バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

1月のコーディネート  うさぎ梅花で、はんなりと可愛く初春を装う

2022.01 30

呉服屋にとって「はんなり」という京言葉は、とても馴染みのある修飾語だ。バイク呉服屋も、はんなりとした着姿とか、はんなりとした色合いなどと、稿の中でも良く使う。だが、具体的に何をもって「はんなり」と表現するかと問われると、なかなか難しい。おそらく曖昧なまま、言葉の持つニュアンスで、何となく使ってしまっているのだろう。

辞書で調べると、明るく陽気で上品なことと定義される。華やかとか、華々しいなどと同様に、花を語源とする言葉であり、元々は色合いに対して使う副詞だったようである。キモノの地色でも、明るく柔らかな色を「はんなり」と形容するが、それは華やかで優美なことを表す。そして歴史の街・京都にあっては、はんなりという表現は、伝統衣装のキモノ姿にこそ似つかわしい。だから和の装いに対する修飾語として使うに、相応しい言葉となっているのである。

 

さて私は、この「はんなり」の意味をもう少し拡大解釈し、品物に対して「柔らかみのある」とか「優しい」の意味でも使っている。だから自然と、地色は明るいパステル系になり、模様はさりげないあしらいになる。また、「淑やか」とか「奥ゆかしい」という意味も含まれている気がするので、どうしても雰囲気はおとなしくなってしまう。

元々はんなり姿は、私の目指すところであり、扱う品物の基本にもなっている。だが、あまりに色の柔らかみや品の良さだけに目を向けていると、画一的な着姿になりがちで、面白みはなくなる。自分の基本路線を持つのは良いが、偏ると単調になる。

これまでご紹介してきたコーディネートにも、そんな傾向が現れていて、どれも似たような印象になっていたと思われるが、今年は工夫をして、少し品物に広がりを持たせたい。そこで今日は、ユニークなデザインの帯を使って、年初めに相応しい着姿を演出してみることにする。もちろん、「はんなり姿」の基本は変わらないが、図案次第で楽しくなる組み合わせを、ご覧頂くことにしよう。

 

(薄桜色地 小花の丸・刺繍小紋  黒地 うさぎ梅花模様・塩瀬名古屋帯)

キモノや帯にあしらわれる図案は、植物や動物、器物、自然現象に伴うもの、文芸の中から生まれたもの、そして幾何学や割付けなど、直線や曲線を組合わせた図形を基礎とする模様と、本当に多岐にわたる。そして様々なモチーフは、単独で、あるいは同じ題材の中から数種類を組合わせて、また全く違うジャンルのものを含ませて等々、作り手の意図のまま、様々に意匠化される。

そして色と色を組み合わせ、文様と文様を組合わせることで、デザインは無限の広がりを見せ、さらに日本の風土や季節を重ねることで、民族衣装だけが持つ「固有の美しさ」が醸し出されていく。

 

例えば、幾つかの花を組合わせて描く「花の丸文様」を考えた時、使える植物は無限にある訳で、その組み合わせ方のよっては模様に季節感を表現出来る。桜や梅、椿など、春の花だけを使った花の丸なら春柄になり、そこに菊や楓を組み込ませれば、春秋に使える意匠となる。もちろん、花の丸の大きさや散らし方など構図によっても、図案の雰囲気は変わる。

そして一つのモチーフでも、模様の切り取り方や組み合わせる題材によって、全く違う意匠となる。桜の花一つ考えても、枝の先に付いた花と枝垂れた花では印象が異なり、筏や川面に散る姿、集う鳥たちなど、共に何をあしらうかにより模様は広がりを見せ、それは文様化していく。

このように、キモノや帯に見られる図案は、ほとんどが複合されたものである。それがどれだけセンス良く、また美しくデザインされているかが重要であり、それは品物の全体の出来を大きく左右する。そこで、今日のコーディネートでは、ポピュラーな二つの題材を面白く複合し、モダンなデザインとなった帯を、まずご覧頂くことにしよう。

 

(黒地 うさぎ花弁梅花模様 塩瀬染名古屋帯・一文)

名古屋帯の意匠を考える時、どうしても染帯の方が織帯より自由度が高くなる。これは製作方法の違いによるもので、設計図・紋図を使う織帯では、一本だけを織り出すという訳には行かず、どうしても複数本にならざるを得ない。これは、紋図製作や使用する糸、織工賃などの製作経費がかかり、その上に利益をも上乗せするとなると、一本ずつ織っていたのでは、全く採算が合わないからだ。

