このところ、新聞の一面はコロナか五輪に限られているが、オリンピック開幕直後は、トップで金メダルを獲得した各種目の記事を載せ、下段にコロナ関連の情報が書かれていた。ところが、先週からの感染急拡大を受けて、トップにコロナ、下に五輪と位置が入れ替わった。このことからも、社会が今どちらに比重を置いているか、理解出来る。
オリンピックを成功させることと、コロナ感染を防止すること。この二つが今の日本の大命題であることは、誰でも判る。どちらも大切ではあるが、到底並び立つことは出来ない。つまり、互いに矛盾する事象が、現在の日本社会の中で共存しているのだ。これを二律背反、あるいは二重規範と呼ぶが、最近はよく「ダブルスタンダート」という言葉で表現されている。
東京での感染者が三千人を越えた先週、記者会見に臨んだ首相は、人出は抑制されているとして、感染拡大と五輪開催との間の関連性を否定し、都知事も五輪のテレビ視聴率が上がっていることから、多くの人がステイホームを実現していると話した。五輪を推進した当事者たちは、コロナとの並立が可能と考えたからこそ、開催に踏み切ったのだから、口が裂けても、この状況がコロナの影響とは言えまい。もしそれを認めてしまうと、自分の政治判断が誤りだったことになってしまう。
だが為政者が何を弁明しようとも、五輪開催とコロナ感染拡大は、関連性があるとしか思えない。人々には、「世界中から選手を集めてオリンピックをやっているのだから、それほど自粛しなくても構わないだろう」という心理が、どうしても生まれる。特に若い人たちは我慢も限界であり、それを咎めることも難しくなっている。その上、今更緊急事態宣言を発出しても、誰もが「緊急」に慣れてしまっているので、効果が薄い。だから、感染拡大が止まらない。
五輪は四年に一度のスポーツの祭典であり、アスリートの集大成の場。無観客で競技を行う選手たちは誠に気の毒で、思うように力が発揮出来ないまま、大会を終えてしまう実力者もいる。けれども観る側からすれば、スポーツはやはり娯楽であり、社会が平穏であってこそ、心から楽しめることのように思う。つまりは人々の「嗜好」の範疇にあるもので、「嗜む」という一点で考えれば、和装を嗜むことも同列であろう。
では、こうした閉塞感が充満する社会の中で、我々は嗜好品であるキモノや帯をどのように商っていけば良いのか。前回の稿からは少し時間が経ってしまったが、今日は染織工芸品の未来、そして呉服という仕事の未来について、再び考えてみたい。
今日のウインド。8月はまだ薄物がメインだが、普段ならそろそろ値引きをして品物を捌き始める時期。だが昨年も今年も、すでにシーズンの初めから、予め価格を下げた状態で、お客様に提案させて頂いている。それは、こんな時に品物を求めて下さる方に対して、店として「せめてもの感謝の気持ち」の表れである。
キモノや帯は、生活に潤いをもたらす嗜好品。だからこそ、世の中が平穏でなければ、人々に目を向けてもらえない。そもそも和を装うことは、気持ちに余裕が無ければ、生まれてこないだろう。
それを裏付けるものが、このブログにもある。それは最下段に掲載している、このページへの訪問者数。総訪問者数と昨日と今日の二日間訪問者数が、読者からも判るようになっている。それに加えて、私の方では一週間の訪問者数や、一日当たりの平均訪問者数、そして稿ごとの読者数も把握することが出来る。
訪問者の平均値が最も高かったのは、コロナ前の一昨年の秋・11月で、一日800人を越える方々に、このブログを読んで頂いていた。しかし、コロナ騒ぎが起きてから徐々に読者は減っていき、昨年末で約500人、今年に入ってからさらに下がり、現在は350人前後で推移している。結局この1年半で、訪問される方が6割減った。
こんな数字からも、コロナ禍で和装への関心が薄れていることが見て取れる。式と名が付くフォーマルな行事は、尽く中止になり、お茶事を始めとする「キモノで列席する場面」は密を回避する意味から、全く催されなくなった。その上自粛ムードの広がりから、カジュアルな装いを楽しむことが避けられる傾向にある。
