東京の地下鉄には、聞き覚えのある発車メロディを流す駅が、幾つもある。一昔前までは、構内にけたたましいベルやアラーム音が鳴り響き、乗車を急き立てていたのだが、耳慣れたメロディだと、穏やかな気持ちで発車を待てるような気がする。
発車メロディが導入されたのは、1990年代からだが、使っている歌の多くが、その駅と所縁があるもの。歌詞に地名が入っていたり、駅周辺の風景を歌っているものだが、どれもが馴染みのあるスタンダードな歌で、聞いただけで地名を思い起こす。
例えば、銀座線の浅草駅で使っているメロディは、滝廉太郎作曲の唱歌・花。誰もが知っている「春のうららの隅田川」は、浅草駅の傍を流れている。上野駅は、森山直太朗の「さくら」。これは、桜の名所・上野公園の最寄駅ということか。神田駅のお祭りマンボは、1952(昭和27)年・美空ひばりのヒット曲なので、若い方には馴染みが薄いかもしれない。「ソレソレソレ、お祭りだぁ~」の歌詞は、軽快なメロディとともに、耳に残る。神田でお祭りと言えばもちろん、江戸三大祭りの一つ、神田明神の神田祭のことである。
東京の中の東京と言えば、昔も今も日本橋。江戸時代、五街道の起点となったこの橋の界隈は、いち早く商店が立ち並び、近世の文化都市・江戸を代表する繁華街となった。街道から国道へと変わった明治以後も、道の始点であることには変わりはなく、今も国道1号(東海道)・4号(日光・奥州街道)・17号(中仙道)・20号(甲州街道)など、七本の国道の始点として、道路元標が設置されている。
この橋に近い東西線・日本橋駅の発車メロディは、民謡の「お江戸日本橋」。「お江戸日本橋 七つ立ち 初上り 行列揃えて あれわいさのさ」と歌詞が続く歌で、実に18番まである長い歌である。江戸・日本橋から、京都・三条大橋の間にある、東海道の宿場53ヶ所を、全て詞の中に入れ込んでいる。
この民謡の原点は、江戸天保期以降に流行した、端唄(はうた)。長唄の対となる短い端唄は、江戸庶民の間でもてはやされ、いわば当時の流行歌でもあった。
今年も、お江戸の夏風情を感じさせる、日本橋小舟町の老舗・竺仙の浴衣を、皆様にご紹介する季節がやって来た。小粋な模様、若い人に着用して欲しい色、夏キモノとして楽しめる贅沢な素材など、その一つ一つが個性的であり、江戸安政年間から続く染屋の力と技術が、品物に凝縮されている。
今回から三回にわたり、小粋でお洒落な竺仙の浴衣を使ったコーディネートを、お目に掛けることにしよう。今年も、素材別に生地を分けながら、話を進めてみる。一回目の今日は、一番シンプルなコーマ地から。
(コーマ白地・アヤメ模様 山吹色無地・麻半巾帯)
今年のポスター柄も、昨年同様生地はコーマ白地で、夏花の一つをモチーフにしたもの。ここ数年、このパターンは変えてないが、やはり白地・褐色(紺色)地にひと柄を染め抜いた単色使いの浴衣が、もっともシンプルで美しいと、作り手である竺仙が認めている証拠であろう。
日本橋のたもとで撮った今年のポスター写真。タイトルは、「日本橋夏小町」。こうしてみると、やはり橋を覆っている首都高速の高架が、景観を損ねている気がする。空が見えていれば、もう少し違うアングルから撮影するではないか。
アヤメは、鉄線や萩、桔梗などと並んで、竺仙が最もよく使うスタンダードな模様の一つだが、この浴衣のような、縦に伸びる図案は珍しい。流線的でシャープなアヤメ図案と、地の空いた白場が相まって、爽やかな着姿が演出出来る。帯は、少し巾が広い芥子色の麻半巾だが、アヤメの色にちなんで、紫や群青系でも良いように思う。
(コーマ褐色地・団扇に秋草模様 鶸色源氏香模様・博多半巾帯)
大きな団扇の中に、桔梗、女郎花、撫子の秋草を「花の丸」のように描いた面白い図案。団扇をモチーフにすると、粋な姿になるものが多いが、この浴衣も例に洩れず、大人の風情が感じられる。いかにも竺仙らしい、江戸の浴衣だ。
