バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

婚礼衣装を誂える(後編) 美しく麗しき衣装、ここに整う

2023.02 06

「おまえ百まで、わしゃ九十九まで、共に白髪の生えるまで」とは、能・高砂に出てくる老夫婦に因んで作られた謡曲の一節で、夫婦が仲良く、長く連れ添うことを願う意味で使われる故事として、よく知られている。そして、この能の中では「高砂や、この浦舟に帆を上げて、月もろともに出で汐の・・・」と謡われており、それは結婚する夫婦の和合と長寿に願いを込めて、江戸時代の祝言から現代の結婚披露宴まで、幾多の人に謡い継がれてきたお目出度い謡曲である。

この「高砂」の舞台となったのは、播磨灘に面した兵庫県西部・高砂市に建立されている高砂神社。境内には雄株と雌株が寄り添って生える二本の松があり、それはまるで一つの根から大きく成長した木のよう。古来こうした姿の松は、「相生の松」と呼ばれて、相生き(共に生きて)相老る(共に老いる)夫婦の象徴とされていた。この社の雌雄の松も、それぞれが「尉(おじいさん)」「姥(おばあさん)」であり、大木を、長い時間をかけて契りを結んだ、夫婦の姿そのものと見なしている。

 

三十六歌仙の一人で、古今和歌集の撰者としても知られる紀貫之は、歌論書・古今和歌集仮名序の中で、「高砂、すみの江のまつも、あひおひ(相生)のやうに、おぼえ」と記しているが、これは、高砂の松と住之江(大阪・住吉)の松があいおひ、つまり夫婦のように思えると自分の感慨を述べたもの。世阿弥はこれを基にして、能・高砂のシナリオを書いたと言われ、とどのつまりそれが、現代に続くお目出度い謡曲「高砂や~」に繋がっているのである。

さて今日は、そんな「高砂の祝言に相応しい婚礼衣装」の誂えをご紹介する稿の最終回となる。実際にお客様の装った姿で、誂染めをした無地の振袖と黒地の帯がどのように映ったのか、またそこにどのような小物を合わせて、晴れの場に相応しい姿としたのか、皆様にご覧頂くことにしたい。

今回この稿を書くにあたっては、誂えを依頼して頂いたお客様・Mさまから、着装した姿や品物の画像をお送り頂きました。そして同時に、これをブログに掲載することも、快く承諾して頂きました。そのことをまず最初に深く感謝を申し上げ、話を始めることに致したいと思います。

 

結婚式直前のお二人の装い。晩秋の東京・北の丸公園で。

深みのある牡丹色で染めた大シボちりめんの振袖、そして古典の極みのような黒地の檜垣取四季花文の袋帯。考え抜いた末に選んだ晴れの日の衣装は、果たしてどのような姿に映っていたのだろうか。誂えを請け負った私としても、着装した姿を拝見するまでは、今回提案させて頂いた品物が果たして正しかったのかと、確証が持てずにいた。もちろん納品時には、その出来映えを確認して「間違いない」と理解していたものの、実際に装った時の姿は、品物を置いたままの平面で見る時とは印象が異なる。

けれども、Mさまから送って頂いた優美で麗しい画像を見た時、今回の誂えを成功裡に終えることが出来たと確信した。自然光の中でも、室内の灯においても、牡丹あるいは躑躅のような振袖の色が、独特のこっくりした美しさを醸しだしている。こうした真紅と臙脂を掛け合わせて深めたような色の気配は、既存の振袖の中では見出すことが難しく、誂染でなければ表現出来なかったであろう。

 

文庫に結んだ黒地の帯姿が、シンプルですっきりとした着姿を上手く演出している。

そして帯に黒地を選んだことも、やはり正解であった。これだけ主張が強い麗しい色は、黒以外で抑えるのは難しい。そして、図案を区分けている金糸檜垣取と狂言の丸の金糸縁取が、帯の豪華さを高めている。締めた姿の方が、平面で見るよりよほど秀麗な帯姿であり、地色と図案双方ともに「この帯で良かった」と思わせるものだった。

