バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

1月のコーディネート  宝を尽くした文様で、少しでも良い年に

2024.01 29

年が明けるとすぐに、多くの問屋やメーカーでは初市を開催する。各小売屋には、すでに暮れのうちに案内状が送付されており、仕入れをするかしないかは別にして、大概そこで年始の挨拶をすることになる。だが今年は、元旦に予期せぬ災害が発生したため、どこの問屋でも来場者は少なかったようだ。誰だって、あの大変な被災地の様子を見れば、とても出向く気にはなれない。私も今年はまだ、一軒も取引先へ行っていない。

そんな訳でいつもの年だと、一月早々に人形町界隈をうろうろするのだが、その時によく出会うのが、日本橋の神社を巡る人たち。松の内に、福の神を祀る七つの社に参拝すれば、その年には福果を得ることができる。そう言い伝えられてきた七福神巡りは、室町時代から始まっており、すでに500年以上続いて、今に至っている。呉服問屋が集まる人形町や堀留町、浜町や小網町にある七つの社には、各々に違う福の神が祀られているが、江戸の情緒に触れながら、短時間に全ての神社を巡拝することが出来るとあって、正月のイベントスポットとしても、かなりの人気を集めている。

 

日本橋七福神はすべて神社で、以下の七社。人形町の末廣神社(毘沙門天)・松島神社(大国神)・茶ノ木神社(布袋尊)、堀留町の椙森神社(恵比寿神)、蛎殻町の水天宮(弁財天)、小網町の小網神社(福禄寿)、浜町の笠間稲荷神社(寿老神)。一番西の江戸橋近くにある小網神社から巡り始めて、一番東で明治座の向かいにある笠間稲荷まで。2時間もあれば、十分に七社すべてを回りきれるだろう。

長寿の神、財宝の神、豊漁の神、防災の神、勝運の神など、七つの神を巡れば、人々のありとあらゆる願望が叶えられる。都内の七福神は日本橋だけでなく、深川や谷中、池上、新宿など地域ごとに幾つもある。庶民は新しい年の初めに、ささやかな願いを込めながら、社を巡る。昔も今も、その思いは変わらない。

福を司る神様たちだが、そのいで立ちに各々の特徴が象徴されている。例えば、健康長寿の神・福禄寿と寿老神は、いずれも髭を長く伸ばした老人の姿であり、豊漁の神・恵比寿さんは右手に釣り竿、左手には鯛を抱え、富貴の神・布袋さんは大きく腹を突き出し、打出の小槌と大袋を持って、米俵の上に座っている。つまりはどの神様も、その姿や持つ道具を見れば、何を叶えてくれるのかが判るのだ。

 

この七福神のいわば中国版が、道教の八人の仙人・八仙である。この仙人たちも、それぞれに自分の神力を発揮するための道具・暗八仙を持っているが、それは、仏教で吉祥を示す法具や荘厳具であり、また富貴を象徴する道具であった。この道具の集積図案こそが、「宝尽し文」として、今もキモノや帯の意匠として用いられる吉祥文である。

そこで今日は、年始めの吉祥を願う意味で、宝尽しをあしらった品物を取り上げてみたい。厳しいスタートになってしまった今年だが、八仙の力を借りて、少しでも良い年になればと思う。では、始めることにしよう。

 

(薄緑色 七宝に宝尽し模様・型友禅付下げ  焼箔地 光琳水に四季花模様・袋帯)

宝尽し文を構成するモチーフの原型は、やはり8人の仙人が各々に持つ道具・暗八仙である。このお宝は、法螺(ほら)・法輪・宝傘・宝瓶・蓮華の花・双金魚・盤長・勝幢の八つ。例えば、法螺とは法螺貝のことで、元々この貝は穴をあけて吹き鳴らす仏具であり、今も山伏や修験者が使っている。一対の金魚・双金魚は、自由に動きまわる魚を幸福の象徴と見なしたもの、また菱状の組紐・盤長(別名・吉祥紐)は、万物の繋がりを示している。

道具それぞれには意味があり、これを使う仙人は、各々に役割がある。この辺りを見ると、日本の七福神とよく似ていることが判る。この八つの他に、宝剣や魚鼓(ぎょぐ・魚の形をした大きな版)、宝珠、銭、方勝(菱形首飾り)などが、宝として図案化されているが、これを和風にアレンジしたものが、現在宝尽し文様の中に見える数々の道具なのである。