帯も、より粋な雰囲気を醸し出そうと、落ち着いた鶸色・源氏香模様の半巾帯を使ってみた。白や紺地の単色浴衣は、帯で色の変化が付くため、バリエーションに富んだ着姿を、自由に演出することが出来る。この団扇浴衣も、幅広い年代で、楽しむことが出来そうだ。
このような、大きい模様が飛んでいる図案は、浴衣でなければなかなか着用し難い。普通のキモノでは選ばない、大胆な模様を試すことも、浴衣にはあっても良い。
(コーマ白地・市松に秋草模様 薄山葵色・木綿八重山ミンサー半巾帯)
生地幅いっぱいに、大きな市松で模様取りをしたところに、萩や菊、女郎花などの秋草を小さく描いている。白紺の市松は否応無く目立つが、添えられている秋草に、女性らしさが見える。このような図案は、反物で見ているよりも、キモノの形にならなければ、その着姿が想像出来ないかも知れない。
薄い山葵色のミンサーを使い、落ち着いた姿になるようにまとめてみた。どうしても、大きい市松が着姿の前に出てしまうので、帯はすっきりした模様を選びたい。無地帯でも良いが、ミンサーの横縞はアクセントになる。
市松の白地部分にほとんど花はなく、紺地のところに白抜きされている。つまり、白場が目立つことになるので、思うよりさっぱりとしている。前の団扇浴衣とはまた違った姿の、実に江戸っぽい粋な浴衣である。
どちらも、色を極力押さえた大人のコーディネート。竺仙の伝統を感じさせる「江戸好み」の姿で、玄人受けする浴衣と言えよう。
(コーマ藍地・ススキに揚羽蝶模様 檸檬色ぼかし・麻半巾帯)
目の覚めるような藍地色に白抜きの浴衣は、白や褐色とは違う爽やかさを、見る者に感じさせる。生地いっぱいに大きな蝶が舞い飛ぶ姿は、挿し色が無くても、華やかだ。傍らのススキも、模様を繋げる役目を効果的に果たしている。
帯は、揚羽蝶を意識して、鮮やかなレモン色を使ってみた。単純な無地ではなく、グラデーションが付いていることで、着姿が和らぐ。シンプルだが印象に残るこんな組み合わせは、ぜひ若い方に試して頂きたいと思う。
蝶文は、実際の姿の美しい彩りから、つい色を挿したくなる文様だが、白抜きにしたことで、涼やかさが増している。浴衣の場合、多配色の華やかさよりも、単色のすっきりした姿を求めることが多い。
(コーマ藍地・鉄線模様 薔薇色小花菱模様・博多風通紗半巾帯)
毎年竺仙には、鉄線をモチーフにした浴衣が幾つもあるが、この図案は、葉と蔓が絡まるように繋がる、この花本来の姿を表現している。同じ鉄線でも、風車のような花だけを切り取ったシンプルな図案とは、また違う印象を残す。
浴衣の模様が密なので、帯は単色使いの方が良いだろう。首里帯に見られるような、小さな花菱を織り出した紗の半巾帯。珍しい薔薇色だが、紗生地の透け感が涼しさをかきたてる。
この紗半巾帯は、博多・西村織物で織ったものだが、ご覧のようにリバーシブルとして両面使える。このような、表裏に色違いの模様を出す織技法のことを、風通織(ふうつうおり)と言う。これは、表裏に違う色の糸を使って二重の組織とし、文様のところで表と裏の糸が反対になるように織られている。だから、このように表裏違う表情となって、どちらの面を使っても、その帯姿を楽しむことが出来るのだ。
藍の地空き部分が多い蝶模様と、総柄的な鉄線模様。単色の帯にぼかしや織の一工夫が凝らされていることで、変化のある着姿となっている。
(コーマ白地・撫子模様 紅色水玉模様 博多半巾帯)
今度はコーマ白地から、若々しい図案の浴衣を二点ご紹介しよう。大きな花弁は挿し色に、小花は輪郭として紅色を使った、華やかで可愛い浴衣。花は、撫子にも菊にも桜のようにも見える。10代の方が、初めて浴衣を誂えるとしたら、こんな品物をすすめてみたい。
花の紅色よりも濃い同色系の帯地色を使うことで、着姿を若々しく表す。帯地紋の水玉も愛らしく、白い一本の縞が帯姿のアクセントになっている。
