バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

バイク呉服屋への指令(5)手持ち品を生かし、振袖姿を整えよ(前編)

2018.10 21

今、大学医学部入試における、女子の差別が問題になっている。大学が女子の入学を避ける理由は、女性が将来医師となった時に、結婚や出産、育児などで一時仕事を離れることが考えられ、継続して職場の戦力になりにくいことが、挙げられている。

このことは、医師の世界に止まらず、日本社会全体に蔓延っている「ジェンダー(男女の性差別)」の問題とも言える。男女雇用機会均等法が生まれて30年以上経つというのに、少しもこの難題が解決する方向に進まない。

内閣府の調査によれば、OECD加盟国の中で、男女の賃金格差は下から3番目に高く、管理職に女子が占める割合は、韓国に次いで下から2番目に低く、国会議員の数に至っては、最下位。ここから見えてくるのは、男女それぞれが持つ特性を尊重し、社会環境を構築するという基本が、この国には出来ていないという証であろう。

 

女子が入り難い医師の世界ではあるが、実際に医師国家試験の合格率を見ると、女子が男子を上回っている。これだけでなく、全大学の合格率を見ても、女子が優勢である。女の子には、真面目でコツコツと目標に向かって努力するイメージがあるが、まさにそれを裏付けたことと言えそうだ。

現在、四年制大学の進学率は、49.9%。男女比を見ると、男子が54%で、女子が45.6%。いずれにせよ、男女を問わず二人に一人が四年制大学へ進む時代である。バイク呉服屋が大学に入った1979年には、男子が39.3%、女子12.2%だったことを考えると、この40年で、女子の進学率は4倍にもなった。

これだけ学ぶ意欲のある女性が増え、高い知識や技能を身につける時代になったにも関わらず、社会環境が全く追いついていない。「男は外で働き、女は家を守る」とされた時代の残滓を、いつまで引きずるつもりだろうか。社会を構成する企業経営者はもとより、政治家の意識が劇的に変わらなければ、少子化の問題など、永遠に解決出来まい。そしてそのうちに、国そのものが廃れる。

 

さて、女子の進学率が高まったこの40年だが、授業料も異例のスピードで高くなった。1978年の国立大学授業料は、144.000円。私立大学は平均で、286.000円だったものが、昨年度は、国立が535.000円で、私立が868.000円。国立・私立とも、3倍に跳ね上がっている。

この結果、大学を志す子どもを持つ親の学費の負担は、かなり過重なものになっている。我が家も、奨学金の世話になりながら、ようやく三人の娘を大学に進ませたが、おかげさまで、金庫はぺんぺん草も生えないほど、空になってしまった。

従って多くの家庭が、厳しい家計事情を抱えながら、娘の成人の時を迎えることになり、その衣装を整えるための出費は、何とか抑えたいと考えることは当然であろう。その一方で、娘が大人になった節目には、満足出来る品物を着用させて祝いたいというのも、親ならではの気持ちであろう。

そこで今日から二回は、「負担を出来るだけ軽くしながらも、娘の希望を尊重して、良質な振袖姿を整えたい」というお客様の依頼・指令に対して、バイク呉服屋がどのような答えを出したのか。最近手掛けた二つのケースを例に取り、お話することにしよう。

 

緑青色 つゆ芝に橘模様・京型友禅振袖(菱一) 黒地 花菱模様・袋帯(手持品)

バイク呉服屋は、展示会を開くこともなく、売り込み営業に歩くこともない。基本的には、お客様の依頼を受けて仕事を請け負うという、いわば「待ちの商売」である。だから依頼が無ければ、毎日呆然として店に座っているだけになってしまうが、有難いことにそのような事態にはならず、割と忙しくさせて頂いている。

このブログを公開して以来、わざわざ遠方から声を掛けて頂く機会が増えたが、ほとんどの方が、まずメールや電話で依頼内容の相談をされる。だが、何の前触れもなく、いきなりやって来られる場合もある。

 

ある日曜日の朝、「今日は営業していますか?」とだけ訪ねる、短い電話があった。そして数時間後、一組の母娘が店にやって来た。「先ほど電話を頂いた方ですよね」と聞くと、そうだと言う。そして電話のすぐ後、神奈川の平塚から車を飛ばしてきたと話す。私は、遠方からいきなり来られたことに驚いてしまった。

