バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

10月のコーディネート  モダンな菊で、個性的に秋を装う

2018.10 14

皆様は、特定の数字にこだわりがあるだろうか。例えば、車のナンバープレートを決める時には、自分の好きな番号や、思い入れのある数字を選ぶ方が多い。そしてそこには、自分や子ども、配偶者の誕生日とか、家族の記念日を組み込む人もおられよう。

一般的に好まれる数字は、やはり7だろう。言わずと知れた野球のラッキーセブンに始まり、スロットマシーンでこの数字が揃うと、コインが山のように出て来て、大儲けとなる。そして、日本で幸福をもたらす神様は、七福神であり、七五三は、子どもの成長を祝う喜ばしい日となる。

その一方で、最も避けられる数字は、4。病院やホテルでは、病室や部屋番号にこの数字を外すところがある。やはり読み方で、4は「死」を連想させてしまうからだ。

 

様々なことから考えてみると、多くの人は、偶数より奇数の方が、縁起の良い数字と認識していると思えるが、ここには、中国で生まれた陰陽思想が息づいている。この思想は、世の中で起こる全てのことは、対峙して向かい合う二つの事象の中から、生まれてくるとするもの。

夜が陰で昼が陽。女性が陰で男性が陽。死が陰で生が陽。方向は、下・後・左が陰で、上・前・右が陽。そして数字は、偶数が陰で、奇数が陽。自然の秩序とは、陽と陰とが調和することで保たれると、考えられている。

 

この陰陽思想に基づき、年中行事として日本で定着したのが、節句である。特に、五節句は季節の節目で催される大切な行事とされ、江戸時代までは祝日だった。

1月7日(人日・じんじつ)、3月3日(上巳・じょうし)、5月5日(端午・たんご)、7月7日(七夕・しちせき)、9月9日(重陽・ちょうよう)。どの日も、奇数が重なる日だが、陰陽思想からすれば、陽だけが重なるというのは、縁起が悪いとされる。だから、もともとこの行事には「邪気払い」の意味が込められていた。これが時代を経るうちに、邪気払いよりも、陽が重なる吉祥の意味が大きくなり、お祝いの日と考えられるようになったのである。

七草がゆ、桃の節句(女の子のお祭り)、端午の節句(男の子のお祭り)、七夕には馴染みがあっても、最後の重陽の節句は、あまり知られていない。だが、奇数数字の中で一番大きい9が重なるこの日こそが、五節句の中で、最も吉日と言えるかも知れない。

 

重陽の節句は、別名・菊の節句とも呼ばれ、菊を飾り菊酒を飲んで祝う。今年の旧暦・9月9日は、10月17日である。そして、二十四節気をさらに三つに分けた七十二候では、今は丁度「菊花開(きくのはなひらく)」に当たる。

そこで今日は、今月のコーディネートとして、今が旬の花「菊」をモチーフにしたキモノと帯を使って、考えてみたい。秋の花として最も馴染み深い「菊」を、どのようにすれば個性的な姿として形作ることが出来るか。菊花を非凡なるデザインとして仕上げた、品物同士の組み合わせをご覧頂くことにしよう。

 

(薄クリーム地蔓菊あざみ模様 加賀友禅訪問着・青墨大菊花重ね 手織袋帯)

考えてみれば、菊ほど、様々に意匠化されている花は無いだろう。鑑賞用の大ぶりな一輪菊から、仏前花として使う一般的な花、そして野に密やかに咲く花。用途も花の種類、形態も豊富なだけに、キモノや帯の中でも、単独であるいは特定模様とコラボして、多彩な姿を見せている。

特に、形状が図案化しやすい一輪菊の中でも、「厚モノ」と呼ばれ、花の中心が盛り上がった花をモチーフにすると、迫力のある豪華な模様となり、また、花芯から放射状に管のような花弁が広がる「管モノ」を使えば、他の花には見られない華やかな印象を残すことが出来る。

そして、平たい花弁が並ぶ一文字菊には、皇室の紋章「十六弁菊」を思い起こさせて、恭しくなる。その一方、秋草と一緒にあしらわれる野菊には、慎ましやかさを感じ、また西洋の菊・マーガレットは、清楚なイメージが広がる。

このように、単純に菊模様と言っても、何をどのようにイメージし、品物の上でデザインするかによって、雰囲気は全く違ってくる。これからご紹介するキモノと帯は、それぞれ「菊」だけを題材とし、豊かな創造力で、モダンな姿に表現したものである。

 

(薄クリーム地 蔓菊花アザミ模様 加賀友禅訪問着・上田外茂治  売約品)

