バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

12月のコーディネート  雪華文と古代ギリシャ装飾文で、冬を装う

2018.12 22

今週末は、今年最後の三連休。クリスマス・イブも重なり、イルミネーションの輝きの中で、さぞ都会の街は賑わっていることだろう。23日が天皇誕生日となるのも、これが最後。来年からは、皇太子・徳仁親王殿下の誕生日・2月23日が新たな天皇誕生日となる。それに伴って、現在の陛下は上皇となられるが、祝日とはならないらしい。

現在、昭和天皇の誕生日・4月29日が昭和の日として、また明治天皇の誕生日・11月3日が文化の日として、祝日になっているのだが、その間に在位した大正天皇の誕生日・12月25日は、平日である。偶然にもこの日はイエス・キリストの生まれた日、クリスマスである。

だが、昭和20年まではこの日も祝日であった。戦前の祝日法では、先帝・つまり先の天皇の誕生日を祝日と決めていた。もちろん、この時代すでに明治天皇の誕生日は祝日であったが、戦後明治節だけが残り、大正節が無くなったのは何故だろうか。無論、クリスマスと重なっているからという訳ではないだろうが。

 

いずれにせよ、クリスマス前後から大晦日の間は、街が一番華やかで、賑わいを見せる。煌くイルミネーションの下、カップルや家族連れの姿が否応無く目に付くが、バブル期のような浮かれた感じはなく、どことなく落ち着いた姿に映る。

それは人々の間では、少し懐が暖かくなっていても、むやみに散財する意識がないからであり、またクリスマスそのものに、以前ほどの「特別なイベント感」が消えているからではないだろうか。

 

ボーナスにも連休にも無縁のバイク呉服屋にとって、年末の一週間は、特に忙しい。取引先や職人への支払いを済ませ、依頼された仕事は、出来る限り年内に納品する。そして、普段手を抜いている店の大掃除もしなければならない。毎年この時期にお客様から頂いたお金は、行く先がほとんど決まっていて、ただ目の前を通過するだけである。

バイク呉服屋の現状は、世間の雰囲気とかけ離れているものの、せめて皆様にご紹介する品物くらいは、この時期にふさわしいものを使いたい。ということで、今年最後のコーディネートは、冬を華やかに彩るキモノと帯を用意してみた。

 

(紅碧色 雪華文様付下げ・黒地 ギリシャミノア文様・袋帯)

クリスマスの定番ソングといえば、やはり山下達郎のクリスマス・イブだろう。クリスマスイブに、男性が女性を待つ心の情景を描いたこの歌は、「雨は夜更け過ぎに、雪へと変わるだろう」で始まる。なるほど、都会で降る雪が、ロマンティックなイブの夜を演出するというのは、誰にも判りやすい。

けれども残念ながら、東京で「ホワイト・クリスマス」となる確率は、極めて低い、というより現実離れしている。気象庁の資料によれば、東京で、イブの24日あるいは、クリスマス当日の25日に雪が降った日は、1876年の統計開始から僅か三回。24日は、1965(昭和40)年の一度だけ、25日は1970(昭和45)年と1984(昭和59)年の二回。しかも積雪はなく、少し舞った程度だ。

そこで、白いクリスマスを堪能するためには、雪のあるところへ行かなければならないが、この時期本州では、秋田や青森などに限定される。もしも、思い切り雪に抱かれて、ロマンティクな夜をと希望されるカップルであれば、私は、青森の酸ヶ湯や山形の肘折温泉をお勧めしたい。現在の積雪は、141cmと73cmなので、十分な雪の量である。だがここで流れる歌は、決して山下達郎ではなく、津軽じょんがら節や花笠音頭であろう。これでは、クリスマスなのか、湯治なのか判らなくなってしまうが。

 

冗談はさておき、雪というモチーフが、冬を代表する文様として多彩に表現されていることは間違いない。特に、六角形を基本とする雪結晶は、デザインとしても美しく、それは雪華文様という名前で呼ばれている。

江戸後期に著された「雪華図説」により、流行が始まったこの文様は、伝統的な文様の古さを感じさせず、モダンで現代感覚に溢れている。都会的な華やかさと、ロマンティックな雰囲気を印象付ける、特異な旬の文様とも言えよう。今日取り上げるキモノは、余計な図案をつけず、雪華文だけで表現された品物である。

 

(一越紅碧地色 雪華文様 型京友禅付下げ・トキワ商事)

