店を開けている間には、様々な電話が掛かってくるが、商品の営業や勧誘の電話ほど迷惑なものはない。相手は決まって、「お忙しいところ、恐れ入りますが」と話し出す。忙しいとわかっているのなら、掛けて来ないで欲しいが、先方もそれが仕事なので、そうもいかないのだろう。
最近多いのは、電話料金が安くなるとか、電力料金が節約できるという話。以前は、やれ金を買えとか、プラチナは儲かるとかの、いわゆる「商品先物取引」の勧誘が多かったが、バイク呉服屋には金が無いと判ったのか、随分と少なくなった。
電話を使ったこの手の営業が、果たしてどれほど実際の仕事に結びつくのだろうか。私には効率が良い商いの方法とは、とても思えないが、懲りもせずに行われているところを見ると、ある程度の成果が見込めるのだろう。「下手な鉄砲も、数打てば当たる」ということか。
消費者に対する、このような泥臭いコンタクトの方法は、このところの呉服業界、特に振袖屋においても常態化している。振袖対象者である18~19歳の個人情報を「名簿屋」から仕入れ、片っ端から電話を掛けまくって、勧誘に務める。中には、専門のオペレーターを雇う業者もある。そして電話と共に、カタログや展示会案内を送り付ける。
業者は、高校卒業時から、二十歳を迎えるまでの二年間、毎月案内状を出し続け、その間に何度も電話勧誘を続ける。これは、一社だけではなく、複数の業者が同じ方法を取る。だから、この年齢の娘を持つ家は、成人式が終わるまで、振袖屋の紙爆弾と度重なる電話攻撃に晒されることになるのだ。
今の時代、多くの消費者は、和装に馴染みが無い。だから特定の呉服屋と縁を持つ人は少なく、振袖を用意するとしても、どこへ行けば良いのか判らない。業者はそれが判っているからこそ、こんな無節操な方法を採れるのだろう。そして、これが一定の効果を上げているのは、間違いない。
しかしながら、先物取引や怪しい公共料金の値下げ勧誘と同じ方法を採る、こんな呉服屋の振袖営業に対して、ある種の「胡散くささ」を感じている人は、かなり多い。そして「呉服屋の商いは、こんなものか」とも思われている。これが、呉服業界全体のイメージダウンに繋がっているのは、確かである。
振袖という品物を重視せずに、マトモな商いをする専門店にとって、振袖屋は迷惑な存在で、同じ呉服屋という括りにして欲しくはないだろうが、私なんぞは、どうでも良いと思っている。それは、振袖屋が何をどのように売ろうとも、自分の仕事とは何の関係も無く、影響を受けているとも思わないからだ。
お客様から求められた仕事に対して、誠実に答える。それだけで精一杯で、私は、よそさまのことに気をとられている暇は無い。
とかく問題がある現在の振袖商いではあるが、やはりこの品物は、未婚の第一礼装として特別なアイテムであることに変わりは無い。若さを象徴する華やかな色や意匠は、振袖なればこその相応しいあしらいである。
先週の土曜日、あるお客様から、久しぶりに振袖一式を揃える御用事を承った。バイク呉服屋が請け負う振袖仕事のほとんどは、寸法直しや汚れ落としなどの再生、あるいは帯または小物だけを新しく替えることなので、「一式の誂え」は、大変珍しい。
そこで今日は、今回どのような品物を選び、お客さまが望む振袖姿を整えたのかを、今月のコーディネートとして皆様にご紹介してみたい。
(白地 束ね熨斗に松竹梅模様・振袖 黒地 光琳流水に色紙花文・袋帯)
(空色地 扇面に薬玉花尽し模様・振袖 白地 花鼓文様・袋帯)
今回、振袖を依頼されたお宅は、おばあちゃんの代からお付き合いがあり、お母さん、さらにお孫さんと、代を繋いで品物を見て頂いている。お客様が三代ということは、うちとしても、祖父、父、私と三代にわたり、お相手をさせて頂いていることになる。
振袖は、もちろんこのお孫さんが着用するのだが、私はこのお嬢さんが七歳の時に、祝着一式の御用を承っている。だが、今回連絡を頂くまでは、お孫さんが大学生になっていることに、気付いていなかった。本来ならば、私の方からお声掛けをしなければならないのだが、普段振袖を売ることに頓着しない商いなので、ついぞ大切な方のことを忘れてしまう。こんなことでは、いくら何でも、商売人としては失格であろう。
