、自分で自分を褒めたくなった。

 

裾がきゅっと締まっていれば、着姿がスマートに見える。これはジーンズだけでなく、和装にも言えることだ。けれども、ほとんどのキモノでは、裾を絞るような誂えにはなっていない。もし着る人が、自分の体形に沿うような、裾をすぼめた着姿にしたいと考えるなら、それは着付けで工夫をする他は無い。和装というのは、どちらかと言えば、着る人の方がキモノに体を合わせており、キモノの寸法は、それほど厳密ではない。

けれども、実は誂えの工夫により、裾すぼまりのスリムな姿を表現することは、可能である。そこで今日は、着る人が希望する姿を、いかに寸法の工夫で実現するかということを、実際に受けた仕事の実例から、ご紹介してみよう。「こんな誂え方もあるのか」と、読まれた方が心に止めて頂ければ、嬉しく思う。

 

裾すぼまりに誂えた、紅花紬。前巾と後巾が、裾で5分ずつ細く詰まっている。

私がお客様の採寸をする時、実際にメジャーを当てて測るのは、襦袢丈と裄くらい。あとの寸法は、体形から判断している。襦袢はおはしょりの無い「つっ丈」で着るので、目視という訳にはいかず、きちんと測らなければ、正しい寸法は出てこない。また裄も、他の寸法から割り出すことは出来ず、測らなければダメだ。なで肩の方もいれば、いかり肩の方もおられる。裄の長さというのは、体格、つまり体の大きさばかりでなく、体形に左右される個所なので、目測では本当の長さが掴めないのである。

では、他の箇所が測らずとも長さを確定できるのは、何故か。それは、基準となる寸法が決まっているからで、その寸法を目視による採寸で、広げたり狭めたりしている。例えば、身巾の標準寸法は、前巾が6寸で後巾が7寸5分。これを体格や体形により、上下させるのだが、数値を決定するマニュアルなどは無い。それは最終的に、測り手(呉服屋)の経験則によって、決められているのだ。

 

お客様に体重やスリーサイズを聞かずとも、身巾の寸法は割り出すことが出来る。これは、誂えの経験を重ねて行けば、自然に身につく。そして本来、これが出来なければ、呉服屋にはなれない。何故なら、お客様が和裁士に直接誂えを依頼することはなく、寸法を伝えるのは呉服屋だからである。もし採寸に間違いがあったら、最終的に「着れないキモノ、あるいは着難いキモノ」を納品することになり、とてもマトモに品代を頂けない。だから、正しく寸法を割り出せることが、呉服屋の仕事では必須なのである。

けれども、大まかに寸法を把握できても、それだけではお客様の体形に沿った誂えにはならない。そして着慣れた方なら、「自分の着姿を、このように見せたい」という希望がある。この「キモノを着手に沿わせる」という誂えをするためには、身巾とか身丈のような、判りやすい基本的な寸法箇所ではなく、抱巾やおくみ巾、あるいは繰越、衿肩あきといった細部の寸法を工夫・調整しなければならない。

キモノの寸法というのは、少しアバウトなものであっても、装うことが出来てしまう。つまり通常は、着る方が、自分の体形をキモノに合わせていることになる。けれども、それでは「自分が目指す着姿」とはならない。今回取り上げる裾すぼまりのキモノは、「裾をきゅっと引き締め、スマートな着姿にするため」に考えた誂えの工夫である。前置きが長くなってしまったが、具体的にどのような寸法の工夫をしたのか、手順を追って説明していこう。

 

この紅花紬の誂えを依頼された方は、身長が170cmと大きく、骨格もしっかりしていて、その体格の良さが印象に残る。お客様本人は、子どもの頃から大きくて、とにかく目立って嫌だったと話す。私からすれば、大きい方ではあるが、その姿は女性らしいしなやかさが感じられ、着慣れていることもあって、キモノの装いは板についている。

体格から、どうしても寸法は大きくなってしまうが、それでも出来得るならば、見た目にスマートさを残したい。そのためには、裾をすぼめて着こなすことが求められるが、着付けの工夫だと上手く行かないこともある。ということで、誂えの工夫により、裾をすぼめることは出来ないかと相談を受けたのが、今回の仕事の始まりである。

 

私はまず、これまでこのお客様の誂えを担当していた和裁士の小松さんに、「いかにして、裾すぼまりの形を作るか」ということを相談してみた。そこで問題になるのは、身巾の寸法をどれくらい縮めるか、そして裾に向かってどのあたりから縮め始めるか、と確認出来た。縮める寸法が少なければ、裾で思うほど締まった着姿にはならず、また縮める位置を間違えてしまうと、窮屈で着難くなる心配が出てくる。何れにしろ、直接着心地に関わることだけに、慎重に決めなければならない。そして、一度手を付けてしまえば、後戻りするのは大変になる。

この方の身丈は、4尺5寸。裄は1尺9寸で、その比率は肩巾が9寸2分、袖巾が9寸8分。そして身巾が、前巾7寸、後巾8寸になっており、胸に幅があるので、抱巾とおくみ巾は、上まで同じ寸法で通してある。また繰越を、標準より3分広い8分で付けている。この寸法通りに誂えると、幅が上から下まで通して広くなっていることから、全体が大きな長方形の箱型となり、体格がそのまま着姿に表れてしまう。これを、裾すぼまりの誂えによって、何とか解消する。それが今回の試みである。

 

裾の最下部では、6寸5分になっている前巾。この方の通常前巾は7寸で、しかも上まで通し。上下の巾の差は、僅か5分(約1.87cm)であるが、身巾におけるその差は大きく、誂えからは、十分にすぼまった印象を受ける。

