バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

5月のコーディネート  モリスのデイジー帯を、爽やかに着こなす

2023.05 26

2016(平成28)年の伊勢志摩サミット以来、7年ぶりに広島で開催された日本でのサミットが21日に閉幕した。ロシアのウクライナ侵攻や中国の軍事的な示威行動など、現在世界を揺るがしている安全保障問題や、地球規模の気候問題、そして急速に進むAIへの対応などが話し合われたが、その成果は如何なるものであっただろうか。

今回集まったG7の首脳の中で、女性はイタリアのメローニ首相ただ一人。欧米社会のジェンダーギャップは、日本と比較すればかなり小さいと思うのだが、政治トツプまで上り詰める女性はまだまだ少ない。1975(昭和50)年以来、今回で49回目を迎えるサミットの中で、これまでに参加した女性首脳は僅かに4人。イギリスのサッチャー、メイ、カナダのキャンベル、ドイツのメルケルの各首相。この中の、鉄の女・サッチャーとドイツ国民の母・メルケルは、国民の支持を得て長期政権を築き上げた。

 

さて、今回ただ一人の女性として会議に参加したイタリアのメローニ首相だが、彼女は反移民や同性婚反対を掲げており、多文化主義を否定する極端なイタリア民族主義者と国内で位置付けられている。代表を務めている政党・FDI(イタリアの同胞)が、先の大戦でこの国を席巻した独裁者・ムッソリーニが提唱したファシズムを源流とするとなれば、彼女の立ち位置がよく判るだろう。ただ、このような「先祖返り」とも言える右傾化は、イタリアに止まらない。考えてみれば、国民が簡単に軍事費増強を容認する今の日本も、同じである。いくら中国や北朝鮮の脅威が高まっているとしても、戦争を知る人が多かった昭和の時代なら、国民はそれを安易に許さなかったであろう。

イタリアは戦前、ドイツとともに日本の同盟国であり、共に敗戦の苦渋を味わった。そして、50~60年代にかけてドラスティックな経済成長を果たし、奇跡的な復興を果たした点でも良く似ている。今や自国第一主義を掲げる流れは、世界的な傾向ではあるものの、こうしたことも含めて、日本との共通点が多く見受けられる国の一つと言えるだろう。

 

さらにイタリアと日本は、意外なことでも共通している。それはどちらも、国花が菊であること。日本の国を代表する花と言えば、桜と菊の二つと認識されているが、菊は十六弁菊が天皇家の家紋となっているように、どちらかと言えば皇室を象徴する花である。一方で、イタリアの国花となっているのが「デイジー」で、日本名ではヒナギクという種類になる。

もともとデイジーは、ヨーロッパや地中海沿岸を原産とし、花弁の直径は2~4cmほどで、白やピンク、オレンジなど明るく鮮やかな色を付ける。可憐な印象を残すこの小菊は、日本の重厚な菊とは違い、軽やかで爽やか。開花する時期も、秋に咲く日本のそれとは異なり、3月~5月にかけてとなる。

菊は、キモノや帯の意匠に見られる代表的な植物文様で、その図案形式も様々だ。けれども、欧風的な菊・デイジーをモチーフにしたモダンで軽やかな品物も、中にはある。今日は、春から初夏に旬を迎えるデイジーを題材にした帯で、今の季節に相応しい着姿を考えてみたい。ということで、G7サミットからデイジーへと、いつもにも増して苦しい話の前振りが終わったところで、本題のコーディネートに入ることにしよう。

 

(モリスデザイン・デイジー 九寸織名古屋帯  若苗色・無地 米沢真綿紬)

考えてみれば、昨年もこの時期(4月)のコーデネートで、西洋菊・マーガレットをモチーフにした染帯をご紹介したはず。ヨーロッパの薫りが漂う小さな菊は、明るい陽光の下が似つかわしい、可愛くそして清楚な花として印象付けられている。なので、モチーフに使っている帯は、やはり花の旬と同様に、今の季節に装いたくなる。

 

デイジーとマーガレットは、同じ菊科に属する多年草で、咲く時期もほぼ同じである上に、花の姿も良く似ている。それもそのはずで、フランス菊と名前が付いたマーガレットは、デイジーの一種。ただマーガレットの方が少し花が大きく、葉が何本かに枝分かれしている。白い花の一重咲が一般的なマーガレットだが、ピンクやオレンジの花色で八重咲のものもある。