こうした前振りがあって、品物を選んで頂くことになったが、実はまだ品物が確定していない。当日は、おばあちゃん、お母さん、お孫さんが連れ立って来店し、私と家内も含めた五人で、一番見合う振袖姿を考えることになったが、最終的に二組のコーディネートが候補に残った。だが、着用するお嬢さんは、どちらも気に入ってしまい、決めかねてしまう。私は、考える時間が必要と判断したので、後日お返事を頂く約束をして、待つことにした。
ということで今日ご紹介するのは、お客様が迷われている、この二組のコーディネート。どのような違いがあるかに注目して、ご覧頂くことにしよう。
(紗綾型紋綸子 白地 束ね熨斗に松竹梅模様 京型友禅振袖・トキワ商事)
話を伺うと、このお嬢さんの色の好みは、淡い色。従って、あくまで優しく、柔らかみのある雰囲気を望まれていると理解した。とすれば、黒や朱赤など、濃色系の主張の強い地色はまず考えられない。そこで最初に提案した品物が、上の画像の白地。
白地色のキモノは、昭和30~40年代にかけてかなり流行し、この時代白地は、最もポピュラーな地色の一つだった。特に振袖や、若い方に向く訪問着に白地が多かったのだが、これは、昭和34年に執り行われた「納采の儀」に際し、美智子さま(皇后陛下)が着用したキモノが、清楚な白地であり、これが多くの人に強く印象付けられたためと言われている。
その後時代を追って、地色は白から様々な色へと変わり、いつしか白地のキモノはあまり見かけなくなってしまった。しかし、白地がもたらす清楚さは、他のどんな色も醸し出すことは出来ず、やはり特別な雰囲気がある。
そしてこの振袖は、模様が前に出過ぎず、地の白場が生かされている。二つの束ね熨斗を、上前身頃と後身頃に置き、周りに松竹梅を散らすというシンプル、かつ古典的な意匠により、すっきりと清楚な姿に映し出しされている。
模様の中心、上前おくみにあしらわれた束ね熨斗。束ねた紐は、箔で青海波模様を表現し、熨斗の一つ一つを、七宝や宝尽くし、丸紋や花で埋めている。そして中心の赤梅の輪郭には、駒縫いを使って強調している。型友禅ながら、丁寧に作られた品物と判る。
では、この白地振袖の上品さを、より印象付けて、かつ着姿を引き締めることの出来る帯は何か。そう考えて選んだ帯が、次の画像の品物。
(黒地 光琳流水に色紙花文様 袋帯・梅垣織物)
白い振袖を印象付けるとしても、帯にインパクトがあり過ぎてはよくない。黒地の帯は、着姿を引き締める役割を果たすが、このキモノの場合、「上品さ」が消えてしまっては、元も子もなくなる。
この梅垣の帯は、黒地ではあるものの、金の印象が強い。中でも、色紙と光琳流水にあしらわれている金が、帯の格を上げる役割を果たしている。これを白地の振袖と組み合わせると、清楚さと重厚さを併せ持つ姿になると思うが、どうだろうか。
江戸期より振袖の意匠の中に用いられてきた、吉祥文・束ね熨斗と、貴族的な色紙文の組み合わせは、強く古典を印象付ける。そして、キモノと帯双方に散りばめられている松竹梅の花が、それをより際立たせている。
前の合わせ。こうしてみると、やはり帯は、地の黒よりも模様の金が、前に出ている。「清楚と重厚」が、共存しているように思うが。
振袖の配色の中で、最も際立っている色が、梅の赤。地が白いだけに、真っ先に目に飛び込んでくる。小物に使う色としては、やはりこの赤以外は考え難い。帯〆・帯揚げはもちろん、刺繍衿も、赤が際立つものを使う。ここには合わせてないが、当然伊達衿も同じ色で統一する。(帯〆・絞り帯揚げ・刺繍衿 全て加藤萬)
では、もう一組は、どのような品物なのか。引き続き、ご覧頂こう。
(紗綾型小菊紋綸子 空色地 扇面に薬玉花模様 京型友禅振袖・トキワ商事)
淡い色を好むということなので、明るく抜けるような青・空色地の品物を選んでみた。このお嬢さんは、おとなしく可愛い雰囲気があり、優しいパステル系の色がよく似合う。きっと、自分に相応しい色は何かということを、理解しておられるように思う。
長い間この仕事をしていると、お客様にお会いすれば、何となくその人の色の好みがわかるような気がしてくる。人それぞれの雰囲気により、似合う色があり、パステル系を好む方は、慎ましやかで優しげな人が多い。ただし、稀にバイク呉服屋のような「悪顔・任侠系」もいるので、気が抜けない。店に置く品物の地色を見れば、私の淡色好きがよく判る。