前巾をすぼめ始める位置は、裾から1尺8寸(68cm)上がったところ。画像では、メジャーの先端から僅かに下(メジャーのメモリが0の位置)。このキモノの褄下寸法は2尺2寸5分なので、剣先から4寸5分(17cm)下がった場所が、すぼまりの始めとなる。7寸(約26.5cm)から6寸5分(約24.5cm)へと、1尺8寸の間で徐々に巾を縮めていくことになる。

当たり前だが、縮め始めの位置では7寸になっている前巾。

それが、裾に向かって1尺ほど下がった位置で測ると、2分詰まって6寸8分になっている。詰め方は本当に緩やかで、身巾のラインは凝視しないとわからないように、少しずつ裾に向かって細くなっていく。

後巾も裾で7寸5分と、前巾同様に5分詰まっている。

すぼめ始める位置は、前巾と同じ場所。画像で判るように、後巾寸法は8寸。前巾と後巾で、詰める寸法を同じにしておく方が、バランスが取れるように思える。このキモノの場合は、前後共に5分ずつ細くなっている。

誂え終わって、後身頃の裾とすぼめ始まりの剣先下を重ねて、その差を比較してみた。こうして画像にすると、寸法の違いが良く判る。

尺メジャーで測ると、きっちりと5分詰まっている。寸法的には2cmに満たない差なのだが、拡大すると、結構な違いがある。畳の上に置いた状態でも、これだけ詰まり方が判るので、装った時には、よりしっかりとすぼまりが確認できるはず。ということで、依頼されたお客様に、早速このキモノを着て頂いた。その画像をお目にかけよう。

 

裾に向かって、緩やかに細くなる前姿。衽巾は、そのまま4寸で通しになっている。

遠目からの立ち姿の方が、裾のすぼまり方が判る。詰まり方が緩やかなので、それが自然なラインとなって着姿にも表れている。

後姿からのすぼまり方。裾が筒状にくるまり、足首がキュっと縮んで見えている。

背の中心線が、体の真ん中に入り、バランスのとれた着姿になっているように思う。脇線も、きちんと体に沿って出ているが、それが自然に裾ですぼまって、締まった印象を与えている。

 

座って頂き、前巾の出方を確認する。膝の少し上あたりから、寸法は狭まっているはずだが、座姿からは、窮屈さは感じられない。

下前の脇線に上前の衽がきちんと重なり、しっかりと右足が隠れている。通常キモノの脇線は、体の真横よりやや内側にあるので、前の幅は狭すぎず、かといって深すぎることもなく、順当であるように思われる。また、これだけ前巾が出ていれば、座っていても、はだけてしまうような心配はないだろう。

このお客様の話によれば、キモノ姿のまま車を運転しても、またスーパーの買い物でカートを押しながら歩いても、まったく不具合を感じなかったとのこと。立っても座っても歩いても、ごく自然に過ごすことが出来たのなら、その誂え寸法は正しかったことになる。特にカジュアルモノでは、着る人が不自由なく装えたと感じることが、何より大切であろう。

 

当然のことながら、上半身が大きくなるにつれて、それだけ身巾を広く取らざるを得なくなる。そしてその場合、同時に抱巾を広く取ることが多く、着姿を見た時に、帯から上はかなり大きく見える。そして、広い前の巾を、そのまま裾まで落としてしまうと、メリハリの少ない平板な着姿になってしまう。

裾をすぼませることは、寸胴からキュートな姿へと、装いを変身させる大きな手段だ。着付けですぼませる場合は、褄下を持ち上げて、腰から下にかけて裾の輪郭線を筒状にすぼませ、そこに体をそわせるようにするのが基本だが、予め誂えの段階で、裾をすぼませておけば、その分楽に着ることが出来る。キュっとスマートに見える着姿を望む方は多いはずだが、こうした誂えの工夫が出来ることを知っておいて頂ければ、何かの時に役立つかと思う。

 

そして裾すぼまりの誂えは、やはり広い身巾が必要な、体格の良い方ほど効果がありそう。何故ならば、身巾が広いほどにすぼまる寸法割合が大きくなり、それだけ着姿にもメリハリが付くから。人の足は、大腿部と膝の中間あたりから徐々に細くなるが、この誂えは、まさに人の体の線に沿って、縮めていく施し。であるからして、詰め始める位置や詰める長さなどは、着る人の体格でそれぞれ変わってくるはず。一筋縄ではいかない難しい誂えだが、試す価値はある。今回実際に仕事を請け負い、お客様の満足された様子を伺うに及んで、その意を強くした次第である。

最後に、今回誂えの依頼を下さった上、着姿の撮影とブログへの記事掲載に協力して頂いた、さいたま市のTさまに感謝しつつ、この稿を終えることにしたい。

 

久しぶりに寸法の話をしてみましたが、内容が上手く伝えられているか、少し心配になっています。特に今回の「裾すぼまり」のような、レアな誂えのケースでは、やはり画像と文章だけで仕事を説明するのは難しいです。実際に品物を前にして、尺メジャーや尺差しを当てながら話をしないと、どのような誂えなのか理解し難いでしょう。

装う姿をスマートに見せるというのは、誰もが思うこと。これは和装でも洋装でも共通で、目指すのは、洗練された垢抜けた姿ということになります。何せオシャレには疎かった私ですら、スリムジーンズを穿いてみたかったくらいですから。しかし残念ながら、スリムが穿けたのはほんの僅かな時間で、今では相撲の廻ししか似合わないような体形に、逆戻りしてしまいました。ルッキズムという観点から見られてしまうと、私は全く駄目ですね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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