バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

無彩色のモノトーンを、どのように着こなすか

2022.02 13

季節の変わり目・立春を過ぎても、まだまだ冬の佇まい。今週は太平洋の南岸を低気圧が通過して、関東一円で雪が降った。甲府の積雪は8cmほどで大したことはなかったが、同じ県内でも富士北麓地域は30cm以上と、かなりの降雪になった。

山梨県民は2月に雪の予報が出ると、8年前の大豪雪(2月14~15日にかけて、甲府で114cmの積雪があった)がトラウマになっていて、数日前から食料の買い出しに走ったり、除雪道具の準備を整えたりする。私自身も、そう言えばあのときもオリンピック(ソチ)の真っ最中だったと、記憶が蘇ってくる。県内に繋がる鉄道も道路も雪で埋まり、数日間全く物資が入らずに、陸の孤島と化した。予報は酷いことにならないと伝えても、最悪の事態を想定する。災害の教訓は、こうしたところで生きてくるのだ。

 

俗に「暑さ、寒さも彼岸まで」と言われるが、この慣用句は、実に的を得ているのではないだろうか。実際に春らしさ、秋らしさを肌で感じるのは、春分・秋分の頃で、それまではまだ季節は動いていない。そしてこの時期を境にして、ストーブやクーラーを使う頻度が少なくなるような気がする。

暦の上で迎えた春だが、あとひと月は冬が居座る。キモノの装いも、春らしいパステルより、まだ冬のモノトーンの方が、似つかわしく感じるかもしれない。そこで今日は、今年の冬に依頼された黒地の小紋と紬を使った装いをご紹介しながら、無彩色のモノトーンがどのような着こなしになるのか、考えて見ることにしよう。品物はいずれも、パステル好みのバイク呉服屋では珍しい、黒白単色モノトーンになる。

 

今年の冬に誂えを依頼された、黒と白だけのモノトーン紬と小紋三点。

黒地のキモノと言えば、まず思い浮かぶのが、黒留袖や喪服に代表される最も畏まった装い。フォーマルの中でも最上級とされる黒地は、それだけで衿を正す色となる。そして振袖や訪問着など、他の礼装アイテムで考えた時も、黒地の品物には、他の色とは一線を画す重厚さと厳かさが漂う。それは着用する人ばかりか、着姿を目にする方も、特別な意識を持ってこの色を見ていることになるのだろう。

それでは、カジュアルではどうか。言うまでもなく、そこで使う黒には、フォーマルモノのような特別感は必要ない。では黒や無彩色の品物を、どのように捉えて装うのだろうか。それは、色の単調さを生かし、シックで大人っぽい着姿を目指したり、モノトーンのキモノを、多彩な帯で自由に演出して装うことを目途にすると考えられる。

落ち着いた印象を与える黒と白のシルエットは、寒空や雪景色を想像させ、冬をイメージする着姿となる。色とりどりのイルミネーションの下では、よりモノトーンの組み合わせが映えるようにも思う。そんな季節に相応しい品物に誂えられたかどうか。これから三点の紬と小紋で、ご覧頂くことにしよう。

 

(黒地 米琉十字白蚊絣 置賜長井紬・渡源織物)

小さくて絣足が不揃いの白抜き十字絣が、反物巾いっぱいに散りばめられている。よく見ると、地は漆黒ではなく、かなり深い鉄紺色。置賜紬産地の一つ・長井地方で織られた米沢琉球・経緯併用絣(米琉)で、絣糸は手括りによるもの。

十字絣は、絣模様の中で最もポピュラーな基本文様であり、いわば織り尽くされた図案とも言えるが、大柄にも小柄にも飛柄にも変化出来る自在さを持つ。この品物に見える絣のシルエットは、暗い夜に降り続く雪のよう。いかにも、雪深い山形の紬らしい意匠である。

小さな十字絣の羅列だが、よくよく見ると、一つ一つの絣の表情が全部違う。糸を括って染めた時に出来る滲みと、織る時に生まれるズレ。絣を作る工程では避けられない、この不作為な「仕事の崩れ」によって、美しくも自然な絣姿が生まれる。

 

キモノとして仕上がった米琉絣。形にしてみると、白い小絣がかなり目立つ。遠目からだと、絣は小さな点、あるいは水玉にも見える。黒地だが、それほど地味にはならず、使い慣らされた図案にありがちな、古くさい印象にもならない。帯を思い切り明るくすれば、一気に印象が変わるだろう。私ならば、ビビッドな赤か芥子色の帯を使い、冬の夜を照らす灯のイメージで着姿を作りたい。

用いた八掛けは、少しだけ赤みを感じる青紫。このような色のことを、紅掛空色(べにかけそらいろ)と言う。天然染色の基本、藍と紅花を掛け合わせて出来る色・二藍(ふたあい)の系統に連なる。雪が止んだ直後の澄んだ空に似る色で、とても冬らしい色。表に色の気配が無いだけに、袖口や裾に覗く八掛の色は、着姿のポイントになりそう。

 

(一越黒地 幾何学文様 飛柄型小紋・千切屋)

大きめな幾何学図案が、間隔を広くあけて、点々とあしらわれている。モチーフは花と思われるが、かなりデザイン化されており特定できない。何となく、欧風的な模様。キモノらしからぬ雰囲気があり、それをどのように生かすかがポイント。品物は小紋なので、当然キモノ分の長さはあるが、羽織やコートとして使っても良さげなモダンなデザイン。最初の十字絣とは、全く対照的な模様姿になっている。

