バイク呉服屋の忙しい日々

にっぽんの色と文様

「古くて、やがて新し。」  竺仙のポスターで、夏姿を辿る

2020.08 18

すでに多くの人たちにとって、世間の出来事を知る手段は、テレビかネットで十分だろう。特に30代以下の若者は、スマホさえあれば、何もいらないはずだ。インターネットという情報媒体の出現は、従来の人々の行動を大きく変え、活字離れを引き起こした。結果として、このところの新聞や書籍の衰退は、目を覆うばかりとなる。

けれども、「紙媒体」が全て無くなるかと言えば、そうでもない。電源を入れずとも、すぐページをめくり、好きな個所から読むことの出来る利点は、スマホより便利に思える。そして何より、「リアルに読んでいる感」が良い。私のように老年の域に差し掛かった者は、ネットだけで十分とは、なかなか思えない。

 

さて、こんな理由で毎朝読む新聞だが、曜日によって折込広告の量が違う。例えば、この盆休み前の週末の朝は、スーパーや大型電気店、紳士服店など多くのチラシが入った。新聞折込は、かなり使い古された宣伝方法なのだが、無くならないところを見ると、まだそれなりに効果はあるらしい。最近こそ、得意客にメールでセールを知らせる店も増えているが、アナログ宣伝も未だに健在である。

では、このような消費者に向けた広告は、いつから始まったのだろうか。調べて見ると、ある呉服屋の宣伝文句に行き着く。それは、「現金安売り、掛値無し」。越後屋は、この文句を札に書いて、江戸近在の十里四方に撒いたとされるが、この札が「引き札」である。客の気を惹くとか、客を引っ張ってくるという意味で、この札の名前が付いたのだが、これが広告チラシの原点である。

それまでは、年に一、二度払いの掛け売りがほとんどで、価格もきちんと提示されておらず、不透明。だから呉服屋と取引できるのは、一部の富裕層に限られていた。それを、現金売りと値引き交渉のない「正札販売」としたことで、一般の人も安心して買い物が出来るようになり、これを契機に越後屋の商売は大きく飛躍した。

 

情報媒体が多様化した現代でも、商品宣伝のうたい文句・キャッチコピーの出来は、品物の売れ行きを左右する。消費者をいかに惹きつけるか、そしてどうしたら社会にインパクトを与えることが出来るか。テレビCMを始め、ネット広告、新聞や雑誌などのグラフィック広告に至るまで、コピーライターに与えられた責務は重要だ。

無論、広告主の意図を理解して、文言を考えなくてはならないが、より以上に商品の知識や背景、モノ作りの過程など、様々なことにかなり深い理解が必要となる。その上に立って、品物のコンセプトを短いフレーズの中に含ませる。鋭い感覚と洞察を求められることこそが、ライターの仕事と言えよう。

 

毎年夏が来ると、このブログでは、数多くの浴衣を取り上げる。ほぼすべては竺仙の品物だが、この会社では毎年ポスターを作っている。そしてキャッチコピーと共に、モデルの女性は、その年のコンセプトにふさわしい浴衣を着用する。

今日は、バイク呉服屋が夏休み中ということもあり、保管しているここ十年のポスターを見て頂きながら、これまで竺仙が目指してきた浴衣のコンセプトを考えてみよう。

 

竺仙・夏の浴衣ポスター。毎年浴衣の雰囲気に合わせて、モデルさんを選んでいる。

現在、うちに残っているポスターは13枚ほど。竺仙は、Webを2006(平成18)年に開設し、同時に年ごとの浴衣ランキングを発表しているが、このポスターも時を同じくして製作されたものがほとんどである。では、なるべく古いものから順に、紹介することにしよう。

 

「江戸好み涼衣」 藍地綿紬 万寿菊  年代不明だが、15年以上前か。

残るポスターで最も古いものが、この万寿菊。少し艶っぽいモデルさんが着用した万寿菊は、テーマの「江戸好み」に相応しい。

ネップ糸の織ふしが入った自然な生地感。菊にも唐傘にも見える図案は、小粋で江戸の風情を強く感じる。この型紙は、様々な生地や地色に使われているが、この藍紬が一番涼しげ。団扇を片手にするポスターの女性は、明治の洋画家・黒田清輝の代表作・「湖畔」のモデルをイメージさせる。

こちらの二点は、同じ菊唐傘の型紙を使い、花芯に僅かに色を挿した白地綿絽と、深い褐色で白抜きの綿絽。上の綿紬とは、少しイメージが変わってくる。

 

「ゆかたは竺仙」 クリーム色コーマ地 萩模様  これも15年以上前。

この頃はまだ、ポスターにコピーを打っていない。ただ、「ゆかたは竺仙」とあるだけで何の工夫も無い。だが今こうしてみても、この萩図案と配色は実に秀逸。萩の先端に僅かに挿した橙と紺暈しの葉が、モダンな印象を与える。

