「片付ける」ということに対して、人の性格は、大まかに二通りに分けられるだろう。何事も、きちんと整えなけれ気が済まない人がいる一方、乱雑になっていても、あまり気が咎めない人もいる。もちろん、どちらも極端にではなく程度問題であろうが、几帳面で神経質な性格と、大らかで構わない性格とでは、整理整頓にかなりの差が付く。
最近は、煩雑な片付けを必要としない人、つまりモノを持たない「ミニマリスト」の存在がクローズアップされているが、依然として大多数の人々は、日常の中で、否応無く「片付けること」と向き合っている。
キモノを嗜む人にとっても、自分で品物を管理することは、厄介なことだろう。「着るのは良いけれど、後の手入れと片付けを考えると、億劫になる」との話もよく伺う。確かに、着用後はキモノ、帯、襦袢、小物、肌着と、それぞれの汚れを確認したり、汗抜きをしなければならず、もし不具合が見つかれば、使うモノの多くは自分で手を入れることが出来ないため、直しの依頼をしなければならない。
また、着用した品物は、一枚ずつたとう紙に入れて、箪笥に戻す。この作業は、慣れている方にとっては何でもないことだが、仕舞うことに慣れていない若い人などは、かなり面倒に感じられるだろう。
その上で、着用する時に品物を出しやすくする工夫もしなければならない。この「箪笥内の管理」というのが、意外に難しい。どこに何が入っているのかを、自分で把握出来ていないと、着用したい品物を探す時に苦労してしまう。
しかも、和装に関わる品物は、全て「長く使うこと」を前提にしている。そのためには、時には外に出して風を入れたり、使っている乾燥剤や防虫剤をチェックしなければならない。小まめな箪笥管理が、良い状態で長く品物を使うためには必要となる。
このように、「和装に関わる始末」は、一つ一つ大変手が掛かるが、まず基本となるのが、「きちんとたたんで、タトウ紙の中に入れ、箪笥に仕舞う」ことになるだろう。そこで今日は、バイク呉服屋が日頃どのように品物を納めているかを、ご覧頂くこととしよう。これが少しでも、皆様の参考になれば良いのだが。
品物の収納がどのようになされているのかは、それぞれの家の事情で異なる。今は、和箪笥を持たない方も多いので、今日御紹介するキモノの畳み方やタトウ紙への仕舞い方では、うまく納まらないこともあるだろうが、一つの方法としてご覧頂きたい。
では、和裁士が誂えを終えて店に戻ってきた品物が、どのような手順を踏んで納品されているのか、順を追って仕事を御紹介していこう。
仕上がった品物は、まず「検針器」にかけて、針の有無を調べる。それぞれの和裁士の家にはこの機械があり、納品前に予め自分で検針をしてくるのだが、店では念のためにもう一度チェックをする。滅多に針が残っていることはないが、それでも数年に一度ほどは見つかることがある。万が一針が入ったままお客様が着用すれば、怪我をすることになりかねないので、ここはどうしても慎重にならざるを得ない。
すでに40年以上使い続けている検針器。この機械を製造した「KETT(ケット)科学研究所」は、金属探知機や水分計、成分分析機器を作る会社。上の画像ではコードに繋いだ丸型部品を写しているが、これがブザーになっていて、品物に針が入っていると大きな音を立てる。そして針一本丸ごとではなく、折れて短くなっていても、ブザーは鳴る。これは、ホッチキス針のような小さな金属片でも、すぐ反応するスグレモノ。
検針を終えた品物を、一度専用の板で作った台の上に置いてから、品物を入れる準備に取り掛かる。店の座売り畳は常にきれいになっているものの、念のために敷き紙を使う。そして、店の名前が入ったキモノ用のタトウ紙を準備する。
このタトウ紙のサイズは、縦が8寸7分(33cm)で横が2尺3寸(87cm)。使用するタトウ紙は、品物それぞれの畳み方と関わりがある。男女共にキモノの身丈は、4尺6寸を越えることはほとんどないので、横巾が2尺3寸あれば、二つ折りにして納めることが出来る。だから、このタトウ紙を使う時には、二つ折りでキモノを畳んで入れることになる。またこのサイズは、和箪笥の横巾規格とも合致していることが多いので、このまますんなりと箪笥に納めることが出来る。
