バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

4月のコーディネート  萌ゆる緑の季節は、可憐なマーガレット帯で

2022.04 30

文様とは、一体どこから生まれたものか。それは言うまでも無く、人間が生活の中から感じ取ったものを様式化したのであり、外来文様であろうと日本固有の文様であろうと、変わることは無い。外来文様は、通過する国・地域のエッセンスを包括し、アレンジを加えながら伝来する。文様の姿は変化し、そこに時代の流れが加わることで、より複雑化する。今日まで残る文様は、そうした歴史の淵を辿ってきたものばかりである。

では文様を構成するモチーフは、何か。人の営みを礎として考案されているものだから、当然素材は、ありとあらゆる生活の場所で目に触れるもの全て、となる。そして、モノを形作る幾何学図案、丸や三角、直線や曲線、円などで素材をデザイン化し、文様として様式化する。この単純な幾何学文こそが、文様の原型と言えるだろう。

文様が花開いたのは、隋や唐との交渉が始まった飛鳥・奈良時代で、朝鮮半島を経由して、直接大陸の文化が流入してからである。文様の発展は、飛鳥期にもたらされた仏教によるところが大きく、法隆寺や飛鳥寺など、当時建立された寺に設置された工芸品や彫刻には、遠来の文様が数多くあしらわれた。そして天平期になると発展は著しく、文様の種類は急増する。その多様さは、正倉院に残る数多くの工芸品において理解することが出来るが、そこで表現されたものは、大陸文化とそのまま結びついたものと、日本人の感性を組み入れたものとに分れた。それはすでにこの時代から、根本的な文化の底流の違いのようなものが、文様の中にも息づいていた証である。

 

正倉院の宝物にあしらわれたモチーフは、多種多様。文様の基礎となる様々な幾何学文を始め、天象(雲・霞・太陽・月)、自然(水・石・川・海)、動物や鳥類(孔雀・鸚鵡・鴛鴦・獅子・虎・鹿・駱駝・象・馬・蝶・蜻蛉・魚・亀)、空想的動物(麒麟・鳳凰・花喰鳥)、空想的植物(唐草・唐花・宝相華・聖樹)、生活財(楽器・食器)などが見られる。そんな中において、最も目に付くのが植物に関わる文様である。

この時代は、まだ外来的文様が一般的であることから、花と言えば空想的な唐草・唐花が主流。そして、唐花の原点と見なされていた花のあしらいは、個別にも数多く見受けられており、それが忍冬(スイカズラ)、ナツメヤシ、蓮、棕櫚、牡丹、アカンサス、ザクロ、葡萄、蔓草などである。これらは何れも唐花の構成員であり、日本的な植物としては、例外的に松や竹、蔦、百合、藤などが見られる程度である。この当時は圧倒的に、よそモノの花々が幅を利かせていたのだった。

あしらわれる植物が、外来種から日本の固有種へと変化をとげるのが、国風文化が発展を遂げる平安期から。それは国を代表する花が、大陸渡来の梅から桜へと変わったことと時を同じくする。そして美術品の文様には、写実性に富んだ絵画的なものが多く見受けられるようになる。モチーフとなった植物は、松竹梅の他に、菊、桜、楓、柳、竜胆、薄、藤などで、蜻蛉や水鳥、兎のような鳥や小動物も使われるようになった。

 

こうして植物モチーフは、外来種と国産種の二つの潮流を形成し、今に至る。現在キモノや帯の中で表現されている花々は、多くが文様によって使い分けられていることが多い。考えて見れば、唐花と桜を混ぜ込んだ意匠は無く、秋草と唐草を並びたてた図案もほとんど見たことが無い。つまり、それぞれの植物とそれを使う文様の間には、目に見えない線が引かれていることになる。

そして植物の中には、天平グループにも国風グループにも属さないものがある。これが、欧風的な花・いわゆる洋花であることが多い。チューリップ、ダリア、バラ、アイリス、デイジー、カーネーション、ヒヤシンス等々。この西洋の花は、明治から大正期にかけて銘仙やメリンスにあしらわれ、大流行した。今は洋花をモチーフにしたキモノや帯を、それほど見かけることはない。けれども、時として思わず装いたくなるような、可愛く描かれた品物に巡り合うことがある。