どのような花でも、花弁だけの図案というものは、可憐さが強調されるように思う。うちの娘たちが高校生くらいであれば、こんな浴衣を着せてみたかった。残念ながら、時すでに遅しである。
(コーマ白地・鉄線模様 たんぽぽ色四本縞・博多風通紗半巾帯)
挿し色に水色を使った鉄線。読者の方は、「バイク呉服屋は、どれだけこの花が好きなのか」と呆れているだろうが、夏空に咲き誇る、クレマチスの澄んだ花の色を見ると、やはり夏花の女王だと私は思ってしまう。同じ花でも、先ほどの藍地に白抜きのものとは、まったく印象が変わる。図案のバリエーションの豊富さも、この花ならでは。
黄系の帯は、白・紺・藍と、どのような地色の浴衣とも相性が良い。合わせる帯色に困った時は、黄系にしておくと、まず間違いがない。この紗半巾も、先ほどと同じ風通織で両面使い。四本の縞に、鉄線と同じ水色系の配色があるために、より合わせやすい。
上の撫子模様が高校生向きならば、こちらは少し大人の大学生くらいか。帯次第では、もっと上の世代まで使えるかも知れない。
ひと色だけを使って花を表す浴衣は、多色使いのものより、色のイメージを着姿に残す。だからこそ、若い方に向くものとなるのだろう。夏祭りや花火見物など、夏のイベントにぜひ使って頂きたい。大好きな彼女が、こんな姿でやってきたら、おそらく彼は、「キンチョールを噴霧されたハエ」になること間違いない。つまりは「イチコロ」という訳だ。
今日は、浴衣の基本であるコーマ地の品物を見て頂いた。この生地は、江戸の頃より「夕涼み着」として着用された、もっとも浴衣らしい品物と言えよう。
何年も変わらないオーソドックスな図案は、いつの時代にも受け入れられる。そして、それぞれのモチーフには新たなデザインを試み、現代の人の心に届く品物を産み出す。不易流行の言葉を大切にしながら、モノ作りに向かおうとする姿勢を、竺仙の品物からは、伺うことが出来よう。次回は、綿紬素材の浴衣をご紹介することにしたい。
地下鉄・銀座駅の発車メロディは、銀座線が、高峰秀子の「銀座カンカン娘(1949・昭和24年)」。日比谷線が、石原裕次郎と牧村旬子のデュエット曲「銀座の恋の物語(1961・昭和36年)」。東京のご当地ソングの中で、新宿と並んで最も多く登場するのが、銀座です。「カンカン娘」も「銀恋」も、同名映画の主題歌であり、銀座を代表する昭和の名曲と言えましょう。
歌の舞台となる場所は、人と人との関わりの中で、情緒やドラマ性を感じさせるところですが、これまでほとんど歌詞に出て来ない、つまりは「歌にはならない場所・駅」というのもあります。そこで、バイク呉服屋は、そんな地下鉄駅にぜひ使って頂きたい「発車メロディ」を考えてみました。
まず、丸の内・日比谷・千代田の三線が乗り入れている霞ヶ関駅。ここは言わずと知れた官庁街ですね。頭脳明晰な官僚の皆様方が、毎日乗り降りされています。そこでそんな方々に、昨今の公文書改竄に対する自戒を込めて頂く意味で、中条きよしの「うそ」を、ぜひリクエストしたいと思います。
もう一つ、この霞ヶ関駅の隣駅・国会議事堂前ですが、ここは国権の最高機関であり、唯一の立法府として、国の中枢を担う大切な場所。国民から選ばれた優秀な議員さん達が、日夜を問わず国のために働いています。しかし、時として国民を忘れ、理不尽な振る舞いをする姿も見受けられます。そんな方々に、素直な国民の声を聞いて頂くため、ウクレレ漫談・牧伸二師匠の「やんなっちゃった節」を採用して頂きたいと思います。
よく考えてみれば、地下鉄を使って議事堂に向かう議員さんは少なく、多くの方が高級車ですね。そう考えると発車メロディは、ジュリー・沢田研二の「勝手にしやがれ」の方が、相応しいのかも知れません。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。