「先を見越す」とは、現状において、将来起こりうることを予測した上で、事を為していくことを意味するが、和装においては、この「先見性」こそがとても大切なキーワードであり、携わる者にとっては、まさに仕事の要に当たると言っても、過言では無い。
品物を求めるお客様は、ある程度年齢を重ねても着用できる、息の長い地色や意匠を考えて選ぶ。着用機会が限られるフォーマルモノには、特にこの傾向が強くなる。また娘さんなど、品物を受け継いでくれそうな人が身近にいる場合には、代を越えて使うことも念頭に置く。洋装のドレスやスーツを選ぶ際には、次の着用者を想定することなど、ほとんどないだろう。これは和装ならではのことだ。
無論、扱う呉服屋の側でも、お客様がその場限りではなく、長く着用されることをまず頭に置いて商いをする。そして品物は、いつの時代になっても流行に左右されることのない、スタンダードな意匠を推奨することになるが、それは裏を返せば、きちんと職人の手が入り、質が担保されることが基本になるということ。長く大切に使って頂くために、上質できちんとした品物を提案することは、店側の大命題である。
さらに、実際に品物を加工する段階では、長く使うためのあしらいをする。これは、誂えを担当する職人の仕事だ。特に和裁士は、次に品物を受け継ぐ方のことを想定して、仕立を行う。特に身丈は、今より背の高い方が着用すると考え、中に「上げ」を入れておく。普通およそ2寸(約7.5cm)程度は縫い込んでおくのだが、この上げの有無が後々、品物の成否に関わる重要なポイントになってくる。和裁士は、これを当然理解しており、発注する呉服屋が特に指示せずとも、上げの施しは付けてくる。
そして、先を見通す仕事が最も求められるのは、「子どもモノ」の誂え。もちろん大人の品物も、次に着用する方のことを考えて仕事をするが、継承される時が将来何時になるかもわからず、どんな形で誰が受け継ぐのかも、全く見えていない。
その点子どもの誂えは、同じ子が大きくなって必ず着用する。フォーマルモノならば、着用する時期も決まっている。例えば女の子ならば、鋏を入れずに誂えた掛け着・八千代掛けは、三歳で解いて八掛を共布で取って、祝着に誂える。そして七歳では再度解いて、今度は別布で八掛を用意し、祝着に誂える。その後十三歳の祝着として使う時には、肩や腰の上げを寸法に合わせて下していく。
大きくなるごとに、手を入れて、一枚のキモノを長く大切に使う。子どもモノこそ、「先を見越すこと」が最も重要視される。ただ、フォーマルでは欠かせないこうした施しも、普段使いのモノでは、なかなか実践されない。だが今年の夏は、珍しく「子ども浴衣」を誂える仕事を、幾つか請け負った。そこで今日は、反物から仕立てる子どもの浴衣は、どのような工夫をし、長く着用して頂けるようにするのか。その辺りのことを中心にして、皆様にお話してみたい。
4歳男の子用浴衣 朝顔模様・白コーマ地 2歳女の子用(双子ちゃん)浴衣 大朝顔模様・白綿紬地 どちらも竺仙の品物
先月の半ば、愛知県のお客様から一本の電話を頂いた。それは、以前このブログでもご紹介した、桜と桃のオリジナル掛けキモノを依頼された、桜子ちゃんと桃子ちゃんのお母さんから。確か双子ちゃんはまだ2歳で、八千代掛けを三歳の祝着に誂え直すには、気が早い。そう思いつつ話を伺うと、「二人の娘用に、浴衣を作って欲しい。ついでに2歳上のお兄ちゃんの浴衣も誂えて欲しい」という依頼であった。
この夏はコロナで、どこにも出かけることが出来ない。だからせめて上質な浴衣を誂えて三人の子どもたちに着せ、おうちで花火でも楽しみたいという趣旨である。家の中で出来る「ささやかな贅沢」は何かと考えるうちに、子どもに浴衣を作ってあげることを思いついたのだ。
私にとっては大変有難い依頼だったので、喜んでお引き受けし、早速店の在庫から子どもに向きそうな品物を選んで画像に写し、メールに添付して送った。もう気心は知れている方なので、お会いせずとも、こうしたやり取りがスムーズに進んでいく。バイク呉服屋は、一度でもお会いしたことのある方なら、メールや電話だけで依頼を受けることは、全く厭わない。だが逆に、会うことなく取引を進めようとされる方に関しては、丁重にお断りしている。最初から最後まで、一度も相手の顔を見ることなく仕事を済ますことに対しては、勝手で申し訳ないが、あくまで拒絶する。
画像で送った数点の中から選んだ浴衣が、この二点。どちらもモチーフは朝顔。
男の子用は、蔓に付いた朝顔の葉と楓葉の図案。挿し色が入らず、一見地味にも見えるシンプルなコーマ浴衣だが、お客様は、かえってそれが、すっきりと涼し気な子どもの浴衣になりそうと話す。一方双子の女の子用に選んだ浴衣は、大きく大胆にデザイン化した、朝顔の花弁だけの図案。地は白で生地は綿紬。挿し色は淡いピンク、緑、青紫。
同じ朝顔のモチーフでも、男の子用は葉だけ、女の子用は花弁だけ。実に対照的な柄行きである。この図案、男の子としては、おとなしすぎないかと気になり、女の子用は、まだ体が小さい子が着るには大柄すぎないかと、少し心配になる。
だが、依頼されたお母さんが、「これを着せたい」と選んだ浴衣である。バイク呉服屋の懸念は自分の中だけに留めて、仕事を進めることにした。まずは、家で洗う時に縮ませないように、水通しと地づめを済ませた後に、和裁士に仕立てを依頼する。お盆までには、仕上げて発送するという約束をした。