幾つもの円を組合わせ、渦巻文や組紐文を複雑にアレンジしたような図案。こうした模様は、渦巻をシンボル化した太陽と見立てた、古代ケルト人(アイルランドやスコットランドなどの北西ヨーロッパの人々)によるデザイン文様とよく似る。また同様の図案は、古代ローマのモザイク美術やイスラムの装飾品の中にも見られ、広く世界に伝わっていた。

ご覧の通り、この欧風文小紋は、オーソドックスな角衿の道行コートに誂えられた。模様は、白と墨グレーだけのモノトーン配色。こうして見ると、色が入っていない分、模様が黒の地から浮き上がり、モダンな姿を醸し出す。いかにも冬らしい、コートの姿になっている。

キモノにせよコートにせよ、飛柄小紋の場合には、誂えの際にいかにバランス良く模様を配置するかが、出来映えのポイントになる。シンプルでありながら、あまり見かけない個性的なコート。こんな姿からは、着用している人のシックでお洒落なあか抜けた意識が見て取れよう。

 

(紋織黒地 クローバー模様 飛絞り小紋・千切屋)

絞りで白抜きした、三弁・四弁のクローバーっぽい花を散らした小紋。飛柄としては、前のケルト文様と比べると少し小さめ。模様に挿し色は無く、極めて単純なモノトーン。取り上げた三点の中では、最も黒の地が目立つ。

反物だと、かなり地味でおとなしく見えるので、キモノに誂えた時に、着姿が沈んでしまわないかと心配になる。冬らしい落ち着きもあり、すっきりとした印象は残せそうだが、良くも悪くも合わせる帯次第で、印象が変わりそう。単純だが、難しい。そんなキモノになるだろう。

そこでこのキモノは、誂えて頂いた方の実際の着姿で、ご覧頂くことにしよう。

着姿の中で一番目立つ、上前衽と身頃の模様姿。こうして実際に誂えた模様姿を見ると、この白抜きクローバーは、黒地の中に埋没してはいない。そして上品さと落ち着きを併せ持つ、シックな模様として映っている。反物で見た時と、キモノにした時の印象がかなり違う。こうしたことは、飛柄小紋ではよく起こる。

合せた帯は、大庭織物の横段唐花模様。鮮やかなゴールドの地と優美な唐草図案なので、袋帯のようなシルエットだが、これは名古屋帯。帯配色に見える少し蛍光的な青や紫が、いかにも大庭らしいクセのある彩り。極めてシンプルな黒白小紋に、くっきりと浮かぶ金地帯。着姿でこんなコントラストが形作れるのも、モノトーンなキモノなればこそ。

帯〆と帯揚げの色は、偶然にも、最初の十字絣紬で使った八掛と同じ、紅掛空色を基調としている。大庭の帯の中に、同系の関連した色が入っていることもあるが、黒と金を結ぶ色として、ピタリと収まっている。そして、凛とした冬らしさをも感じさせる色である。なお、小物は帯〆・帯揚げ共に、木屋太・今河織物の品物。         撮影にご協力を頂いたお客様・甲府市のT様、どうもありがとうございました。

 

今日は、冬に相応しい着姿として、モノトーン・無彩色の品物をご紹介してきたが、如何だっただろうか。普段は、パステル系の品物ばかり扱うバイク呉服屋としては、極めてめずらしい小紋や紬だったが、改めて反物と誂え終えた品物を並べて見ると、装いの中においては、シンプルさがいかに大切であるかを教えられた気がする。

冬こそ、シックで大人の装いを。モノトーンは、それを実現させる大切な要素になる。皆様も、ぜひ一度試して頂きたい。今年、こうして続けて依頼を受けたので、来年の冬は、無彩色の品物を少し増やしても良いかも知れない。だがそう思いつつも、実際に仕入れる品物は、淡く可愛い色になってしまうのだろう。きっと。

 

甲府では、今日も午後から、雪の予報が出ています。店舗はアーケードの中にあるので、雪かきの必要はありませんが、少し離れている自宅は、小さな庭があり、家の前には道もあるので、どうしても雪は除いておかなければなりません。このところの朝の気温は、だいたい氷点下3℃ほどなので、放っておくと間違いなく凍り付きます。そうなったら、除雪の手間はかなり大変になりますから。

東京で降雪が予想されると、それがたった数センチでも、「不要不急の外出は、慎みましょう」などと、気象庁あたりから警告が出されてしまいますが、それだけ雪に対して、交通を始めとする都市機能が脆弱ということなのでしょう。けれども突き詰めて考えれば、それは過密都市の宿命であり、対策の立てようが無いのかもしれません。これは雪だけではなく、全ての自然災害の備えに限界があるということかと思います。

もうかなり以前から、東京一極集中の弊害が叫ばれていますが、その処方箋は未だに示されていません。そればかりか、地方では年ごとに人口減少が進み、いずれ消滅するのではと危惧される自治体も散見されます。考えて見れば、家の近所も空き家が多くなりました。そのうち、道の雪かきに誰も出て来なくなる日が来るのではと、心配になります。もちろん我が家も、いずれ必ず空き家になります。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日付から

  • 総訪問者数:1860225
  • 本日の訪問者数:295
  • 昨日の訪問者数:368

このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

ご感想・ご要望はこちらから e-mail : matsuki-gofuku@mx6.nns.ne.jp

©2024 松木呉服店 819529.com