こうした状況下では、キモノに関心を持てと言う方が無理である。和装はやはり、人々の心持に左右される嗜好品であり、今のような疫病下にある不安な社会状況では、着用される方はどうしても少なくなる。となれば、ネットで和装の情報を得ようとする機会も減り、とどのつまりは、バイク呉服屋ブログへの訪問者も激減するというところに、繋がってくるのだ。
例年通り、浴衣と半巾帯が揃う店内。但し今年は、仕入れをほとんどしていない。
これでは、呉服屋の商いは厳しくなるのが当たり前で、問屋筋からの話として、老舗デパートや東京の有力専門店でも、難しい経営を迫られていると伝え聞く。これまで商いの中心になっていた展示会も、人が集まらなくなり、そう簡単には売上げを作ることが出来なくなっているようだ。
さて、ブログへの訪問者が60%も減ったバイク呉服屋なので、さぞ商いに苦戦を強いられていると、皆様は思われることだろう。しかし、意外なことに、割と様々な依頼を頂いていて、暇を持て余しているようなことはない。というより、コロナ前とほぼ同じ水準に戻り、結構忙しくしていると言えるかもしれない。
では着用の機会がほとんど無いと考えられている今、どのような方がどんな依頼ごとを、私に寄せているのか。コロナ禍という異常事態の中での商い。実は、こんな時に求められる品物やお客様が希望される依頼の中に、未来へのヒント、つまり呉服の専門店として生きる標を見出すことが出来る。これは、こうした事態にならなければ気が付かなかったことでもある。では、それが何なのかを、お話することにしよう。
上の店内画像に見えるコバルトブルーの浴衣は、「組市松文」の絹紅梅。五輪のエンブレムに使用されている江戸の文様だが、これは、昨年竺仙から仕入れた品物。おそらくオリンピックを当て込んで、染め出ししたものだろう。私も話題性を見込んで買い入れたが、未だに売れてはいない。
現在求められている仕事は、ほとんどがカジュアルモノ・普段使いの品物に関わる依頼で、フォーマル系のモノに動きはほとんど見られない。この半年の間の数少ないフォーマル依頼品は、江戸小紋や模様に嵩の少ない軽い付下げあたりまでで、合わせる帯は袋帯であっても、仰々しさを感じさせない意匠のものに限られる。
お客様からの依頼は、2月の終り頃から多くなり始め、それが現在まで緩やかに続いている。このブログがきっかけとなり、お付き合い頂くようになった県外の方からも様々な仕事を頼まれたが、どの方とも、これまで何度か対面して手直し依頼を受けたり、品物をお求め頂いた方々で、すでに気持ちは十分に通じている。だから、メールや電話のやりとりでだけで、品物照会も手直し依頼も受けることが出来る。
お受けした仕事で最も多いのは、やはり悉皆、つまり直すことだ。長くなっているおうち時間の間で、改めて箪笥の中の品物を整理したり、状態や寸法を確認される方が増えた。日ごろキモノを嗜んでいる方でも、持っている品物がどんな状態にあるのか、なかなか把握出来ていない。それどころか、箪笥の中にはしつけが付いたままで、一度も袖を通していないキモノや、一度も締めたことのない帯が入っていることもある。気に入っている品物はくりかえし着用するが、そうでない品物は全然使わないというのは、よくあるパターンだろう。
こうした中では、汚れを見つけたり、寸法が合わないことを確認出来たりする。そして、譲られた品物が、手つかずの状態で箪笥に残っているようなこともあり、改めてどのように扱うのか判断を迫られる。つまりは、再発見した品物を、どのようにリニューアルして使い道を考えていくかを、悩まなくてはならないのだ。そんな時にバイク呉服屋のことを思い出して、相談されるのである。
こうした方の直し依頼は、箪笥全体を開いて整理した上でのことだから、一枚や二枚では済まない。そして直す内容は、多岐にわたっている。しみや古い変色、ヤケなどのあるキモノや、カビが発生してしまった帯は、補正や洗いを駆使しなければならないし、体型の変化で着用が難しくなったものは、部分直しか解いて仕立て直しをするか判断を付けた上で、仕事に掛からなくてはならない。また寸法が合わず、現状で使えない品物は、他のアイテムへの転用(例えば、キモノから羽織へとか、羽織を名古屋帯に作り替えるとか)を考えて提案する必要がある。
