バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

10月のコーディネート 子どもの通過儀礼に装う、初めてのフォーマル

2021.10 25

キモノが嫁入り道具として欠かせなかったのは、遅くとも80年代が終わる頃まで。時代が平成に入ると、結婚の形式もしきたりも多様化し、それまで当たり前になされていたことが、端から消えていった。

仲人の喪失に象徴される式の多様化は、それまで受け継がれてきた伝統的な儀礼のあり方を根本から変えてしまった。その根底にあったのは、結びつきを「家よりも個人」とする考え方である。これは、時代を追うごとに顕著になり、今では互いの家の慣習には捉われない、新しい家族のあり方を模索する動きが続いている。世論調査などで、「選択的夫婦別姓制度」に賛成する人の割合が、過半を越えていることを見れば、過去の家制度に固執することは、すでに困難になっていると言えよう。

 

呉服屋にとっても、一昔前は婚礼に関わる仕事が、商いにとって重要な位置を占めていた。嫁ぐ娘側の家庭では、夏冬の喪服を始めとして、色無地や付下げ、あるいは訪問着といったフォーマルモノを一通り用意する。そして嫁ぎ先に未婚の兄弟がいる場合には、先の着用を見越して、黒留袖を誂えることもあった。

さすがに昭和の終わりころは、和装で日常生活を過ごすような「専業主婦」は少なくなっていたので、カジュアルモノを持っていく人は限られていたが、それでも正月用にと小紋や紬の一枚くらいは作っていた。もちろんキモノだけでなく、帯を合せ、コート類も持つ。それに襦袢や小物まで加えれば、かなりのボリューム・金額になる。そして、送り出す親のキモノ、特に母親が着用する黒留袖の用意や、式に参列する親戚縁者のフォーマルモノの依頼も一緒に受けることがあり、大きな婚礼の仕事を一つ請け負うと、そこで相当な売り上げを見込むことが出来たのである。

だから必然的に、ほとんどの呉服屋の商いが、フォーマルモノへと傾斜していったのだ。そして、最初に述べたように、儀礼の簡略化が進むにつれて、当然ながら礼装用の品物は売れ行きが鈍化し、次第に商いは苦境へと追い込まれる。そこで苦し紛れにとった策が、振袖ビジネスに代表される「効率優先の安易な商い」であり、それは、平成から令和へと時代が移っても、変わらない。そして和装の市場規模は、2兆円以上あった80年代の一割程度・約2600億円まで落ち込んで、なお下げ止まる気配が無い。

 

こうして新しい家庭を築いても、若い方のほとんどはキモノを保有することなく、和装は縁遠いものになっていったのだが、最近になって、少し風向きが変わってきたように思う。それは、子どもの通過儀礼を機に、キモノに関心を持つ方が増えてきたからだ。少なくともバイク呉服屋では、ここ数年、初宮参りや七五三参りに装う、若いお母さんのフォーマルモノを請け負う機会が多いと実感している。

そこで今日は、来月に七五三参りを控えていることもあるので、母として装うのに相応しい通過儀礼の品物を取り上げ、コーディネートしてみよう。

 

(勿忘草色 御所解模様・手描き京友禅訪問着  白地 金銀若松文様・袋帯)

昨年、今年と続くコロナ禍は、尽くフォーマルな装いの場を消し去ってしまったが、その中で僅かに行われてきたのが、子どもの通過儀礼に関わる行事ではないだろうか。誕生を祝う初宮参りと、成長に感謝する七五三参り。この二つの儀礼は、子どもの年令が定まっているので、延期は難しい。だが、お参りや写真撮影に限れば、家族だけで短時間に済ますことが出来るので、予定通りに実行された家庭も多かったように思う。

今は、この儀礼を簡単に済まそうと思えば、写真スタジオでキモノをレンタルし、そこで家族共々に記念撮影をして終わることも出来る。とりあえず儀礼の恰好を付けるのであれば、これで十分という方も多いだろう。もちろんこれだと、子どもも母親も自前の衣装を用意する必要は無い。こうした効率を優先する儀礼の姿が主流になるのは、時代の流れで、もはや仕方の無いことだろう。

 

だが少数ではあるが、節目の行事だからこそ、きちんとした装いを望まれる方もいる。七五三参りの子ども衣装は、ほとんどキモノ。だからそこに寄り添う姿として、自分も和装をと考えるのは、自然な流れである。こうして、実際に着用する場を迎えるにあたり、初めてキモノに関心を持たれる。

キモノを持っていないのであれば、レンタルで済ませることも出来る。けれども、「二度とない場面」なので、この機会に「自分のキモノを用意したい」と思われる方も少なくない。やはり子どもと一緒というのは、着用の大きな動機付けになる。

