7日は、二十四節気の一つ・大雪だった。暦の上では、雪が沢山降り積もる頃とされているが、今年はまだ少ない。豪雪地として知られる北海道・幌加内や朱鞠内で70cm、青森・酸ヶ湯でも50cm程度である。昨シーズンは、日本中どこでも記録的な暖冬だったが、今年もそれが続くような気配である。地球温暖化の傾向は、いかに対策を立てようとも、もう止める術がないかも知れない。
21日の冬至までの二週間が、一年の間で最も夜が長い。朝7時前にならなければ陽が昇らず、夕方4時過ぎには暗くなる。ここのところ、全国的にコロナが再燃しており、大都市では再び飲食店などに、営業自粛が呼びかけられている。一年で一番夜の町が賑わう時期だが、今年はそれもない。ほとんどの人が家路を急ぎ、自宅に籠って長い夜を過ごすことになるのだろう。
例年だと師走は、パーティや会食が多くなり、外に出かけることが増える。キモノを嗜む方にとっても、着用の機会が最も多い季節。そこで出番が増えるのが羽織だ。すでにこの季節は、帯付きでは寒々しく映り、どうしても上に羽織るものが欲しくなる。
そこで今日は、冬に相応しい小紋、それも少し大柄な菊と桐をモチーフにした品物を選び、個性的な冬姿を演出してみたい。今年の冬は、なかなか和装で出かける機会を作り難いと思えるが、皆様には次の出番に備えて、ぜひ参考にして頂きたい。
羽織に向きそうな大柄な小紋 菊模様と桐唐草模様
体感的に羽織を着用したくなるのは、日中の最高気温が20℃を下回り始める頃で、それは11月上旬・「立冬」あたりになるだろう。それから、東京の桜が散っていく4月上旬・「清明」くらいまでが、羽織の出番となる。考えてみれば、一年のうちで5か月も使う機会あり、特に晩秋から早春までは、欠かせないアイテムと言えよう。
キモノが日常の中に溶け込んでいた70年代までは、羽織は欠かせない品物だった。その頃は暖房事情が悪く、今のように家が外気を遮断する構造になっていない。防寒面から考えても必需であったが、家庭でキモノを着用する習慣が消えてからは全く廃れ、ほとんどその着姿を見ることがなかった。
だが、平成になって、少しカジュアルキモノが見直されるとともに、街で羽織姿を見かけるようになる。そしてその多くは、大正期に流行った長い丈のものだった。こうした傾向は今なお続いており、うちで受ける羽織の注文も、ほとんど2尺4寸以上の長丈である。だから必然的に、着尺(キモノ用)を使わなければ寸法が足りず、ほとんどの羽織は、小紋で作る。
そこで、今日ご紹介する長羽織用の小紋だが、街歩きの時に目立つような、少し大胆で大柄のものを選んでみた。合わせるキモノは大島。織のキモノと合わせると、より冬らしい羽織の良さを演出出来ると思うが、どうなるだろうか。早速試してみよう。
(鬼シボちりめん 団栗地色 大菊模様 小紋・菱一)
秋から冬をイメージすると、やはり深くてくすみのある色を使いたくなる。この小紋の地色は、焦げ茶に黄土を混ぜたような気配で、玉ねぎを焦した時の飴色のような、また団栗の皮のような渋みのある色。いずれにせよ、深くて落ち着きのある色合いだが、どことなく温かみも感じる。
ご存じの通り江戸幕府は、度々奢侈禁止令を出して、贅沢な施しや華やかな色の衣装を着用することを禁じた。そのため庶民が着る色は、茶や黒、鼠など地味で目立たない色に限定されていたが、人々はそんな制限下にあっても、明度や色相が僅かに異なる色を見分けながら、自分なりのお洒落を楽しんでいた。当時は、「四十八茶、百鼠(茶色は48種類、鼠色は100種類)」と言って、茶系と鼠色系が最も細分化されていたが、この小紋の団栗色も、そんな茶系色の一つである。
画像でも判るように、生地の表面にシボが立っている。これは縮緬生地の中でも、最も撚りが強い糸を使って織り込んでいるために、それが細かい波のような皺となって、生地に表れてくる。
このような大シボ縮緬を「鬼シボ」と言うのだが、着用してみると、どっしりとした質感を感じる。おそらく柔らかみのある生地に、ぽったりと包まれるような着心地になるだろう。重い生地なので、自然と下に垂れるような形となり、羽織姿をより強調する。こうしたちりめん生地の小紋は、その特徴から、しばしば羽織用として使われる。
反物巾いっぱいに、大きな菊の花があしらわれる。メインの花弁と葉には疋田を使い、図案の間は、沈んだ紅色と芥子色の花で埋めている。菊の図案として、これほど大胆で大きい姿は珍しい。個性的な小紋で、キモノにすると相当目立ちそう。
