バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

3月のコーディネート  花散し小紋と牡丹唐草帯で、春らんまん

2021.03 28

全国各地で、例年より一週間ほど早く咲き始めた桜。東京では今がまさに満開で、本来ならこの週末は、絶好の花見日和になるはずだった。けれども、今だに収束しないコロナ感染は、そんな人々のささやかな春の愉しみをも奪ってしまった。

例年、花見客で賑わいを見せる上野公園や千鳥ヶ淵、目黒川沿いなどは、厳密な規制が敷かれ、座って宴を開くことを禁止するばかりか、そもそも人が集まることすら拒んでいる。もちろん、夜桜ライトアップなどされていない。これではせいぜい、歩きながら横目で花を眺めるだけだろう。感染拡大を防ぐためには、「花見自粛」を求めるしかないと判ってはいるものの、何ともやるせない春である。

 

東京は大変だが、感染者があまり出ていない山梨は、まだのんびりしている。県知事は、「経済を回すために、お花見も宴会も、大いに行って下さい」などと言っているが、住んでいる者としては、本当に大丈夫かとも思う。飲食店に対しては、県独自の基準を設定して、徹底した対策を立てているようだが、何しろ厄介なウイルスのこと故、絶対安心とはならないだろう。

バイク呉服屋は下戸なので、宴を開きたいとは思わないが、それでもそっと花を愛でるくらいなら良いだろうと思い、昨日仕事のついでに、家内と二人で桜を見に行ってきた。場所は、中央本線の勝沼ぶどう郷駅周辺で、ここには約千本の桜の木がある。

勝沼の駅は葡萄棚を見渡す山の際にあり、盆地を一望できる場所。電車の車窓から見ても、ここからの風景はとても美しい。元々この駅には、ホームの急勾配を避けるために、スイッチバックの施設があった。それが1968(昭和43)年に廃止され、ホームは一段高いところに新設されたが、その旧駅ホームや線路廻りに、地元の人々の手で桜の木が植えられてきたのだった。

 

満開の桜並木と山間の小駅、そして疾走する列車。こんな絵になる風景を一目見ようと、やってくる観光客は毎年とても多いのだが、今年は限られた地元の人しか訪れていない。周辺は桜だけではなく、桃もスモモも花を付けている。こちらも例年より早い開花で、すでに三分咲き。こうして春景色を見ていると、花見を自粛されている都会の方々には、本当に申し訳ない気分になる。

本来なら桜が咲く場所は、キモノで出かけるには、絶好のシチュエーション。国の代表花・桜と、国の民族衣装・和装の相性は悪いはずがない。ただしかし、現状の自粛ムードの中では、大手を振ってキモノを楽しむ気分には、なかなかなれないだろう。そこで今日のコーディネートの稿では、画像だけでも「浮き立つ春の姿」を感じて頂こうと、品物を選んでみた。早速、ご紹介することにしよう。

 

(サーモンピンク色 花散し模様・小紋  カナリア色 牡丹唐草模様・唐織袋帯)

前回の稿でもお話したように、春を演出する植物文の代表は、やはり桜になろう。花弁だけを図案化しても、枝と合わせて写実的に描いても、また流水や鳥、筏、扇面、幕などと組み合わせて文様を形成させても、どれもが華やいだ春の意匠となる。

けれども、桜だけが強調されると、やはりどことなく、着用する時期が限られてくるように思えてくる。特に、装うキモノと帯双方の図案ともモチーフを桜に置いた場合、その傾向は強くなる。そこで今回は、桜でありながらも、あまりこの花を意識させない図案のキモノを使い、帯には別の植物文を合せることで、桜に限定しない春の着姿を考えてみることにした。

 

(一越地 サーモンピンク色 桜花散し模様 手挿し小紋・千切屋治兵衛)

春のキモノ地色となると、どうしても、柔らかみのある明るい色を使いたくなる。桜色、浅紫色、浅葱色、萌黄色、菜の花色。赤・紫・青・黄・緑と、どの色の系統の中にも、春の気配を感じさせる色がある。優しい春の陽ざしや、心地よく吹く風、そして芽吹く花や葉色の移ろいが、人に「春らしい色とは何か」を教えてくれる。季節に相応しい色とは、人が自然の一瞬の姿を自分で感じ、切り取ったものと言えるだろう。

その意味で、僅かに黄色の気配が残るピンク色・サーモンピンクも、春らしい色の一つ。この色は、古来石竹(せきちく)色と呼ばれ、唐撫子(からなでしこ)の別名もある。石竹は、中国原産のナデシコ科の多年草で、日本の撫子より濃い色の花を付ける。

図案は、桜の花びらが数枚ずつ散らされている、いわゆる「花散し」の姿。人々に惜しまれて散りゆく桜花は、川面に浮かぶ姿として、流水や筏と組み合わせて意匠化されることが多い。この小紋のように花弁だけ、それも疎らにあしらわれることは珍しい。

