バイク呉服屋の忙しい日々

にっぽんの色と文様

植物文様における、重厚で華麗な主役  牡丹文様 

2022.01 15

昨年6月に誕生した、上野動物園の双子のジャイアントパンダ・シャオシャオとレイレイ。その一般公開が、今月から始まる予定だったが、新型コロナ・オミクロン変異種の急速な蔓延により、都立施設は閉園となって公開は延期された。今回最初にパンダ観覧の権利を得た人は、実に348倍という抽選をくぐり抜けている。そんな人たちのために、12~14日の午前中2時間に限って、パンダだけの観覧が行われた。

大勢の人が、双子パンダに会うことを心待ちにしていたはずだが、このまま閉園が続けば、次の機会がいつ訪れるのかもわからない。東京都では、上野動物園以外にも、葛西臨海水族館や神代植物園なども休園にしているが、この二年間はこうしたことの繰り返しであり、世の中の閉塞感は未だに消えることが無い。

 

ところで、動物園におけるスター動物は何だろうか。パンダに会えるところは、上野の他には、和歌山県白浜町のアドベンチャーワールドと神戸市の王子動物園だけである。他の施設ではおそらく、ライオンやトラ、象、キリンのような大型動物が、主役を務めているのだろう。

そして、ホッキョクグマやチンパンジー、カンガルーなどは中堅を務め、リスやペンギン、その他の小動物や鳥類は脇役に回る。子どもたちをはじめとして、動物園や水族館に多くの人が足を運ぶのは、多種多様ないきものと出会い、触れ合うことが出来るから。なので施設側としては、いかに魅力のある動物を飼育しているかが重要になる。スターなき動物園では、やはり客足は鈍ってしまうからだ。

 

動物に主役・脇役があるように、植物にも、堂々とした大輪の花を付けるものがあれば、一方では、楚々として控えめな花姿のものもある。もちろん、どちらが良いということはなく、どちらにも植物としての魅力がある。こうした花の個性は、植物をモチーフとして使うキモノや帯の図案にもそのまま生かされ、それはあしらった品物の雰囲気と直接結びつくことになる。

そこで今日は、久しぶりに文様についてお話をしようと思う。取り上げるのは、おめでたい新年にちなんで、最も華やかさが際立つ植物・牡丹。どのようにこの花の特徴を捉えて意匠化しているのか、その姿をご覧頂くことにしよう。

 

大輪の紅白牡丹だけをあしらった、豪華な黒留袖

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」とは、江戸の昔に都都逸で詠われた流麗な女性の姿。いずれの花も、咲いているだけで周囲をパッと明るくする花姿を持ち、想起させる女性は、そうした花に似せられるような、飛び抜けた美人さんだ。

牡丹の咲く季節は、一般的には4~5月の晩春だが、秋終わりに咲く寒牡丹や、丁度今頃の冬の最中に花を開く冬牡丹もある。植物がキモノや帯にあしらわれていると、旬が気になるところだが、牡丹の場合は春もあり、冬もあることになる。蛇足になるが、鶴岡八幡宮のぼたん庭園は正月早々に見頃を迎え、上野寛永寺(東照宮)のぼたん苑では年明けに「ぼたん祭り」が開催される。

この春・秋・冬と三つの季節に旬を持つ牡丹は、大変扱いやすい植物モチーフであり、キモノや帯のあしらいとしても、あまり季節に捉われずに使うことが出来る。そして、花姿は大きく、色鮮やかで華麗。これだけ条件が揃う植物図案も、そう無いだろう。 では具体的に、どのような姿で表現されているのか、品物で見ていくことにしよう。

 

雲取りに紅白牡丹模様 京友禅・黒留袖(北秀) 誂え済み品

キモノや帯の模様として使う植物図案には、一つの花を単独で使う場合と、幾つかの花を組合わせて使う場合がある。前者は、使う花によっては、あからさまに季節が前に出る。例えば、梅や椿は早春で、桜は春の盛り、葵なら晩春。また朝顔や鉄線は夏に限定される花であり、楓や菊は秋の風情となる。また、春秋の花を組合わせた文様には、花の丸や花筏、花籠などがあり、特定の花でめでたさを表現する吉祥文には、松竹梅や四君子、花熨斗がある。