私はこの萩浴衣が好きで、10年以上続けて毎年仕入れたが、最近は見ない。何年か前に、同じ図案で挿し色のないものを見かけたが、これとは全く別物だった。ぜひ、もう一度製作して欲しい浴衣。

 

「布がちがう 染がちがう」 綿紬玉むし 萩模様 2006年 モデル・吉瀬美智子

萩は、ポスター柄として最も多く使われているが、上の萩とはまたイメージが違う。生成色の紬地に、赤紫と黄緑暈しで萩をあしらう。黒地の首里道屯帯を合わせたことで、より現代風の着こなしになっている。コピーは、竺仙が持つモノ作りへのこだわりを、端的に表している。

 

「自信のすがた」 白地綿絽 萩模様  2014年

これもモチーフは萩だが、前の二点と比べると図案が写実的で自然な花姿。これが、着姿を優しく見せる。そして、深紫のグラデーションをほどこした麻半巾帯を合わせることで、清潔で爽やかな着姿になる。モデルさんの黙想した姿が、この組み合わせには似つかわしい。

 

「風のゆくえ」 群青色地綿紬 菖蒲模様  2007年 モデル・入山弘恵

竺仙にしては珍しい、群青色の綿紬地。菖蒲の花は大胆に図案化され、パステル系の色を挿す。浴衣としてオーソドックスなモチーフを、若い感覚で着こなしてもらいたいというコンセプトが、図案と配色からも判る。「風のゆくえ」というコピーは、時代の変化と共に、意匠を変化させることを「風」に擬えているのだろう。

 

「日本橋 夏小町」 白コーマ地 菖蒲模様  2018年

一昨年のポスター柄も、菖蒲。撮影は、数年前からスタジオではなく、外で行うようになった。この場所は、日本橋夏小町のコピーで判るように、日本橋のたもと。上の綿紬よりも、花が自然な姿で描かれているので、大人っぽく見える。鮮やかな黄色の半巾帯が、姿を引き締めている。

菖蒲も浴衣図案としては、定番。画像で左の浴衣は同じ白コーマで、垣根を一緒にあしらい、花が小さい。墨描き風だが、先端に黄土色の挿し色があり、アクセントになっている。真ん中の褐色コーマに白抜き菖蒲は、花だけを取り出した面白い図案。オーソドックスなモチーフでも、葉や茎を付けないだけで、個性的な姿に変わる。

 

「自然風」 白地綿絽 石蕗(つわぶき)模様  2008年

石蕗は馴染みの薄い植物だが、葉が大きいので、浴衣図案として見映えがする。黄色の花を咲かせるので、所々の挿し色にも黄色を使う。そして黄色と山吹色のグラデーションの付いた帯で、色を浴衣にリンクさせる。こうすると、着姿に統一感が出てくる。

左は同じ型紙を使った、挿し色の入らない石蕗コーマ。褐色と白のシンプルな葉模様だけに、帯次第でいかようにも着姿を作ることが出来る。

 

「不易流行」 藍地綿紬 正倉院花菱文様  2009年

これまで培ってきたことに固執せず、新しいことを取り入れて、より高みを目指す。この「不易流行」こそが、竺仙が求め続ける仕事の姿勢であろう。このモチーフは、浴衣には珍しい幾何学文・正倉院花菱だが、こうした伝統的な図案を取り入れながら、新しい意匠とする。つまりそれは、「不易流行」の体現である。

画像の左は、同じ型紙で褐色白抜き。右の藍綿紬と比べて、硬い印象を残す。

 

「時代」 綿紬玉むし 撫子模様  2010年

綿紬地に多色使いの玉むし浴衣は、やはり今風に見える。モチーフの撫子がかなり図案化されていて、一見唐花にも見える。帯に市松麻の濃ピンク暈しを使い、可愛さをアピール。これならば、「古くさい」とは言われまい。「時代」というコピーには、時代に即応する、あるいは時代を越えてモノ作りをするという「作り手の意思」が込められているのだろう。

 

「竺仙の染ハ 粋ひとがら」 白地綿絽 市松取唐草模様  2013年

このポスターのコピーには、「粋ひとがら」とあるが、この浴衣は市松に区切った中に唐草をあしらう、どちらかといえばモダンな意匠。ポスターの品物とコピーの文言が、少し離れている。浴衣があか抜けた図案だけに、少し惜しい。帯も、浴衣挿し色の臙脂などを使い、もう少し着姿に色の気配を出して欲しかったと、私は思う。

 

「ゆかたで一服」 白コーマ地 菊模様  年度不明

保管していたポスターの中で、この浴衣だけは記憶がない。ポスターが残っているので、店で扱ったことは間違いないのだが、年度はわからないままだ。だが、浴衣は可愛く清涼感もある。図案化された大きい菊に、青と朱の挿し色。レモン色の半巾帯も若々しい。きっと店に長く置く間も無く、早々に売れてしまったのだろう。

