バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

「抱巾」について、考えてみる  胸元を整えるために必要な寸法勘案

2019.09 03

キモノの誂えを依頼された時には、店の名入り伝票に、お客様の寸法を記して、和裁士に渡す。この寸法票は、呉服屋の日常仕事には欠かせない道具を専門に扱う「用度屋」にも置いてあるが、多くの店は、独自に作ったオリジナル伝票を印刷して使っている。

この伝票に記載する寸法箇所は、キモノを誂える時に必要な身丈・袖丈・裄・前巾・後巾・袖口・袖付・肩巾・袖巾・褄下・衿肩あき、繰越。そして、帯を仕立てる時に必要な、帯丈や帯巾。さらに長襦袢丈やコート丈、羽織丈、乳下がりがあり、紋名を記すスペースもある。また摘要欄があり、ここには、キモノやコートの衿の型や身長を記したり、特に注意すべき事項があれば、それも書き足せるようになっている。

 

この伝票は複写になっていて、一枚は店に残し、もう一枚を和裁士に渡すことになっているが、現在店に残っている最も古い寸法伝票は、昭和46年のもの。昭和34年生まれの私はまだ小学生で、この時代は、祖父と父とで仕事をしていたはずだ。

以来半世紀、残された伝票は250冊以上にもなる。伝票一冊のページ数は100枚なので、単純に計算すれば、2万5千点もの誂えを受けたことになる。また、一人の人が同時に何点もの品物を依頼することがあり、総点数は、3万点を越えているだろう。

この伝票からは、時代ごとに、祖父・父・私が受けたそれぞれの仕事が見えてくる。誰が、どのお客様に、何をお売りしたのかが判るもので、まさに、店の歩みそのものが、この紙の中に凝縮しているとも言えよう。

 

呉服屋が扱う品物のほとんどは、誂えを必要とする。誂えとは、注文通りに作るとか、「別注品」の意味を持つが、呉服屋の誂えは、お客様それぞれの寸法に合わせて作る、まさに特別な品物である。

であるから、寸法を違えることは許されず、万が一にも着用出来ないような品物を作ってしまえば、何もかもがぶち壊しになってしまう。無論、代金を頂くことなど出来ない。いくら上質な品物を扱っていても、この「誂え」が上手く行かない限り、きちんと仕事を全うしたことにはならないのだ。

そして、着用に不自由の無い寸法になっていれば、それで良いというものではない。いかに着やすい仕立になっているか、あるいは、きれいに着用出来る寸法になっているか、ということが大切になる。そのためには、体型に応じた仕立が必要であり、寸法の工夫や微調整が求められる。

今日はこの、人それぞれの体型に応じた「僅かな寸法の工夫」を、どのように行っているのか、「抱巾」という寸法箇所を通してお話してみたい。

 

キモノ抱巾(だきはば)の位置は、身八つ口の最下部・身八つ止まりと衽付けまでの横幅を指す。判り難いが、上の画像・尺メジャーの0の位置が、抱巾の衽側の端。ここから、メジャーを置いた身頃の端までの長さが、抱巾となる。

 

私がお客様の寸法を測る時、お客様の好みで決められるコートや羽織の丈は別として、実際にメジャーを当てて採寸するのは、長襦袢丈と裄の寸法だけである。襦袢は、キモノのようにおはしょりをせず、対丈(つったけ)で着用するので、長さをきちんと測らないと正確な寸法が出て来ない。また裄は、なで肩の方、いかり肩の方、そして小柄でも手が長い方など様々であり、体型を見ただけでは割り出すことができないので、やはり測る必要がある。

この他の寸法、例えば身丈や身巾などは、体格を拝見するだけで判るので、この寸法を得るために、どこかを測ることは無い。例えば、身長が160cm程度だと、身丈は4尺3寸が基準となるが、その人の体型を勘案して、上下に5分程度変える。また身巾は、普通体型の寸法が、前巾6寸・後巾7寸5分だが、ウエストやヒップのサイズなど測らなくても、その方の姿を見れば、ほぼきちんと割り出すことが出来る。

この体型を見ただけで、寸法を出すということが、誂えを請け負う呉服屋には求められる。実際に仕立をする和裁士は、依頼するお客様の姿を見て、採寸することはなく、すべての寸法は呉服屋の指示による。だから、着用する方の体型に合う、間違いのない寸法を割り出す呉服屋の責任は、重大である。

今日御紹介する「抱巾」は、寸法伝票の項目から外れることが多く、見落とされがちな箇所である。けれども、この巾を着用する方の体型に合わせて調整することは、胸元を美しく見せることに関して、重要な役割を持つように思える。ではこの、体型に合わせる寸法の工夫とはどのようなことか、具体的に話を進めることにしよう。

 

抱巾は、キモノの前身頃の巾(前巾)の上部にあたる。この絞りの浴衣は、家内が着用している品物だが、上の画像で判るように、前巾寸法は7寸になっている。

家内の身長は166cm。若い頃はかなり痩せていたので、以前の前巾は6寸5分だった。これでも標準寸法より5分広いが、体重の割にはヒップが大きかったので、広めに作る必要があった。しかし、年齢を経て体重が増したたために、さらに巾を広くしなければ着難くなったので、5分広げてこの7寸になった。なお彼女は、最近ジムに通って8キロほど体重が落ち、今度はこの前巾寸法では広すぎるようである。