加賀友禅の中であしらわれる花は、どうしても写実的・絵画的になるため、ある一定の描き方になりやすく、イメージが固まってしまう。菊の花とて例外ではなく、模様の中心花となる時には、大ぶりな花弁の厚モノを使い、それほど目立つ必要のない時には、一文字菊を散りばめる。どちらにせよ、平面的な姿であり、菊そのものが立体的に見えることは少ない。

しかしこの品物は、これまで加賀友禅で表現されてきた、「菊」という花模様のイメージとは、まったく違う斬新さに溢れている。まずそれは、画像で判るように、蔓を持った菊が、裾から袖や肩まで大きく広がって、一つの模様となって統一されていること。

そもそも菊に蔓を付けるという発想が、この訪問着の印象に大きく影響している。流線形の蔓を描くと、全体に立体感が生まれる。流れるような図案が、模様をリズミカルにし、動きのある姿に変えている。

そしてもう一つ特徴的なのが、見たこともないような菊花のデザイン化。ご覧の通り、花弁の先を鋭角にした姿は、アザミを連想させる。私が、この品物を「蔓菊アザミ」と名付けたのは、この花の姿があるからだ。そして花芯は、作者の遊び心を感じる色とりどりの凹凸で、構成されている。

 

不思議な凹凸状の花芯を付けた、模様の中心となる菊。

扇状の花芯をあしらった、もう一つの菊。

異なる図案の二枚の花弁を、拡大してみたが、双方ともぼかしの技術を駆使して、放射状に広がる花弁を強調している。そして配色にも、既存の菊に捉われない面白さが見える。これまで、菊花をブルーや青紫系の色で表現した品物は、ほとんど記憶に無い。特に、見たままの姿・写実性を重視する古典的な加賀友禅では、およそ考えられない。

けれども、模様全体を見れば見るほど、この個性的なモダン菊の姿が違和感なく入り込み、ピタリと調和している。むしろありきたりな菊では、全くそぐわない。蔓を伸ばしたこの構図だからこそ、この菊の描き方や配色があるのだろう。

袖から肩にかかる模様を写してみた。全体に広がる蔓菊の中に、白・薄茶・グレーに縁取られた色挿しのない大輪の花弁が見える。このあしらいが、菊をモチーフとしている品物であることを、より印象付けている。

 

この訪問着の作者・上田外茂治の落款は、「外」。

上田外茂治(うえだともじ)氏は、1946(昭和21)年・金沢市の生まれで、現在69歳になる。金沢美術工藝大学で染色を専攻し、大阪市のデザイン会社に勤めた後に、毎田仁郎氏に弟子入り。1984(昭和59)年に落款登録され、独立する。系譜から見ると、毎田仁郎の弟子なので、木村雨山の孫弟子にあたる。また、白坂幸蔵・百貫華峰・毎田健治は、同門となる。

上田氏は現在、石川県の無形文化財保持者であり、日本工芸会の準会員として活躍している。そして、加賀友禅技術の保存と継承の役割を担っている「加賀友禅技術保存会会員」であり、いわば現代加賀作家の重鎮の一人に数えられよう。なお、県の文化財保持者に指定され、保存会会員となっている作家は、上田氏の他に、柿本市郎・中町博志・由水煌人・高平良隆・杉村典重・白坂幸蔵・二代目由水十久・窪田裕兆の各氏で、合計十名。

現在70歳近くになられ、加賀友禅の中心的作家として活躍されている方だが、この訪問着に描かれた菊の意匠は、何ともモダンで、瑞々しささえ感じられる。そして、上田外茂治の作品には、写実性の高い、いかにも加賀らしい絵画的なものもある。つまりこの方は、写実的・図案的双方の視点から、モチーフを描くことが出来る、しなやかな作家と言えよう。

では、この斬新な感覚の加賀友禅に合わせる帯は、どんなものを選べば良いのか。考えることにしよう。

 

(青墨大輪菊重ね 手織袋帯・滋賀喜織物 織手 小川直人)

環状に巻いた渦を思わせる大輪の菊花を、帯巾いっぱいに織り上げた袋帯。中心の蘂から、外に向かって少しずつ大きくなっていく花弁が、模様に奥行きと遠近感を醸し出す。大胆でありながら、とても細密な構図。

この帯を最初に見た時、菊をモチーフに採っているとは、すぐに判らなかった。それは図案もだが、菊らしからぬ配色のためである。空色と銀、薄グレーと金。二輪の大菊の色合いは、単純でいて菊本来の色とはほど遠い。

