バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

誂えの最終案内  寸法の足りない品物を、どう生かすか  帯編

2021.10 17

引き際を決めるのは、難しい。どんな物事にも終わりはあるのだが、どこで見切りを付けるのかは、それぞれの事情や理由によって変わってくる。仕事の終わり、人間関係の終わり、そして人生の終わり。よく考えれば、生きている限り、分岐の連続だ。

「まだやれるのに」と、惜しまれつつ競技人生を終える選手もいれば、自分の限界を越えて、心身ともボロボロになるまで頑張る人もいる。アスリート達の様々な生き方は、人生の鏡写しに見える。ただどんな場面でも、進退を決めるのはその人自身であり、それを他人がとやかく言うことは出来ない。

 

往々にして、スポーツ選手の場合には、各々の決断を尊重したいと思うことが多いが、はたから見ていて、「往生際が悪い」と思える人が多い職業もある。それは、政治家や企業家。もう年齢的に限界を迎えているというのに、権力や地位に汲汲として、いつまでもしがみつく。世間からは「老害」などと批判されても、一向に意に介さない。多くの場合、その首に鈴を付けられる者がいないので、野放しになる。

死ぬまで社会的地位にこだわること、すなわちそれが、生きる意欲の支えになっているのかも知れないが、存在が「はた迷惑」になっていることに気づかなければ、それは晩節を汚すことにもなりかねない。人は裸で生まれてきて、最後は何も持たずにあの世へと旅立つのだから、もっと恬淡と生きれば良いと思うが、世の中そうでない人も多い。

 

さて、人が使う「モノ」の引き際は、どうだろうか。昨今の若い人は、自分が不要とするモノは買わない風潮があり、以前よりも家にモノが少なくなったと言われている。だが年齢が上がるに従い、「モノを捨てられない」人が増えていく。そのため多くの人が、人生を終える準備・終活の一環として、「断捨離」を迫られる。

そんな家に残るモノの中でも、キモノや帯は、受け継いでくれる人が無ければ、たとえどんなに良質であっても、邪魔になってしまう。和装に関心が無い人にとっては、品物の価値など無きに等しい。そこで持っている人は、せめて生きているうちに自分で処分をと考え、買い取り業者などに品物を委ねる。派手にCM宣伝をする業者もあるくらいなので、こうした需要はかなりあるとみて間違いない。

 

しかしそれでも、残された品物を大切に受け継ごうとする方も、多くおられる。和装に対する意識が高い人にもらい受けてもらうモノは、幸せだ。そして、モノを残した人にとっても、それは幸せなことと言えよう。今日は、受け継いだ品物が、どのような工夫を施して大切に使い続けられているのか、その最終段階での究極の誂えを、ご紹介してみよう。皆様には、改めて「生地を生かすこと」に思いを馳せて頂ければ、有難い。

 

丈の短い絞りの絵羽織から、二本の帯・名古屋帯と半巾帯を誂える。

バイク呉服屋へ手直しの相談に来られる方の多くは、受け継いだ品物を「何かしらの形」に残して使いたい、と考えられている。品物は、親や親戚縁者を始めとして、中には習い事のお師匠さんから頂いたという場合もあり、その経路は千差万別。そしてまた、品物の状態もまちまちである。

手直しの可否を左右するのは、その品物の現状がどうなっているのかだ。問題の一つは、汚れやヤケ、変色やカビなど、品物本体に関わること。もう一つは、寸法の問題で、受け継ぐ人が着用できる大きさになっているか否か。それは品物を採寸し、縫込みの有無や入っている生地の長さを確認してからでないと、正しく判断出来ない。

 

以前にもお話したが、ひと世代前の人と現代の人では、そもそも体格に違いがある。昭和の女性は、平均身長が150cm台前半、それが平成になると、160cm近くになる。と言うことは、キモノの着丈にすれば、3寸(約10cm)は長くなっている。そして、裄が違う。昔の裄の並寸法(平均的長さ)は、1尺6寸5分(約62.5cm)だったが、最近は1尺7寸5分(66cm)が普通で、中には1尺8寸(68.5cm)か、それ以上のことも珍しくない。

