店を構えていると、毎日様々なお客様と巡り合う。そして、店の暖簾をくぐる方々も、様々な思いを持ちながら、入ってくる。
偶然通りかかり、ウインドの品物に惹かれて、何気なく店に入る方。気にはなっていたものの、敷居が高い店と感じていたので、いつもは覗くだけにしていたが、今日は、「意を決して中に入りました」と話す方。もちろん、最初から目的を持って来られる方もおられる。それは品物の相談であったり、悉皆の依頼だったり、その内容は人それぞれである。
最近は、このブログを読んで、どうしても「バイク呉服屋の悪顔と店の姿」を見たくなったという方も多くなった。そして、甲府に来る機会があったら、その時にはぜひ寄ってみたいとして、観光や仕事のついでに来られる方もいる。普段から店の存在を心掛けて頂き、遠方からわざわざお出掛け下さる事は、本当に有難い。
さて、こうして来て下さる方々に、私はどのように対応するのか。やはりお客様は、うちの店の品物、あるいは仕事ぶりに期待や興味を持たれたから来て頂けた訳で、その思いにそえるような答えを出さなければ、申し訳が立たない。もしも満足して頂けなければ、二度目は無いだろう。
これを突き詰めてみると、多くの方は、他の店とは違う「個性」を求めてこられた、とも言えるだろう。沢山ある呉服屋の中で、うちを選んで頂いたこと。そこにそれだけの価値が見出せなければ、店に来た意味は無いのである。
前回この稿では、個性的な店とする条件として、「旬を意識した品揃えをすること」を挙げた。今日は、品物の売り方や、依頼の受け方など、商いの根本となるお客様への対応をどのように考えているのか。その心がけをお話してみたい。そこからは、仕事に対する私の個性が浮び上ってくるように思う。
ウインドは店の顔。通りを歩く人の目を惹く姿でなければ、「入る気」にはなってもらえない。また、入って頂けなくとも、見て楽しめるものにしておかなければ、路面店の意味が無い。「ウインドショッピング」こそ、店を認知して頂く最大のチャンスである。それは、たとえ街行く人が少なくなっていても、この意識を変えてはいけない。「見ている人は見ている」からだ。
呉服屋のウインドには四季がある。そう感じて頂くことが大切。だからこそ、「旬を意識した品揃え」をしなければ、ウインドに折々の表情を出すことは出来ない。ウインドにこそ、店としての個性が表れる。
では、来られたお客様に、どのような応対をしているのか。品物を求めに来られた方のケースを例にとり、話を進めてみよう。
一昨日の夕方、30代前後と思しき若い女性が一人、店に入ってきた。丁度悉皆仕事をしていたので、しばらく声を掛けずにいた。彼女は並んでいる浴衣を熱心に眺めていたので、「適当に引っ張り出して見ていいよ」と、一声かけた。
こうした時に、「何をお求めですが」とか「何かお探しですか」などと直接的に聞くことは、愚の骨頂である。お客様の多くは、思い切って店に入ってきたはずで、まず話を切り出す時には、相手の心をほぐしてからでなければ、何も始まらない。それが出来ないと、何となく居辛くなって、そのまま帰ってしまうことにもなりかねない。
「実は、質の良い浴衣を探しにきたのです」と、この方は目的を話し始めた。聞けば、以前外を通りかかった時に、ウインドに飾ってあった「菖蒲模様の浴衣」が、ずっと目に焼き付いていたと言う。「ここならば、本格的な浴衣が見つかると思って、今日は思い切って店に入りました」とのこと。これで、このお客様が何を求めて、どんな気持ちで店に来られたのかを、理解出来た。この来店された方の「思い」を引き出すことが、私の仕事の第一歩なのである。
色々なところで、沢山浴衣姿は見るものの、どれも安易に作ったプリントモノばかりで、質の良さを感じない。欲しいものは、人の手を伴って染めた本格的な浴衣。そして、仕立て上がったプレタではなく、きちんと自分の体型に合わせて、誂えてみたい。自分の好みは、白地に紺抜き、あるいは紺地か藍地に白抜き。柄行きは、夏らしさを感じさせるモチーフなら問わない。
これが彼女の「具体的な希望」である。来店された意図と、こうした具体的な希望が揃ったところで、初めて品物を見せることが出来る。私が応対で大切にしているのが、この二つの「前振り」なのだ。
紺地・藍地に白抜き浴衣と一口に言っても、様々なものがある。注染を使った綿コーマ、綿絽、綿紬。そして、浴衣本来の技法を受け継いだ中型。さらに綿紅梅や絹紅梅。
まず私は、「浴衣と言っても、色々ありますよ」と言いながら、一通りの品物を見せる。その時には、それぞれの品物の生地質や染め方の違いを説明する。実際に目で見て、手で触って確かめてもらいながら聞いて頂けば、品物への理解がなお深まる。そして、使っている図案の説明もする。
例えば、上の画像の中で、流水に浮かんだ楓模様の絽の中型があるが、これは「竜田川」という文様だと知らせる。お客様は、何故その名前が付いたのか聞かれるが、そこで、「この川は、奈良の生駒山から流れていて、昔平安貴族達が紅葉狩りに訪れたところ。川を流れる楓葉の美しさから、文様の名前になったのですよ」と教える。