「いつもブログを拝見していて、ここなら、私と娘の希望をかなえて頂けると思いまして」などと話される。遠い距離をものともせずに、来店して頂いたことに恐縮しながらも、とりあえずどんな依頼なのか、聞いてみることにした。

 

「来年成人を迎えるこの子に、振袖を誂えてあげたいのですが、やはり限度があります。そこで、全て新しい品物を揃えるのではなく、今持っている品物を生かしながら、許せる範囲で上質なモノを選び、納得出来る姿にしたいのですが・・・」。

さらに話を聞いてみると、これまで近くの呉服店や振袖専門の店に相談したものの、思うような提案が得られなかったとのこと。「どこも、新しい品物をセットで勧めるばかりで」と嘆く。良心的な専門店なら、当然すでにある品物を上手く使い回しながら、希望する形に仕上げることを考えるだろうが、この方は運悪く、そういう店には出会えなかったのだろう。

無論、きちんと仕事の出来る呉服屋は、神奈川県内にもあるはず。けれども、そんな店の情報がほとんど発信されていないがために、うちのような遠方の店に足を運ぶことになってしまったのだ。

とにかく今回は、「この店ならば」と期待されていることに変わりはなく、私の責任は重大である。とりあえず、手持ちの品物を拝見した上で、それをどのように生かすか考え、新しく誂える品物には、どんな希望があるのか、具体的な話を伺うことにした。

 

お客様が持参された品物。黒地花菱模様の袋帯と、橙色ぼかしの振袖用長襦袢。

まずお客様が希望される条件は、上の画像にある手持ちの袋帯と長襦袢を使うこと。そこで新しく誂えるものは、振袖とそれに見合う小物類となる。

帯と襦袢を新しくしない分、振袖には質の良いモノを選びたい。つまりキモノに価格を集中させることになる。けれども、「恥ずかしながら、予算がありまして」というので聞いてみると、出来れば30万円くらいでとのこと。

巷で売られている振袖フルセットの価格帯が、20~50万円なので、この30万円というのは、標準的な収入の家庭が考える常識的な価格であろう。最初に話したように、学費負担の大きい大学生を抱えると、やりくりが大変になる。以前うちの娘に新しく誂えた振袖を、ブログでご紹介したが、その時の我が家の財政状況では、呉服屋と言えども、とても上質な「手描き友禅」など作ってやることが出来なかった。

 

そこで、もっとも重要なことは、この袋帯を生かす振袖はどのような色目、模様になるのかということだ。求める品物の質は、当然インクジェットなど論外で、型友禅の手挿し。そしてその中でも、質感の高いものを探さなければならない。

幸いなことに、この帯は金糸使いが多い黒地で、図案はオーソドックスな大きい花菱。これなら、キモノの色を選ばず、合わせやすい。つまり、振袖の色目に選択の幅が大きいことになる。そこで、一緒に来られた娘さんに、どんなキモノの色を希望するのかを聞いてみたところ、赤か緑を着てみたいと言う。模様は特にこだわらないが、いかにもキモノらしい古典柄が良いようだ。

これで、具体的に私が探す品物が決まった。30万円ほどの手挿し型友禅で、赤か緑地色の厭きの来ない古典模様。帯〆や帯揚げ、襦袢の刺繍衿、伊達衿は、キモノと帯の組み合わせを見ながら、コーディネートすることになる。

 

お母さんと娘さんの話を聞くほどに、二人の納得のいく良い品物を探さなければ、という気持ちが強くなる。やはりこのような依頼を受ける時は、リアルにお客様と向き合うことが大切で、顔の見えないメールや電話では、相手の気持ちが伝わり難い。

「では、何とか致しましょう」と、私は引き受けることにした。けれどもこの時、店の在庫に相応しい品物が無かった。元々うちの商売は、振袖を軸にしている訳ではないので、持っている数も限られている。そこで、取引先を当たって、品物を探すことにした。揃ったところで連絡をすると約束し、日を改めてまた来店して頂くことになった。お母さんは、遠くから来ることは全く厭わないと話しながら、帰って行かれた。

 

