バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

双子の女の子のために、桜と桃のオリジナル小紋を創る  製作編・1

2019.11 23

どんな仕事でも同じだが、経験を積むことは何より大切であろう。新人の頃、全く見えていなかったことでも、年を経るごとに理解が深まり、それはやがて、道を究めたオーソリティとして地位を築くことに繋がる。やはり、失敗も成功も知り尽くした人は、余人を持って変え難い人材となる。

もちろん、呉服業界での仕事も同じだ。我々のような小売屋であれ、職人であれ、メーカーの社員であれ、長く仕事に携って仕事の場数を踏んだ人は、臨機応変の対応力が違う。そして昨今、若い人がほとんど入ってこないこの業界においては、こんなベテランの力はとても貴重だ。

 

呉服屋として、きちんと品物を扱うことが出来るまでには、最低でも10年は必要かと思う。バイク呉服屋も、仕事で困ることが少なくなったのは、40歳を過ぎてから。品物のこと、直しのこと、お客様の好みを把握すること等々、請け負う仕事全ての面で、自信が付き始めるまでには、15年以上を要した。

これは、小売屋に品物を繋ぐメーカー問屋の社員も、同様である。商品知識やモノ作りの智恵を身に付けないうちは、営業はもちろんだが、商品開発など到底無理だ。さらに、小売店が扱う品物には店ごとに特徴があり、主人の好みもまちまち。これを把握しないうちは、いくら会社に品物が置いてあっても、売り捌くことは難しい。だから、経験豊富な社員は貴重であり、多くの問屋では60歳を過ぎた人たちが、現役として大勢働いている。

そんな訳だから、有力なメーカー問屋が廃業したり破綻した場合、その社員達は、業界内の他の問屋に再就職するケースが多い。培った知識があり、また長い時間をかけて小売屋との信頼関係を築いた人材は、他の会社としても、喉から手がでるほど欲しい。一人前に育て上げるまでに、時間がかかる業界だけに、なおのことである。

 

今回、この桜と桃の小紋を製作するにあたり、その橋渡しをしたのが、一文(いちぶん)という京都の染めメーカー。創業は、1717(享保2)年というから、かなりの老舗になる。

実は、このメーカー問屋とは、これまで取引が無かったが、この春廃業した菱一の社員だったT君が、この会社に再就職した。彼は長い間、菱一で商品開発と仕入れを担当していて、モノ作りの現場とパイプを築いてきた人物。バイク呉服屋も、菱一時代にはかなり世話になった。その彼が、5月頃うちの店にやってきて、「今度、一文さんにお世話になりますので、何か用事が出来たら声を掛けて下さい」と挨拶していった。

だから、この桜と桃の小紋を探す時には、当然彼にも声をかけていたが、最初の返事は、まず見つからないだろうとのことだった。だが、それで終わりにせずに、品物を探し続け、そして最後は「オリジナルを創る」ことに行き当たったのだ。これはもちろん、彼だけでなく、一文という会社として、この桜と桃の小紋創りに協力して頂いたことになる。

双子の女の子が誂えた桜と桃の小紋。今日からは、製作編として話を進めていく。さて、どのような品物に仕上がったのか、ゆっくりご覧頂くことにしよう。今回はまず、桜編から。

 

完成した桜の小紋

本格的に品物を製作するに当たっては、職人とのコミニュケーションは欠かせない。前回、バイク呉服屋とお客様が考えた雛形はあるものの、これを踏まえた上に、これまで培った職人の経験を加味しなければならない。持っている技術を品物にどのように反映するかは、職人でなければ判らない。

草案編でご覧頂いた私の設計図は、それこそ稚拙なものであり、あくまで「このような雰囲気にしたい」という希望の範囲を出ない。そこで、まず私の図案を叩き台にして、改めて職人に草案を描いてもらうことにした。

 

3パターンの桜図案を、反物の中でどのような間隔で配置するか、反物と同じ巾の紙を使って描く。桜図案は、私が設計したものを、出来るだけ踏襲して頂いた。小紋なので、3パターンを一組にして、反物全体に表現することになる。

蕾を持った花、花びらを散らした2つの小花、5枚の花びら。それぞれの桜図案をどのように描くかは、職人の感性による。下絵から糸目糊置きと全てが手仕事なので、この原図と同じように、桜一枚一枚に、微妙に違う表情が表れてくるだろう。

職人から送って頂いた草案は、原図を出来る限り尊重して考えられている。それは職人さんが、私とお客様の気持ちに寄り添った証左と言えよう。その気持ちは本当に有難く、「ぜひこの図案のままで」と製作をお願いした。

 

描いた下絵を、丁寧に糊で伏せている。職人から、取り次いだメーカー・一文の担当者へ、そして私の所へと、順次仕事の様子が画像で送られてくる。私も、この画像をそのままお客様に送り、実際にどのように品物が創られていくのかを、実感して頂いた。

模様を糊で伏せ、その後に地染めをした姿。予め、見本帳の番号で色を指定していたが、こうして実際に生地に染めてみなければ、イメージとした色になっているか確認できない。また、模様が白く抜けたままなので、挿し色と地色のバランスが実際にどうなるのかは、まだ判らない。