牡丹は大きくて華やかな姿から、単独でも組み合わせても使うことができ、どのような図案にあっても、その姿は模様の中心的な役割を果たす。他の花が無くとも、意匠の主役を張る目立つ姿だけに、牡丹だけで完結している品物も多く見かける。この黒留袖も、そんな一枚である。

豪華な金箔の雲取(壺垂れ)模様をバックに、紅白の大輪の花を咲かせている。中国原産の牡丹の花は、すでに隋や唐の時代に皇帝から愛されていた。そこでは「百花の王」と呼ばれており、それは富貴の象徴であった。

日本に伝来したのは奈良期だが、安土桃山時代あたりから、その豪華な姿が襖や衝立、屏風などに数多く描かれるようになる。この黒留袖は、箔を使った柔らかな金地を背景にして、大輪の花をあしらっているが、これは、狩野派の狩野山楽が、安土桃山末期の慶長年間に描いた「牡丹図襖」と雰囲気がよく似ている。この障壁画は、京都大覚寺の宸殿・牡丹の間の襖絵18面として描いたもの。

この流麗な牡丹の花と豪華な金箔を組合わせた意匠は、慶長文様の特徴を、そのまま黒留袖の裾模様として表現していると言えようか。

大輪の紅白花弁を拡大してみた。牡丹は、図案としてデザイン化されたものや、忠実に写生した姿を表現したものがあるが、この黒留袖の花姿は、絵画的にしっかりとした姿で描かれている。

幾重にも重なった花弁は、その一枚一枚に丁寧に糸目が引かれ、柔らかく入った暈しや、花の先端にあしらわれた平繍(ひらぬい)を使うことで、よりリアルな花姿が強調される。こうした友禅の技法が駆使されると、牡丹が持つ絢爛たる豪華さが、より以上に引き出される。そして巧みな挿し色により、大ぶりでありながらとても上品な牡丹の姿となり、それがこの留袖の格をいっそう上げている。

 

藤色地 大牡丹模様 江戸染繍友禅・付下げ(大羊居 菱一扱い) 売渡し品

この付下げも、重厚な牡丹の華やかさを目いっぱいに表現して、模様に生かした品物。仮絵羽(キモノの形)にして模様あしらいをする訪問着では、全体に図案の繋がりがある豪華な姿に仕上がることが多いが、付下げは反物の状態で柄を付けていくので、それぞれの図案が孤立して、あっさりとした雰囲気になりやすい。けれども、この刺繍牡丹の品物には、その花姿から圧倒されるような豪華さが伺えて、「付下げらしからぬ雰囲気」が漂っている。

江戸手描友禅の極みとも言える大彦や大羊居では、模様表現に染色と刺繍を並立させていることから、その作品は染繍友禅の名前で世に出ている。それは大彦が、正式な名称を「大彦染繍美術研究所」としていたことでも判る。

繍の技によって牡丹の特徴を引き出し、より絢爛たる姿に仕上げる。これこそが、友禅の技術の粋が駆使された、極めつけの牡丹文様と言えるだろう。

こちらの牡丹の花も拡大してみた。黒留袖の牡丹も、平繍で花弁の先に陰影が付けられていたが、こちらは、金糸まつい繍によるあしらいが見られ、豪華さがより際立っている。そして、花それぞれの芯の色を錆朱や紫に分け、繍技法を菅繍(すがぬい)に変えてあしらわれている。

牡丹の花を写実的に描かず、金糸をまとわせたことで、雰囲気はがらりと変わる。赤や白と言った本来の花色には捉われず、牡丹の豪華さだけに重きを置いた金のあしらい。これも、精緻な友禅の技があるからこそ、表現出来る花の姿である。黒留袖の牡丹は、優しい雰囲気を映し出すが、この付下げの牡丹は、迫力というかパンチ力が前に出ている。牡丹という材料を、どのように作品の上で表すかは、料理人(職人)の腕次第。そしてその出来は、構図を考えるクリエーターの創造性に負うところが大きい。