昨年のコーディネートで取り上げたマーガレットの帯は、手描の染帯だったので、写実的に花姿を描いていたが、今回のデイジーは織帯で、その図案はデザイン化されたもの。しかもそれは、モダンデザインの父・ウイリアムモリスが手掛けた、いわば欧州トラッド的な模様である。今日は、この洗練された帯デザインを生かし、初夏をイメージさせるような、爽やかで優しい着姿を考えよう。

 

(白地 ウイリアムモリス デイジー模様 九寸織名古屋帯・川島織物)

老舗・川島の織る帯と言えば、重厚で古典的なフォーマル袋帯を思い浮かべる方も多いはず。よくデパートでは、千總の友禅に川島の袋帯を組み合わせて、オーソドックスな振袖姿を提案しているが、図案も帯質も標準以上で、間違いのない品物である。だが袋帯の文様は、あまりに基本に忠実過ぎて、面白みに欠けるところがある。しかし意外なことに名古屋帯には、デザインを優先した面白いものが見受けられる。今回の帯は、1864年にウイリアム・モリスが描いた作品・デイジー模様をそのまま用いている。

 

20世紀におけるモダン・デザインの父とも称されるウイリアム・モリス。「全ての装飾の仕事には、芸術監督が必要である」とし、室内装飾の総合的なデザインを考えた。彼が主宰したアーツ・アンド・クラフツ運動が柳宗悦の民藝運動に大きな影響を与えたことは、前回の型絵染の稿でもご紹介した通り。

このデイジーは、1864年にモリスが最初にデザインした三つの壁紙・フルーツ、トレリス(格子垣根)と並んで、初期に人気を博した代表作。当時のモリス商会では、タイルやステンドグラス、刺繍などに用いていた。川島織物は、現在モリスデザインを引き継いでいるイギリスの壁紙メーカー・サンダーソン社とライセンス契約を結んでいるため、こうしてそのまま図案として商品に使うことが出来ている。なお現在川島では、帯よりもむしろカーテンのデザインとして、モリス作品を多数使用している。

このモリスのデイジーは、彼が新婚生活を送った家・レッドハウスの室内に架けられていた中世のタペストリーの絵に喚起されて、デザインしたものとされている。15世紀のフランス作家ジャン・フロワサールは、フランスの王位継承を巡って起こった百年戦争について年代記を記したが、この歴史書には100を超える装飾写本が作られ、そこには多彩で細密な挿絵が描かれた。モリスが見た絵はこの中の一点とみられており、とするとこのデイジーデザインの原点は、今から600年も前のものということになる。

このデザインには、デイジーのほかにもう一つ花がある。青で描かれた五枚花弁の花と蕾は、ラナンキュラス。聞き慣れない名前かと思うが、和名のキンポウゲの方が馴染みがあるだろうか。これも多年生の草木植物で、葉の形状がカエルに足に似ていることから、英語でカエルを意味するラナンキュラスの名前が付いた。

川島ではこのデイジー帯を、地色や図案の配色を変えながら、数パターン織っている。この帯の地は白地だが、模様部分には緑の色糸が地に通してあるので、それがごく薄い若草地色となって表れている。なおこの帯は、お太鼓と前模様に同じ図案を使う、いわゆる「送り柄」となっているので、その分価格が抑えられている。織名古屋帯で太鼓と前の模様が違う時には、2パターンの紋図を起すことになり、当然1パターンの送り柄よりも手間がかかり、価格も高いことが多い。

黄色のデイジーと青のラナンキュラス。各々の葉は流線的で、くねくねと動きがある。この辺りが日本の文様とは雰囲気が全く異なり、いかにも外国、それもヨーロッパの匂いが漂うデザインとなっている。そして全体の色目からは、すっきりとして爽やかな印象を受けると同時に、二つの花の可憐さがよく表れている。それでは、このデイジーの特徴をどのようなキモノで生かすか、考えることにしよう。

 

(若苗色 無地 真綿手引米沢紬・米沢 新田)

若苗(わかなえ)色とは、苗代から田に植え替えたばかりの苗の色。丁度毎年今頃は、多くの地域で田植えが行われており、日本各地の田んぼは、淡い黄緑色をしたこの若苗色に彩られる。ということでこの色は、今が旬の初夏の色になるだろう。ご覧の通り、柔らかく少し頼りなげな色だが、それだけに帯の模様を前に出すことが出来る。こうした無地モノは、帯を引き立たせる絶好のアシスト役になるはず。

この紬の原料には、不純物を除去する精練を施した繭を、水中で一つずつ手で展開し、木枠の上に広げ、これを数枚ずつ重ねて方形の層を作り、後に乾燥させてから手で抽出した「真綿手紡糸」を使っている。この真綿糸を使った織物は、ふんわりと柔らかい風合いを持ち、皺が寄り難い特徴を持つ。この紬の生地質と自然な若苗色とが重なり、この紬全体には、優しい雰囲気が漂う。