さてそこで、このキモノと帯にどのような小物を使い、着姿を高めて行ったのか、見て行くことにしよう。キモノや帯を上手く選択しても、それにそぐう小物を使わなければ、装いは決まらない。相応しい小物を正しく選べるか否かは、いわば体操競技の最後の着地と同じであり、極端な言い方をすれば、これで着姿の印象が決まってしまうのだ。そして今回は花嫁衣裳でもあるので、使う色が限定されたり、特有の小物を使う必要もあって、なおのこと慎重に選ぶことが求められた。

 

装いに選んだ小物一式を、着姿のようにして写して頂いた。丸ぐけ綿入り・白帯締め、カナリア色・総疋田絞り帯揚げ、襦袢の刺繍半衿、お手製の筥迫、白の抱え帯など。

上の画像は、装う直前に品物一式を並べたものだが、着姿を見ずとも、小物の色のバランスが優れていることが良く判る。キモノも帯も、濃厚な色の気配を前面に出しており、見る者にはそれが目にも麗しい印象として残る。そしてそれを合わせた小物は、各々がキモノと帯を引き立て、豪華ながらも、どこか落ち着いた印象を残す着姿に仕上げている。

疋田絞り帯揚げの柔らかな山吹色は、キモノの赤紫と帯の黒の間に入って、しっかりと緩衝材の役割を果たし、そこに合わせた白の丸ぐけ帯締めと抱え帯が、清楚な花嫁姿を際だたせている。また水色の房を付けた小花模様の筥迫が可愛く、整然とした着姿の中で、良いアクセントになっている。そして実はこの筥迫は、Mさまが自分の手で誂えたオリジナル品である。今回の小物の中では、特筆すべき品物になったので、少し詳しくご紹介してみよう。

 

小花模様の筥迫の布は、小紋の残り布。生地を貼る表や内側に必要な材料を取り寄せ、そこに、持っていた自分の小紋生地を使って作っている。また紐や房も自分で考えた色を選んで付けて、びらかんざしと呼ぶ鎖状の付属品も、取り寄せて付けている。

江戸時代の中期辺りから、武家や富裕町人の晴れの儀式の中で、用いられていた筥迫。この小さい筥は、懐紙用と小物用に分れていて、薬や楊枝、櫛、鏡などが入れられていた。装い方は、キモノの胸元に挿し、房を下に垂らした姿で用いる。また鎖状のびら簪(かんざし)は、護身としての意味を持つ道具として付けられていた。現代では、花嫁衣装と七五三の祝着だけに残る小道具である。

筥迫姿がよく判る画像。筥迫に付いている白と水色二色の房と、もう一つ右側の末広の傍らに同色の房が見えるが、これは武家の女性が護身のために持っていた「懐剣(かいけん)」を模した房。筥迫や丸ぐけ帯締め、抱え帯、末広など、花嫁衣装を装う時に必要とされる小物が、この画像でよく判ると思う。

この筥迫は、制作を支援する店から材料を取り寄せて自分で作ったと、Mさまから聞いた時には、筥迫のような、和装でも限られた時にしか使わない小物を、材料を提供し、作り方も教えるような工房・店が存在することに少し驚いた。しかし考えてみれば、特別な花嫁姿を彩る小物だからこそ、そこには特別な思いもあり、それが自分らしいこだわりの品を制作することに繋がっている。おそらくこの筥迫にも、そんなMさまの装いにかける気持ちが込められているはずだ。

Mさまは、最初この筥迫は試作品のつもりで作り、本番用は金襴のような華やかな生地で、別に作ろうと考えられていた。けれども、選んで頂いた紫紘帯には、筥迫生地の小紋柄と良く似た配色の図案が入っていて、合わせて使っても違和感は無いはず。そう考えて、この筥迫をそのまま使うことをお勧めした。こうして装いの姿を見ると、改めて、この筥迫を選んで頂いて、良かったと思う。筥迫とそれに合わせた水と白の二色の房が、装いの中できちんと存在感を示しており、それが特にインパクトのあるキモノの濃い赤を、うまく抑えている気がする。小物全体を優しい色にすることにより、着姿全体がバランスのとれた仕上がりになっていて、この選択に間違いは無かった。

 

今回、合せて使った長襦袢と刺繍衿。(長襦袢・トキワ商事 刺繍衿・加藤萬)

