バイク呉服屋の忙しい日々

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2019年・亥年を迎えて

2019.01 06

あけましておめでとうございます。年末・年始の休みを世間サマ並みに長く頂きましたので、今日が仕事初めとなりました。例年のように、年を越した直し依頼の品物が積み重なっているため、休みの予定を一日繰り上げ、仕事を始めることにしました。何はともあれ、新しい年初めに、まずやるべき仕事があるというのは、大変有難いことです。

2013(平成25)年の5月に始めたこのブログも、今年で7年目。原稿の数は昨年末で468となり、今年中には500回の節目を迎えます。様々なところからこのページに辿り着き、私のつたない書き物に目を通してくださる多くの方々に、新しい年に際して、まず感謝を申し上げたいと思います。

私自身、年々「書く力」が衰えてきているように思えますが、出来る限り、有意で楽しい読みモノにしたいと考えておりますので、今年もどうぞよろしくお付き合い下さいますよう、お願い致します。

 

神々しい黄櫨色の陽光に包まれた曙の海。北海道・大樹町旭浜で

さて、今年の干支は亥(いのしし)。京都御所の蛤御門に近い、烏丸通り沿いにある護王神社(ごおうじんじゃ)は、亥の年になると多くの参拝者を集める。それは、この社が「いのしし神社」として、昔から親しまれているからだ。社には、巨大な猪の絵馬が飾られ、四対の狛犬ならぬ狛猪が、参拝者を迎えている。

護王神社の祭り神は、奈良末期から平安初頭に様々な政治の場面で活躍した貴族・和気清麻呂(わけのきよまろ)。もしかしたら、この人物がいなければ、現在の天皇家に続く皇統を守ることは難しかったかもしれない。それほど日本史において重要な人なのだが、そのことはあまり知られてはいない。

 

奈良の繁栄を築いた聖武天皇の後を受け継いだ孝謙天皇は、女帝であった。聖武天皇と光明皇后の間には男子が育たず、女子の阿部内親王がそのまま立太子して皇太子となり、天皇の座に着いた。だが、聖武没後の政情は常に不安定で、天皇中枢では権力争いが激化し、様々な事件が起こる。それは孝謙天皇が、次代の淳仁天皇をまたいで、もう一度天皇の座に復帰(重祚・ちょうそ)したことでも、この時代の不透明さが判る。

称徳天皇と名前を改めた孝謙天皇が、政治の場で重用したのが、僧の道鏡だった。道鏡は、天皇の下で太政大臣として権勢を揮い、次第に天皇そのものの地位をも望むようになる。そうして計られたのが、宇佐八幡宮神託事件であった。

769(神護景雲3)年、「道鏡が皇位に着けば、世が安定する」という宣託が宇佐神宮よりあったことが、称徳天皇に伝えられた。そこで天皇は、神のお告げが本当か否かを確かめるため、側近を宇佐神宮へ派遣する。この人物こそが、和気清麻呂である。

宇佐へ着いた清麻呂は、この宣託が嘘である事を見破り、皇統以外の者が皇位に着く事などありえないと天皇に報告する。しかしそれに怒った道鏡により、清麻呂は大隅国(今の鹿児島県・大隅地方)へ流罪となった上、刺客まで差し向けられてしまう。

その時、清麻呂を殺し屋から救ったのが、猪だった。追ってきた刺客に足を切られた清麻呂を、どこからともなく現れた300匹もの猪が囲む。そしてその中の一頭の猪の背にまたがり、清麻呂は宇佐神宮へと逃げることが出来たのである。

 

清麻呂は、後に「皇位を繋いだ忠君」として奉られることになる。1985(明治18)年~1939(昭和14)年まで流通していた十円紙幣は、表に和気清麻呂の肖像、裏に猪の姿が描かれている。天皇が絶対主権者だった戦前では、清麻呂が「忠君の鑑」として扱われていた。

亥年の今年は、奇しくも皇位継承の年となる。皇統を守った清麻呂と、彼を守った猪を祭る護王神社にお参りすれば、なおのこと、御利益を授かることが出来そうな気がする。干支でしんがりを務める猪は、明治憲法の第1条「大日本帝国ハ、万世一系ノ天皇之ヲ支配ス」の「万世一系」に欠かすことの出来ない、最も重要な動物だったのだ。

 

年明けのウインド。大松の江戸友禅色留袖と紫紘の太子御守文袋帯を入れてみた。

猪について長々と書き連ねてしまったが、亥年生まれのバイク呉服屋は、年男である。そして、目出度くも無く、今年還暦を迎えることになる。一昔前なら、六十歳と言えば爺さんの域に達し、赤いチャンチャンコを着せられて家族からお祝いされたものだが、平均寿命が延びている現代では、老人という括りからは外れているだろう。

