バイク呉服屋の忙しい日々

にっぽんの色と文様

江戸小紋の極めとは(前編)  筋を極める

2023.10 03

今年の夏は特別な暑さが続いたが、ここ数年の異常な気象は日本ばかりでなく、地球規模で広がりを見せている。中でも、温暖化の進行が最も顕著な場所として注目されているのが、地球の両極・北極グリーンランドと南極大陸である。ここ半世紀で、平均気温が2℃以上上昇したことから、両極の氷は、かつてない規模で溶け始めている。

氷は、太陽光を20%ほどしか吸収しないが、水になると、9割も吸収してしまう。だから氷が存在すれば、太陽の光はほとんど反射し、海は温まらなくなる。そして海の温度が上昇しなければ、温暖化による海水面の上昇は避けられ、ひいては、生態系や人間の営みへの影響が軽減される。

 

けれども、このところ両極の氷は、加速度的に溶け始めている。海外の研究によれば、2030年代にも、夏の間は北極の氷が全て消失することがシュミレートされており、南極の海氷面積も、過去最低を記録しているらしい。このまま、CO2などの温室効果ガス削減が進まなければ、氷は溶け続けて海が温められ、海面はさらに上昇して、国土が水没の危機を迎える国が出てくる。

すでに現在でも、太平洋に浮かぶ島嶼国家・ツバルやフィジーでは、海面上昇による影響を受け始めている。特にツバルは、高いところでも海抜が5mほどしかなく、このままでは将来、国が消えてしまうのではと、危機感をつのらせている。しかし、これは対岸の火事ではない。もし未来に、南極の氷が全て溶けるような事態が起こると、海面は60mも上昇することになる。こんなことになれば、日本でも、東京23区のほとんどが水没する。つまり「日本沈没」が現実のものとなってしまうのだ。だからこの先、温暖化進行のレベルを考える上で、地球の南北両極の氷から目が離せない。

 

さて北極と南極は、丸い地球の天と地、いわば果てに当たる。「極(きょく)」という字が、行き着く果て・最終地点という意味を持つからだが、訓読みでは「極(きわ)める」となる。こうなると、「最高の」とか「至高の」、あるいは「そこより上がない頂点」という言葉の意味になる。「道を極めた人」とは、一つの分野で、他の追随を全く許さない、抜きん出た人物のことを指す。

染織品の中には、そんな道を極めた職人の手で誂えられた、至高の品物がある。その一つが、江戸小紋。そして、限りなく細かく型紙に彫り抜かれた小紋模様には、特に「極め柄」と名前が付いている。またまた、こじつけの前振りが長くなってしまったが、今日から二回に分けて、江戸小紋における極め・最高の品物とはどのようなものか、お話しようと思う。まず今日は、縞(筋)の極めについて。そして次回は、定め柄の一つ・鮫と謂れ柄の極めを取り上げたいと考えている。

 

縞の極め・万筋江戸小紋 型紙は人間国宝・児玉博 染付けは現代の名工・浅野栄一

小紋とは文字どおり、小さな文様の染めモノを意味するが、元々は染められている模様の大小により、大紋・中形・小紋と区別されていた。これを近代になってから、型染の絹地着尺が小紋、木綿の浴衣類を中形と称するようになる。そうした中、江戸時代の裃や小袖に染められていた、極めて細かい柄の型紙を用いた小紋を、戦後になって、別に「江戸小紋」として区分するようになった。

従来の小紋の中で、裃小紋を特別視した理由は、特に細密な型紙と型付の技術を要する品物であったからで、国がこれを伝統技法として承認する上では、どうしても差別化が必要であった。そこで生まれたのが、江戸小紋という名称である。この言葉が生まれたのは、1955(昭和30)年。この年は、型彫職人5人、型付職人3人、糸入れ職人1人と、小紋染めに関わる職人が、一挙に9人も重要無形文化財保持者(人間国宝)となった。つまり江戸小紋というジャンルは、文化財指定制度の産物なのであった。

 

この江戸小紋の模様を型紙に彫る技術は、およそ次の四つに分類される。半円形の刃先を回して穴を開け、模様を形成する「錐彫り」。刀の刃を手前に引いて筋を表現する「引き彫り」。針のような細い刃を突き刺し、自由に模様を彫り抜く「突き彫り」。 そして、予め模様を彫った道具を使い、これを押し抜くことで細かい文様を彫り出す「道具彫り」。

道具が異なれば模様は異なり、そして同じ技法であっても、模様が細密になるほどに、職人には高い技術が求められる。この巧みな彫で表現される精緻な模様こそが、「極み柄」と称される品物である。そしてそれは型紙だけでなく、熟練した染付の技が伴っていなければ、決して生まれてこない。

