バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

パステル色で装う振袖姿(前編) 御所車と鴛鴦の御所解模様

2022.04 15

2022年は、後々の日本において、大きな分水嶺となってしまうかもしれない。それは、国の根幹を為す安全保障の分野において、憲法の平和主義に依拠する専守防衛から離脱する可能性があるからだ。

この議論の高まりは、当然ロシアのウクライナ侵攻や、度重なる北朝鮮のミサイル発射を受けてのこと。連日報道される、ウクライナ国内の悲惨な状況。これを目の当たりにすれば、否応なく自国の防衛を考えざるを得ない。21世紀の今になっても、これほど強引に武力侵攻をする国があるとは、ほとんどの人が想定していなかっただろう。しかし、独裁者が支配する国では、自国の利益、いや自分の考えの赴くままに行動し、平気で他国を蹂躙する。そのことが今回、嫌というほど思い知らされた。

先日読売新聞が行った世論調査によれば、防衛力強化に賛成する国民は64%で、反対は27%。国防に対する関心は、かつてないほど高まっていると言えるだろう。ミサイル爆撃で破壊され、戦車に蹂躙された街。逃げ惑う人々の姿や、殺されて放置された遺体の報道に接すれば、誰もが「もし、日本がこうした事態になったら」と考える。

 

北朝鮮の執拗なミサイル発射も気になるが、最も懸念されるのは大国・中国の動向。日本の周辺海域ばかりか、アジア一帯で領土拡大を図る動きがある。それを予感させる、あからさまな武力誇示も頻繁だ。香港や台湾を巡る問題も深刻で、特に台湾は、武力を行使して領土化するのではないかと懸念されている。

これほど脅威を与える軍事大国が隣にあるというのに、専守防衛に徹しているだけでは、国が守れないのではないか。最近では、ミサイルが飛んで来る前に敵の基地を攻撃することばかりか、核で武装することさえ議論に上がっている。これは、国是だった「作らず・持たず・持ち込ませず」の非核三原則の放棄を意味する。つまりは、平和憲法からの訣別である。

これまでだったら、保守系の一部議員だけで主張されていたことが、今は国民的な論議を呼びそうな状況になっている。領土の保全と政治的独立、そして国民の生命や財産を外敵から守ることが、国家の責務であることは言うまでも無い。ただその「守り方」は、一様では無かろう。今回のウクライナ侵攻は、日本の未来にも、大きく影響を及ぼす事態であることは間違いない。

 

毎日湯水のごとく伝えられる、過酷な状況。思わず目を背けたくなる映像も、無造作に流される。そして戦争の陰に隠れてしまった感のあるコロナも、未だ収束の気配がない。まさに八方塞がりのような、社会情勢になっている。

こうした中での私の仕事は、不要不急の最たるものと自覚しているが、せめて、このブログを訪ねて下さるキモノを愛する人たちには、美しい画像で、ひと時のくつろぎを持って頂きたいと思う。そこで今日は、約ひと月ぶりに書く稿でもあることから、これまで依頼を受けて誂えた振袖の中から、バイク呉服屋が得意とする「パステル色を基調としたコーディネート」をご覧頂こう。今回は前編として、貝桶と鴛鴦模様の品物を選んでみた。相も変わらず前置きが長くなったが、始めることにしよう。

 

そもそもパステルとは、何か。フランス語の「練り固める」を語源とするように、本来は乾燥した顔料(水や油に溶けない染料)を粉末にし、粘着剤で固めた画材のことを指す。これを使用して描く絵画がパステル画なのだが、パステルそのものは淡い色に限定されず、原色も表現できる。ただパステル特有の表現として、原色に白を混ぜた淡い中間色が見られたために、パステルカラーと呼ぶ色のイメージが固まっていった。

 

パステル中間色は、炭酸カルシウムが主成分のチョーク(いわゆる教室の黒板で使う白墨)を白色顔料として使うことから、これを使って描く色はどうしても、刺激の少ないまろやかな色調になる。それは、白を含むことで生まれる艶消しの効果により、純度の高い原色とは対照的な淡い色が表現されるからである。

パステルカラーのイメージは、柔らかさや優しさ、そして明るさと暖かさ。さらに甘さもある。紅系の桜色・鴇(とき)色や紫系の紫苑(しおん)色は、穏やかな春をイメージし、緑系の若草色・若苗色や青系の水色・空色は、爽やかな初夏に相応しい色だ。いずれにせよ、人に安心感を与える色であり、装いには若さや清潔さが溢れてくる。そんな意味から、若さを象徴する振袖の装いにパステル色を選ぶことは、よくある。では、パステル好きのバイク呉服屋がどんな振袖姿をお客様に提案したのか、ご覧頂こう。

 

(四色パステル地色 御所車に鴛鴦模様 型友禅振袖 2012年・千總)

振袖でなくとも、パステル色を四色も地色に使ったキモノは珍しい。淡い撫子色のピンク、澄んだ水の青、匂い立つ新緑の萌黄色、そして春の温かみを感じる山吹。パステル色の代表とも言うべき四つの色を、キモノ地いっぱいにバランスよく配置し、色と色の間を糸目糊のような白い筋で区切っている。模様よりも四色地色の柔らかさが印象に残り、まさにそれはパステルの装いとなる。