その点染帯は、紋図も織り糸も必要なく、製作過程に織りの要素は無い。小紋や付下げと同じように、白生地を使い、そこに糸目糊を使った友禅で模様を施したり、刺繍や箔などの加工を複合させたり、また型紙を使う模様染・型絵染などを使ったりと、様々な技法を駆使して製作される。であるから、織帯のように、一度に同じ意匠を複数製作する必要が無いため、その多くは一本ずつ作られている。だから模様の表現も、作り手の意図が反映されやすく、その分個性的でユニークな品物になりやすい。和装のアイテムの中で、最も面白い意匠が見つけられるのは、染帯というジャンルであろう。

 

図案は、花弁だけを強調して切り取った梅花文様。図案化はされているものの、この丸みを帯びた五弁花は、梅の花以外には思い浮かばない。梅は、植物文の中でポピュラーな図案の一つであり、桜と並んで春を代表する文様。特に、新春や早春に相応しい意匠として、多彩に用いられてきた。

こうして遠目からだと、お太鼓図案も前の図案も、一つだけ梅花をあしらっただけの極めて単純な姿にしか見えない。花弁の挿し色はほとんどなく、白に金の縁取りがあるだけ。黒地なので、模様はくっきりと浮き上がって目立つものの、それほど個性的とは思えない。

けれども、模様に近づいて見ると、花弁の一つ一つを兎の姿で表現していることに気がつく。五匹の兎が中心に向かって顔を寄せ合い、ひしめき合っている。そして、白い兎の体は白い梅の色に見立てられている。図案も色目も、見事に兎と梅が融合している。梅花模様は数あれど、兎を花弁に使うこんな意匠には、なかなかお目にかかれない。

前模様は、手の回し方によって違う図案が出るように、あしらわれている。花弁が三枚の図案は、兎の赤い目が刺繍。柔らかな色の金箔を効果的に使い、兎の体=梅の輪郭を強調している。白うさぎの色のシンプルさが、模様に生かされている。この辺りに、製作者の模様に対するユニークな視点が伺える。

兎は、動物文の中でも、最も古くから文様化されたモチーフの一つ。「月に兎が棲む」という中国の伝説から、兎は不老不死の霊薬を搗くとされてきた。それは、日本最古の繍遺品・中宮寺の天寿国繍帳に、薬壺を前にした兎の姿が描かれていることからも判る。その後は、兎に波文や、名物裂にある花兎(角倉)文に代表されるように、天象文や植物文と組み合わされ、様々な兎が意匠化されてきた。

月との組み合わせから、秋の文様として登場することの多い兎だが、こうして梅花に模された姿をみると、初春に相応しい雅やかな気品さがある。そして清楚な白い姿は、黒の地色によく映える。この色のコントラストの妙も、この帯に斬新さを感じさせる大きな要素になっているのだろう。

では、可愛くも個性的な兎梅花の帯には、どのようなキモノを合せれば良いのか。バイク呉服屋好みの「はんなり姿」を念頭に置きながら、コーディネートしてみよう。

 

(一越桜色地 刺繍花の丸紋散らし 小紋・一文)

パステル色の代表格とも言える、淡いピンクの桜色。この色を地色にすると、どんな模様を施したとしても、上品で優しくなる。図案は小さな丸紋で、全体に控えめに散らされている。無地に準ずるような飛柄小紋なので、名古屋帯だけでなく、軽い袋帯を合せても良さそう。街着だけではなく、お茶席にも向く小紋になろう。

この小紋が特徴的なのは、模様の全てを刺繍で表現していること。付下げのような上前、袖、衿と模様位置が決まっているモノの方が、むしろ模様の嵩は少ない。飛柄とはいえ、3丈4尺(約13メートル)もある反物全体に模様が散っており、それを全て繍で施すとなるとかなりの手間がかかる。品物の価格は、職人の手間に比例するので当然高くなり、結果として小紋としては売り難い品物になる。

これは一文という染メーカーから仕入れたが、扱った社員は今は亡き問屋・菱一にいたT君。彼は菱一時代から商品の仕入れに関わり、今も多方面の職人と顔が繋がっている。この繍小紋も、そんな中から生まれた品物である。小紋としては、かなり手を掛けたもので、価格もそれなりだったが、昔の馴染みもあり、思い切って安くしてもらったので、仕入れることが出来た。

