バイク呉服屋の忙しい日々

その他

10年目のブログによせて(前編)  売ることは、偏ること

2022.05 15

政令指定都市とは、1956(昭和31)年9月に施行された制度により、認定された都市のこと。これは地方自治法に基づく新たな都市制度で、地方分権の推進を掲げ、その上で合理的で効率の良い都市の行政運営と、そこに居住する住民の福祉を増進することを目的とする。

最初に指定されたのは、横浜・名古屋・京都・大阪・神戸の五都市。当初は人口の目安を100万人と規定したが、後に70万人に緩和される。静岡や堺、浜松などはその恩恵を受けて、新たに指定された都市で、現在20都市が政令都市になっている。各々の都市の大きな特徴は、区制度が施行出来ることで、区の役所が拠点となって、細かな住民サービスが実施される。またこれらの自治体では、事務的なことはもとより、ある程度財源も委譲されていることから、他都市よりも主体的に財政運営が出来る。つまり、地域の実情に合わせて行政の運営が出来ることが、最大のメリットとなる。

人口の集中は、東京以外ではこの政令都市に向かっており、地方では1999(平成11)年から実施された、いわゆる「平成の大合併」による自治体の集約化が、これに拍車をかける。ここ数年、都市と地方の行政サービスの格差は広がるばかりで、自然豊かな田舎に暮らすことが、次第に難しくなりつつある。

 

一昔前までは、事業を起こしたり店を始めるならば、その地域にどのくらいの人口があるのかが、仕事の成否を左右する大きな関心事だった。人が近くにいなければ、品物やサービスを求める人は無いと考えたからだが、ITの出現により、それは大きく変わった。どんな人口希薄な遠方の地にあったとしても、ネットで情報発信をすることにより、日本と言わず世界の果てからでも注文が入る可能性がある。扱う品物にもよるが、必ずしも地域に密着するだけの商いに、縮んでしまう必要は無くなった。地方の個人経営でも、仕事のやり方次第で生きる道が開ける。そんな良い時代になったのだ。

人口が20万人にも満たない地方都市の、閉まったシャッターが目立つ古い商店街に店を構える、人も雇わない小さな呉服屋。その店の人相の悪い主人が書くつたないブログに、公開から9年間で、150万人もの方々が訪ねて来られた。一口に150万と言うが、これは政令指定都市である神戸(約153万人)や京都・川崎(どちらも約147万人)の人口に匹敵し、改めてその数の膨大さに驚きを覚える。

今月で10年目を迎えた、バイク呉服屋のコラムブログ。毎年5月の稿では、その年ごとに呉服屋としてあるべき姿勢や、目指すべき商いの形などを語っている。今年は10年の節目に当たることから、二回に分けて、これから呉服専門店の仕事として何を見据えるかを、お話することにしよう。今回はモノを売ること、主にどのような品物を扱うかについて言及してみたい。

 

今月初旬の店先。単衣向きの冬モノと、小千谷縮のような薄モノとが混在している。

10年前、このブログを開設した当時では、店で扱う品物の比率はフォーマルモノ、カジュアルモノが半々だった。それが時が経つにつれて、徐々にカジュアルの比率は上がり、今は80%以上になっている。そして、コロナ禍のここ3年では、その傾向がより顕著になり、今フォーマルの依頼は、数えられるほど少ない。

こうした中で最も売れているアイテムは、名古屋帯。これは染帯織帯、八寸九寸、夏モノ冬モノ問わず、年間を通してコンスタントに、お客様からの引き合いがある。帯の需要は、袋帯が1とすれば名古屋帯が9。意外と思われるかも知れないが、このアイテムは、コロナ以前と比べても、あまり遜色のない売れ行きを示している。

 

多くの催しが中止され、それどころか人と会うことすら気軽に出来ない。自粛ムードに包まれたこの三年の間は、着用の機会を探すことすら難しい。しかし、品物を買い求める方は、確実に存在している。何故なのか不思議に思ったので、どのような方が何を契機として新しい名古屋帯を求められたのか、自分なりに分析してみた。