パステル色には、ピンク系の桜色や緑系の若草色があるが、ブルー系の空色や水色は、柔らかさと爽やかさを兼ね備えている。この地色は、澄み渡った空「スカイブルー」を想起させる。
主模様は、扇面と薬玉(くすだま)。特に薬玉は、半分に割って四季折々の花が盛り込まれ、花カゴのように見える。薬玉は、別名「久寿玉」の字を当てる縁起の良い飾りで、七五三の祝着の意匠としてもよく使われる。華やかで愛らしさがあるあしらいが、パステル地色には良く似合う。
模様の中心、上前のおくみと身頃にある扇面模様。それぞれに鳳凰や牡丹の花を描いている。模様の間に散りばめたサクラは、全てパステル色。このサクラの挿し色と地の空色が相まって、この品物をより可愛い姿に仕上げている。
後身頃から下前にあしらわれている薬玉。隠されてしまうのが惜しいような、可愛い図案。こちらを主模様にしても良かったのではないか。
地色、模様、配色すべてが可愛いこの振袖を、より愛らしくするためには、どのような帯が良いのか。そう考えて選んだ帯が、次の画像の品物。
(白地 花鼓文様 袋帯・川島織物)
着姿全体でパステルの優しいイメージを保つことを考えると、やはり帯は白地になる。控えめながらも、明るくキモノを際立たせる色は、白以外には無い。愛らしさを求めるのであれば、なおのことだ。
サクラや牡丹、菊などの四季の花を付けた鼓。ポイントは橙色の紐。キモノの薬玉紐同様、図案のアクセントになっている。花の配色が、柔らかなパステル系なので、こちらも優しいイメージが残る。よく似た雰囲気を持つキモノと帯だが、組み合わせるとどうなるだろうか。
キモノは、模様の繋がりがあまり無いので、どうしても地色の空色とサクラのパステル色が前に出てくる。この帯ならば、その優しい色合いを消すことはない。こうしてみると、やはり薬玉と鼓の紐が可愛い。
前の組み合わせ。キモノの上前の図案がシンプルなので、帯の鼓模様が着姿にボリュームを出す。可愛いだけではなく、華やかな印象も残る。
小物合わせのポイントとして選んだのが、鼓紐の橙色。赤でも良いが、この色の方が柔らか味が出る。帯〆は、少しインパクトのある四つ組を使い、刺繍衿はパステル色のサクラ模様。伊達衿にも橙色を使う。(帯〆・平田紐 絞り帯揚げと刺繍衿・加藤萬)
白地・束ね熨斗模様と黒地・色紙模様の組み合わせは、清楚で重厚。空色地・扇面薬玉模様と白地・花鼓模様の組み合わせは、何より愛らしい。着姿の印象は違うが、どちらもこのお嬢さんの雰囲気には見合うものになっている。さて、どちらが選ばれるだろうか。最後は、本人が「着て見たい」と思う気持ちが強い方で決まる。
久しぶりにコーディネートの稿で振袖を取り上げてみたが、如何だっただろうか。やはり、どのアイテムより華やかな振袖を選ぶことは、楽しい。これからも、着る方の雰囲気を見極めた上で、これぞという一点をお奨めしたいものだ。最後に、今日ご紹介した二つの組み合わせを、もう一度どうぞ。
バイク呉服屋の商いは、基本的に「待ち」のスタンスです。お客様からの依頼があって、初めて仕事が出来るので、何もお声が掛からなければ、毎日呆然としていなければなりません。もしこれが続くようでは、たちまち経営は行き詰まります。
けれども有難いことに、多くの方から様々な依頼を頂いているので、暇を持て余すことにはなっていません。私と家内の二人で切り盛りする店では十分で、お付き合いを頂いているお客様には、感謝の他ありません。
どんな仕事でも、お客様から能動的に受けることと、こちらからお願いしてお付き合い頂くことでは、その意味が変わってくるように思います。売り上げを伸ばし、利益を得て事業を拡大するためには、消費者に「いかに品物を求めてもらうようにするか」ということが大命題で、そのために様々な方策を駆使しなければなりません。いわゆる「営業努力」というものです。
しかし、お客様の方から声を掛けて頂くためには、依頼された一つ一つの仕事を丁寧にこなし、満足感を持ってもらうこと。これに尽きるでしょう。そのために特別な方策は無く、仕掛けも必要ありません。
愚直に相手の立場に立って、仕事を考える。「頼りにされていること」こそが、私の仕事に対する最大のモチベーションになっています。これからも、ひたすらお客様からの依頼を、待ち続けたいと思います。
今日も、長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。