 

仏具が中心の暗八仙・八宝の他に、お宝として採用された道具・雑八宝であったが、これは八宝と比較すれば、もう少し身近な日常道具だったり、人々が貴重品としてよく理解しているものであり、宝物として認識されやすかった。そんな意味もあって日本でも、この雑八宝が宝尽し文を構成する道具の中心となった。

この道具には、珊瑚・丁子・方勝・七宝・火焔宝珠・分銅・金嚢・隠れ蓑・隠れ笠・打出小槌・宝巻などがあり、これを自由に組み合わせることで、宝尽し文様が生まれる。そして時には松竹梅や鶴亀を組み合わせて、より吉祥的な意匠として表現されることもある。文様として定着したのが室町期と言われているので、丁度七福神巡りが始まった頃と重なる。長く使われてきた文様だけに、その時代ごとに、あしらい方や構成している道具などが異なり、その内容には時代ごとの変化が表れている。

 

それでは、現代の装いに見られる宝尽し文は、どのような意匠になっているのか。今日は一例として、付下げのあしらいを見ながら、お宝の内容を確認してみよう。そして同時に、このように長い歴史を持つ吉祥文様のキモノには、どのような帯を合わせて、装いをより晴れやかな姿にすれば良いのかを、考えてみたい。

 

(一越薄青磁色  七宝に宝尽し文様 型友禅付下げ・菱一)

七宝文を中心に置いて、その紡錘円の中に様々なお宝図案を散りばめてある。地色はごく薄い青磁色だが、画像に見えるよりも実際の方が明るい。七宝は図案ごとに繋がっている数は異なるが、模様の大きさはほぼ同じ。着姿の中心となる上前衽と身頃、左前と右後の袖、胸に模様付けされているが、形式はどれも同じ。付下げだけに、模様同士の繋がりはなく、部位ごとに独立しているために、仰々しさを感じさせない、あっさりとした印象を残している。

七宝は、宝尽しを構成する道具の一つだが、この付下げでは、図案を入れ込む「割付文」の役割を果たしている。そもそも七宝という曲線的な幾何学文様は、お宝としての役割以前に、貴族や公家装束にあしらわれた織の文様・有職文として意匠化されていた経緯がある。この品物の意匠からは、七宝に含まれるそんな二つの意味が伺える。

上前衽と身頃の模様を合わせたところ。七宝の紡錘円の中には、菱文や亀甲文、青海波文、あるいは角や丸通しなどを入れ込んで、図案に変化をつけている。そして割り付けた中や周囲には、様々なお宝構成員が配置されている。また、挿し色が無いのであまり目立たないが、小さな松竹梅の花影が所々に白く抜かれている。つまりこれは、宝尽しと松竹梅を合わせた、いわば吉祥重ねの文様なのである。

お宝の中身。左上の葉状のマントと左下に見えている笠は、隠れ蓑と隠れ笠。この二つを身に着けることで、姿を消すことが出来る。いわば「護身」のための道具。真ん中上の釣り鐘型の図案は分銅で、隠れ笠の下には打出の小槌の姿がある。分銅は貴重な金銀の量を測る道具だったことから、お宝の中に組み込まれたのだろう。なお、現代の地図記号の中で分銅が「銀行」の表示になっているが、これは江戸時代の銀行=両替屋が分銅を使っていたからである。

もう一つのお宝図案。こちらは真ん中に巾着のようなものが見えるが、これは金嚢(こんのう)とか宝袋(ほうたい)と呼ばれている道具で、その形状からも判るように、お宝を保管する袋。また左上に見える水色で先の尖ったものは、丁子(ちょうじ)。これは別名・クローブという香辛料の一種で、古くから貴重品として大切に扱われていた。その他に巻物の姿も見えるが、これは尊い経典を書いた巻物・宝巻。

上前に描いたお宝の姿を見てきたが、模様全体を眺めると、宝尽し文を構成するモチーフのほぼ全てを使っていることが見て取れる。控えめな模様姿でも、一目でそれと分かる宝尽し文の典型のような付下げ。さてこれにどのような帯を合わせて、目出度さを増幅させるか。考えることにしよう。

 

(焼箔地 光琳流水に四季花模様 手機袋帯・紫紘)