呉服屋では、メーカーが作った品物をそのまま仕入れるのではなく、時に地色や模様に挿されている配色を変えるように依頼することがある。特に地色は、表現されている模様に対して、自分のイメージと違う場合あり、それが品物の雰囲気にそぐわないと考えた時には、色を変えての別誂を頼む。

地色を変えると言っても、型友禅ならば模様はそのまま同じ型を使えば良いので、決して難しいことではない。だから作り手であるメーカーも、付下げや小紋では、気軽に店主の希望に応じたモノ作りをしてくれる。

この付下げは、京都の染メーカー・トキワ商事の社長が提案してきた品物だが、最初に持ってきた時の地色は、銀鼠色であった。雪華文だけの潔い図案で、控えめながら華やかさもあり、旬の意識もある。模様は気に入ったのだが、地色が鼠色ではどうもしっくり来ない。

実際の雪空は、元の地色のようなくすんだ灰色かもしれないが、雪華文様を印象つけて散らすためには、少し鮮やかな背景色が欲しい。だが、そうは言ってもやはり暖色系は使い難い。そこで考えたのが、この深い青紫色だった。寒色なので冷たいイメージを残すものの、雪華には相応しく、光にも映えそうな気がしたからだ。そして、澄み切った青で、雪華の図案を清楚に印象付けたかったこともある。

模様の中心、上前おくみと身頃を写したところ。

ご覧のように、着姿の中心となる上前には、間隔を置いて幾つもの雪華を散らしている。模様に繋がりが無いので、地色が否応無く目立つ。このような模様配置を「地空き」と呼ぶ。だからこそ、地の色が問題となり、色次第でこのキモノの雰囲気が大きく変わってしまう。

この紫を感じる青を、紅碧(べにみどり)色、あるいは紅掛空色(べにかけそらいろ)と呼ぶが、これは、微かに紅を含んだ空色のことだ。澄み切った青い空のことを「碧天(へきてん)」と言うが、この色がそれに当たる。考えてみれば、雪が止んだ直後、雲が切れて覗く青い空の色は、確かにこんな紅碧色をしている。

様々な形状に描かれた雪華文様。いずれも六角形である。

この雪結晶の形は、水が氷へと変化する時の分子構造が六角形となることで生まれる。そしてこの角に水が張り付いて凍ることで、花のような美しい文様となる。形は、結晶を形成する時の湿度や温度に左右され、その都度、大きさも形状も変わる。

雪の結晶は、大まかに35~39種類に分類されるが、そこからそれぞれ派生した模様は、二千種類にも及ぶようだ。上の画像でも、形を変えた結晶を、それぞれの雪華模様で見ることが出来る。

左下の水色と芥子色で挿した雪華は、中心の六角板から垂直に枝が伸びる形状で、これを立体樹枝付角板と呼ぶ。また、真ん中の一番大きな図案は、中心から枝が六本延びているので、樹枝六花という名前が付いている。また右上の花弁のように見えている結晶は、先端が広いことから広幅六花とされる。

一番大きい図案・樹枝六花。中心の六角形には、エメラルドグリーンの刺繍を施し、枝の先端は、ベージュでぼかしを入れている。どの模様にも、地色からほんのりと浮き上がってみえるような、優しい配色が見られる。決して主張はしないが、それぞれの雪華には個性がある。

澄み切った空の色と、雪華を組み合わせた優しい付下げ。この雰囲気を壊すことなく、華やかさを持たせるためには、どのような帯を使えば良いのか。すこしクリスマスの雰囲気を加味しながら、考えることにしよう。

 

(黒地 古代ギリシャミノア文様 袋帯・帯屋捨松)

帯屋捨松の帯には、他の織屋には見られない、大胆で斬新な図案が数多く使われている。その特徴ある意匠から、ひと目みてそれは「捨松の帯」と判るくらいだ。多くの機屋が、正倉院伝来の天平模様や、平安期以降に生まれた日本固有の文様を中心に考えて図案を作る中、捨松は、帯デザインのモチーフを世界中から探している。

それは、中世・北欧の刺繍模様であったり、旧ソビエト・ウクライナの花模様であったり、インカの装飾品にあしらわれていた模様だったりするが、そのどれもが、それぞれの国の歴史と風土が息づいたものだ。

日本に古典模様と位置付けられる固有の文様があるように、世界のどんな国でも、個性豊かな独特の文様を持っている。その優れたデザインを学び、帯のモチーフを広げることが、独創的なモノ作りには欠かせない。図案作りの目を世界に広げるこうした意識が、捨松独特の個性的な帯が生まれる背景にある。