こんな時に最初に相談を受けるのが、実家や嫁ぎ先の母親たち。そこで母や義母は、娘やお嫁さんのために協力を惜しまない。それは、「目に入れても痛くない、可愛い孫」の晴れの日のこと、娘やお嫁さんにも「良い思い出」にして欲しいと思うからである。

 

そこで母や義母は、自分の若い頃に着用した品物があれば、それを直して譲ろうとしたり、帯や小物を新たにして使うことを考えたりと、様々なアイデアを出す。そして、嫁ぐ時に用意しなかったので、この機会にキモノを一枚誂えたいと望む方もいる。ということで、母と娘は揃ってバイク呉服屋へやって来られ、「いかにすれば良いか」と相談される。こんな時に、私の店のことを思い浮かべて頂けることは、本当に有難い。

今日ご紹介するのは、若いお母さんが子どもの成長と共に、長く着用するのに相応しい、飽きの来ないスタンダードで上質な品物。主役の子どもに寄り添う姿を、どのようにコーディネートしたのか。ご覧頂くことにしよう。

 

(勿忘草色 御所解模様 京友禅手描き訪問着・清染居 上野街子)

私は、もしお客様が受け継ぐ品物をお持ちであれば、それを直して使うことを、出来る限り優先させている。振袖の場合などは、新しい品物をおすすめすることはまず無い。合わせる帯がある時は、帯の新調も躊躇する。せいぜい刺繍衿や伊達衿、帯〆と帯揚げあたりを変えるくらいで、これとてそのまま使うことがある。

ただ、今回のような子どもの儀礼に際した時には、少し事情が違う。無論振袖同様に、親たちの品物を手直しして使うケースは多いが、新しい誂えをすることもよくある。おそらくそれは、着用する期間の違いからで、振袖は未婚の間、せいぜい30歳あたりまでなのに対し、ここで誂える品物は20年以上、50歳代まで使うことを念頭に置く。

普段はキモノを着用しなくとも、「ここ一番」のフォーマルは、和装に敵うものはないと考える。だからこそ、飽きの来ない上質な品物を用意し、大切に使い続けたい。誂える方の多くは、そんなコンセプトを持っている。だから、提案する私としては、その希望に出来る限り沿った品物を、用意することになる。

上野家は、明治から続く友禅の家。初代清江の後を継いだ二代目の為二は、山田栄一、田畑喜八、木村雨山、中村勝馬と共に、1955(昭和30)年友禅染の無形文化財保持者・人間国宝の認定を受けている。現在工房は、為二の次男・清二さんのお嫁さん・街子さんが後を継いで、友禅の仕事を続けている。工房の名前は、跡を継ぎながらも早逝してしまった清二さんの名前を一字取って、清染居(せいせんきょ)と付いている。

日本画を学んだ上野為二の作風は、京友禅でありながら、写実性を重視した絵画的なもので、箔や縫い取り、絞りなど、京友禅一般で使われる加飾技法を一切用いず、染だけをあしらいに使っていた。これはほぼ加賀友禅と同じ模様姿になり、そのため為二の作品は「京都で作る加賀友禅・京加賀」と呼ばれていた。

橋の周囲を埋めているのは、松と桜。刺繍も箔も用いない模様姿は、静かで優美。加賀友禅に使う基本的な色が「加賀五彩」から離れないように、清染居の挿し色も限定的。暈しを多用して、模様にアクセントを付けているのも、加賀と同じ。こうして為二の作風は、今もしっかりと受け継がれている。

訪問着であるが、模様に嵩がない。その分、控えめな勿忘草の地色が前に出て、極めて上品な姿に映る。クセのない色とスタンダードな図案は、帯で変化が付きやすい。こうした意匠は、長いスパンで着用する条件が揃っている。

桜と松を拡大してみた。松の葉脈や桜花の蕊を見ると、きちんと一本一本糸目を引き、丁寧に手挿ししたことが良く判る。しっかりと人の手で描いた作品は、いかにあっさりした図案であろうと、質の良さが品物全体から醸し出されている。それは着用される方が、飽きなく安心して使い続けることに繋がっている。

清染居の落款は、瓢箪型。それでは、この京都で作る加賀的友禅の品の良いキモノに、どんな帯を合せると良いのか。宮参りや七五三のような通過儀礼だけでなく、その後に続く幼稚園や学校の入卒時に着用する姿を想定しながら、考えることにしよう。

 

(白地 彩青海若松文 袋帯・紫紘)

