バイク呉服屋の忙しい日々

ノスタルジア

華燭の典、受け継がれゆくその装い(後編) 母から娘、そして孫へ 

2023.06 12

数日前、バイク呉服屋の地元・山梨県の長崎幸太郎知事から、人口減少に対する「非常事態宣言」が出された。県の特殊出生率が1.40と伸び悩み、人口減少に全く歯止めが掛からない現状に、危機感を抱いたのである。山梨県の人口は、2000年(平成12)9月の89万人余りをピークに減り続け、今年4月には、ついに80万人の大台を割り込んでしまった。

今回山梨では、都道府県レベルとして初めて、危機意識を露わにした訳だが、すでに9年前の2014(平成26)年10月には、全国知事会が少子化非常事態を宣言しており、それを考えれば、今更感は否めない。「こうなることは判っていたはずなのに、この間、誰も有効な手立てを施さなかった」と言われても仕方あるまい。

国全体の出生率は1.26で、昨年の出生数は77万人余り。様々な要因が複雑に絡み合って、出生数は低下しているので、どこをどう変えたら回復するのか、その道筋は全く見えない。次世代がいなくなれば、国の社会機能が維持できないと、政治家や学者はその影響を強く懸念しているが、普通に考えても、今の流れを止めるのは相当難しいはず。だからむしろ、人口減少を前提として国の未来の在り方を考えた方が、前向きで現実的のように思える。

 

ということで、家庭における子どもの数は、おおよそ一人か二人。東京の出生率は1.04なので、これではほぼ「一人っ子」ということになる。では、子どもは一人と考えた時、男の子と女の子とでどちらが欲しいのか。どちらでも良いと思う人もいれば、どちらかを希望する人もいるだろう。中には私のように、「出来れば、いや絶対に女の子が欲しい」と、無理な希望を配偶者に求める人もおられるはずだ。

それでは、こうした希望を実現するために、男女の産み分けは可能かということになるが、今の医療では、確実に産み分ける方法は無いものの、精度を高める方法はあるらしい。だが人間の体はそう単純ではないので、試しても成功するとは限らないだろう。だから「神のみぞ知る」と、運を天に任した方が良い。これは何もしないまま、希望通りに三人の女の子を授かった、バイク呉服屋の素直な感想である。

 

通過儀礼や婚礼の際に装う特別な品物を、次世代が受け継ぐとなれば、女性の系譜が必要になる。もちろん家に女の子が生まれなくても、お嫁さんが引き継いだり、姪や他の親戚筋に後を託すこともある。けれども、最もスムーズに、そして特別な思いが品物に込められるのは、やはり母から子、孫と続く家族間の継承であろう。今日も前回の稿の続きとして、大切に受け継がれている礼装品について、話を進めることにしよう。

 

世代を繋ぐ礼装品の中で、一番強く「家」を意識させる衣装が黒留袖であろう。その家に生まれた娘が、伴侶を得て新しい家を築く時の儀式。つまり、家と家を繋ぐ特別な時に、継承者である子どもを産んだ母親が装うキモノが、この黒い留袖なのだ。ひと昔前は、新郎側も新婦側も、式に参列する親戚縁者の女性が、うちそろって留袖を着用したものだが、式の簡素化と家への意識低下が重なり、現在は両家の母親だけが装うケースがほとんどとなった。

とは言え、黒留袖を装う意味が変わった訳ではなく、この衣装の格の高さも変わらない。そして、家の象徴である紋は五つ。このキモノにはまだ、家が宿っている。時代は移り、儀式の形骸化は進んでも、衣装の形式はこの先も変わることはあるまい。だからこそ、これからも世代を越えて留袖を受け継いでいくことに、意味がある。

 

お祖母さまは、今回の婚礼で留袖を着用した自分の娘の姿を見て、改めて感慨を覚えたと話してくれた。自分が手塩にかけて育てた娘を無事に送り出し、その娘が自分と同じように娘を育てあげて、新しい家族へと繋ぐ。結婚が子育てのゴールとすれば、「よくぞ頑張った」と娘を褒めたい心境になったのだろう。儀礼に装う品物は数あれど、こうした感情を呼び起こすのは、黒留袖を置いて他にはあるまい。それでは、思い入れの深いこの品物について、詳細を見ていくことにしよう。

 

(城郭に茶屋辻・四季花模様 加賀友禅黒留袖・中井節子)

この加賀の黒留袖は、前回ご紹介した絞りの振袖を誂えてから5年ほど後の、1990(平成2)年に求めて頂いている。そしてこれは、二人の娘さんの結婚適齢期が近づいたことで、用意された品物。考えてみれば、この時代の女性の平均結婚年齢は25~26歳であり、娘を持つ母親には、成人式を過ぎて5年ほど経つと、留袖の誂えを考える方が多くおられた。