ミノア文様と名付けられた帯図案。ミノアとは聞きなれない名前だが、これは、紀元前2000年頃、地中海に浮かぶクレタ島を中心に起こった、最も古いヨーロッパ文明の一つ、古代ギリシャのミノア(ミノス)文明のことである。島最大の遺跡・クノッソスでは、大規模な宮殿跡があり、そこには農作物の貯蔵施設や、土器や織物の製作施設も見られ、すでに都市としての機能を相当有していたことが判る。

この時代、すでに青銅器を使っていたが、土器も様々な形態、装飾を施したものが作られていた。ミノアで製作された土器は、発見された土地の名前から「カマレス陶器」と呼ばれるが、その象徴的な文様は渦巻文であった。

島国・ミノアの人々が、渦を巻く海の姿を文様に取り入れたと考えられるが、この古代クレタの渦巻模様こそが、原始ヨーロッパを象徴する文様であり、時代を経るごとに、抽象的な渦巻きは変貌し、やがて蔓や花を持った唐草へと繋がっていく。

カマレス陶器にあしらわれた文様にも、渦巻文から唐草や唐花へと変化した姿が見受けられる。この帯の大胆な大唐草は、そんなカマレス装飾の一つをモチーフにしたものなのであろう。

お太鼓の形を作ると、カナダ国旗・メイプルリーフに似た、ミノア文唐花の姿がくっきりと浮かび上がる。地色が黒だけに、大胆で鮮やかな独特の華やかさを持つ、目立つ図案となっている。では、このようなヨーロッパ的なデザインと、雪華文を組み合わせるとどのような姿になるのか、試してみよう。

 

模様に主張が少なく、モチーフが雪華だけというシンプルな付下げだけに、インパクトの強い帯の図案が生きる。キモノ地色の紅碧色と、黒い帯地の相性が良く、引き締まった着姿になるように思う。

元々雪華文は、古典でありながらモダンさを持ち、セーターのデザインとしてもよく使われるように、どちらかと言えば、和装よりも洋装的な雰囲気がある。だから、こうしたヨーロッパ的な唐草図案が相応しいのだろう。モチーフとしても、気象文様と植物模様の組み合わせなので、すっきりとまとまる。

前の合わせ。帯の大唐花に挿された濃いピンク色が、アクセントになっている。この色があることで、華やかさが出てくる。寒色中心の着姿では、どこかにほんの少しだけ主張の強い暖色を使うと、雰囲気は変わる。

思い切って真紅のゆるぎ帯〆を使い、クリスマスっぽく仕上げてみた。帯揚げは、白地に赤いハートマークを染め抜いた面白い図案。赤ではなく、帯の濃いピンク唐花の色とリンクさせても、面白いだろう。(帯〆・今河織物 帯揚げ・龍工房)

 

今年最後のコーディネートは、洋装的な雰囲気を和装に取り入れた組み合わせをご紹介してみた。もちろん、日本的な古典模様で冬を表現することは、和装としては王道かも知れないが、時として、こうした西洋的なデザインを取り入れることがあっても良いだろう。輝きを増す12月の街では、こんな装いが、なお映えるような気がする。最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

今年も毎月一度、テーマを絞って帯とキモノ、小物のコーディネートをしてきた。振袖、訪問着、付下げ、小紋、紬、夏薄物と、出来るだけアイテムが偏らないように、その月に相応しい季節感を意識した品物を選んできたつもりだが、どうだっただろうか。

もちろん、バイク呉服屋の個人的な好みに基づく組み合わせなので、その印象は、人それぞれに異なるだろう。けれども、読者の方々がご自分の着姿を演出する際に、このコーディネートが少しでも参考になるのであれば、大変嬉しい。来年も、バリエーション豊富に、旬の着姿を考えて行きたい。

 

クリスマスを控えた土曜日の夜九時。皆様は、どこでどんな夜を過ごしているのでしょうか。家族で、カップルで、気心の知れた友人同士で、そして一人で。

不思議なことに、クリスマスの一日というのは、20年、30年前ことでも思い出としてふと甦ることがあります。やはりこの日は、一年の中でも、「記憶の中の瞬間」として捉えられる「特別な一日」なのかも知れませんね。

苦しみながらブログ原稿を書き終えた私は、これから、暖かい風呂が用意されている我が家へ帰ります。クリスマスに特別なイベントは何もありませんが、こんな平凡な日常があることこそ、幸せなことだと思います。皆様も、良き週末となりますように。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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