松は、堅苦しくなりやすいモチーフだが、この帯では、銀杏のような扇形に図案化されていて、一見して松とは判り難い。一部の葉先に松の実が付いているので、初めてそれと気が付くという感じである。

地は白だが、金銀糸の松葉で埋め尽くされているので、平板な映りにはならず、全体から柔らかな輝きが感じられる。そして、扇状に区切られた図案の地には、ピンク・水色・青磁・クリームのパステル四色が暈したように織り込まれており、なお優しい帯姿になっている。

お太鼓を作ってみると、銀杏的な割り付けが「青海波(せいかいは)文」になっていることが判る。松と青海波という古典的な組み合わせを、モダンで上品なデザインに仕上げている。懐の深い織屋・紫紘ならではの、洗練された帯と言えよう。

全体の色はあまり主張されてないが、かといって、フォーマル的な雰囲気はしっかりと維持している。使う年齢は幅広く、その上ほとんどキモノの地色や意匠を選ばずに、合わせることが出来る。こうした帯は、一本持っているだけで、ほぼフォーマル用として事足りてしまうだろう。では、清染居の訪問着とあわせてみよう。どちらも控えめな姿なので、きっとお上品にまとまると思うが。

 

互いに淡色パステルの色合いなので、組み合わせて見ると、「ふわり」とした印象が強くなる。主役の子どもに寄り添う母親の姿としては、これくらい控えめな方が良いかもしれない。オーソドックスな御所解のキモノに対して、少しモダンな松青海波の帯が、堅苦しさを消している。

フォーマルでありながら、仰々しさを感じさせない雰囲気。だがこの楚々とした姿は、和装ならではの気高い上品さを感じる。10年、20年先でも、この組み合わせなら、見る人から好印象が受けられるように思う。

小物の色は、帯模様の松青海波に見えているパステル系暈し色を使うと、うまくまとまりそう。全体を、同じ色の気配で統一したコーディネート。今回帯〆には、若草と薄橙色に金糸を組合わせた貝の口組を使ってみた。帯揚げも色を合せて、若草色と薄グレーの二色暈し。(帯〆・平田紐 帯揚げ・加藤萬)

 

(白地 蜀江錦狩衣文 袋帯・紫紘)

ついでに、同じように優しい色の気配を持つ帯を、もう一本試してみよう。こちらは、八角形と四角形を繋ぐ蜀江文の中に唐花を配した、外来的な伝統模様。パステル基調だが、前の帯より地の白さが際立つ。

前模様を見た限りでは、こちらの方が立体感がある。蜀江の中にある図案化した唐花が、写実的な御所解模様のキモノと対照的に映り、全体としてバランスのとれた着姿になりそうだ。

こちらは、キモノの地色を小物に反映させる方法をとってみる。帯〆、帯揚げ共に柔らかいブルーで統一。帯の唐花配色の中にも水色が入っているので、色映りに違和感が出ない。(帯〆・龍工房 帯揚げ・加藤萬)

 

今日は若いお母さんが、我が子の成長の節目・通過儀礼に付きそう装いとして、どんな品物が相応しいのかを考えてみた。お宮参りや七五三は、改めて和装に目を向ける良い機会になっていて、そこで初めてキモノに関心を持つ方も、少なくないように思う。

こうして、新たに品物の誂えを考えることも良いが、母たちが着用した思い出の品物を、手直しして使うことがあっても良い。どちらにしても、大切な日を、思い入れのあるキモノと共に迎えて頂ければと思う。その日の装いは、写真の中で思い出として、いつまでも残るはずだから。

最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度ご覧頂こう。

 

婚礼や葬儀の形式は、この先もっと簡略化が進み、ごく身内だけで執り行われることが、大多数を占めるのではないかと思います。それに伴い、式服の需要も漸減していくことは、当然避けられません。

けれども、子どもの通過儀礼に関しては、今までの様式がある程度残るように思います。七五三や成人など、節目の年齢に達したことは、本人にとっても、親や祖父母にとっても、一つの区切りであり、新たな一歩を踏み出す門出。それは、家族にとって大切な儀式であり、喜びの日と言えましょう。

ですので、この晴れやかな日を和装で迎えたいと願う方々が、将来消えてしまうことはありません。ただ、和の装いを形式的に捉えて、その場限りのレンタル等で済ませてしまうか、それとも本質を極めようとして、親の品物に手を入れて着用したり、新たな品物を誂えたりするか、向き合い方には大きな違いがあります。

 

どんな形であっても、まずキモノを着用することが大切と考えるか。それとも着用するのであれば、きちんと自分で装いを準備して、良き日に臨むべきとするのか。儀礼を正しく弁えた呉服屋が、どちらの意見に与するかは、言わずもがなでしょう。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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