渋く、いぶしたような金の箔地帯。画像からも、光のあたる位置により、帯姿に陰影が付いていることが判る。熱を加えて、黒く酸化させることで出来る焼箔糸を使うと、このような侘びた色合いが生まれる。金属が熱で変色する性質を用いて、様々な箔糸が作られ、それが多様な帯模様の基礎になっている。

模様は、帯幅いっぱいに流れる光琳流水が、模様を区切る割付の役割を果たし、その水の流れの中に、松・梅・椿・牡丹・菊・楓と代表的な春秋の花をあしらっている。尾形光琳の画風は、モチーフの印象的な部分を強調して描くことだが、「光琳水」と呼ばれるこの流水文様は、大胆で流麗な曲線を重ね、所々に渦を巻く姿を織り交ぜながら、下へと流れている。こうして模様姿を見ても、水の躍動感を強く感じる。光琳水と並ぶ水文に観世水があるが、こちらは渦巻を横長に広げ、上下左右に連続させた図案で、どちらかと言えばデザイン化されている文様。

お太鼓姿でも、麗しく大胆な水の流れが前に出てくる。中に配される四季の花々も、水面に漂うように、動きのある姿で織りなされている。渋い箔の地が、帯のフォーマル性を高め、落ち着きのある雰囲気を醸し出す。だが模様に流れがあるために、地味になりすぎることはなさそうだ。

典型的な古典文様のフォーマル帯だが、これを代表的な吉祥文・宝尽し文様を施したキモノに合わせると、どうなるのだろう。フォーマル度は高まると思うが、反面堅苦しくなってしまわないだろうか。

 

予想した通り、青銅色に鈍く光る帯の箔とキモノの薄い青磁色が共鳴しあい、上品で威儀を正した模様姿を映し出している。双方とも長い歴史に裏付けられた伝統的な古典図案なので、合わせればやはり、間違いのないきちんとしたフォーマルな装いになる。この一組なら、どんな場所で着用しても心配はなく、そして年初だけでなく、春秋季節を問わずに使うことが出来る。

また、カッチリとした着姿になるものの、思うほど堅苦しくはなっていない。それは、キモノ地色と挿し色が柔らかいことと、流れのある帯の模様によるところが大きい。古典でありながらも、決して古くさくはない。長きにわたり使われてきたスタンダードな文様の力を、改めて見せつけられた形になった。

前の合わせを見ると、より立体的な光琳水の姿が印象付けられる。キモノの宝尽しは器物文で、帯は自然の姿を映し出す流水と花。各々モチーフが異なるので、全体にバランスのとれた着姿になる。それにしても、踊るような光琳水の流れは、近接して写すと迫力がある。

帯地にかなりインパクトがあるので、小物はあまり目立たせないように、おとなしくまとめてみた。帯〆は、帯の葉色に合わせて、薄い青磁とベージュを組み合わせた貝ノ口組。帯揚げは、薄グレーとクリームの二色ぼかし。帯〆も帯揚げも、色はキモノ地色に近い。(貝ノ口帯〆・龍工房 綸子帯揚げ・加藤萬)

 

今年最初のコーディネートということで、お目出度い宝尽し文を使って、スタンダードなフォーマル姿を考えてみたが、如何だっただろうか。あしらわれるお宝一つ一つには意味があり、その集合体として、一つの文様を形作る。この吉祥な装いには、幸せになることへの願いが込められているように思う。

思いもよらぬ災害で始まった2024年。この先少しでも良い年になるよう、願わずにはいられない。最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度ご覧頂こう。

 

私にとっては、馴染み深い場所にある日本橋七福神ですが、参拝したことがあるのは、10月の恵比寿講でべったら漬を売る椙森神社と、妊婦さんの守り神・水天宮、そして甘酒横丁の裏手にある毘沙門さま・末廣神社の三社だけ。少し離れた場所にある小網神社などは、その存在すら知りませんでした。

今年はまだ人形町界隈を歩いていませんので、近々取引先への挨拶をしながら、七福神を巡ってみようと思います。そしてついでに、玉ひでの親子丼か寿々木屋の立喰いきしめんを食べ、おやつに森乃園でほうじ茶パフェを頂き、最後に柳屋でたい焼きを土産に買って、腹の神も十分に満足させようと考えています。

人形町は、江戸の情緒を残すとても良い町。皆様もぜひ、お出かけになって下さい。 今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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