まず基本的には、求められた方のほとんどが、日常の中に和装が根付いておられること。無論自分で着装出来、キモノの楽しさを十分理解されている。こうした方々は、何かあるからキモノを着るのでは無く、何は無くともキモノで過ごすことを厭わない。和装に対して、自然な捉え方をしている。だから、今は着用する機会は少なくとも、いずれ必ず使う場面はやってくると思っている。そして、「おうち時間」の中で新たな帯を装うことは、規制された生活の中で数少ない楽しみにもなり得る。こう考えたからこそ、不自由な生活を強いられる最中でも、新しい帯の誂えへと気持ちが向ったのだ。

さらに、家で過ごす時間が多くなり、箪笥の中を整理する時間が出来たことも、一つの要因だろう。忙しい生活を送る中では、キモノライフを自由に楽しむ方々でも、自分のワードローブを確認する時間がなかなか取れない。それが今回余暇が出来たことで、自分の持っている品物の状態を一点ずつ見ることになり、それは、寸法の違いや汚れを見つけることに繋がった。同時に、キモノを引き出した際には、手持ちの帯とのコーディネートも試すことになり、そこで新しい組み合わせを模索することもあったようだ。

これを裏付けるように、私のところへは、寸法直しや汚れ直しの仕事を依頼するのと同時に、その品物に見合う新しい帯を依頼されるケースが幾つかあった。キモノ愛好家にとっては、どのキモノにどの帯を合わせ、小物に何を使うのかを考えることが、最大の楽しみであることに間違いない。図らずも今度のおうち時間が、そんな機会を与えることになったのである。

 

また名古屋帯の他には、小紋(長羽織として誂えるモノを含めて)や紬に動きがあり、昨年から在庫として残っていた絹紅梅や小千谷縮など、いわゆる夏キモノを求める方も目立った。それは、コーマや綿絽等の一般的な浴衣が売れなかったのとは、全く対照的な消費行動と言える。

この売れ筋の品物と、それに伴うお客さまの行動からは、現在のバイク呉服屋の商いを取り巻く姿を伺うことが出来る。そしてそれはこの先、誰のどのような求めに応じて、どのような品物を扱えば良いのかを、示唆しているように思う。だが、こうしたことに止まらず、もっと具体的なことが、普段交わされるお客様との会話から見えてくる。それはどんなことなのか、次に話を進めていこう。

 

飾り台には、今は無き菱一の製作した十日町の橡紬。合わせているのは、夏らしいコバルト地色で面白い魚模様の型絵染帯。店内の撞木は、無地と縞の小千谷縮。そこに南風原の夏帯と、黒地に向日葵模様の絽染帯を飾っている。

先週の日曜日、何年も前からこのブログを読んで頂いている方が、東京から来店された。これまで、メールでは何回かやり取りしていたものの、実際にお会いするのは初めて。コロナ騒ぎにならなければ、とっくに来て頂けたはずだが、都外への移動自粛に伴って、甲府へ来ることが延び延びになっていた。

この方は、うちで八掛染や無地モノの染替えを依頼している、清澄白河の近藤染工さんの近くにお住まい。だから私が、いつも仕入れでうろうろしている人形町界隈のことも詳しい。私よりも一回りほど若いが、キモノに親しんでいる時間は長く、知識も豊富である。そして、これまでに都内の老舗数軒とお付き合いがあり、それぞれの呉服専門店が持つ個性も、十分に感じ取っておられる。いわば、キモノ上級者と呼ぶことにやぶさかでない方である。

 

これまで、彼女が付き合ってきた呉服店(いずれも、私が知っている有名店)から考えれば、バイク呉服屋の規模はいかにも小さい。店舗の大きさや立地場所はもちろんのこと、商いのあり様からしても、まるで比較にはならない。相撲で言えば、横綱と平幕、いや十両ほどの格の違いがあることは明らかだ。

そこで、何故うちの店に目を留めたのかを聞いてみたところ、それは「品揃え」だと言う。この品揃えというのは、単純に扱う品数や質ではなく、自分の好む色や図案のものが数多く揃っていること。ブログで度々取り上げている品物は、明るく優しい上品なパステル系の地色がほとんどで、可愛い図案のものも多い。名古屋帯や小紋、紬などのカジュアルモノに、これだけ若々しい雰囲気を感じさせる品物を置く店は、珍しい。そこに、他には無いうちの店の個性があると話してくれた。