様々な職人の手を使わなければならない仕事を、一人で何点も依頼してくるのだから、どうしても忙しくなる。そしてそれは私にとっても、私が抱えている職人さんたちにとっても、本当にありがたいこと。和装の需要や着用機会が滞っている今、やるべき仕事があることは、幸せなことだ。
その上、依頼は直しだけに止まらず、新しい品物の誂えにも繋がる。春先に多く売れた品物は、染・織各々の名古屋帯と小紋で作る羽織だったが、おそらく箪笥整理をして品物(特にキモノ)を見ているうちに、新しい帯を合せたくなったり、羽織るモノが欲しくなったりしたのだろうが、これは、思わぬ品物購入のきっかけと言えよう。
さらに、元々和装を嗜みとするこうした方々の場合、品物に触れていると、着用意欲が高まるようで、おうちキモノを試してみたり、何が無くても、自由にキモノで出かけたりもする。つまり、和装は特別な装いではなく、日常の姿そのもの。これは、今から半世紀ほど前には当たり前のようにみられた、「生活に溶け込むキモノ姿」の復活と言えようか。
小ウインドには、竺仙の綿紅梅と絹紅梅。合わせている帯は何れも、捨松の夏帯。
こうしたお客様方の行動パターンや、それに基づく私への仕事依頼は、夏モノの時期になっても続いている。祭りや花火大会が中止となり、着用機会はほとんど消えたように思えるが、中型小紋や絹・綿紅梅などの夏キモノ的な浴衣、小千谷縮やアイスコットンのような気軽な麻・綿織物、それに伴う名古屋帯などを求める動きが見られる。
これは、何かイベントがあるから、あるいは、外での集まりがあるから和装で出かけるというのではなく、自分が着たいときに着るとお客様が決めている証。だからこの時期でも、品物を求めて下さる。
こうしたコロナ禍での商いの現状は、何を示しているのだろうか。それはまず呉服屋の基本として、お客様の「良き相談相手」となることが重要と言うこと。手直しを考えた時に、真っ先に思い出してもらえるようにならなければ、仕事は依頼されない。そのためには、それまで受けた仕事を誠実にこなし、内容が信頼されていなければ始まらない。悉皆は、経験がモノを言う仕事。臨機応変の対応と、思いやりを持った提案が出来なければ、相談に値する店とは認めてもらえない。
そして、どんな状況になろうとも、和装を嗜好する方は、必ずおられるということを常に念頭に置くべきで、そんな方々に「あてにされる」ことは、いかに商いの環境が厳しい状況になろうとも、一定の仕事を得ることに繋がっていく。
フォーマルモノの需要は回復しなくても、着用の機会が喪失していても、諦めることは全く無い。キモノや帯にとてつもない魅力を感じ、装い続ける方は、限りなくおられるのだから。悲観することは、何もない。今回苦境に立って、改めて、和を装う方の心に触れた気がする。理不尽なコロナ禍で見つけた、商いの光明とも言うべきだろうか。
「災い転じて、福となす」と言いますが、災難にあったからこそ、判ることがあり、おそらくそれは糧となって、自分の未来に繋がっていると思うのです。困難な状況でも、前を向いていれば、道は開けていく気がします。
本文にも書きましたが、このところ様々な依頼を頂き、忙しくしております。けれども、頼まれごとの多くは、バイク呉服屋の無い頭を悩ませることになっています。
「丈の短い絞りの絵羽織を使い、名古屋帯と半巾帯を作れないか(模様を上手く割り振りながら)」とか、「大人モノ浴衣生地一反で、三つ身の浴衣一枚と一つ身の浴衣二枚を作れないか」とか、「角衿の雨コートを、キモノ衿・つつ袖のキッチンコートに作り直せないか」とか。何れの依頼も、一筋縄ではいきません。けれども、これまで経験したことのない依頼を受けることは、私も請け負う職人も、新たな仕事を学ぶチャンス。こうした積み重ねこそが、呉服屋としての仕事の幅を広げてくれます。それはきっと、「相談に値する呉服屋」と評価されることにも、繋がっていくはずですから。
今は、仕事を依頼される幸せを感じつつ、コロナが収束する日を待ちたいと思います。今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。