仕上がった女の子用・大朝顔浴衣。お姉ちゃんの桜子ちゃんは、身長77cm。妹の桃子ちゃんは、74cm。3cmの違いは身丈に反映され、それぞれ1尺6寸(61cm)・1尺5寸5分(58cm)に仕立られている。ただ、裄は8寸7分(33cm)袖丈は1尺1寸5分(43.5cm)と、二枚とも同じ寸法になっている。
誂えた和裁士は、八千代掛けや祝着などの子どもモノ、いわゆる「小裁ち(小さく生地を裁つこと=子どものキモノ」を得意とする中村さん。実際に採寸出来ていないので、彼女には各々の子どもの身長だけを伝えて、そこから誂える寸法を割り出してもらう。但し、将来を見越して、どれくらい肩や腰に上げを作っておけばよいか、この「上げの長さ」については、相談しながら決める。
肩上げの長さは、1寸。現在の裄が8寸7分なので、上げを外せば最大で1尺5分ほどの長さになる。この反物は大人用なので、元々の反巾は9寸7分(37cm)と長い。反物の横幅は切り落とすことが無いので、袖付や肩付のところに縫い込んである。つまりこの子ども浴衣は、上げ以外にもキモノの中に縫込みを持っていることになる。
身丈に付いている腰上げの長さは、4寸8分(18cm)。これだけ上げが入っていれば、2尺5寸(94cm)程度の身丈を作ることが出来る。お客様との話の中で、だいたい7歳頃までは着用出来るように誂えると約束していたが、身長125cmくらいまでは十分対応出来そうだ。
袖丈は、現在の身長からすれば、少々長すぎるかも知れない。けれども、女の子の袖丈は長くないと可愛さが半減する。なので、着用して地面に付かないギリギリのところまで、丈を長くする。そして袖にはまだ1寸の縫込みが入っているので、今より背が大きくなったら、袖ももう少し長く出せば良い。いずれにせよ、この浴衣には「先を見越した設え」が随所にあり、しかもそれは「上げ」と言う形になっているので、簡単に長く直すことが出来る。
2歳上のお兄ちゃんの浴衣。少し大人っぽいものの、シンプルで涼しそう。妹たちの浴衣に比べると、大きく感じる。身長が92cmなので、身丈は1尺9寸(72cm)。裄は1尺1寸(42cm)で、袖丈は8寸(30cm)。こちらは半反で作ったので、少し袖が短くなった。男の子なので、ことさらに袖丈を長くする必要は無いと判断したが、仕立上がってみても違和感は無い。
男の子浴衣の肩上げは、8分。目いっぱい長くすれば、1尺2寸5分(47cm)になる。昔、子どもの裄寸法の目安は、身丈の約半分だった。だが最近の子どもは、大人同様に手が長くなる傾向にあり、身丈の半分+5~7分と考えておく方が間違いない。
身丈に付く腰上げは、3寸5分。寸法を大きくする時は、上げを下していくのだが、その際直そうとする長さの半分を下す。何故ならば、上げは生地をつまんで付いているから。だから、この浴衣のように3寸5分の上げがあれば、単純に2倍・7寸まで寸法を長く出来るのだ。と言うことは、現状1尺9寸+7寸が長さの限界となり、つまりは身丈は、2尺6寸くらいまで長く出来ることになる。こちらも、先の女の子用と同様に、七歳くらいまで着用可能な寸法。
三点の子ども浴衣の後姿。お兄ちゃんはすっきり大人っぽく、双子の妹たちは思い切り可愛い。きっと、そんな姿に映るはず。当初私が危惧した、男の子にしてはおとなしい意匠や、女の子の大きすぎる図案は、こうして誂えて見ると、全く杞憂であった。仕立てを請け負った和裁士の中村さんも、反物で見るより、キモノとして形になった方がずっと良いと話す。品物を選んだお母さんの目は、やはり確かだったのだ。
朝顔をまとった三人の子どもたち、その姿を囲む家族の笑顔が目に浮かんでくる。こんなささやかな贅沢が、鬱々とした夏のおうち時間を、心豊かなひと時に変えてくれるに違いない。これから5~6年、子どもたちが7歳くらいになるまで、上げを下しつつ、毎年この浴衣を使い続けていく。おそらく寸法を直す度に、ご家族は子どもの成長を、実感出来るのではないだろうか。
浴衣のような本当に気軽な和の装いであっても、きちんと手を掛けた品物を見極め、先を見越した誂えを施した上で着用する。お客様、呉服屋、作り手の職人が、それぞれの立場で「先を見据える意識=長い目を持つこと」が出来れば、和装の未来は、もっと明るいものになるように思う。
最後にあと二点、今年の夏に依頼された、反物から誂えた子ども浴衣をご紹介しながら、今日の稿を終えることにしよう。
レモン色コーマ地 蝶に小桜模様 身長102cm 女の子用浴衣・新粋染
白コーマ地 蟹の丸模様 身長90cm 男の子用浴衣・竺仙
お盆明けの一昨日、桜子ちゃんと桃子ちゃんのお母さんから電話があり、子どもたちは三人とも、喜んで着ているようです。「お盆中には三度も着て、それがあまりに可愛かったので、とうとう写真館で子どもたちの浴衣姿を写すことにしました」と話します。寸法もピッタリだった様子で、これは和裁士の中村さんに感謝しなければなりません。
キモノを装うことで、家族が笑顔になる。依頼された私にとっても、これほど呉服屋冥利に尽きることはありません。まだまだ制約を受ける日々が続きますが、和装を心の糧とされる方がおられることを自分の支えとしつつ、毎日の仕事に励みたいと思います。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。