どのくらい信憑性があるのかは不明だが、先日イギリスのスポーツ医学誌の研究結果として、一週間に二時間半以上の運動を継続することで、コロナ感染の重症化のリスクが大幅に下がると報道されていた。
話によれば、感染者5万人を運動不足の人・何らかの運動をした人・継続して運動をしている人に分けて調査したところ、運動をしていない人の死亡率は2.4%で、入院率は10.5%。これに対して継続して運動をしている人は、死亡率が0.4%、入院率は3.2%という結果が出たという。つまり定期的な運動により、重症化リスクは、運動をしていない人と比較して、約6分の1に下がることになる。
基礎疾患の有無より、運動不足の方が問題が大きいと結論付けているが、これが全て正しいかは別にして、運動そのものが心肺機能を高めたり、免疫力を付ける役割を果たすことには、異論は無いだろう。また今のように、行動が制限されている日常では、特に体を動かすことが、精神状態を改善することに繋がると思う。
さてそこで、バイク呉服屋が日常に行っている運動だが、以前は週に2~3回スポーツジムに通って汗を流してきたが、昨年の4月以降は、感染リスクを伴うことから、週に2回ほど、一人で峠歩きとジョギングをすることに変えた。
メインルートとして使っている県道104号・通称和田峠は、平均勾配6.6%・高低差256m。峠を登った先にある貯水池・千代田湖を一周して自宅へ戻ってくると、その距離は13.6キロにもなる。これを、毎回2時間15分ほどでこなす。往路は坂がきついので歩くが、帰路の下りはほぼ走る。先日歩数を測ってみたところ、17000歩余りで、消費エネルギー量は約800kcalだった。
還暦を過ぎた者の運動量としては十分で、もしかしたら少しオーバーワーク気味かもしれない。コロナ重症化に対する防止になるかは疑問だが、精神衛生の面から見れば、日常を離れて気分も変わることから、かなり有意である。
この一年、四季折々に移り変わる山の景色を見ながら、体を鍛えてきた。この和田峠は、途中に甲府盆地を一望できる「みはらし広場」があり、ここから眺める富士山はとても優美な姿に映る。そして地元の人には、夜景スポットとしても知られている。
4月も終わりに近づき、歩くたびに日一日と新緑が眩しさを増している。道の傍らで特に目立つのが、花を終えた後の山桜の葉と、若い楓の緑葉。陽ざしを受け、風を感じ、木々のうつろいに目を配りながら歩く。これで、気持ちが解放されない訳が無い。
そこでこじつけになるが、今回のコーディネートでは、桜と青楓を写実的に描いた振袖を使い、控えめで落ち着きのある着姿を考えたいと思う。そして今の季節に相応しい、目の覚めるような「緑色」をベースにした帯を使い、全体の色映りを考えてみよう。
蘇芳色 桜楓文様・振袖 若緑色 八橋菊桐文様・袋帯
当たり前だが、着姿として最も目立つキモノの位置は、上前身頃と衽になる。従ってほとんどの品物が、ここに模様の中心を置き、図案を考察する。予め模様位置が決められる振袖や留袖、訪問着などのフォーマルモノは、上前にどのような模様が出てくるかで印象が決まるので、どの品物もここが意匠の中心となる。
中でも振袖は、華やかで若々しいイメージを持たせる意図から、図案は他のアイテムより大胆になり、見る者を圧倒するような模様の嵩を付けることも珍しくない。裾模様は上前身頃から後身頃へと繋がり、衿・胸・袖と模様が連動する。振袖だからこそ、表現出来る模様も多々ある。
けれども、豪華さとは一歩離れて、楚々として控えめな印象を持つ振袖がある。模様はそれほど目立たず、むしろ地色の方が前に出る。もちろん、引き立つ華々しさは無い。けれども、絢爛な振袖には無い「静かな美しさ」がある。人の性格は千差万別であり、前に出ることが苦手な方もおられよう。それと同様に、振袖が持つイメージも色々あって良い。今日の振袖は、そんな個性を感じられる意匠である。
(縮緬蘇芳色 桜散らしと青楓(桜楓文)模様 京型友禅振袖・トキワ商事)
振袖としては珍しく、少しシボの大きい縮緬生地を使っている。地の蘇芳(すおう)色は、僅かにくすみを感じる朱色で、赤と言っても、落ち着きを感じさせる色。蘇芳は、インドやマレー諸島に生育するマメ科の小木で、この樹木の莢(さや)や芯には、赤色の色素が含まれている。ここに、明礬(みょうばん)や椿の木灰を媒染剤として使って発色させると、こんな赤の色になる。
蘇芳は、すでに飛鳥期には輸入が始まっていて、染原料だけではなく、漢方薬としても使用されていた。天平期には、木工品を赤く染色する時に盛んに用いられていたようで、黒柿の箱を蘇芳で赤く染め、金銀で花模様を描いた「黒柿蘇芳染金銀絵如意箱」は、代表的な作品として正倉院・南倉に収蔵されている。
この振袖では、模様の嵩が少ないため、地色の蘇芳色が前に出てくる。少し沈んだ朱の色が、おとなしい桜楓図案には合っている。そして、ふっくらとしたシボのちりめん生地が柔らかく色を映し、品物全体に優しい印象を残す。
模様の中心・上前身頃と衽には、桜散らし模様。写実的に描いた桜だが、花の数は少なく、メインは散りゆく花びらになっている。また、あしらわれている模様の位置は、通常の振袖と比べると下にあり、かなり裾に近くなっている。