何時にも増して前置きが長くなってしまったが、今回のコーディネートで取り上げるのは、そんな可憐で小さな西洋の花を描いた帯。これを使ってどのような装いを考えたのか、ご覧頂くことにしよう。

 

(生成色 マーガレット模様・塩瀬染帯  山葵色 スマトラ絣模様・西陣お召)

和装のアイテムの中で、最も旬を表現しやすいものが、染名古屋帯であろう。織帯は設計図・紋図を必要とするので、企画する織屋としても何本かまとめて織り出さなければ、採算が合わない。その点染帯は、一本からでも作ることが出来、図案も配色も自在に決めることが出来る。糸目を使った友禅や、糊を置かずに絵画のように描く無線描きがあり、そこに繍や箔、絞りなど様々な技法を併用する。作り手の意思が反映されやすいことで、個性的な品物が生まれ、旬を加味することも多くなるのである。

こうした作り手の意思を受けるように、季節感あふれる品物で、旬を装いたいと考える人がいる。ある一定の季節の、その時にしか装うことが出来ないとなれば、やはり躊躇される。しかし、装いに季節を表現することこそ、最も贅沢と意識されれば、思い切って「旬な品物」を手に取ってみようとする。着用機会が限られるフォーマルでは難しいが、自分の意思だけで装えるカジュアルなら、旬を試すハードルは下がる。その意味でも染帯は、恰好のアイテムになるのだ。

 

四つの季節の中で、最も使う植物モチーフが多いのは春。春は、誰もが待ち望む季節であり、花の色も明るく優しいものが多い。梅や桜、牡丹に代表される春の花は、最も多く文様に組み入れられている。見ているだけで、人々を前向きにさせる力を持つ春の花々。だからこそ、作り手が題材に採り入れたくなるのだろう。

染帯にあしらわれる春花は、早春なら梅、春の盛りは桜や牡丹、晩春になると藤や葵、桐。少し変わったところでは、たんぽぽやツクシ、福寿草といった野花や、スミレとか蕗、春蘭なども題材にされている。その多くは和花の範疇に入るが、今回取りあげるのは春の洋花・マーガレット。誰もが清楚な印象を持つ、とても可憐な春の西洋花をどのように描いたのか、今日はこの染帯からご覧頂こう。

 

(生成色地 マーガレット模様 手描塩瀬染帯・トキワ商事)

菊は、桜や梅と並んで染織品のモチーフに使われる植物の代表格。そして楓と並んで秋を象徴する文様に使われている。五節句の一つ・重陽(9月9日)は菊の節句として、菊花を愛で菊酒を酌み交わす。邪気を払い長寿を祈願する宴は、平安の頃から宮中で執り行われてきた。文様として意匠化されたのは、鎌倉から室町期の頃で、桃山期に流行した秋草文には欠かせない花となった。

古くから鑑賞の対象となっていた菊花は、江戸期になって品種改良が進み、多様な花姿が見られるようになる。一重、八重、厚物といった花姿から、管のような花弁の管菊、細い糸状の糸菊などがあり、花の大きさもまちまち。一体どのくらい種類があるのか、判らないほど多彩である。なので当然、文様化する時の菊の姿も変化に富んだものになる。それは、写実的にもデザイン的にも描くことが出来、その上で使い勝手が良く、多彩な表現が可能な植物モチーフと言えよう。

そんな日本的な菊花だが、海外が原産で明治末年に伝わってきた可憐な花がある。それが、マーガレット。可愛く清楚な姿は多くの人を捉え、今も様々な場所で育てられている。花の咲く時期は3月から6月にかけてで、まさに今が旬な花。菊と言えば秋なのだが、同じ菊科でもことマーガレットに限っては、春から初夏の花となる。

帯模様は、マーガレットを写実的に描いたもの。一重の白い花姿はあくまでも優しく、この花が持つ魅力をそのまま図案にしている。マーガレットはリアルな姿こそが美しいので、下手にデザイン化すれば美しさは無くなってしまう。このように絵画的に描くことが、最もこの花の良さを引き出す手段となる。