もちろんその前に、「中型浴衣」はどのような技法を使い、どんな歴史があるのかも伝えている。お客様、特に若い方が技法や模様を理解することは、伝統に培われた和装への関心を深めることに繋がっているだろう。こうした情報を提供できる場こそが、呉服屋の店先であり、店主の役割だと私は心得ている。
話を進めながら見て頂いているうちに、数点目に留まるものが出て来た。そこで今度は、選ばれた品物を少し詳しく説明する。
選ばれた三点。桔梗模様の綿絽・桔梗と羊歯模様の絹紅梅・クローバー模様の綿紬。
材質も色合いも異なる三点。それぞれに材質が違うので、着心地も変わることを伝える。そして一点ずつ、着姿として見える特徴を話す。桔梗の綿絽は、江戸伝統の粋な姿を感じさせ、空色の絹紅梅は、浴衣というより夏キモノの雰囲気。クローバー綿紬は、模様と配色に可愛さがある。
同じ系統の品物で迷う時は、図案や配色の違いだけが問題になるので、一点を選ぶことはあまり難しくはないが、この三点のように、質も雰囲気も異なるものを比較して、これと決めることは難しい。しかも、絹紅梅の値段は他の二点の倍。予算的なことを考えても、悩むところだ。
こうした時、品物を選ぶ決め手となるのは、お客様がどこで着用し、どのような浴衣姿を演出したいか、ということが関わってくる。そこで、お客様にイメージを膨らませてもらうために、帯合わせをしてみる。「例えば、この浴衣には、こんな帯を組み合わせると、こんな雰囲気になります」と提案すれば、着姿がより明確になり、自分はどんな浴衣を望むのかが、おぼろげながら見えてくるだろう。私としても、折角、これと決めて誂えるのだから、納得して選んで欲しい。そのためのヒントを、出来る限り提示しなければならない。
白地水色縞の博多献丈半巾帯・レモン地色に鉄線と兎をあしらった麻染名古屋帯・橙色ぼかしの麻半巾帯。浴衣の雰囲気が変われば、帯も変わる。こうすると、コーディネーションの楽しさも判って頂ける。
試した帯合わせも、どうしてこの浴衣にこの帯を使ったのか、その理由を説明する。白地半巾帯を使うと、紺地に白抜きの浴衣を、よりすっきりした姿に印象付ける。遊び心のある染帯は、水色絹紅梅を、楽しい夏キモノ姿として演出する。クローバーの橙色をそのまま帯に生かすと、バランスのとれた姿になる。
それぞれの浴衣姿には、それぞれの良さがあり、無論私が「こうしなさい」と言うべきことではない。選ぶのは、お客様自身。彼女が一番着てみたいと思う品物を選べばそれで良いのだ。私の仕事は、その手助けをするだけである。
こうして、あれやこれやと品物を見たり、コーディネートを考えたりする間に、時間はあっという間に過ぎる。彼女は、何を着るべきか迷いながら、呉服屋にいる時間を、夢中で楽しんでいる。来店してすでに1時間半が過ぎた。
そして結局、この日はとうとう一点を決めることが出来ず、名残惜しそうに店を後にした。帰り際彼女は、次に来る日と自分の名前、住所を私に告げた。「呉服屋さんは、楽しいところなのですね」。こう言い残した言葉は、私への最大の「褒め言葉」だと思っている。
品物を間に挟んで、私とお客様が向き合い、様々な会話を交わす。これこそが、リアル店舗が持つ最大のアドバンテージかと思う。素材のこと、模様のこと、コーディネートのポイント、着用場所の使い分け、呉服屋が来客者に伝えられることは、山ほどある。
品物が売れるか否かは、全く問題ではない。それよりも、和を装うことの楽しさや、品物への理解を深めてもらえれば、それが何よりのこと。そして、私とお客様とで楽しい時間を共有する。これが大切なのだ。結果よりも過程を重んじる仕事の進め方こそが、私の個性かと思う。
「きれいごと」と言われてしまえばそれまでだが、モノを売る前になすべきことは沢山ある。これを疎かにして、結果(利潤)を求めるばかりに、失ってきた信頼は多く、またそれにより和装本来の姿も見失われている。全ての来店者が、「来て良かった」と感じて頂くためには、長い目で商いを見つめる視点と、不断の努力が必要になる。まだまだ未熟なところが多いバイク呉服屋だが、店を続ける限り、自分のポリシーを貫いて、頑張ってみようと思っている。
次回のこの稿では、「直すこと」に対する姿勢から、呉服屋としての個性を考えたい。
「あなたは少し、喋りすぎです」と、度々家内から窘められます。お客様により多くのことを伝えて、興味を深めて頂きたい。その気持ちが強すぎることは、自分でも判っているのですが、時として一方通行になっているようです。
「過ぎたるは、及ばざるが如し」と言うように、小難しいことを、つらつら説明するだけでは、かえって逆効果になってしまいます。まず、お客様それぞれの関心を、どのように引き出すかを考えることが、先決ですね。この辺りのことは、何年経っても進歩していないように感じています。「伝える」ということは、やはり難しいことですね。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。