つまり多くの場合、寸法を広げる必要があるのだ。特にキモノは、中上げが2寸程度入っていなければ、着丈が出ないことが多い。そして裄だが、これも袖付と肩付のところに1寸以上縫込みが無いと、受け継ぐ方の寸法通りとはならないケースが生まれてくる。裄がどのくらい出せるかは、反物巾の長さとリンクしているが、昔の品物は今よりも巾が狭かったために、必然的に現状で出せる裄丈にも限りが出てきてしまう。

そして袖丈だが、標準寸法の1尺3寸になっていれば、ほぼ問題は無いのだが、もし短い袖で縫込みも入っていない場合、袖が合わずに着用出来ないケースも出てくる。本来ならば、キモノはキモノとして受け継ぐことがベストなのだが、こうした寸法の関係が原因で、たとえ直したところでも、思うような大きさにならないこともよくある。これはキモノだけではなく、羽織やコート類、あるいは襦袢でも同じようなことが起こる。

 

では、自分の寸法にならないと判った時、どうするか。そもそも、こうして手直しを依頼される方は、品物に「深い思い入れ」がある。その中でも、母親の遺した品物に対しては、特別な感情を持たれる方が多い。

そんな時に提案するのが、キモノを羽織に直したり、羽織を帯に直したりする方法。キモノはキモノにならずとも、羽織は羽織にならずとも、形を変えて品物を残す手段はある。私は、依頼される方の希望を聞いた上で、何に直すのがベストなのかを提案する。

今日ご覧頂く手直しは、寸法通りに出来ない品物の形を変えて誂える、いわば「誂えの最終案内」によって出来たもの。今回は特に帯に限定して、ご紹介することとしよう。

 

レンガ色の疋田絞りに菊模様をあしらった絵羽織。羽織の需要が多かった昭和の時代には、こうした総絞りの羽織が多く作られた。ご覧のように絵羽になっているので、模様の位置は元々決められている。

後の模様。依頼されたお客様は、最初から羽織ではなく帯に誂え直すことを希望された。昭和40年代頃には、丈の短い羽織(2尺程度)が流行していたこともあり、今残るこうした絵羽織は、長い羽織丈にならないことが多い。羽織の場合、たて衿の中に縫込みが無ければ長くならない。よく裾の返し生地だけを見られて、長く出来るのではと品物をお持ち頂くこともあるが、問題は衿の縫込み具合にあるので注意されたい。

もし羽織を、他のアイテムに作り替えるとするならば、やはり帯にするのが良いだろう。特にこうした絵羽織の場合には、模様をどのように帯の柄として取り込むかを考えなければならない。言うまでも無く帯は、お太鼓と前に模様が出る。だから、仕立をする際の模様の位置取りによって、帯姿が変わる。

お太鼓に出るところは、羽織の後身頃に付いていた一番大きい図案を使う。こうして見ると、羽織の背に見えていた時よりも、帯の方が菊の大きさが強調されてインパクトがある。また絞りのあしらいなので、模様に柔らかみがある。

名古屋帯の前模様は、羽織の袖模様を使う。絵羽織は、袖の左前と右後ろには、ほぼ同じ図案があしらわれる。帯模様として切り取る時には、こうした特徴も勘案する。

依頼は、名古屋帯と同時に半巾帯を誂えること。絵羽織を解いて筋消しをすると、その長さは2丈6尺程度。通常名古屋帯の総尺は、長くても1丈3尺ほどで、半巾帯の場合は、1丈少し。つまり、双方を足しても2丈4尺程度である。寸法からすると、この絵羽織からは、名古屋帯と半巾帯・二本の帯を誂えることが出来るが、総柄ではなく部分的に模様が散っているために、どこからでも勝手に裁ちを入れる訳にはいかない。

帯として上手く仕上げるためには、先述したように、最初に模様位置を決めて裁つ必要がある。そのため、外に出ないところで、生地に接ぎが入っている。帯では手直しの際に、簡単に「接ぎ」を使うことが出来る。そのことが、他のアイテムと違う自在な直しを可能にするのである。