では、抱巾はどうなっているか。測ってみると、6寸6分である。これで、裾では7寸だった前巾が、4分詰まっていると判る。通常抱巾は、この仕立のように、前巾から3~4分(約1。1~1.7cm)程度詰めた寸法になっている。

家内の体型は、腰周りは広いが肩や胸に肉がなく、バストも小さい。だから、前巾7寸の寸法をそのまま胸まで同じに付けてしまうと、広すぎてどうしても生地にぶかぶかと遊びが出来てしまう。つまりは胸元が収まり難く、これがシワやキモノがだぶ付く原因となり、ひいては美しく着こなすことが難しくなる。だからこのように、胸の辺り=抱巾で、寸法を詰める必要が出て来る。

抱巾をこのように詰めるか、それとも詰めずにそのまま通して付けるかは、それぞれのお客様の体型を見て、判断することになる。中にはきちんとバストサイズを測る、あるいは本人から聞いてから、抱巾寸法を勘案する店もあると思うが、私は見た目だけで判断している。

 

キモノの仕立は、直線に裁って直線に縫うのが基本で、当然背や脇は直線に縫ってあるが、こと衽と前巾に限っては、布端から1~2cm深い位置で、内側に斜め直線で縫われている。

前身頃の巾と前衽の巾は、キモノの上に行くほどに、斜めに縫われており、その巾は次第に狭くなる。今日は衽巾の具体例を示してはいないが、この巾は通常裾で4寸だが、上部の衽下がり(いわゆる剣先)まで斜め直線で縫い、合褄で測ると1分ほど詰まっていることがある。そしてこれも抱巾同様だが、同寸で通すこともあり、やはり体型を見ながら、寸法を考えなければならない。なお、着用される方が寸法に熟知されている場合には、その方の希望をお聞きして、どうされるのかを確認することが大切になる。

 

抱巾について、もう一点例を示そう。この撫子模様の浴衣は、うちの末娘の品物だが、前巾は、家内の浴衣より1分広い7寸1分になっている。三人いる娘達の身長は、いずれも165cm程度で家内とほぼ同じだが、末娘だけががっちりとした体格で、肩幅も広く胸もある。長い間スポーツをしていたせいか、鍛えた体になっていて、見るからに大きい。

では抱巾を測ってみよう。画像から、裾の前巾と同じ7寸1分になっていることが判る。つまり、先の家内の浴衣のように、抱きを詰めることなく、そのまま同じ寸法で通していることになる。

この末娘のような体格では、抱巾を狭めてしまうと胸元が窮屈になり、着姿に柔らかさがなくなる。補正をしなくても、十分に胸が豊かな方では、前巾の寸法をそのまま上まで通して仕立ることで、格好良さが生まれてくる。

ただ、前巾と抱巾の寸法を同じにして通す場合は、前巾そのものの寸法が正確になっていなければ、かえって胸元が広くなりすぎたりして、着用し難くなることもある。だから、基本となる前巾をしっかり把握し、間違いのない寸法にすることが、大切だ。

 

先述したので重ねて書くことになるが、仕立を請け負う和裁士は、お客様の姿を実際に見ることはほとんど無く、寸法通りに縫うだけであり、着心地の良い品物になるか否かは、全て寸法を採る呉服屋に関わってくる。

つまり、きちんとした誂えにするためには、呉服屋には一定以上の寸法の知識がどうしても必要となる。お客様の体型を正しく把握して、それに見合った寸法にすることはもちろんだが、その上で細部を微調整し、よりピタリと体に馴染む形にしなければならない。そうしなければ、美しい装いの姿にはなっていかないからである。

 

同じ身長、同じ体重であっても、その体型は違う。誂えの名に恥じない仕立とは、一人一人違う寸法を周知し、誰もが「着用しやすい」と納得出来る仕上がりになること。

バイク呉服屋は、この仕事に携って34年になるが、正確な寸法を測ることに関しては、まだ修行の身である。長い経験はある程度力にはなるものの、お客様の体型はそれこそ千差万別であり、寸法を勘案する難しさは若い頃と変わらない。おそらく仕事を終えるまで、誂えの自信は持てないだろう。だが、思い悩みつつも、和裁士と二人三脚で、最良の誂えを目指して仕事に励みたいと思う。

今日は、普段はあまり気に留めることの無い地味な寸法テーマ・「抱巾」について、お話してきた。皆様も、一度ご自分のキモノの抱巾を測り、どのように工夫されているかをご覧になって頂きたい。そして、着用された時には、胸元がどのような姿になっているか、確認されると良いだろう。もしかしたら、微妙な寸法の差異が、着姿の良し悪しに関わっているかも知れないので。

 

私が誂えた品物は、これまでに約4千点。その全ての寸法を測って、和裁士に伝えてきました。呉服屋の仕事は、こうした誂えに関わる採寸だけでなく、品物を仕入れる力、つまりモノを見極める力や、コーディネートを考える力など、どんな場面でも、ある程度経験がモノを言う世界かと思われます。

しかし、その経験に胡坐をかいて、慢心していると、とんでもない失敗をします。若い駆け出しの頃なら、経験不足として許されたことも、この年齢になったら許されません。

常に、「慎重の上にも慎重を期す」ことを、頭の隅に置いて仕事をする。一度反物に鋏を入れてしまったら最後、二度と後戻りは出来ないのですから。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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