ではまず、彫の中で最も高い技術が求められる、「引き彫り・縞文様」の極みについて、話を進めていく。文様としては最も単純、しかしだからこそ難しい。江戸の庶民に最も愛され、粋とされた図案の極みとはどのようなものか。実際の品物や見本裂の画像、そして仕事の風景なども織り交ぜながら、説明することにしたい。

 

染型として彫り抜かれる紙を、型地紙(かたじがみ)と言う。地紙に使われる紙の条件は、まず細工が施しやすいこと。そして強靭であること、伸縮しないことが求められる。一度模様を彫り抜いた地紙は、破損しない限り、小紋を染め出す道具として使い続けることが出来る。だから、紙の強度は重要な要素になる。

型紙は単なる一枚の紙ではなく、数枚の和紙を繊維の目が縦と横が互い違いになるよう、貼り合わせて作ったもの。これは先述したように、紙が左右・上下に伸縮したり、反ったりすることを防ぐため。貼り合わせるための接着剤には、柿渋を使うが、接着後はよく乾燥させ、紙と渋の組織を落ち着かせるために、しばらく時間をおく必要がある。この間、室(むろ)と呼ぶ部屋の中で、紙を寝かせておくわけだが、十分に枯れた良質な地紙は、300年持つと言われている。

技を極めた江戸小紋とは、彫の技だけではなく、その材料紙がどのような施しで作られたものかも、大きく関りを持つ。地紙そのものが、より細密な模様を彫るために、そして長く使い続けるために、最も適した条件を備える「極め紙」となっていなければならないのである。

 

染付の仕事では、まず貼り板に張った生地の上に型紙をのせ、そこに糊を置いていく。型紙は生地の先端から順に送り繋いでいくが、その際に型の継ぎ跡が見えたり、糊にムラが出ないよう、慎重に糊を置かなければならない。糊置きには檜製の駒箆を使い、終わると板ごとに乾燥し、後に生地を板からはがして巻いておく。

この工程が終わると、生地を「しごき板」と呼ぶ板に拡げて固定し、ヘラで地色となる染料を混ぜた色糊を塗る。この一連の作業を、「しごき」と呼ぶ。しごきが終わった生地は、糊の上におが屑をまぶして蒸気で蒸す。これにより染料が生地に定着して、地の色となる。最後に水洗いをして糊を落とし、乾燥させて湯のしを行い、最終的な地直しをして完成となる。

上の画像の反物の端には、染・現代の名工 浅野栄一と染め抜かれているが、この型紙を染める工程を担っているのが、この方で、すべてを手作業で行っている。浅野栄一さんは、その卓越した技術が認められ、2007(平成19)年に「現代の名工」として表彰を受ける。現在竺仙で、人間国宝・児玉博の縞を染付られるのは、この人を置いて他にはいない。極め柄江戸小紋を完成させるには、当然のことながら、技を極めた染め手が必要である。そして、この工程こそが、品物の出来を左右すると言っても、決して言い過ぎではない。

 

微妙に色が違う青系地色・縞柄(万筋)の江戸小紋。遠目から見れば、少し白っぽく暈された無地モノに見える。模様の様子はかなり近づかなければ、わからない。実はこの三点、縞の細かさが違っている。後ほど、近接した画像で違いをご覧にいれよう。

縞彫の第一人者・児玉博氏によれば、最も細かい縞は曲尺1寸(約3cm)の中に、31あるいは33本。これだと、1cmの中に11本もの縞を彫ることになる。この時に使う刃の先は、針の先より薄くなっている。縞彫は、一見単純な作業に見えるが、極めて正確な技を必要とする。彫は一度席を外すと、引き筋が微妙に狂う。縞筋が20本を超えるようになると、ほんの少しの歪みが命取りになる。ほんの僅かな失敗と思っても、これをそのまま生地に染付けてみると、斑となって痕跡が残ってしまう。

こうしたことを防ぐため、職人は前日から水分を控え、トイレにも立つことがないように心がける。一度刀を手にしたら、8時間はぶっ通しで彫り続け、一気に仕事を完成させる。とんでもない努力と忍耐があって、初めて美しい筋が出来上がるのだ。

 

ここで、縞彫りの大まかな工程を、画像でご紹介しよう。

彫に入る前に、柿渋で貼り合わせた地紙を二つに剥がす。

縞彫のような模様の細かい型紙は、染める時に柄が動きやすくなるので、型紙を糸で動かないように固定する。この工程が「糸入れ」だが、上の画像のように、彫る前に型紙は二枚に分離しておく。