繍を拡大したところ。図案は丸紋の一つだが、構成している模様は何とは特定できない植物の花と葉を組合わせて、デザイン化したもの。見ようによっては、薬玉のようにも、鏡のようにも見える。対角線上に模様を配し、独特の規則的な幾何学文様に仕上げている。これも、帯の兎梅とはまた違う、複合文様の一つと言えよう。

あしらう一つ一つの模様は小さくとも、形によって繍の技法を変えている。紫や若草色の小さな花弁は、面を表現する時に使う平縫いで、白い枝は、線を表す技法のまつい繍が使われている。用いている図案は二種類だが、数が多いので、縫い手の職人にとっては根気の必要な仕事になる。

細かい模様と言えども、誂える時にはバランスの良い位置取りを考えなくてはならない。特に着姿から目立つ上前の身頃と衽や、背を中心とした模様の配置には気を遣う。こうした小紋では、裁ちを入れる前に、和裁士との相談は欠かせない。

では、このはんなり小紋と兎梅染帯の組合わせを、試すことにしよう。

 

キモノ地のパステルを、インパクトの強い黒地の帯で引き締める。ただ、兎梅花に可愛さがあるので、着姿全体としてきつい印象にはならず、はんなり感はそれなりに残る。黒地にほぼ白と金だけの挿し色なので、染帯ながらも、少し「よそいき」な雰囲気が見られる。

こうして合わせて見ると、五匹の兎が密集して花弁となり、赤い目が蘂になっているのがよく判る。後ろからお太鼓姿を見た人が、思わず笑顔になれそうな、そんな微笑ましい帯姿にはなるように思う。

梅花を半分に割った前模様は、五弁のお太鼓模様とは全く違う姿となって、着姿に表れる。これだと梅花文ではなく、兎文の帯になりそう。もともと兎は、真正面、後ろ、横、真上など、様々な角度から意匠化されている。昨年9月のコーディネートで、三羽の兎が別方向を向いてうずくまる「三つ兎文」の帯をご紹介したが、この動物はどこから見ても可愛く、実に絵になるモチーフだ。

帯〆は、やはり兎の目=蘂の色の赤を使いたくなる。糸を巻いて玉にした「小田巻の房」をあしらった洒落た冠組。赤の色は真紅に近いが、僅かにくすみがある。帯揚げは、キモノの桜地より少しだけ濃いサーモンピンクに、所々絞りを施したもの。はんなりとした印象を損わず、それでいて小物でのメリハリはある程度付けたい。    (帯〆・翠嵐工房 帯揚げ・龍工房)

 

今日は、今年最初のコーディネートとして、複合したモチーフでデザインされた文様の品物を取り上げてみた。作り手のセンスがそのまま図案となるため、自然と二つとない個性的な姿になる。自在に描くことが出来る染帯では、しばしばこうした面白い意匠に出会う。

カジュアルの装いでは、少しだけウイットに富んだ着姿が求められる。それはありきたりでは無く個性的なものだが、基本としては、華やかさや品の良さから離れない。つまりは、「はんなり姿の中で、どのように自己主張するか」ということになるのだろう。今年は、このテーマにそって、少しコーディネートを考えてみたいと思っている。    では、最後にもう一度、今日ご紹介した品物を、ご覧頂こう。

 

京ことばに「うつる」という言葉がありますが、これは似合うとか調和している、馴染んでいるという意味を持ちます。「そのおキモノと帯は、お客さんによううつってはりますなぁ」などと使うのですが、うつる=映るであり、それは「映える」から縁づいた言葉と想像されます。かように京都人の使う言葉は、優しく柔らかい印象を与えますが、それは他の地域の人間が、おいそれと真似のできるようなものでは無いでしょう。

例えば「それは、捨てても良い」を京都弁で話せば、「そんなん、ほかしておいたら、よろしいわ」と優しくなりますが、甲州弁になると、「そんなもん、ぶちゃっとけ」と取り付く島もないほど、汚くなってしまいます。このお公家さんと土着民ほどの差は、どうにも埋めようがありません。無意識に使う方言ですが、それが住む人の性格形成にも、有形無形の影響を与えているような気がします。甲州人は日常の中で、出来るだけ優しい言葉を選ぶことを心掛けた方が良さそうですね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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