花弁は多くとも五枚、あとは一、二枚ずつ間隔を空けて、散らしてある。遠目から着姿を見れば、花弁の存在感はほとんどなく、サーモンピンクの無地場だけが目立つキモノである。だからこの図案は、桜をモチーフにしていることが、あまり感じられない。

一見単純に見える花散しだが、近接して見ると、一枚一枚色の気配が違う。ほとんど白く抜けた花弁がある一方、僅かに緑の色を感じる花弁がある。色の挿し方は、縁だけに薄く色を付けたものや、暈しを入れてあるものなど、花弁ごとに違う。

遠くからでは全く気付かない「散らした花弁」の色の変化だが、それが模様に深みを与えている。品物の質から考えると、実に丁寧に作っている良品と言えよう。こうした手挿しによる小紋は、加工を施した品物ということで、「加工着尺」とも呼ばれている。こんなさりげない手間の掛け方に、老舗・千治(千切屋治兵衛)らしさが見える。

では、きちんと染められた桜花散し小紋、どのような色と模様の帯を合せれば、春爛漫の姿を演出することが出来るだろうか。早速試すことにしよう。

 

(カナリア色 牡丹唐草模様 唐織袋帯・錦工芸)

僅かにくすみはあるものの、カナリアの羽のような明るい黄色。これも、春のパステル色と言えるだろう。図案は花唐草文だが、モチーフは牡丹。蔓を付けた唐花文様の花は、菊や桐、蓮など様々あるが、元々唐から伝来した図案だけに、どれもある種の異国的感覚を持つ姿となる。

だが、この帯模様の牡丹唐草には、そんな正倉院的な雰囲気はあまり感じられず、ただただ春に相応しい帯姿に映る。それはキモノと同様に、帯模様のあしらいが密ではなく、地の部分が広く開いていて、カナリアの地色が目立つからだろう。しかも、唐草の配色がどれもパステル色ばかりなので、余計に優しさを感じる。

唐織は、経糸に生糸を使い、地緯糸を三枚綾組織(錦地)に織り込んで、緯糸二越の間に様々な色の絵緯(えぬき)糸を一越挟み込むように、織り進めていく。絵緯は文様に応じて、必要な色糸を縫い取るように織り込むが、文様で表現する色の数だけ杼(ひ)を用い、一つ一つ経糸にくぐらせ、地緯に通しながら織っていく。

この帯にも、絵緯糸が浮き上がって、まるで刺繍をしたような牡丹唐草の姿が表れている。こうした唐織特有の模様姿も、ふんわりとした春の雰囲気を感じさせることに役立っている。図案もさることながら、織り方で季節を醸し出せるとは、なかなか面白い。

袋帯ではあるが、仰々しさは全くないので、さりげなく使うことが出来る。こうした気軽な袋帯は、無地紋付や飛柄小紋、江戸小紋など、軽いフォーマルの場面では出番が多くなるはず。しかも図案が文様化された唐花なので、使い勝手が良い。では、花散し小紋とコーディネートしてみよう。

 

サーモンピンクとカナリア色。マンセルの色相環で見ると、橙系と黄色系は、隣り合わせで存在する。双方の色の気配には通ずるところが多いが、こうして合わせてみると、近しい色同士の「色のくどさ」があまり感じられず、はんなりした姿に映って見える。淡い色同士は、どのように組み合わせても、春らしくなるようだ。

花の散る中に、ふわりと浮かび上がる牡丹唐草。帯の流れのある文様が、おとなしいキモノに動きを与えている。サーモンピンクの牡丹花を前模様に出すと、春色の気配がより濃くなる。

全体のふわりとした姿を引き締めるため、帯〆にややビビッドな桃染色を使う。金と組み合わせた貝の口組を使うことで、少しだけフォーマル感が高くなりそう。この画像からは判らないが、帯揚げはチューリップ模様。着姿からは見えないものの、これを使えば、装う人の春の気分は高まりそうだ。(帯〆・龍工房 帯揚げ・加藤萬)

 

爛漫とは、花が美しく咲き誇る様子を意味するが、今日は花散し小紋と牡丹唐花の帯とで、華やかな春の装いを演出してみたが、如何だっただろうか。こうしてウイルスの蔓延が続く中では、思うようにキモノを嗜むことは難しい。

しかしいつかは必ず、終わる時が来る。北国の人は、冬が長ければ長いほど、春の暖かさを感じると言う。長いコロナの冬に耐えて、来年こそは思う存分、はんなりした春の着姿を楽しんで頂きたいものだ。我々売り手も、じっと我慢をしてその時を待ちたい。最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度ご覧頂こう。

 

年令を重ねたせいでしょうか、ここ数年は季節の移ろいが、とても早く感じられます。特にこの一年は、これまで経験したことのない「限られた日常」が続いたからなのか、何もしないまま、今また春が巡ってきたように思えます。

けれども、そんな人間のことなど全く意に留めずに、桜は花を付け、木には鳥が集います。変わらぬ自然の姿に感銘を受けるというのは、それだけ閉塞感が強いのでしょう。来年の春こそは、誰もが桜の下で笑顔になれるようにと、願うばかりです。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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