紬の作り手は、紅花染めで知られる米沢の老舗機屋・新田。新田は草木染紬をメインとしているが、この真綿紬の糸は化学染料で染められ、機械機で織っているので、価格は高くない。けれども、しっかりと着心地の良い紬として仕上がっている。では、デイジー帯を合わせてみよう。

 

横に並べて置いて見ると、共通の色である淡い草色が目立つ。そしてキモノが無地だけに、帯の雰囲気が着姿に伝わりやすい。パステル基調で、赤やピンクを除外した配色構成をすると、涼やかさと爽やかさが表れてくる。そしてモチーフが堅苦しい和花ではなく、欧風のデイジーであることが、着姿になお軽やかさをもたらす。

後姿を見た方は、帯に織り出される花のモチーフは何かと、気になるかも知れない。モリスの図案と知っていれば、一目でデイジーと判るだろうが、そんな方は多くおられないだろう。今から150年も前にデザイン化された不思議な花模様だが、その可憐な美しさは全く色褪せていない。優れた文様は、時代を問わず、また洋の東西を問わず、人々の心を捉えて止まない。

帯模様が通し柄なので、お太鼓では縦に花が立つが、前模様だと横に並ぶことになる。普通の花だと、向きが変われば模様全体に違和感を覚えることがあるが、このデイジーは横になっても、デザインの雰囲気は変わらず、むしろ前姿だとこの方が良いようにも思える。

 

(濃緑色 冠帯〆・今河織物  若草ベージュ 暈し帯揚げ・加藤萬)

(藍色 ドット模様帯〆・中村正  群青と桜色 暈し帯揚げ・今河織物)

小物合わせは、二通りの色で考えて見た。最初のコーデは、淡い緑色基調の着姿を引き締めるために、同系の濃い緑色帯〆を使ってみた。また後の合わせは、帯の花模様・ラナンキュラスの青を帯〆に使い、ポイントを付けてみた。これ以外に、デイジーの黄色を合わせて見ても、良さそうだ。

 

今日は、ウイリアム・モリスの作品「デイジー」を図案とした名古屋帯を使って、風薫る5月らしいコーディネートを考えてみたが、その爽やかさを感じ取って頂けただろうか。菊は和花の象徴であるが故、伝統衣裳であるキモノや帯の図案に頻繁に用いられる。けれども、それを西洋原産の菊に置き換えるだけで、全く印象が変わってくる。

名古屋帯のように、カジュアルモノの主役となるアイテムには、作り手が視点を変えて図案を考える柔軟さが求められるだろう。何故なら、普段からキモノを楽しまれる方々は、ありきたりではない個性的な意匠を、いつも探しているから。もちろん扱う側の専門店も、それを望んでいる。作り手にとって今は大変難しい時代であるが、感性を研ぎ澄まして、新たなモノ作りに臨んで頂きたいと切に思う。最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度ご覧頂こう。

 

「核なき世界を目指す」という理念を掲げることが、今回のサミットにおける最大の目標と、岸田首相は語っていましたが、果たしてそれは、各国の首脳の心に響いたのでしょうか。しかし現実的には、主要先進国・G7のどこの国も、核兵器禁止条約を批准していません。唯一の被爆国である日本も、アメリカの核の傘に入っているという現実から逃れられず、「核を使うな」と高らかに宣言することはできないのです。理想と現実がこれほど乖離していることは、他にあまり無いでしょう。

軍備というのは、仮想敵国とする相手が増強すれば、防衛する側も増強せざるを得ません。つまり、全く際限がないのです。今の日本には、軍備の増強を容認する「空気」が社会の中にあります。実はこの目には見えない空気感こそ、一番危ないように思うのです。戦前、戦争に突き進んでしまったのは、時の指導者や軍部だけに原因があるのではなく、それを後押しした国民全体の空気によるところも、かなり大きく影響しました。そしてとどのつまりは、戦争に反対する者を「非国民」とレッテルを張るような、気持ちの悪い社会になってしまったのです。

 

戦後80年近く経ち、戦争の恐ろしさをリアルに知る人たちは、かなり少なくなりました。政治家が簡単に軍備増強を口にし、国民も空気としてそれを後押しする。私は、危険なことと思います。ということで、軍備増強を声高に叫ぶ方々に言っておきたい。「おのれら、ドンパチが始まったら、真っ先に鉄砲玉として、行ってくれるんやろな」

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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