バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

反物から、子ども浴衣を誂える  おうち夏休みでの、ささやかな贅沢

2021.08 18

「先を見越す」とは、現状において、将来起こりうることを予測した上で、事を為していくことを意味するが、和装においては、この「先見性」こそがとても大切なキーワードであり、携わる者にとっては、まさに仕事の要に当たると言っても、過言では無い。

 

品物を求めるお客様は、ある程度年齢を重ねても着用できる、息の長い地色や意匠を考えて選ぶ。着用機会が限られるフォーマルモノには、特にこの傾向が強くなる。また娘さんなど、品物を受け継いでくれそうな人が身近にいる場合には、代を越えて使うことも念頭に置く。洋装のドレスやスーツを選ぶ際には、次の着用者を想定することなど、ほとんどないだろう。これは和装ならではのことだ。

無論、扱う呉服屋の側でも、お客様がその場限りではなく、長く着用されることをまず頭に置いて商いをする。そして品物は、いつの時代になっても流行に左右されることのない、スタンダードな意匠を推奨することになるが、それは裏を返せば、きちんと職人の手が入り、質が担保されることが基本になるということ。長く大切に使って頂くために、上質できちんとした品物を提案することは、店側の大命題である。

さらに、実際に品物を加工する段階では、長く使うためのあしらいをする。これは、誂えを担当する職人の仕事だ。特に和裁士は、次に品物を受け継ぐ方のことを想定して、仕立を行う。特に身丈は、今より背の高い方が着用すると考え、中に「上げ」を入れておく。普通およそ2寸(約7.5cm)程度は縫い込んでおくのだが、この上げの有無が後々、品物の成否に関わる重要なポイントになってくる。和裁士は、これを当然理解しており、発注する呉服屋が特に指示せずとも、上げの施しは付けてくる。

 

そして、先を見通す仕事が最も求められるのは、「子どもモノ」の誂え。もちろん大人の品物も、次に着用する方のことを考えて仕事をするが、継承される時が将来何時になるかもわからず、どんな形で誰が受け継ぐのかも、全く見えていない。

その点子どもの誂えは、同じ子が大きくなって必ず着用する。フォーマルモノならば、着用する時期も決まっている。例えば女の子ならば、鋏を入れずに誂えた掛け着・八千代掛けは、三歳で解いて八掛を共布で取って、祝着に誂える。そして七歳では再度解いて、今度は別布で八掛を用意し、祝着に誂える。その後十三歳の祝着として使う時には、肩や腰の上げを寸法に合わせて下していく。

大きくなるごとに、手を入れて、一枚のキモノを長く大切に使う。子どもモノこそ、「先を見越すこと」が最も重要視される。ただ、フォーマルでは欠かせないこうした施しも、普段使いのモノでは、なかなか実践されない。だが今年の夏は、珍しく「子ども浴衣」を誂える仕事を、幾つか請け負った。そこで今日は、反物から仕立てる子どもの浴衣は、どのような工夫をし、長く着用して頂けるようにするのか。その辺りのことを中心にして、皆様にお話してみたい。

 

4歳男の子用浴衣  朝顔模様・白コーマ地   2歳女の子用(双子ちゃん)浴衣 大朝顔模様・白綿紬地  どちらも竺仙の品物

先月の半ば、愛知県のお客様から一本の電話を頂いた。それは、以前このブログでもご紹介した、桜と桃のオリジナル掛けキモノを依頼された、桜子ちゃんと桃子ちゃんのお母さんから。確か双子ちゃんはまだ2歳で、八千代掛けを三歳の祝着に誂え直すには、気が早い。そう思いつつ話を伺うと、「二人の娘用に、浴衣を作って欲しい。ついでに2歳上のお兄ちゃんの浴衣も誂えて欲しい」という依頼であった。

この夏はコロナで、どこにも出かけることが出来ない。だからせめて上質な浴衣を誂えて三人の子どもたちに着せ、おうちで花火でも楽しみたいという趣旨である。家の中で出来る「ささやかな贅沢」は何かと考えるうちに、子どもに浴衣を作ってあげることを思いついたのだ。

私にとっては大変有難い依頼だったので、喜んでお引き受けし、早速店の在庫から子どもに向きそうな品物を選んで画像に写し、メールに添付して送った。もう気心は知れている方なので、お会いせずとも、こうしたやり取りがスムーズに進んでいく。バイク呉服屋は、一度でもお会いしたことのある方なら、メールや電話だけで依頼を受けることは、全く厭わない。だが逆に、会うことなく取引を進めようとされる方に関しては、丁重にお断りしている。最初から最後まで、一度も相手の顔を見ることなく仕事を済ますことに対しては、勝手で申し訳ないが、あくまで拒絶する。

 

画像で送った数点の中から選んだ浴衣が、この二点。どちらもモチーフは朝顔。

男の子用は、蔓に付いた朝顔の葉と楓葉の図案。挿し色が入らず、一見地味にも見えるシンプルなコーマ浴衣だが、お客様は、かえってそれが、すっきりと涼し気な子どもの浴衣になりそうと話す。一方双子の女の子用に選んだ浴衣は、大きく大胆にデザイン化した、朝顔の花弁だけの図案。地は白で生地は綿紬。挿し色は淡いピンク、緑、青紫。

同じ朝顔のモチーフでも、男の子用は葉だけ、女の子用は花弁だけ。実に対照的な柄行きである。この図案、男の子としては、おとなしすぎないかと気になり、女の子用は、まだ体が小さい子が着るには大柄すぎないかと、少し心配になる。

だが、依頼されたお母さんが、「これを着せたい」と選んだ浴衣である。バイク呉服屋の懸念は自分の中だけに留めて、仕事を進めることにした。まずは、家で洗う時に縮ませないように、水通しと地づめを済ませた後に、和裁士に仕立てを依頼する。お盆までには、仕上げて発送するという約束をした。