剥がした地型紙の四方を、和紙の紙縒り紐で閉じていく。これが糸入れ地紙になる。

糸入れは、彫り抜いた型紙の間に生糸を渡して、ずれないよう再度柿渋で貼り合わせるもの。手順は、まず周囲に小さな棒を立てた糸掛け枠に、縦横、斜めに糸を張り巡らせ、別の木枠に張った型紙の一枚を、糸掛け枠にはめる。そして、もう一枚の型紙もずれないように貼り合わせて、最後にヘラで歪みを調整する。この工程には柿渋を使うので、乾かないように、素早く作業を行わなければならない。

細かく模様を彫抜く縞モノでは、どうしても型紙を補強する「糸入れ」が必要であった。昔は、夫が彫を行い、妻が糸入れをするという「二人三脚の共同作業」で、仕事が進められていた。児玉氏の夫人・つるゑさんもその一人で、その技術は、人間国宝に認定された城之口みえさんにも劣らぬものであった。

筋を引く型紙の上(天)と下(地)に、目印の点(星)を打つ。

縞彫の作業は、まず上の型紙に、これから型を彫る筋の間隔を定規を用いて正確に割付け、刀先をつぶした刀で、各筋の上下(天地)に点を打ち、そこに定規を当てて引彫用の刀を使い、筋を引いていく。

一つの筋は全部彫り切らず、途中で二か所ほど繋ぎを残しながら、彫り進める。

一度に筋を引き切らないのは、長い縞を彫り切ってしまうと、紙がペラペラしてしまい、細い筋が正確に引き難くなる。そしてまた、この後に行う糸入れ作業が、出来なくなってしまうから。

様々な工程を経て、完成した縞の型紙。ここに、技を極めた職人の力が結集している。

 

上の画像でご覧頂いた、三点の縞柄を近くで写してみた。こうしてみると、両端の縞が、真ん中の縞より細かいことが見て取れる。縞は、その細かさに応じて、模様に名前が付いている。太い方から、大名縞・万筋・似多利(にたり)縞・譜立割(ふたつわり)筋・微塵(みじん)縞。

各々の縞の中でも、本数によって名前が変わる。例えば万筋は12本が万筋、14本が上万筋、16本が極万筋、18本が間万筋(あいまんすじ)、19本が並毛万筋、20本が毛万筋、21本が極毛万筋。筋数が12~21本までで、7つに分類される。僅かな本数の違いで、名称が変わる。万筋はきまり筋とも称されるが、こんな所にも、並々ならぬ縞へのこだわりが伺える。

ここまで近づいて写すと、縞の違いが判る。左の縞が12本の万筋、右の縞が23本の譜立割筋。本数にすると、半分近い差がある。遠目で見るだけでは、この違いは全く判らない。けれども、よくよく見れば仕事の違いは歴然。染め上がって浮き上がった縞は、それを生地の上で正直に、彫の仕事として写し出している。

 

江戸小紋そのものには、他のアイテムのような華やかさは無い。そしてその優劣も、着姿から簡単には判らない。表立って主張することはない品物だが、そこにはとんでもない技が隠れている。地紙作りに、型彫に、糸入れに、型付けに、それぞれ技を極めた職人がいる。この技が一つでも欠けてしまえば、作品は生まれてこない。

江戸小紋の柄には、武家が裃の柄として愛用した「定め柄」と、贅沢を禁じられた庶民の中から生まれた「謂れ(いわれ)柄」がある。次回は、双方の柄に見られる「極めの技」をご紹介しながら、武家と庶民各々は、この小紋にどのようなこだわりを持っていたか、考えることにしよう。なお、ブログの中で児玉博氏と城之口みえさんの仕事ぶりを紹介した稿が別にあるので、内容は今回と少し重複するが、よろしければそちらも参考にお読み頂きたい。(2021.6.6 江戸小紋の手仕事を探る 縞彫と糸入れ)

 

一度座ったら動くことなく、ひたすら筋を引き続ける。その間は、トイレにも立たない。だから前の日から、水も飲まない。縞彫の達人と言われた児玉博氏は、型紙一枚を仕上げる8時間の間、人間とは思えない集中力で、仕事に臨んでいました。

同じ縞彫職人だった父について、小学校6年で修業を始め、1992年の元旦・82歳で亡くなるまで、70年もの間、ひたすら縞と向き合いました。けれども最後まで、「自分が100%満足できるものは無い」と話していました。こういう方にとって、仕事の頂き・極めというのはどこにあるのでしょうか。おそらく最初から、技の最終到達点など無いと自覚されているのでしょう。こうした仕事に向き合う姿勢こそ、真似出来るものではありません。いくら世間で評価されても、それには耳を貸さず、ひたすら自分の仕事だけに打ち込む。こういう方が、本当の偉人なのでしょう。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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