都内の有名店では、質へのこだわりはあるものの、色も模様も地味なものが中心。いくら手を尽くして作っていても、着る気にさせてくれない意匠ならば、心惹かれることは無い。だから、つまらないのだと。そしてもちろん、作り方は何でも良いわけではなく、質は一定のレベルに達していなければならない。品物は、質と色やデザインとがきちんと輻輳していることで、はじめて魅力的なものとなる。それを彼女が理解した上で、うちの店を評価してくれているのだ。

 

ウインドの中は、野々花工房の藍無地紬、川島織物のデイジー模様帯、今河織物のスマトラ絣お召。いずれも、初夏をイメージさせる色と意匠を持つ品物・三点。

キモノに慣れ親しんだ都内のお客様に、このようにうちの店を評価して頂けるとは、思いもよらぬことで、とても面映ゆい気持ちになる。だが、この方と同じように、上品で明るい雰囲気を着姿に望まれる方が、実は多い。つまり品物に対して、「はんなりパステル」の雰囲気を求める方が、案外大勢おられるということになる。

このブログを読んで下さる方々には、うちで扱う品物のイメージが、すでにしっかり浸透していると思われる。だから、わざわざ遠くから店を訪ねられて、品物を見ようとされるのだろう。品物に関しては、来店されるお客様の好みとバイク呉服屋の好みが、ほぼ一致している。そして、自分の趣味と連動して店にアプローチされる方の年齢は、私と同じくらいか、あるいは年下の方がほとんど。こうして現状を分析すれば、この先にお客様が望む品物は、もうはっきりと答えが出ている。

 

今日は、店の商いの現状を、様々な観点から捉えてきた。そこで結論として、今回のテーマ「この先扱う品物は、何か」を考えた時、アイテムは当然カジュアルモノで、名古屋帯、小紋、紬が中心になる。そして色や模様に関しても、上品な着姿となる意匠を求めることに変わりはない。玄人好みの渋い姿より、周りを和ませる明るく爽やかな、そして若々しい姿。これを演出出来なければ、「バイク呉服屋好み」とは言えない。

すでに、うちの店が置く品物のイメージは固まっており、これからは、よりそれに相応しいものを扱うことになる。つまりは、品物がもっと「偏る」ことになるだろう。ただ偏れば、扱う品物の範囲は自然と狭まり、趣きの合わないお客様は足を遠ざけることになるかも知れない。商いの機会を無くす恐れは確かにある。しかし、店のイメージはなお強く固まり、個性化には拍車が掛けられる。結局結論としては、これまで同様に自分の好きなモノを仕入れ、それをお客様に提案していくということ。色々と理屈を述べてきたが、何のことは無い、自分のやりたいようにやるだけなのである。

 

無論、簡単に右から左へと売れていくような商品ではないことは、承知している。そして仕入れをするリスクも高く、コストも掛かり続ける。また何より問題なのは、私がツボに入り、それを見たお客様の心を掴むような品物が、そう簡単に見つからなくなっている現状があること。作り手や企画するメーカーが、売れ残ることを危惧して、独創に富んだ個性的な面白い品物を、作らなくなりつつあるからだ。

これからの私の大きな課題は、自分のセンスを信じて、お客様の目に適う品物を探すこと。もし見つけられなくなれば、店の魅力は消え去ってしまう。これからの商いの浮沈は、この一点に掛かっているとも言えるだろう。個性的な呉服屋が消えつつある中で、いつまでも「らしさ」を失わず、残された仕事の時間を全うしたいと思う。

次回は、呉服屋の仕事としてもうひとつの柱、「直すこと」に関して、未来図を探ってみたい。

 

呉服屋の主人として過ごす時間は、あとどれくらい残されているでしょうか。おそらく私の性格では、自分の体力の限界まで仕事に執着することは、無いと思います。人によっては、一生を遂げる仕事があることこそ、最も価値のある生き方との考えもあるでしょう。しかし根が不真面目な私なんぞ、一生現役なんて到底無理な話で、申し訳ありませんが、死ぬまで呉服屋でありたいなどとは思えません。

ただ、自分で店を閉じると決めたその日までは、自分が納得できる仕事を続けたいと思います。これまで、そしてこの先にバイク呉服屋と関わって頂いたお客様が、後々少しでも「心に残る店」となれば、それが何より。今の私の、ささやかな望みですかね。 今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

ご感想・ご要望はこちらから e-mail : matsuki-gofuku@mx6.nns.ne.jp

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