左右対称に描かれた前模様の図案。地色は白ではなく、僅かにベージュが掛かった生成の色。この薄い地色が付くことで、花弁の白と花芯の黄色が浮き立ち、緑の葉はより鮮やかになる。地色と配色のコントラストの付け方で、品物の印象が大きく変わるので、ここは作り手のセンスが最も試されるところ。この帯に関しては、間違いのない選択だったと思う。

可憐なマーガレットの姿を、そのまま映した染帯。この花の図案を生かし、着姿を可愛く清楚に、そして春らしく演出するには、どのようなキモノを用いたら良いだろうか。

 

(山葵色 スマトラ縞 西陣お召着尺・今河織物)

着姿で、愛らしいマーガレットの帯図案を印象付けるためには、キモノがあまり主張し過ぎない方が良い。この装いは、あくまで帯が主役。そしてマーガレットが主役である。なので、無地系のキモノを選択することになるが、全くの無地では当たり前になりすぎるので、少し変化を求めたい。ということで選んだのが、この西陣お召。

ブログを継続して読まれている方は、お気づきになったかも知れないが、このお召は昨年10月にご紹介した「おうち仕入れ」の稿で買い求めた、西陣・今河織物のお召着尺。所々に白く抜けた「横段暈し」のグラデーションが、スマトラ島に伝わる古代の絣のような姿となって表れている。製織した木屋太・今河織物では、その意味でこのお召を「スマトラ絣」と名付けている。

色は、山葵に近い柔らかい緑色。帯の特徴を邪魔しない、極めて控えめなキモノだが、かといってありきたりではない。しかも、雰囲気には春らしい明るさと落ち着きがある。帯、キモノ双方とも、同じ気配のある品物をコーディネートするとどうなるのか、早速試してみよう。

 

山葵色のキモノ地と染帯の生成色を合せると、着姿に柔らかみのあるアクセントが付く。全体がふんわりと優しくなり、マーガレットの可愛さが目立つ。いかにもこの季節らしい装いとなり、爽やかさも伝わってくるようだ。

前模様の合わせ。控えめな花の姿が、そのまま装いの印象となる。上に伸びる小花が見た目にも可愛く、洋花特有のバタ臭い感じにはなっていない。

小物の色は、やはりグリーン系で。緑の季節に相応しい装いになるよう、帯〆や帯揚げの色も意識する。場合によっては、マーガレットの花芯・黄色を使うのも良いかもしれない。帯〆・帯揚げは共に、キモノのお召を織った今河織物の品物なので、色のニュアンスが共通していて、全体が上手くまとまる。

 

今回は、可憐な洋花・マーガレットの染帯を使って、今の季節らしい爽やかな着姿を演出してみた。この帯は、お求めになった方がおられて、すでに店には残っていない。昨秋に仕入れた帯なので、売れるまでに割と足の速かった品物と言えよう。

求めたお客様は、バイク呉服屋と同じ世代の方。年を重ねられても可愛い方で、若い時の可憐な雰囲気を、今も感じさせてくれるような、そんな方である。染帯のように、カジュアルで自由に着用する品物は、どの世代に向くということはなく、装う人の感性で誰でも自在に使うことが出来る。ぜひ皆様も、ツボに入る品物を探して、自分らしい個性的な装いを楽しんで頂きたい。最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

マーガレットは、大西洋に浮かぶスペイン領・カナリア諸島が原産。17世紀にヨーロッパに伝わり、日本には18世紀末にやってきました。この花は、フランスの恋占いで使うことで知られ、それは「好き、嫌い、好き、嫌い・・・」と一枚ずつ花弁をちぎりながら占うという、何とも乙女チックなもの。ですので、花言葉も「恋占い」です。

白く楚々とした花の姿は、乙女の純潔さを強く感じさせることから、少女漫画雑誌のタイトル(集英社刊・マーガレット)にも採用されています。けれども、こうして扱っている者は、「アサヒ芸能」や「週刊実話」など、全く可愛げのない怪しさ満載の雑誌が似つかわしい、バイク呉服屋です。おそらく、これほどミスマッチが激しい品物はそうは無いでしょう。

これからも、自分の容姿を顧みることなく、ツボに入った可憐な品物を探して、このブログでご紹介しようと考えています。それにしても、緑の爽やかな風を感じる、とても良い季節なりました。ですので私も、明日から5日まではお休みを頂くことにします。    今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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