こうした模様位置の低い意匠は、18世紀半ばの江戸・宝暦期頃の小袖に始まる。そして、裾の周りにだけあっさりと模様を表す形式を、「裾模様」と呼んだ。これは後に江戸の褄模様・江戸褄となり、現在の黒留袖の意匠形式に受け継がれている。
桜図案を拡大してみた。型友禅だが、模様は手挿し。散っている花びらには暈しが入り、一枚ずつ違う表情が見える。控えめな図案を生かすために、配色も優しい色だけを使っている。
肩から袖に連動した模様は、桜と楓を一緒にして枝にあしらっている。楓の葉色は、緑や若草を挿した青楓。朱の地色の中では、この鮮やかな緑色がひと際目立つ。
春の代表花・桜と秋の代表葉・楓を並べた意匠は、桜楓文として文様化されているが、楓の葉色が青楓なので、ここでは対照的な春秋模様になっていない。模様を拡大すると、写実的に描いた花の姿がよく判る。
前から見ると、このような模様の出方になる。後の肩と袖の模様は繋がっているが、前の衿、胸、袖模様は分離している。袖もメインとなる左前、右後ろの模様さえ疎ら。華やかさが優先される振袖姿からすれば、かなり離れた意匠に思えるが、そこには「控えめで奥ゆかしい美しさ」があるように思う。
ではこの雰囲気を保ちつつ、鮮やかな帯で、もう少し若々しさを醸し出してみよう。
(若緑色 八橋に菊桐文様 六通袋帯・紫紘)
これだけ鮮やかな緑色の帯は、あまり見かけない。紫紘が織る振袖向きの帯は、白地や黒地、金銀地の他に、かなりビビッドな緑や朱色を使うことがある。はっきりとした色と大胆な図案が、どんな振袖でもピタリと抑え込む。着姿をまとめてしまう力こそが、紫紘帯の最大の特徴であろう。
図案は、浮かべた橋の上に、つゆ芝を背景にした菊と桐を交互にあしらっている。このような架橋と植物の組み合わせとしては、杜若と板橋を使った「八橋(やつはし)文」が思い浮かぶ。菊と桐は高貴な花文の代表格であり、使うことで格調は高くなる。そして帯巾いっぱいに、大胆に橋を切込んでいることで、模様が立体的に見えている。
桐と菊の配色は、金・白・朱・紫・若草濃淡の五色。二つの模様の色を共通にすると、帯全体のイメージが統一され、きちっとした表情になってくる。こうした工夫が、「締まる帯姿」を形作る。
ではこの帯を合せることで、写実的でおとなしい桜楓模様の振袖は、どのように着姿が変わるのか。試すことにしよう。
模様が疎らな振袖の真ん中に帯を置くと、若緑色が映える。無地場が多いだけに、なお帯の地色が強調され、それが着姿に生きる。マンセルの色相環で対角に位置する赤と緑は「補色の関係」にあたり、互いを引き立て、目立たせるという意味では、最も相応しい色の組み合わせ。
こうして画像で見ても、キモノと帯双方ともに、色の個性を失うことなく、互いを生かし合っているように思う。そしてキモノの模様の少なさが、あまり意識されない。大胆な帯のおかげで、振袖らしい華やかさが生まれている。
前姿を作ってみた。振袖の蘇芳地色と帯の若緑地色の相性の良さが、見て取れる。前で帯の橋模様を形作ると、短冊文のような姿に変わる。伊達衿は、帯地よりも少し淡い若草色。刺繍衿は、僅かにパステル色が見える桜模様。キモノと帯の色合わせを邪魔しないように、衿元はおとなしくまとめておく。
キモノと帯の間に入る帯揚げは、双方の色の中間に位置する黄色を使う。帯〆は、帯模様に入っている橙色で。これを若緑の帯地に載せると、全体が引き締まって見える。 (絞り帯揚げ・帯〆・伊達衿・刺繍衿、すべて加藤萬の品物)
今日は、振袖にしてはおとなしい模様の品物を使い、「目立たずとも美しい姿」を作ることを試みてみたが、如何だっただろうか。装う人各々が持つ雰囲気に合わせて、どのように品物を選び、組み合わせていくかは、なかなか難しい。
振袖における着姿のコンセプトは、華やかさ、可愛さ、可憐さ、上品さ、おとなしさ、奥ゆかしさと、様々あるはずだ。そして、どこに重きを置くかによって、選ぶ品物が変わっていく。それは振袖に限らず、どんなアイテムでも同じこと。品物を提案する側の者として大切なのは、着用する方それぞれの個性を、よく理解することであろう。
最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度ご覧頂こう。
昨年、コロナの蔓延が取り沙汰されて以来、体を鍛えることの他にもう一つ、健康を保つための実践をしました。それが、禁煙です。煙草をやめたのが2月だったので、もう一年以上が経ちました。
吸い始めて40年以上。私自身、「タバコだけは絶対やめられない」と考えていましたが、この機会を逃したら、もう二度とチャンスはないと思い、禁煙外来に通うことにしたのです。そしてお医者さんの指導と禁煙薬のおかげで、無事禁煙に成功。変な話ですが、コロナは私に「健康の大切さ」を気づかせてくれました。
酒は飲めず、タバコも吸わず、もちろん女性がいるような場所には行かない。「品行方正」を絵にかいたような毎日です。こんな安心・安全な夫はいないと私は思うのですが、家内にすれば、ヒグマがうろうろする場所を好んで彷徨う人など、とても危なくて仕方が無いようです。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。