(緑青色 つゆ芝に松と橘 手挿し京型友禅振袖・菱一扱い 京都・久保耕製作)

うちの取引先で、良質な染モノを扱うメーカーとなると、やはり菱一になる。そこでうちの担当者に、今回のいきさつを話したところ、型友禅の中でも良質な品物を、出来る限りの価格で出してもらうことが出来た。

集めた振袖は、10枚。赤系が7点で、緑系が3点。いずれも手堅い古典模様の型糸目手挿し京友禅。どれを選んで頂いても、手持ちの黒地花菱帯と上手く合うことが前提になっている。そして、小物は加藤萬の品物を用意した。帯〆や刺繍衿は、常に在庫として持っているので、改めて準備する必要は無い。

 

品物が揃ったことを連絡すると、普段は実家を離れ、都内で大学生活を送っている娘さんとお母さんとが連れ立って、再び店にやって来られた。

提案した10枚の中から、真っ先に気に入って頂いた品物が、この鮮やかな緑青色の振袖。希望された緑系地色の中でも、パステル調の優しい色目が目を惹いたという。そして、散りばめられた橘の花が可愛く、若さを印象付ける。母娘とも、意見の相違は無く、すんなりと品物が決まった。

振袖の耳に付いている京友禅・伝統工芸品証紙。手挿し型友禅である記載も見える。

この振袖を製作したのは、1938(昭和13)年創業の京友禅メーカー・久保耕(くぼこう)。箔や刺繍を駆使した上質な手描き友禅や、丁寧に色挿しした型友禅を作る老舗だけに、描く模様のほとんどがポピュラーな古典柄。菱一は、普段から久保耕と取引があるため、今回この品物を提示出来た。

 

絵羽付けになっていた振袖は、解いて湯のし整理を済ませ、店に戻ってきた。手持ちの袋帯は、京都の帯専門の職人に出して、丸洗いとシワ伸しを施し、さらに糸ほつれの有無を確認させる。襦袢は、解いて洗張りを済ませ、新たに橙色と若草色が配色された刺繍衿を付けた上、娘さんの寸法に合わせて仕立て直す。

仕立て上がった最終形。伊達衿、帯〆、絞り帯揚げと、合わせた小物は何れも「橘の色」を意識した橙色で統一してみた。小物は全て加藤萬。

 

先日お客様には、品物が出来上がったことを連絡させて頂いたが、まだ納品されてはいない。申し訳ないと思いつつも、一足早くブログでご紹介させて頂いた。けれども、手持ちの帯と襦袢を生かしきった、納得出来る振袖姿になったことは、間違い無い。私は読者の皆様に、このような振袖の選び方があることを、知って頂きたかった。

この振袖を選び、さらに小物のコーディネートを済ませた後の、お母さんと娘さんの満足そうな表情を見るにつけ、私は今回の仕事を引き受けて良かったと、心から思えた。未婚女性の第一礼装・振袖。その姿には娘を思う親の愛情が、溢れている。

次回は、また違う形の「手持ち品」を生かした振袖姿を、ご紹介することにしよう。

 

すでに持っている品物を生かしつつ、新たな着姿を作ることは、何も振袖に限ったことではありません。それぞれの家の箪笥には、これまで晴れやかな場面を飾った衣装が、多く残されていると思われます。

そんなキモノや帯は、時を経たとしても、色や模様が時代にそぐわなくなるようなことはありません。流行に捉われず、世代を越えて使えることこそが、この民族衣装の最大の特徴でありましょう。

既存の品物と新たな品物を、着姿の中で融合させる。双方を共存させる着姿を、どのように形作るのか。それを考えることは、難しくもあり、楽しさもあります。そして、こんな機会を持つことは、お客様が和装に関心を持つきっかけにもなるでしょう。

大切なのは、相談を受ける呉服屋が、「売ることありき」ではなく、「いかに生かせるか」を考えること。どんなことであれ、お客様の希望に柔軟に対応出来る「引き出し」をたくさん持つことが、最も必要になりますね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

なお、明日22日(月)~26日(金)までは、私用のためお休みさせて頂きます。また、この間に頂いたメールのお返事も遅れてしまいますことを、ご了承下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

ご感想・ご要望はこちらから e-mail : matsuki-gofuku@mx6.nns.ne.jp

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