お祖母さまが求める和の装いは、とにかく優しく上品な姿。古い言葉で言えば、「淑やかさ」を着姿から感じさせる品物を理想とする。娘さんに選んだ絞りの振袖も、その色合いはあくまで柔らかく、華やかさと品の良さが並び立つ品物であった。その意味で、ご自身が着用する黒留袖も、そのコンセプトから外れることはなく、上品さが際立つオーソドックスな加賀友禅を選ばれた。

上前身頃から後身頃に向かい、流れるように細かな図案で描かれている裾模様。着姿で目立つ上前衽の最上部に城郭を置き、そこから裾に向かって、何層も細かい四季の花模様をあしらっている。そして、所々に茶屋辻や州浜のような風景文も入り、それこそ加賀友禅のお手本のような、オーソドックスで飽きの来ない古典模様を描き切っている。

作者は中井節子。師事したのが毎田仁郎なので、人間国宝・木村雨山の孫弟子になる。毎田仁郎の育てた弟子は、息子の毎田健治を始めとして10人。中井節子もその中の一人だが、他に白坂幸蔵・百貫華峰・上田外茂治・西川永良・西川健一・清水千鶴子・村上堅正・高橋正治と、錚々たる作家たちが名前を連ねている。中井節子の落款は、加賀染振興会が初めて発行した1978(昭和53)年の作家名鑑に登録されているところから、かなり古くから作家として、品物を世に出していたことが判っている。

松竹梅をはじめとして、桜や菊、葵、葦などの植物文が見える。その多くの花は、どれも小さく細かく、そして一つずつ丁寧に描かれているが、昭和の加賀友禅には、このように花を細やかに表現する作品が多く、中には「十円玉より大きな花は描かない」と公言する作家もいた。以前このブログで、中井節子の師匠・毎田仁郎の黒留袖を取り上げたことがあったが、そこに描かれた花はやはり繊細で、松の描き方などはよく似ている。やはり師と弟子には、どこか共通する作風が現れるということか。

中井節子の落款は、すこし角ばった「節」の文字が特徴。それでは、このお手本のようなスタンダードな加賀友禅に、どのような帯を合わせて第一礼装としての格調を高めたのか、ご覧頂こう。

(白地 天平鏡花錦 袋帯・龍村美術織物)

画像でも、虹のように鮮やかな色を放つ織の模様が見て取れるが、白地なだけに清楚さがあり、華やかな色合いにくどさを感じさせない。この帯も、加賀の黒留袖と同様に、華やかさと品の良さを兼ね備えた品物であり、キモノも帯も同じコンセプトで選んでいることが判る。

黒留袖が写実的な和文様であるのに対し、帯は正倉院の収蔵品にあしらわれる天平デザイン文。対照的な組み合わせだが、違和感を感じさせない。それはどちらも、丁寧に描かれ、そしてきちんと織り込まれている品物であり、その質の高さが互いの結びつきを高めているとも言えるだろう。

この帯の図案は、正倉院・南倉の収蔵品「銀平脱鏡箱(ぎんへいだつのかがみばこ)」にあしらわれている装飾文様を、ほぼそのまま織り出したもの。真ん中に花喰鳥を配置し、その周りに8つの花唐草を連鎖させて繋ぐ。高貴な鳥とされた花喰鳥をメインに据え、図案全体からはすっきりと清々しい印象を受ける。そして天平デザインらしい、あか抜けたモダンな美しさも伺われる。

キモノも帯も、優しい雰囲気を醸し出す。スタンダードな図案を、人の手で上質にあしらう。その意匠はどんな時代になっても、決して褪せることなく、装う人を飽きさせない。これこそ、受け継いで使い続けるに相応しい「第一礼装の装い」と言えるだろう。

 

さて最後にご紹介するのが、今回の婚礼の儀に際し、新しく誂えて頂いたお祖母さまの装い。この品物も、いずれはこの家に縁を繋ぐ女性が引き継ぐことになる。この方には二人の娘さんがいて、その娘さんにはそれぞれ二人の女の子がいる。つまり、縁続きの方は全員女性なのだ。そして女性ばかりの私の家の事情もよく知っていて、「跡継ぎは出来なくても、女の子で良かったと思う時がきっときますから」などと、いつも励まして頂いている。娘さんとお孫さん、合わせて4人いてくれれば、品物を引き継ぐ人には困らない。

この方から、ご自分用として新しい誂えの依頼を頂くのは、本当に久しぶりのこと。もしかしたら20年ぶり以上かも知れない。「ここぞ」という場面で装う品物は、頻繁に買い換えることは無いので、どうしても間隔が空く。装う時が決まってから、装う人は何を着用するかを考える。そして品物を新しくしたいと考えた時、初めて店に声を掛かるのだ。店は、その時が来るのをひたすら待つだけ。用事も出来ないうちに、頻繁に品物の購入を促すのは、私は店の品格に関わることと思う。「武士は喰わねど、高楊枝」という姿勢が、専門店の矜持として必要ではないだろうか。