 

仕上がった女の子用・大朝顔浴衣。お姉ちゃんの桜子ちゃんは、身長77cm。妹の桃子ちゃんは、74cm。3cmの違いは身丈に反映され、それぞれ1尺6寸(61cm)・1尺5寸5分(58cm)に仕立られている。ただ、裄は8寸7分(33cm)袖丈は1尺1寸5分(43.5cm)と、二枚とも同じ寸法になっている。

誂えた和裁士は、八千代掛けや祝着などの子どもモノ、いわゆる「小裁ち(小さく生地を裁つこと=子どものキモノ」を得意とする中村さん。実際に採寸出来ていないので、彼女には各々の子どもの身長だけを伝えて、そこから誂える寸法を割り出してもらう。但し、将来を見越して、どれくらい肩や腰に上げを作っておけばよいか、この「上げの長さ」については、相談しながら決める。

肩上げの長さは、1寸。現在の裄が8寸7分なので、上げを外せば最大で1尺5分ほどの長さになる。この反物は大人用なので、元々の反巾は9寸7分(37cm)と長い。反物の横幅は切り落とすことが無いので、袖付や肩付のところに縫い込んである。つまりこの子ども浴衣は、上げ以外にもキモノの中に縫込みを持っていることになる。

身丈に付いている腰上げの長さは、4寸8分(18cm)。これだけ上げが入っていれば、2尺5寸(94cm)程度の身丈を作ることが出来る。お客様との話の中で、だいたい7歳頃までは着用出来るように誂えると約束していたが、身長125cmくらいまでは十分対応出来そうだ。

袖丈は、現在の身長からすれば、少々長すぎるかも知れない。けれども、女の子の袖丈は長くないと可愛さが半減する。なので、着用して地面に付かないギリギリのところまで、丈を長くする。そして袖にはまだ1寸の縫込みが入っているので、今より背が大きくなったら、袖ももう少し長く出せば良い。いずれにせよ、この浴衣には「先を見越した設え」が随所にあり、しかもそれは「上げ」と言う形になっているので、簡単に長く直すことが出来る。

 

2歳上のお兄ちゃんの浴衣。少し大人っぽいものの、シンプルで涼しそう。妹たちの浴衣に比べると、大きく感じる。身長が92cmなので、身丈は1尺9寸(72cm)。裄は1尺1寸(42cm)で、袖丈は8寸(30cm)。こちらは半反で作ったので、少し袖が短くなった。男の子なので、ことさらに袖丈を長くする必要は無いと判断したが、仕立上がってみても違和感は無い。

男の子浴衣の肩上げは、8分。目いっぱい長くすれば、1尺2寸5分(47cm)になる。昔、子どもの裄寸法の目安は、身丈の約半分だった。だが最近の子どもは、大人同様に手が長くなる傾向にあり、身丈の半分+5~7分と考えておく方が間違いない。

身丈に付く腰上げは、3寸5分。寸法を大きくする時は、上げを下していくのだが、その際直そうとする長さの半分を下す。何故ならば、上げは生地をつまんで付いているから。だから、この浴衣のように3寸5分の上げがあれば、単純に2倍・7寸まで寸法を長く出来るのだ。と言うことは、現状1尺9寸+7寸が長さの限界となり、つまりは身丈は、2尺6寸くらいまで長く出来ることになる。こちらも、先の女の子用と同様に、七歳くらいまで着用可能な寸法。

 

三点の子ども浴衣の後姿。お兄ちゃんはすっきり大人っぽく、双子の妹たちは思い切り可愛い。きっと、そんな姿に映るはず。当初私が危惧した、男の子にしてはおとなしい意匠や、女の子の大きすぎる図案は、こうして誂えて見ると、全く杞憂であった。仕立てを請け負った和裁士の中村さんも、反物で見るより、キモノとして形になった方がずっと良いと話す。品物を選んだお母さんの目は、やはり確かだったのだ。

朝顔をまとった三人の子どもたち、その姿を囲む家族の笑顔が目に浮かんでくる。こんなささやかな贅沢が、鬱々とした夏のおうち時間を、心豊かなひと時に変えてくれるに違いない。これから5~6年、子どもたちが7歳くらいになるまで、上げを下しつつ、毎年この浴衣を使い続けていく。おそらく寸法を直す度に、ご家族は子どもの成長を、実感出来るのではないだろうか。

浴衣のような本当に気軽な和の装いであっても、きちんと手を掛けた品物を見極め、先を見越した誂えを施した上で着用する。お客様、呉服屋、作り手の職人が、それぞれの立場で「先を見据える意識=長い目を持つこと」が出来れば、和装の未来は、もっと明るいものになるように思う。

 

最後にあと二点、今年の夏に依頼された、反物から誂えた子ども浴衣をご紹介しながら、今日の稿を終えることにしよう。

レモン色コーマ地 蝶に小桜模様  身長102cm 女の子用浴衣・新粋染

白コーマ地 蟹の丸模様  身長90cm 男の子用浴衣・竺仙

 

お盆明けの一昨日、桜子ちゃんと桃子ちゃんのお母さんから電話があり、子どもたちは三人とも、喜んで着ているようです。「お盆中には三度も着て、それがあまりに可愛かったので、とうとう写真館で子どもたちの浴衣姿を写すことにしました」と話します。寸法もピッタリだった様子で、これは和裁士の中村さんに感謝しなければなりません。

キモノを装うことで、家族が笑顔になる。依頼された私にとっても、これほど呉服屋冥利に尽きることはありません。まだまだ制約を受ける日々が続きますが、和装を心の糧とされる方がおられることを自分の支えとしつつ、毎日の仕事に励みたいと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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