 

加賀友禅の振袖にあしらわれている牡丹。メインとなっている花は、牡丹と菊。

単独のモチーフとして使われることも多いが、このように何種類かの花を組合わせた中の一つとして、表現されることも多い。キモノの意匠として見られる最もオーソドックスな図案は、こうした春秋の花を重ねた姿。登場する花は、小花では桜と梅、大花では牡丹と菊。だいたいこの4種類がメインとなり、模様が起こされることになる。

模様の全体像を見ると、御所車の上に目いっぱい花々が載せられている。あしらっている花は、牡丹と菊、梅の三種類だが、模様中心の上前には、やはり花姿が目立つ牡丹が腰を据えている。単独でも他の花と一緒でも、主役の座は譲らない。品物の表情に豪華さを求める時には、どうしても欠かせない植物。それが牡丹なのだ。

こちらは、龍村が製作した山水模様の袋帯。お太鼓模様の主役は、牡丹の花。一緒に織り込まれている古木の楓や流水は、牡丹を引き立てる小道具に過ぎない。もしこれが牡丹の花でないとすれば、帯の華やかさは半減するだろう。

こちらも龍村の帯だが、前の日本的な図案と全く違う、どこか洋っぽさを感じさせる文様。帯の文様名は、南蛮唐花。唐の時代、すでに富貴の象徴としてもてはやされていた牡丹は、西アジア・オリエントから伝播した唐草の中にも取り入れられ、文様化した。

牡丹唐草文が日本にやってきたのは、15世紀の初め。室町幕府と中国・明の間で行われた日明貿易で、多彩な絹織物が輸入された時、その裂図案(いわゆる名物裂)の一つとしてもたらされた。この文様は、京都東山の臨済宗寺院・高台寺を始めとして、南禅寺や本願寺の仏を安置する場所・帳の裂(とばりきれ)として用いられている。

唐草と牡丹がコラボしたこの文様は、名物裂を代表する図案として、帯の他にも袱紗や仕覆など茶道具の中で、数多く見られる。牡丹には、他の植物文が持たない懐の深さを感じるのは、歴史的な背景を始めとする様々なことに、要因があるのだろう。

 

今日は、植物文において主役を務める花・牡丹文様にについて、話をすすめてきた。各々の花の咲く季節が、そのまま文様にあしらわれるキモノや帯。それは着用すべき旬に直結しており、それこそが四季を持つ日本という国の衣装を、象徴付けているように思う。

そして、特徴のある個々の花姿は、文様の中でも違う役割を果たす。牡丹や菊のように、常にメインを飾るモチーフもあれば、その脇で大きな花を際立たせる役割を果たすひっそりとした花もある。人間の社会と同じく、文様もそれぞれの持ち場で、自分の個性を弁えつつ、その存在意義を見せているようだ。

そんなことをあれこれと考えながら、品物の意匠を見ていくことは、とても楽しい。 今年も一年を通して、数多くの文様と色について、皆様にご紹介していきたい。

 

若い頃友人たちから、「立てばパチンコ、座れば麻雀、歩く姿はアルバイト」と言われていたバイク呉服屋ですから、とても真っ当な人生を歩めるとは、自分でも思っていませんでした。

本来はとても不真面目な私ですので、日の当たる道を真っ直ぐ歩くような生き方は、あまり好きではありません。そうしたことは、花の好みにも繋がっているようで、牡丹や百合のような華やかな大輪の花には魅力を感じず、さりとて誰もが好む桜も、それほど好きにはなれません。

そんなひねくれ者の私が、一番いとおしいと思えるのは、野の片隅でひっそりと咲く小さな花。露草とか、レンゲ草とか、目立たずにいじらしく生きている草系の花を見つけると、嬉しくなります。今年も、そんな野花のようにひっそりと、そしてたくましく、疫病にも負けることなく、店の仕事を続けたいと思っています。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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