タトウ紙の上には、まず半透明の白い薄葉紙を一枚載せる。紙は、縦が109cmで横が78.5cm。このサイズだと、タトウ紙の中で品物をきちんと包み込むことが出来る。薄葉紙には糊気がないので、変質し難く、保管する際に影響が少ないように思われる。うちではかなり以前から、この薄葉紙を使っているが、長い間箪笥に保管していた品物でも、紙が劣化したことで、汚れが発生したような例はまだ無い。
薄葉紙には、原紙そのままの無漂白のものと、白くコーテイングされたものがあるが、品物への影響を考えてナチュラルな原紙を使っている。この紙は、ラッピング用品を扱う材料店で購入出来るが、価格は200枚で約2000円。
薄葉紙の上に置いたキモノは、まず各々の寸法を当り、依頼通りのお客様のサイズに仕上がっているかを確認する。プロである和裁士の仕事に間違いは無いだろうが、ここでも「念を入れること」が大切になる。
寸法を確認後、タトウ紙に入れる作業に入る。まず、上の画像のように、キモノの間には薄葉紙を挟み込んでいく。最初は下前、次は上前。剣先から下の衽には、その寸法に合わせて4寸巾に紙を折って挟む。衿から上には、少し狭い3寸5分巾。
この品物は辻が花の付下げなので、模様は染で描かれているが、これが、箔や刺繍を使っている品物には、その加工を保護するために、紙を挟みこむことは有効になる。
挟んだ薄葉紙は、内側にきちんと入れ込むので、畳むと隠れてしまう。
この形になったら、キモノを二つ折りにする準備をする。折る場所は、剣先の下を基準とする。ここは着丈の真ん中に位置し、タトウ紙のサイズにもピタリと合う。だが、このまま折ってしまったら、スジが付いてしまうので、それを防ぐ手立てをする。箪笥の中に仕舞う時には、どうしても何枚かキモノを重ねるが、その時、下に置いた品物は重みで折りスジが出来てしまう。これを防ぐために、折る部分には緩衝材を入れておく。
これが折り目を防ぐための緩衝材・キモノ枕。長さは9寸で、タトウ紙の縦サイズとほぼ合致する。ポリエステル素材だが、中は柔らかく、ふんわりとしている。この枕を挟むと、たたんだキモノの間には隙間が生まれるため、上から重ねた時に、品物がぺしゃんこになることを、ある程度避ける効果が見込める。
このキモノ枕は、ネット通販なら10本で3000円ほどする。意外に高いものだが、呉服屋の用度品を扱う店(人形町のナカチカや森下のシマダなど)では、もう少し安く手に入る。
二つ折りにして、タトウ紙の中に納めた姿。最後に二つ折りにした内側にも、薄葉紙を挟む。この時は、キモノの後巾のサイズ・7寸5分程度に紙を折る。上の画像では、タトウ紙から剣先が飛び出しているが、ここは内側に折り込んで形を整える。
形が整ったら、袖口にボール紙を切って入れ込む。これは袖のラインを美しく保つためのほどこし。こうしておくと、箪笥の中で保管しておいても、形が崩れ難い。
少し厚めのボール紙を、縦27cm・横2cmに切り、下に切り込みを入れる。これを袖口の寸法に合わせて、入れていく。この時、簡単に外れてしまわないように、少しきつめの長さに紙の長さを調整する。
時には、薄葉紙を二等辺三角形に折って、袖と袖の隙間に入れ込む。ここも、上からキモノを重ねてしまうと、スジが出来やすい。空間を埋めることで、キモノ全体を段差の無いフラットな状態に保ちつつ、保管することが出来る。
また、このように袖の内側に厚めのボール紙を入れることもある。これは、タトウ紙の中で袖が揺らぎ、シワが出来てしまうことを防ぐ手段。この品物のように、生地が垂れやすいちりめん地では、効果的かと思う。
タトウ紙の寸法に合わせ、二つ折りの本だたみで畳んだキモノ。最後に、下に敷いた薄葉紙をキモノの上に掛ける。この時、薄葉紙が品物にピタリと納まるように、予め位置を整えておく。紙が横にずれたり、手前で必要以上に余ってしまうと、見映えが悪い。
