バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

夏の薄物を守る紗のコート地を、お洒落に使いこなす

2018.08 11

ここのところ連日のように、40℃を越える地域がある。とりわけ名古屋や岐阜など、東海地方一帯は酷い暑さが続く。おかげで、これまで「暑い街」として知られている熊谷や館林、そして甲府も、その日の最高気温を記録することが少なくなっている。

人間の体温は、平常時で36.5℃くらいだが、気温がこれを越えると体を調節する機能が失われるように思う。都市では、灼熱の太陽と空調機から排出する熱風により、歩いているだけでクラクラする。光を浴びた道路のアスファルトは、夜になっても熱が下がらず、熱帯夜を演出する大きな要因となっている。暦の上では、秋の入り口・立秋を過ぎたが、夏の終わりは全く見えてこない。

 

この暑さのさなか、キモノを着用することは、かなり勇気が必要だろう。絽や紗であっても、この尋常ではない気温の下で、街を歩くことはつらい。だから移動は、近距離でも車を使ったり、電車に乗ったりして、歩くことを極力避ける。

タクシーや電車の車内は、クーラーが効いていて涼しいが、長く乗ると寒くなってくる。今なら、外温との差が10℃以上あるので、予想以上に体感温度は下がる。冷房温度を低く設定しているオフィスで、まる一日働くと、体の節々が痛むという話もよく聞く。そこで、内外差の激しい夏ならではの、防寒対応が必要になってくる。

夏の和装には、夏の素材・紗を使ったコートが用意されている。これは温度調節の役割を果たすだけではなく、着用するキモノや帯に汚れが付かないようにする「塵避け」の意味も持つ。紗は、道行コートや道中着、雨コートと、様々なコート類に使うが、皆様にはあまり馴染みが無いかも知れない。

そこで今日は、薄物の季節にふさわしい紗のコート地を幾つかご紹介しながら、改めて、この素材の特徴をお話することにしよう。

 

(薄青磁色 組市松文様 紋紗コート地)

代表的な夏薄物は、絽・紗・羅などだが、いずれも生地に隙間があり、それが独特の透け感を作って涼やかさを醸し出す。この織り技法は各々異なり、それが生地の表情にも表れる。

織物というものは、平行に並んだ経糸に対し、直角に緯糸を交差させて形作るものだが、隙間を必要とする薄物には、それぞれに独特の技法が必要となる。最も特徴的なのは、従来の地を作る経糸のほかに、もう一つ左右によじれながら緯糸と絡み合う経糸が存在すること。この特殊な経糸を、綟(もじり)経糸と呼ぶが、この糸が位置を変えながら緯糸と絡み合うことで、隙間が生まれる。このような織技法のことを、綟織(もじりおり)または、搦織(からみおり)と言う。

2020年、東京オリンピック・パラリンピックの、大会エンブレムとして採用された「組市松紋」を織り出している。

綟・搦織の中で、最も早く日本に伝来してきたのが羅で、5世紀・飛鳥期の頃と推定されている。すでに中国では、漢の時代(紀元前206年~紀元後220年)に製織が進んでいたが、正倉院にも古裂が多く残っており、羅と平織を交互に織り出した珍しいものも、法隆寺裂には見られている。

羅の織技法は、複雑なものになると、隣合う経糸だけでなく2.3本飛ばした糸に緯糸を絡ませる。羅の織組織には、細かい網目状の「網綟り」と粗い籠目状の「籠綟り」があるが、これを併用して織り出す文様が「文羅」である。この文羅には、「振綜(ふるへ)」と呼ぶ特殊な綜絖を使うため、織の操作に大変な手間が掛かる。羅は、経糸の方向が直線でなはく、左右に綟れているために、織り出される文様は幾何学的なものが多く、菱文や斜め格子などが基本形。難しい技術を要する織物だけに、格の高い品物として扱われ、天皇や朝廷貴族の冠や夏衣装の素材として重用されていた。

 

(薄水色 水玉文様 紋紗コート地)

夏コートに相応しい、水玉模様の紗生地。薄物は、キモノにしてもコートにしても、薄地色を使い、織り出す文様も涼やかさを意識するものが多い。画像で畳が見えているように、着用すると、コートの上からぼんやりとキモノが映る着姿となる。またキモノが濃い地色の場合だと、より透け感が強く浮き出て、独特の雰囲気を作る。

日本に紗が伝わったのは、羅より少し遅く、奈良期になってから。中国でも、唐や宋の時代になって発達したが、技法が複雑で、織に時間が掛かる羅に代わり、広く用いられるようになった。

紗は、隣り合う二本の経糸の位置を、緯糸一本ごとに左右交代にし、その交差するところで経糸を重ねて、透かし目を作っている。製織には、羅と同様に、地綜絖と搦綜絖(ふるへ)が必要となる。地の経糸は、通常の地綜絖に通して開口するが、搦経糸は、地綜絖に通した後で地経糸の下をくぐって反対側に至り、そこで搦綜絖に通し、地経糸の左右に位置を移して製織される。こうして、地経糸とよじれた経糸の二本が一組となり、緯糸一越ごとに隙間が出来るのである。