衿を作り、羽織の姿にしてみた。キモノでは、着用する方の体格を選ぶことになりそうだが、不思議に羽織だと、模様の大きさがあまり気にならない。
合わせたキモノは、井桁と菱の小絣・白大島。羽織の地色より薄い、優しい色のキモノに合わせると、大胆な菊模様と鬼シボ生地の質感が、前に出てくる。帯は、二つの菊色(渋い紅・芥子)のどちらかを使うと、上手くいくように思うが、出来るだけ模様をシンプルにする方が、大胆な羽織柄が着姿に生きてくるだろう。
(一越生地 抹茶色 桐唐草模様 小紋・菱一)
もう一つの小紋は、同じ縮緬系でもシボが細かい一越生地。地色は抹茶色に白を混ぜたような、薄く柔らかい色。図案は桐だが、間を唐草で繋げているので、流れのある意匠になっている。先ほどの鬼シボ菊と比べると、地色も模様もかなりおとなしい。
本来桐は、初夏に紫の花を付けるが、花札では「ピンからキリまで」の語呂に合わせて、12月の花となっている。だが文様としての桐は、天皇の紋章として高貴な図案と意識されてきたために、季節感とは離れたところにある「特別な花」だ。これは菊紋も同じことだが、桐の方が特別感が強いように思える。
同じ縮緬でも、表面に全くシボは見えない。一越生地は、経糸は平糸で、緯糸に右撚り・左撚りの強撚糸を「一越(一本)ずつ」交互に織り込んだもの。縮緬生地の中では最も使い道が広く、キモノ地だけではなく、襦袢地や半襟、帯揚げにも見られる。
この細いシボの生地を使うと、重々しくならず、さらりとした羽織姿になる。最初の大菊羽織は、ポッタリとした鬼シボの風合いから、真冬の着用に相応しいと思えるが、この桐唐草だと、生地の軽さや地色の雰囲気から、早春をイメージする羽織になりそう。
桐唐草の挿し色は、花の中心にある紅色の点だけ。この赤があることで、模様が引き締まり、古典的な桐図案をモダンな姿に変えている。こうした僅かな施しが、品物全体の雰囲気を支配することがある。
羽織衿を作って形にしてみると、予想以上に桐唐草の繋がりが目立つ。また桐花の赤もインパクトがある。地色のはんなり感はあるものの、しっかりと図案が主張していて、かなり個性的な羽織になるだろう。
赤と深緑を花に配した、泥大島を合わせてみた。写す時の光の加減で、羽織地色が実際より薄くなってしまったことを、お許し頂きたい。こんな深い色のキモノでも、この羽織を使うと途端に着姿が優しくなり、何か春めいてくる気がする。
小紋を仕入れる時には、「これは羽織に向く」と考えながら選ぶ品物がある。今日ご紹介した二点が、まさにそれにあたるが、キモノには大胆すぎて躊躇する意匠でも、羽織では違和感なく使えるものがある。それがまさに、「羽織として誂えてこそ、生きる図案」なのだ。
だが実際の商いでは、こうした売り手の思惑が外れることがよくある。この桐唐草小紋は、仕入れてから少し時間が経っていたが、ブログで紹介するのを待っていたかのように、一昨日買い手が付いた。しかも羽織ではなく、小紋として。そして昨日、違うお客様が来店し、この小紋が売れてしまったことを残念がっていた。何年も棚に残っていた品物が、急に脚光を浴びるとは、何とも不思議な呉服屋商いである。
今日は、冬を彩る小紋羽織を二点、ご紹介した。普段はキモノと帯、そして合わせる帯〆と帯揚げのコーディネートを考えるのだが、そこに羽織と羽織紐が加わると、より悩ましくなるかも知れない。だが、「羽織ならではの柄行き」も存在し、それを思い切って試してみると、品物に対して新たな視点が生まれるようにも思える。
和装の機会が限られる昨今だが、冬の楽しみとして、大いに羽織を活用して頂きたい。最後にもう一度、二点の小紋羽織姿をご覧頂くことにしよう。
最近あるお客様から、リモートで仕事をする時には、キモノを着ているという話を聞きました。外に出かける機会が極端に減っているので、せめて家で着ていたいとのことですが、良い気分転換になるそうです。
何時もなら、人と会う機会が増える年末・年始。今年はすっかり様変わりして、家族以外の人と接することは、無いのかも知れません。そこで、もし余暇があれば、ぜひ「家でのキモノ」をお試しになって下さい。一日をキモノで過ごしてみると、生活に根付くキモノ姿とは何かが、判るかも知れません。皆様には、コロナ禍を逆手に取り、着用の場を日常の中に広げて頂ければ、と思っています。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。