拡大して見ると、ひとひらずつ丁寧に織り込んでいる菊の姿が、浮かび上がる。紋図の細やかさと同時に、気の遠くなるような織手間が想像出来る。

やや斜めから中心を写すと、小惑星のようにも見える。単純な色連ねだけに、迫力が増す。蘂を表す金の粒が、光っている。

この帯を製作したのは、1936(昭和11)年に西陣で創業した、滋賀喜一郎の名前をそのまま社名にした「滋賀喜(しがき)織物」。この織屋は、現在西陣で唯一と言っても良いほど、手織専業のメーカーである。

和紙に漆を塗り、密度の高い金箔を巻きつけて、細く裁断する。滋賀喜の本金引箔帯は、通常の袋帯の1.5倍・約80本ほどの緯糸を打ち込んで織り出されているため、使う引箔糸は極めて細い。だから、手織りにこだわることは、糸質にもこだわることに繋がっていく。

この細密な図案の帯は、材料と織技法に妥協をしない滋賀喜というメーカーだからこそ、生まれたものと言えるだろう。そして、そのモノ作りの姿勢を反映するように、この帯は見た目とは異なり、極めて軽く、しなやかな風合い。

この帯全体を見渡すと、模様の迫力に圧倒されて、合わせるキモノを選んでしまうように思われるが、こうしてお太鼓の形を作ってみると、螺旋状の花びらの美しさが際立ち、菊花の大胆さが上手く抑えられているように思う。

ではこの帯を、流れる蔓菊のモダンな加賀訪問着に、コーディネートしてみよう。

 

双方とも、菊をモチーフにしながらも、菊を意識させないことを、品物の主眼に置いている。「菊ならずして菊」という共通点を持つもの同士を組み合わせると、菊そのものの季節感が薄れるために、さりげなく旬を意識した着姿が、演出出来る。

そして、模様のモダンな姿だけでなく、この帯とキモノの配色にも共通点がある。それは、本来の菊の色には捉われない「青系色」をメインに据えているところ。訪問着の花にあしらわれている澄んだ青と、帯花の青がリンクするため、着姿に統一された印象を残す。また、キモノ地色の柔らかく、明るいクリーム地との相性も良い。

 

前の合わせ。帯にあしらわれている二色の菊花のうち、どちらをメインに持ってくるかで、雰囲気が変わる。帯を強調したい時は、やはり青菊で、おとなしくまとめたい時は、薄グレー菊にする。帯模様の前姿を工夫することで、着姿に広がりが生まれる、そんな一組かと思う。

キモノのアザミ菊の挿し色・赤紫色を意識して、小物を合わせてみた。帯揚げは、極薄い藤色を使い、帯〆は、金糸で亀甲模様を組み込んだ赤紫ぼかし。帯の金糸と重なって、すこしくどくなるきらいがあるので、金の入らないワインレッド系の帯〆を使った方が、すっきりとまとまるかも知れない。(帯〆・龍工房 帯揚げ・加藤萬)

 

フォーマルを個性的に装うというのは、難しいことだが、独特の感性を持つ稀有な作り手だからこそ、デザイン性豊かな模様が生まれ、その双方を組み合わせることで、より着姿が印象付けられる。個性を体現することは、優れた図案を見定めることだろう。

無論、写実的な文様と古典的な帯で、カッチリとまとめることも良いが、時には、見る者を唸らせるような、「捻り技を加えた」着姿があって良い。作り手が意識したモチーフのデザインを感じ取りながら、自分だけの装いを形作る。これも、キモノだけが持つコーディネートの奥深さの一つかと思う。

最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

ただ単に、オーソドックスなモチーフを様々に図案化してあれば、何でも良い訳ではありません。今日ご紹介した加賀訪問着には、描く作家の優れた技術があり、袋帯には、上質な糸と確かな腕を持つ織人の存在があります。つまり、いかにデザインが優れていても、表現する力が乏しければ、きちんとした品物にはなり得ないということです。

作り手の個性を感じることが出来る品物は、年々少なくなってきました。それは、差し障りのない図案の方が、捌けやすいと多くの業界人が考えているからでしょう。キモノや帯の需要が減るにつれ、この傾向はなお顕著になってしまいました。

しかし、個性的な図案ほど、作者の思い入れを感じることが出来ます。「売れるか売れないか」だけで、モノ作りを考えるのではなく、誰かが見初めてくれると信じ、自由な発想でモノ作りをして欲しいものです。そうでないと、お客様の「選ぶ楽しみ」は、限りなく少なくなってしまいますので。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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