紗織は平安期に入ってバリエーションが広がり、技法に工夫を凝らすことにより、様々な品物を産み出すようになった。紋紗は普通、二本の経糸を綟らせて織り上げるものだが、三本の経糸を綟らせるものが現れる。これが顕文紗(けんもんしゃ)で、一本糸を多く入れることにより、しっかりとした生地を作ることが出来る。

顕文紗は、この時代夏の公家装束に使われていたが、現在でも、古式に則って行われる皇室祭祀の装束や、神職や僧侶の衣、また能衣装の一部にも用いられている。

 

(虹ぼかし 四つ目菱文様 紋紗コート地)

紋紗図案で最もポピュラーな菱文。ご紹介している紗の反物は、いずれも着尺地なので、コート丈の長さはどのようにも対応出来る。7~8分丈の長いコートはもちろん、防水を施して雨コートに使うことも可能だ。

紋紗には白生地を織り上げたものと、先に糸を染めてから織ったものがあるが、通常では先練糸を染めて織り上げる。これは、織る前に糸の状態で精練し、色染めをする「お召し」と同じような工程をとることから、「紋紗御召」との呼び名も付いている。

下に白い紙を置いて、色の透け方を試してみた。ピンク、クリーム、水色で虹のように暈かされている。これは、糸を先染めして織り込んだものではなく、紋紗生地に、後からぼかし染めを施すことで、このような色の表情が出ている。

どの紗コート地も、無地感覚で織文様の表情を楽しむものであり、ある程度どんなキモノの地色にも対応出来るような、無難な薄色使いのものが多い。これならば、フォーマル、カジュアル双方に兼用出来るだろう。夏コートは、防寒の意味を含む冬用コートとは異なり、塵除けが主たる役割となるため、使い勝手の良いシンプルな無地系の品物が重宝するように思える。

なお、紗のコートを使用する季節は、明確な約束は無いものの、やはり単衣と薄物を使う6月上旬頃~9月中旬頃となるだろうが、昨今の季節変動の大きさを考えると、もう少し範囲が広がるかも知れない。着用の判断は、その日の天候や気温を勘案して、使う方次第ということになろうか。

 

(生成色裾紫ぼかし 小唐草文様 紋紗絵羽コート)

冬用コートでも、模様の位置が決まっている絵羽コートは、フォーマルモノの上で使うことが多いが、このように裾にぼかしが施されている紗絵羽も、絽訪問着、絽色留袖など格の高い夏キモノ、または単衣のフォーマルモノに合わせたい。

地紋は小さな唐草。コートはあくまで、目的地の道中で使い、中に入れば脱がなくてはならない。いわば一時の品物であり、着姿の脇役を担うアイテムと言えよう。であるから、フォーマルの上に着用するとすれば、あまり目立つことの無いこんな細かい地紋の方が、安心出来る。裾の紫ぼかしが、僅かなアクセントだが、これくらいならば品の良さも保てる。

 

紗コート地には、上の画像の品物のように、地文様の織り出しを持たない単純なものがある。細い縞や霞、菱格子が付いているが、紗生地に模様を後染めしたものも見られる。この三点は、どちらかと言えば、カジュアル向きのコート地と言えよう。

そして、紗であっても綟の技法を使った織ではなく、経と緯糸を搦り合わせないまま、透け感を表現したものがあるが、これは粋紗(すいしゃ)と区分けされる品物である。夏塩沢や薄御召は同様の技法で、節の多い玉糸を使って、紬のように仕上げているものだが、紗に類似することから、この織物を「擬紗(ぎしゃ)」と呼ぶことがある。

 

今日は季節限定で使う、紗のコート地について話を進めてきた。この品物は、キモノや帯を汚れから守り、着用時の体感温度を調節する役目を持つという、とても地味ではあるが、貴重な役割を担うアイテムだ。

目立たない品物ではあるが、紗という織物には長い歴史と、培われた技法が存在している。見た目の涼やかさを感じさせる「生地の隙間」には、我々が想像も付かないほどの、先人の智恵が結集している。

今日の稿では、そんな難しい紗の織技法を長々と説明したので、読まれる方は飽きてしまったかも知れない。だが、かような努力の上で、一つの織物が完成していることを、皆様に知って頂きたかった。機会があれば、ぜひ一度この生地を手に取って、ご覧になって頂きたい。

 

紗のコート地には、紋織の模様により、透け感が強く出るものと、そうでないものとがあります。そのため、初夏の単衣、盛夏、秋単衣と、品物を使い分ける方がおられます。コートを着用した時の着姿の映りを、季節に応じて微妙に変えていくことなどは、とても贅沢なこだわりであり、究極のお洒落と言えましょう。ここまでくれば、キモノ上級者の域ですね。

今年の夏は、今まで経験したことが無いような異常な暑さに悩まされていますが、今日の稿で涼しげな紗をご覧になり、ほんの少しだけでも、爽やかさを感じて頂けたなら嬉しいです。

 

バイク呉服屋も、かなり暑さにこたえているので、明日から一週間夏休みを頂きます。それに伴い、次回のブログの更新は、19日前後を予定しています。なお、頂戴したメールのお返事が遅れてしまうことも、お許し下さい。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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