着姿からだと、長襦袢は振りから僅かに覗くだけだが、振袖がはっきりした牡丹色であることを考え、赤やピンク色系は避けて、優しいカナリア色の襦袢を使うことをお勧めした。この振袖は、後に無地のキモノとして使われるが、その時一緒に使う襦袢として考えれば、おとなしい色の方が、安心して長く使える。

また刺繍半衿は、白地で細かな四季花を散りばめたもの。模様の配色は薄ピンクと白が主体の、きわめておとなしく、上品な意匠。衿元は、キモノの濃色をすっきりと見せるために、あえて白を基調とした小物を使う。画像の着姿を見ても、衿の白さが清潔な美しさを感じさせる。

 

画像は、前撮りした時の装いと式当日の装いの両方を送って頂いた。上の画像は前撮りの姿で、この時は自分の髪で、格調高く文金高島田を結い上げている。厳かな中に、重厚な美しさを感じさせる佇まい。これは、極めてシンプルな無地紋付振袖だが、シックな帯と小物でしっかりと古典的な姿を形作っているので、こうして本格的な日本髪を結いあげて装ってみると、なお居ずまいを正した美しい花嫁姿となる。

こちらは式当日の着姿。ショートヘアにつまみ細工の髪飾りで、装いをイメージチェンジ。この髪飾りでも、水色がポイントとなっていて、筥迫の房や帯の模様色と連動して着姿に彩を与えている。重厚な日本髪も良かったが、こんな軽やかなショートヘアでは、伝統衣裳として威厳をもちながらも、現代的でモダンな雰囲気を残す。この振袖の牡丹色はとても不思議な色で、重厚さと柔軟さを合わせ持っている。だから、髪型を大きく変えても、花嫁衣装としての厳かさを失うことは無い。

 

最後の画像は、振袖の袖を長く垂らして、伏し目がちに物思いにふける姿。花嫁となる初々しさが、画像からも伝わってくるようだ。

メールで誂えの依頼を頂いてから、5か月。無事に、思い描いた衣装をまとって、Mさまは晴れの日を迎えられた。こうして頂いた画像を拝見しながら、一つ一つの仕事のことを稿にして見ると、何より大切なのは、お客様が望まれている姿をきちんと把握し、それを丁寧に具現化していくことと思う。それには、密接にコミュニケーションを取ることが、どうしても求められる。「聞くこと、話すこと」は、仕事の出発点であり、リアルに向き合うことでしか、互いの思いは理解しえない。誂えの仕事を請け負うたびに、同じことを感じる。

 

Mさまからは、当日列席されて着姿を見た友人の方から、「似合う色とは、こういうことかと思った」と言って頂き、それは最高の誉め言葉だったと話して頂いた。それは、今回仕事をさせて頂いた私にとっても、最高の誉め言葉になった。

残して置いた布の色を、誂え染の色に使い、大切に保管していたひいおばあさまの振袖に付く八重向梅紋を、そのまま紋とする。さらには、手作りした筥迫が胸元から覗いて、着姿に彩を与える。今回の衣装の中には、Mさまの家に繋がる長い歴史や、Mさま自身のこだわりが、散りばめられている。ご自身の婚礼衣装に対する強い思いが無ければ、この美しく麗しい衣装は、生まれなかった。バイク呉服屋は、そのお手伝いを、少しさせて頂いただけである。

最後に、Mさまご夫妻の末長いお幸せを祈りつつ、三回にわたるこの稿を終える。

 

共に白髪が生えるまで、仲良く寄り添うのは、縁あって結婚した夫婦の願い。それは、誰しもが思うことかと思います。バイク呉服屋夫婦も、私はもうかなり白髪が目立つようになり、というより白髪の方が完全に多くなり、家内も定期的に染めなければならないほど、白髪が増えてしまいました。100歳と99歳どころか、60歳を少し超えたあたりで、我々は共白髪になってしまったのです。

「自分は染めてないのに、私には黒く染めなさいと言うのは、男のエゴ」だそうですが、それはパートナーである奥さんに、いつまでも若々しくいて欲しいという、願望の表れです。それをわがままと言われてしまっては、どうにも返す言葉がありません。白髪をそのまま生かす「グレイヘア」を試してもらっても良いのですが、どうなのでしょう。皆様は、白髪をどう扱いますか。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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