 

「私のお気に入り」 綿紬玉むし 蜻蛉に波文(琉球絣風)  2014年

面白く図案化した蜻蛉と波。全体からは、琉球絣をイメージさせる模様で、とても個性的な浴衣。蜻蛉の羽の緑色が、とても良い。浴衣というより、夏キモノに見える。帯を羽の色に合わせ、ペパーミントグリーンの麻無地にしたところが秀逸。これも、足が速かった品物だが、どなたに求めて頂いたのか、もう覚えていない。

自由闊達で、やや「おきゃん」な女の子が似合いそう。このモデルさんにも、そんなイメージがある。ポスターでは、着手と着姿がマッチすることを何より求められるはず。

 

「江戸の涼風」 白地綿絽 市松取壺垂れ(波)模様 2017年

2013年の品物と同様に、これも市松取の中に模様を入れた図案だが、白抜きの壺垂れ(壺に釉薬が流れた姿の模様)、あるいは小波に見える図案なので、粋な姿に映る。挿し色が入っていないことで、江戸っぽくなる。明るい橙色の帯で、若さを表現する。私は、こうした伝統図案と派手色帯の組み合わせが、一番好きかも知れない。

 

「まぼろしの江戸」 褐色コーマ地 瓢箪模様  2019年

昨年のポスター柄も、シンプルな白抜き褐色の伝統模様。瓢箪は水入れとして、江戸庶民の身近な道具だった。そんな浴衣に、可愛いサーモンピンクの首里半巾帯を合わせている。これも上の白地絽市松と同様に、伝統柄と派手帯のコーディネート。このポスターからは、こうした着方を若い人に勧めようとする竺仙のねらいが見て取れる。私も、このコンセプトは大賛成だ。

では最後に、究極の「伝統模様と無地帯」を使った格好良いポスターを、ご覧頂こう。

 

「ゆかたの森林」 紺地コーマ 縞模様  年度不明だが、かなり前。

男女どちらにも向く、紺地細縞。これぞ粋の代表格で、江戸の雰囲気をそのまま着姿に映し出す。特に、このようなみじんに近い細縞は、遠目からは無地にしか見えず、まさに「色で着る大人の浴衣」である。そして、橙色と黄色のグラデーション帯を、キリリと締める。この帯は、女性らしさと粋姿を両立する、大きなポイントになっている。

近接すると、縞の間隔がよく判る。このような縞柄は、型紙を起こすこと自体が難しく、熟練した職人の技を必要とする。今は見本帳の中にも、こんな縞モノはないので、もう染めてはいないのだろう。以前竺仙の営業マンに、縞柄を作るよう勧めたものの、型代や染代を考えたら、採算を合わすことが難しいらしい。浴衣は型が命なので、破れて使えなくなれば、同じ品物を作ることが出来ない。この先職人は枯渇し、竺仙も余分な経費は使えないだろうから、良質な浴衣はいつまで残れるのか、とても心配になる。

 

今日は、竺仙のポスターを通して、ここ十年来の浴衣の変遷を追ってみたが、如何だっただろうか。改めて、一点一点を見ていくと、モチーフはそう変わらないことが判る。けれども、図案を工夫し、挿し色を考え、生地質を精査しながら、伝統の技を進化させていることが判る。

つまりは、先述したように、「不易流行」が竺仙の最大のコンセプトなのだ。これをバイク呉服屋流にコピーすると、「古くて、やがて新し。」となる。来年のポスターでは、ぜひこの文言を採用して頂きたいが、どうだろうか。

 

越後屋は、キャッチコピー「現金売り掛値無し」で、社業を大きく発展させますが、これ以外にも様々な宣伝文句で、消費者の心をつかんできました。例えば、「小裂何程(いかほど)にても 売ります」とし、それまで反物でしか品物を売らなかった呉服屋の慣習を変えて、「切り売り」に応じました。庶民は、こうした店の姿勢を熱烈に支持したのです。

それは明治となり、「三越」と名前を変えても、時代に応じたコピーで、消費者の心をつかみます。大正の初めに流行した「今日は帝劇、明日は三越」は、三越が上流階級ご用達の店と認識された証であり、世間からは否応なく「高級店」と意識され、庶民にとっては「憧れのデパート」となりました。

時代が進み、百貨店不況が続いた平成期には、ライバル伊勢丹と合併します。現在のキャッチフレーズは、「飾る日も、飾らない日も、三越と」。晴れの日で使う品物も、褻(日常)の時のものも、三越伊勢丹には何時でも揃っているということでしょうか。

 

そして現在、思いもよらぬ感染症の流行により、人々は外出することすら控えるようになってしまいました。これからリアル店舗は生き残れるのか、という根本的な課題に、今すべての小売業が直面しています。私としては、「飾る日も、飾らない日も、ITで」となって欲しくはありませんが。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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