レンガと白だけのシンプルな色合い。生地の裏には、表のレンガ色と共色の絹を使う。こうして羽織から帯へと、全く違う形に生まれ変わった。

 

身丈の出ないお召キモノと、同じく木綿の阿波しじら浴衣を使った半巾帯。この二点の半巾帯は同じ方からの依頼だが、お召もしじらも、身丈は足りず、裄も出せず、おまけに袖丈も短かったので、帯以外のアイテムを考えるとすれば、キッチンコートくらいで、他は難しい。

古い品物だったので、縫いスジを消すだけではカビのにおいが抜けず、洗い張りをする。筋消しだけで済ますか、洗張りをするかは、品物の状態を見てから判断する。

この半巾帯は、生地が多く残っているため、両面共生地にして仕立てをする。キモノの横段の切れ込みと赤い縞模様は、半巾帯にすれば印象が変わり、なかなかモダンな図案になる。誂え帯の面白いところは、何を作っても、既成の品物には見られない模様や生地の質になるところだろう。

反物の巾を6:4に分けて、藍色の濃淡で横段模様が入っている。しじらは生地表面に凹凸があり、シャリっとした生地感が特徴の綿織物。肌離れの良さから、着心地の良い夏の普段着として知られている。

キモノの反巾の半分が帯巾。グラデーションの突いた藍色の横段が、半巾帯にすると縦の太い縞になる。元は木綿のキモノだったので、解いて筋消しをした後、縮み防止のために水に通す。仕上がってみると、色目と言い、生地感と言い、紺や白地の浴衣や、少し贅沢な絹紅梅や綿紅梅に使いたくなる出来映え。しじら織の半巾帯など、こうして誂えない限り、手にすることは無い。

 

最後にもう一点、面白い帯を。画像では無地に見えるが、生地は江戸小紋。これは、着用しなくなったキモノをお客様が自分で解き、布として保有していたもの。今回帯として仕立て直したが、江戸小紋の名古屋帯というのも珍しい。考えて見れば、とても贅沢な「染帯」である。

お太鼓にすると、こんな感じになる。あしらわれている模様には「交通安全」の文字が。江戸小紋に見られる図案化した文字文には、たまにこうした面白いモチーフがある。総柄の江戸小紋だけに、最初の絞り絵羽織のように、模様を設計する必要は無いので、和裁士は頭を悩ませなくて済む。

 

生地にあまり長さは必要なく、接ぎを入れても誂えることが出来るので、融通が利く。誂え代金がそれほどかからない上に、品物は、小紋でも紬でも良く、アイテムは、キモノでも羽織でもコートでも良い。そして、もし「ハギレ」が多く残っているなら、それでも作れてしまう。だから帯は、受け継いだ品物を残す「最終手段」となり得るのだ。

ご覧頂いた通り、どれも誂えで作らない限り、生まれない帯姿。既存の帯には無い「オリジナルな帯」を試す価値は、大いにあるだろう。そう思いつつ、いつも「誂えの最終案内」をしているバイク呉服屋は、こと品物を直して継続させることに関しては、かなり往生際が悪い。帯以外の誂え替えについては、また別の機会にお話したい。

 

私には後継者がいないので、自分で店の幕引きをしなければなりません。おそらくこれが、この先最大の課題になるでしょう。そして、その時期をいつにするのか。いつかは、決めなくてはなりません。

「立つ鳥後を濁さず」とか「終わりよければすべて良し」と言うように、きれいな引き際は誰もが望むこと。しかし難しいのも事実で、そうありたいと考えていても、事情は刻々と変わり、なかなか想定通りに物事は運びません。

どなたにも迷惑を掛けず、仕事を終えること。この難しい目標を今後どのようにクリアするのか。これから十年ほどが、正念場になりますね。今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

なお、10月18日(月)~23日(土)は、誠に勝手ながら、私用により店を休ませて頂きます。頂戴したメールのお返事も、24日(日)以降になってしまいますが、何卒お許し下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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