職人は、こうした心配を察して、模様の挿し色見本も送ってくれる。桜の縁取りは、色のパターンを変え、一方は暈しを使い、もう一方は一色で染めている。手挿しでなければ出来ない工夫。

このように仕事を進めるごとに、その状況を知らせてくれると、依頼した側は、否応無く期待が高まる。そしてそれは、作り手と依頼者、そして間を取り持つメーカーとが一体となって、モノ作りに取り組んでいることを実感させてくれる。では、どのようにこの桜小紋が完成したのか、仕上がった姿を見て頂こう。

 

柔らかなサーモンピンク地に、桜花を散りばめた小紋。花びらの優しい桜色を生かすために、地色にサーモン色を使ったが、やはり正解だった。地色と模様挿し色に、僅かに差が付いていることで、図案が埋没することなく、豊かな表情となる。二枚の花びらと、花の萼、そして蕾にあしらった赤が印象的。この色がアクセントとなり、全体の色が平板にはならず、可愛さも増す。

地色のサーモンピンクより僅かに薄い色を、花びらの内側に暈す。蘂の小さな丸は一つ一つが不揃いで、手描きの表情が表れる。その蘂と蕾は赤、また蘂の中心と蕾の茎は若草色。図案の部位ごとに色の相関性を持たせると、全体を見た時に模様の統一感が出て来る。

5枚の花びらを、一つの図案として見立てた。僅かに大きさを変えて、挿し色も微妙に違える。色は、やはり地色と同系濃淡であしらうが、ここも先ほどの花暈しと同じ色を使って、相関性を持たせる。

二枚の小花と、二枚の散り花びらを組み合わせた図案。二枚とも花びらには暈しが入っているが、双方で暈す位置が違う。

大きな花びら図案には、蕾が一つのものと二つのものとがある。僅かな違いではあるが、模様に広がりが出来る。赤い蕾が印象的なだけに、結構目立つ。こうした少しの工夫にも、多くの仕事を手掛けた職人の経験が生きている。

こうして、桜を散りばめた小紋が仕上がった。図案、地色、挿し色とその全てが、お客様と私が考えた以上の出来映えになったように思う。あくまで優しく、愛らしい。これこそ、二点と無いオリジナルな品物である。

 

さて、仕事はこれで終わりではない。今度は、初宮参りの産着・八千代掛けとして、誂えなければならない。これまでブログで何回か御紹介しているように、うちで作る掛着は、一切鋏を入れずに仕立て上げる。これは、後に三歳、七歳、十三参りと、その節目ごとに、寸法に合わせて使うことを考えての工夫になる。

現在、この裁ちの無い八千代掛けを縫うことが出来る和裁士は、多くない。だが幸いなことに、うちの店には、子どもモノ全般を得意とする中村さんという職人が居てくれる。彼女の存在があるからこそ、こうした仕事を請け負うことが出来る。ここにも、技術を持つ職人の姿がある。

八千代掛けとして仕上がった、桜のオリジナル小紋。

身頃、袖、帽子と、各々の箇所ごとにバランス良く模様を散りばめて、誂えてある。両袖と身頃は、出来るだけ同じ位置に同じ模様が見えるように、工夫されている。

最終形に仕上げてみると、改めて図案と配色の斬新さがよく判る。仕立てを請け負った中村さんは、あまりの出来上がりの可愛さに、思わず写真を撮ったと言う。仕事を渡すときには、この小紋がどのような品物か、伝えていなかったが、オリジナル品と聞いて、とても驚いていた。和裁士にしても、創る力を再認識したようだ。

彼女とこの小紋は、これから3年後、7年後、13年後と、長い付き合いになる。こうして私と同様に、縫う職人も、一つの品物に関わり続けることになる。これこそが、和装本来の仕事の形なのではないだろうか。

 

お客様から依頼を受けて、半年。紆余曲折を経ながらも、ようやく完成に辿り着いた。最初は桜と桃の小紋を探すことから始まり、それが難しいと判って、一時はすでにある品物で代用することも考えたが、多くの方々の協力を受けて、こうして納得のいく品物を作り上げることが出来た。

今回の仕事は、「諦めなければ、どこかで道が開ける」ことを、再認識させてくれた。そして改めて呉服屋の仕事とは、モノを間に置きながら、人と人を繋ぐことなのだと思う。呉服屋として30年以上経つが、まだまだやれることはあるように思える。次回は、もう一つの桃小紋・製作編をお伝えすることにしよう。

 

積み重ねた経験とは、難しい場面でこそ、より生かされるように思います。今回のような難しい依頼があればこそ、皆で智恵を絞り、一つの目標に向かって真摯に仕事に向き合います。

創った職人、橋渡しをしたメーカー、呉服屋、和裁士、そして依頼されたお客様。今回、この品物に関わった全ての人が、仕上がりを喜ぶのと同時に、二人の女の子の微笑ましい着姿を思い浮かべます。

依頼されたご両親は、娘さんが成長するごとに手を入れて使うこの品物を、ずっと大切にされることでしょう。そしていつまでも、誂えた日のことを忘れないと思います。もちろん、私も同じです。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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