猛烈な勢いで高齢化が進む日本では、社会保障費の割合が止まることなく高まり、国の予算を圧迫する。生涯現役とか、働ける人は出来うる限り働いて欲しいなどと為政者が声高に叫んでいる理由はもちろん、少しでも国の負担を抑制したいがためである。そしてその中には、年金受給を70歳に引き上げる目論見も、ちらちらと見えている。

しかし、国の借金は千兆円を越え、どうやっても返せそうに無い。平成の初めには200兆だったものが、この30年で5倍にも増えた。バブル崩壊に伴う経済の悪化、税収不足、少子高齢化に伴う社会保障費の拡大など、借金膨張の理由は様々あっただろうが、次世代にツケを廻すことに変わりは無い。

デフレ回避と称し、異次元の金融緩和によりインフレを起こそうとしてはみたものの、国民の消費意識は一向に高まらず、物価上昇率は目標の2%に遠く届かない。原因は、円安・株高を演出して企業業績を上げたところで、一向に給与に反映されていないことと、将来不安により消費をためらう人々の心理があると思われる。そして平成の、「失われた二十年」の間で広がった格差も、影を落としている。

 

誰もが「そこはかとない不安」を持つこの時代、どのように仕事を続ければ良いのか。

確かに、ITの進化により世の中便利にはなった。人と人、あるいは人とモノを繋ぐツールとしては本当にスグレモノである。国内どころか世界中から品物を購入することが容易に出来るようになり、リアルタイムで人と人が結ばれるようになった。その結果、生活の利便性が高まると同時に、効率最優先で人もモノも動くようになった。

そしてAI(人工知能)技術の急速な発展は、人の営みを根本的に変えようとしている。新しい時代は、一人一人がどのようにAIと向き合うかにより、社会が大きく変わるだろう。人を必要としない仕事が増え、AIがはじき出したビッグデータに翻弄され、生きることを余儀なくされる。そんな時代が到来すると予測されている。

 

湯水のように溢れる微細に数値化された情報に従い、人が生活する社会とは、一体どんな世の中なのだろう。それはある意味で、行動が画一的になり、一人一人の個性が殺がれることになるように思われる。しかしAIは、人間個々で異なる感じ方と、それに伴う千差万別な行動を即座に理解することは出来まい。これまでの経験を数値化して、進むべき道を示すことは出来ても、多様な心の動きを察することは出来ないのである。

つまり、人は人でしか理解出来ないことも、多く残され、それは人が生きる上で根幹をなすものだと言えよう。人は表面上は様々な情報に頼りながらも、最後のところではどこかで、「リアルな肌触り」を求めているに違いない。私にはそう思えて仕方がない。

どのような仕事でも、どこまで情報に依存するかで、進むべき道が変わっていく。あくまで「成長すること」を目指すのであれば、個々の人の感情を考えず、情報を頼りに事を運べば良いだろうが、「心のつながり」を求めながら仕事をするのであれば、情報にはある程度ブレーキを掛ける必要が生じるだろう。

 

小さな呉服店を営む者にしては、何とも大げさな切り口から話をしてしまったが、還暦を迎えた今年からは、私の呉服屋人生も大団円に向かって進むことになる。「大団円」という言葉の意味通り、最後に全てが丸く収まり、目出度い結末を迎えることが出来るか否かは、これからの10年に掛かっているだろう。私は、たとえ時代の波に翻弄されても、意思を貫き、自分のやり方で仕事を全うしたい。

年初めの稿として、何とも面白みのないものになってしまった。こんな能書きを書くこと自体が、年を取った証拠だと読者の方からは笑われてしまうだろう。どうかお許し頂きたい。次回からは、いつものように、呉服屋らしいテーマで話を進めていくので、またお読み願いたい。

 

例年通り人間ドッグを終えた4日の午後、下谷の補正職人・ぬりやのおやじさんと、人形町の洗張り職人・太田屋加藤くんの家へ新年の挨拶に伺ってきました。

今年76歳になるぬりやさんは、まだまだ意気軒昂で、「仕事をしていないと、体調が悪い」と話します。加工の現場では、生涯現役を貫く職人さんがまだ残っています。この方々がいるからこそ、お客様の依頼に応えることが出来る訳で、もしいなくなってしまえば、私の仕事も終わってしまいます。

職人さんを失うことは、「そこはかとない不安」どころではなく、まさに呉服屋として「生きるか死ぬかの危機」に繋がっています。加工の現場だけではなく、モノ作りの現場で奮闘する多くの職人さん達が健在であることを願いながら、今年も仕事を始めたいと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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