(薄紅藤色 正倉院華文様 京友禅付下げ・トキワ商事)

品物を選ぶ際、お祖母さまが出された希望は、あくまで結婚する孫が主役なので、とにかく控えめに、そして明るく上品な装いにしたいとのお話だった。もとより、これまで誂えて頂いてきた絞り振袖や加賀友禅の黒留袖を振り返れば、何を求められているのか、すぐ理解できる。そうしたことを踏まえて提案したのが、この付下げであった。

柔らかく、そして少し赤みが掛かる藤色は、北海道の初夏を彩るライラックの花色に似ている。そして図案は、まるで小宇宙を感じさせるような、丸みを帯びた複合的な装飾唐花文。模様が白い糸目と僅かな金の挿し色だけで構成されており、余計な色は何もない。これが上前の衽と身頃に大小六つ、後身頃の裾に三つ、そして左前と右後袖に一つずつ付く。地が大きく空いているので、着姿で地色の紅藤色が前に出る。模様を極力抑えつつ、見る人に色の上品さを印象付ける。控えめながら、優美な品物になっている。

誂えをする前に、上前衽の模様合わせを試みたところ。図案の大きさは不均一で、間隔も一定ではない。けれどもそれが、この小宇宙的な装飾文様の特徴を生かす意匠構成なのだ。お祖母さまに一目で気に入って頂けたこの付下げ、合わせた帯はまた、このキモノを待っていたかのように、ピタリと収まる品物。ではそれを、ご紹介しよう。

(白地 陶影亀甲文 袋帯・龍村美術織物)

この龍村の帯は、図案と言い、配色と言い、この付下げに合わせたとしか思えないほど、雰囲気のよく似た意匠である。中に8弁花を取り込んだ唐花亀甲を、帯幅いっぱいに繋いでいる。模様の配色は花の紅藤色だけで、その中心の四弁花菱に僅かに若草色が覗く。地色が白で、模様の輪郭は金。これを見れば、他の帯を考える余地は全くない。品物を選ぶ時に、キモノと帯双方ともに、一点だけを提案して、そのままお客様が納得されるというのも、珍しい。

小物は、帯揚げが淡い藤色と薄鼠色の暈し、帯〆には、キモノ地色と帯の模様色に共通する紅藤色と同系で、少し濃い藤紫の高麗組を使って、着姿にポイントを付けてみた。キモノ、帯、小物とすべて同じ雰囲気の色を使い、統一感を出す。こうして、依頼された「上品で控えめな姿」を、お祖母さまの希望通りにコンプリートすることが出来た。

 

二回にわたってご覧頂いた、三世代で受け継がれゆく礼装の品々だが、皆様はどのようにお感じになっただろうか。着用の機会が減ったことで和装への理解が進まず、そのことでキモノや帯を家で扱うことが難しくなり、それがまた着用の機会を減らすことに繋がる。いわばこの「負の連鎖」が、多くの人をキモノから遠ざける要因になっている。

そして誂えを考える方が少なくなった今、こうして世代を越えて、十年単位で品物と向き合うことは、時代にそぐわないことであり、「長く受け継いで使う」という意識は、徐々に消えかかろうとしている。効率が悪いこと、面倒なことは出来る限り避けたい。コスパ社会に生きる現代の人々の、こうした心の動きは止まることなく、未来に向かってより加速していく。

しかし、こうした環境下に置かれても、それでも品物の価値を認識し、次世代へ繋げようとする方がおられる。私は、「その場限りの和装」には、何があっても与することは無い。私の仕事は、「家の箪笥に入る品物を愛しく思える方々」に何が出来るか、それを考えることでしかない。それは、この先も変わることはないだろう。

 

孫の可愛さは子どもの比ではないと、よく年配の方は話しますが、孫のいない私は、どうも実感が湧きません。そして不思議なことに、どうしても欲しいとは思えないのです。自分の娘は何としても欲しいと思いましたが、それに比べて孫の存在は、自分の中では全く冷めたものになっています。

三人の娘たちは、大学入学時に県外へ出て行って、そのまま戻りませんが、戻ってきて欲しいとも思いません。また、結婚するか否か、また子どもを持つか否か、そしてどこで生活するかも、自分で決めれば良いことで、何を選択しても、自分で納得出来ていればそれで良いのです。出生率を上げて、人口を増やさなければ、国も地域も成長を望めず、社会の維持が困難になると言われますが、それは一方において、個人の生き方に口を挟むことであり、特定の価値観を押し付けることに繋がるようにも思えます。

「年寄りの話題は、孫の自慢と自分の健康不安のことだけ」とも言われますが、何とつまらないことでしょう。自分の時間を、自分で出来るだけ長く楽しむためには、心と体を鍛えることしかない。漫然としていては、あっという間にお迎えが来てしまいますからね。今日も長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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