タトウ紙の和綴紐を結んで、完成。この時、中の薄葉紙をシワが無いように整える。そして紐の位置は、品物の中心で結んであると、格好良く美しく見える。
出来上がった品物は、専用の名入れ化粧箱に入れて、納品する。うちでは、タトウ紙のサイズに合わせて、二種類の箱を用意している。
では最後に、箪笥の中へ品物を納める一つの方法を見て頂こう。まず、上の画像のように、ウコンで染めた風呂敷を中に敷く。これは二四巾(縦横2尺4寸・約90cm)と呼ぶサイズだが、使う箪笥の巾や深さによって、敷物のサイズを変えると良いだろう。
ウコンには防虫作用があり、古くから風呂敷として使われてきたが、品物を保管する箪笥敷としても効果的。敷くときには、箪笥の巾いっぱいの大きさで、しっかりと入れる品物が隠れるようにしておく。
ネットで売っているウコン風呂敷の価格は、まちまちだが、やはりきちんと「天然ウコン」で染め出したものは高い。ただ黄色いだけでは、その効果が懐疑的なので、選ぶ時にはしっかりとその質を確認して欲しい。
敷き終えたところで、品物を中に入れる。仕舞う数は箪笥の深さにもよるが、あまり目一杯に重ねない方が良いように思う。品物は、引き出しを開閉する振動などで、形が崩れてしまうことがあるので、なるべく平らに入れておく。
キモノを二つ折りで一定方向に入れると、どうしても左側と右側では、高さに差が付いてしまう。これも、長い間保管しているうちに、どちらか一方に品物が傾き、シワが付く原因となる。上の画像のように、品物の方向を「互い違い」に入れていくと、箪笥の中の品物の高さが平均化されて平らになり、良い状態が保てるように思える。品物を取り出すときには、少し面倒かも知れないが、一度お試し頂きたい。
最後に、ウコン敷で全体を覆って出来上がり。乾燥剤は、敷物の隅に置いて、タトウ紙の上には直接置かないようにする。また、絹の場合、ほとんど虫に喰われることはないので、きちんとした天然ウコン染めの敷物を使えば、防虫剤はいらないように思える。
但し、食べ物のしみ等が付いたままの状態で、品物を箪笥の中に入れてしまうと、そこから虫に喰われてしまうことがある。だから、こうした予防のために防虫剤を使うことはある。また、ウールやメリンス生地は、虫の大好物なので、この材質の品物には防虫剤を必ず入れて欲しい。また、箔や刺繍をほどこした品物の上には、直接薬剤を置かない注意が必要となる。これは、化学反応を起こして、加工が変質してしまう可能性があるため。
そして、何より大切なことは、長い時間箪笥に仕舞った状態のままにしないこと。年に二回ほど、乾燥した日を見計らってタトウ紙から品物を出し、風を入れてやることが理想的だが、面倒な時は、箪笥の引き出しを開けるだけでも、ある程度効果がある。
どうか皆様には、「和装の始末には手が掛かる」との認識を持ちながら、キモノライフを楽しんで欲しい。小まめに手を入れることは、やはり良い状態で長く品物を使うことに繋がる。大切な品物は、ぜひご自分でいとおしみながら着用されたい。
今日は、「たたんで、入れて、仕舞う」という、品物を扱う際の基本動作を縷々説明してきたが、少しでも皆様のお役に立てたなら、嬉しく思う。また近いうちに、帯や襦袢、コート類の始末について、お話する予定にしている。
今日の「品物の扱い」をご覧になって、バイク呉服屋はとても神経質な人と思われたかも知れませんが、これは業務上「やらねばならぬ施し」なので、性格とは無関係です。
私の本性は「いいかげん」を絵に描いたようなもので、普段の生活の中では、細事にこだわることは全くありません。一人で暮らしていた若い頃など、「足が二本しかないコタツ」や「羽が一枚になった扇風機」を、平気で使っていました。これは、買う金が無かったこともありますが、動いているうちは大丈夫という、訳のわからぬ独自の理論が働いていたからです。
大らかさは、時として困難を救うもの。これ、バイク呉服屋が生きる上での信条です。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。