前の合わせを見ると、四色の組み合わせが着姿からどのように映っているのかが、よく判る。袖や上前身頃など、目立つ模様を置くところはピンクで、そこに他の三色をバランスよく切り込みながら、全体の雰囲気を作っている。図案は全体に小柄でおとなしいので、色が前に出る振袖と言えるだろう。

後身頃は、四色が斜めに交互に並んでいる。水色の中には、染疋田で白く描かれた葉模様があしらわれているが、この疋田の白い丸粒が、パステル色をより優しく見せるアクセントになっている。

図案のモチーフには、春秋の花の中に埋もれる御所車が見える。平安貴族のマイカー・御所車を花で飾り立てる意匠は、源氏物語の世界を象徴する華やかな文様。振袖や留袖など特別なフォーマルモノの図案に用いることが多いが、このように、風景の中に取り込まれている御所車は、御所解文様に使うアイテムの一つとして、認識されていることが多い。御所解の明確な文様定義はないのだが、江戸中期から後期にかけて、大名の奥方や御殿女中の衣服に好んであしらわれていた。

御所解は、松や楓、桜梅など四季を代表する植物の他に、御所車や折戸、柴垣のような文芸的器物文、さらに御殿などの家屋、そして流水や岩、連山など山水風景を織り交ぜながら、文様として構成されている。このパステル振袖の御所解には、観世流水の中に鴛鴦の姿が見えている。美しい羽色を持つ鴛鴦は、仲睦まじく雄雌つがいで寄り添う。この鳥は江戸期から、和合の象徴として小袖や能衣装の図案に使われており、御所車同様に、現代の礼装にその姿が多く見られる。

地色に四色のパステルを駆使し、そこにポピュラーな御所解模様をあしらう。古典的でありながらも、優しさと上品さが醸し出された若々しい振袖。これは、オーソドックスな古典柄を得意とする千總の品物。今に残る千切屋一門の三家の一つで、デパートでの扱いが多い。ではここにどのような帯と小物を合せ、この振袖に相応しい優しい着姿を演出したのか、ご覧頂こう。

 

柔らかい金地に、牡丹と鴛鴦をあしらった袋帯。これは、お客様のお母さまが使っていた帯。配色はキモノ同様に、ピンクと水、若草色など優しいパステル色が主体。そして偶然にも模様に鴛鴦の姿が見られる。画像から見ても、キモノ・帯双方に同じ色の気配が伺える。

キモノも帯もパステル主体となれば、着姿はふんわりと優しくなることは間違いない。ただ、同じ気配の色を合せると、アクセントがなくなり平板になってしまう。とくにこうした淡い色同士だと、なおその傾向が強い。どこかでアクセントを付けなければならないが、こんな振袖の場合には小物の色がポイントになる。

前の合わせをして、伊達衿の色に真紅を使ってみた。衿の縁にビビッドな赤が出てくるだけで、淡色が引き締まる。パステルに対して原色は有効だが、色は何でも良いという訳ではない。

帯揚げ・帯〆も伊達衿と色を合せて、真紅を使う。帯揚げは鬼シボちりめんに桜花の刺繍、帯〆は真紅と金、そして間に薄水色の暈しを入れた貝の口組。小物の色を統一して、前姿にしっかりと鮮やかな赤を見せる。それにより、着姿全体を覆うパステル色が際立ってくる。大切なことは全体のイメージを崩すことなく、それでいて、ぼやけた雰囲気にはさせないことだ。

表からは見えないが、長襦袢も薄ピンクを基調としたパステル色ぼかしを使う。模様は玉熨斗。振りからチラリと襦袢が見えた時に、キモノの色目と同系ならば、より統一感があるような気がする。

 

今日は久しぶりに更新する稿の題材として、今の季節に相応しい、パステル色の振袖姿をご覧頂いた。明るさと柔らかさを併せ持つパステル色は、優しい春の陽ざしや初夏の爽風が似つかわしい。まさにこれからが、旬の色になる。次回は後編として、サーモンピンク地色に扇面模様の振袖を使った「パステルの装い」をご紹介することにしよう。

最後に、今日ご覧頂いた品物のコーディネートを、もう一度どうぞ。

 

重苦しい空気が漂う世の中ですので、せめて気分だけでも明るくして頂こうと、以前扱った振袖の中から、パステル色の品物を選んでご覧頂きました。こういう時には、難しい題材を取り上げるより、単純に画像で楽しんで頂く稿の方が良さそうな気がしましたので。次回は今日の続きでもう一枚パステル振袖を、そして今月最後の稿では、春らしい可愛い染帯を使ったコーディネートをご紹介する予定です。

サーバー容量の変更のために、約一ヶ月お休みを頂きましたが、今日から再スタート致します。これまで通り、自分に無理のない範囲で原稿を書いていこうと思いますので、どうぞまたよろしくお付き合い下さい。今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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