バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

4月のコーディネート  穏やかな春の着姿を、蜜柑色でイメージする

2018.04 29

小学校では、来年の4月から英語が必修となる。授業は3年生から始まり、5年生になると、成績評価を受ける。英語が国際語となっている現状では、早くから身につけないと、大人になって社会に出た時に、世界から取り残されるという理解なのだろう。

語学をマスターするには、年齢が早いほど良いという見地に立った上で、義務化が推進されたのだろうが、果たしてどうだろうか。英語は、理数科目の次に苦手だったバイク呉服屋などは、つくづく昔の子どもで良かったと思ってしまう。

 

思えば、つい70年ほど前には、英語は敵性語として厳しく制限されていた。良く知られているのが、野球のストライクを「良し」、ボールを「駄目」と呼んだこと。この他にも、無理やり外来語を日本語化する事象が続出する。パーマネントは電髪(でんぱつ)に、ピアノは洋琴で、ヴァイオリンは提琴、コントラバスに至っては、「妖怪的四弦」と言うとんでもない名称に、なり変わっている。戦前にこのネーミングを考えた者は、何を持ってこの楽器を「妖怪的」としたのか、意味不明である。

それが今日の日本の社会では、「英語無し」には生活は成り立たない。それほどにこの言語は定着している。しかしながら、時代を追うごとに、訳のわからぬ「英語」が社会を席巻しているのも事実で、特にビジネスの世界では顕著である。

 

私は、取引を含む仕事そのものを、ビジネスと呼ぶことがまず気に入らない。何がビジネスだ。単純に仕事とか、商売と言えば良いではないか。そして、その仕事上で交わされる、英語を多く含むいわゆる「ビジネス用語」なるものは、旧態依然とした「商いをする者」にとっては、訳のわからぬ「妖怪的言語」としか思えない。

では、会社内の様子を想像して、ビジネス用語の使用例を一つ挙げてみよう。「クライアントの問題解決のため、新たなスキームを提案すると、先頃先方にコミットした。これに従い今日の会議は、配られている資料のアジェンダにそって、進めていく」。

「問題を解決するため、新しい方策を提案すると、顧客に約束した。今日の会議では、その手順を記した資料を配るので、これを見ながら進行する。」と何故言えないのか。何がコミットだ、何がアジェンダだ。約束、行動計画と言えば良いではないか。

日本語で済む言葉があるのに、何故か英語を使う。それが「ビジネスマン」としての嗜みや矜持なのかも知れぬが、英語が不得手な小さな呉服屋の店主にしてみれば、到底理解し難い。小学校の英語義務化は、産業界(特に大企業)からの要請があったことが発端らしいが、こんな言語習慣を「おかしい」とも思わずに使う、「にっぽんの会社員」とは、一体何なのだろうか。

 

勝手なバイク呉服屋の怒りはさておき、我々の仕事の中でも、英語に当惑することが、たまにある。それは、色についてだ。お客様との会話の中で、ブルー地色の品物が好みだとか、模様の配色はピンク主体の方が良い、などという言葉をたまに耳にする。

だが単純にブルー、ピンクと言われても、色の範囲が広すぎて、なかなか想像が付かない。けれども、これが日本語ならば、格段に理解しやすくなる。例えば、「紺色」であれば、深い青と想像が付き、「水色」ならば、淡い色と判る。それをもっと具体的に、「露草色」「浅葱色」と指定しているならば、なお判りやすい。

美しい和名の付いた「にっぽんの伝統色」は、人々の生活の中に息づいた美意識から生まれたもの。そしてそれぞれの色は、命名された時代の文化様式や、流行とも無縁ではない。しかもこの伝統色は、染や織の中で、表現されたものがほとんどである。

「COLOR」ではなく、「色」だからこその美しさ、繊細さ、複雑さ。今日は、そんな一つの伝統色にこだわったコーディネートを、皆様にご紹介することにしよう。

 

(黄梔子色 雲取扇面に橘文様 京型友禅訪問着・白地 菊唐草菱花文様 袋帯)

近頃、お客様から増えている依頼に、地色を指定したり、着姿全体を一つの色でイメージさせたいというものがある。先月のブログでもご紹介した、キモノと帯を同系色の濃淡で合わせたり、全体を桜色ひと色で染め上げる合わせなどは、そんな中の一例だ。

今日ご紹介するコーディネートも、その例に洩れない。今度の依頼色は、橙。着用される方は30代で、希望する品物は訪問着。特にキモノの地色には、「蜜柑を思わせる、明るくて暖かい色を使っているものが欲しい」と話される。

この方と最初にお話した時、地色の希望は「オレンジ色」であった。最初の話ではないが、英語名称のオレンジと言われると、バイク呉服屋にはとまどいがある。単純にオレンジ=蜜柑と考えれば、色に迷うことは無いように思えるが、色の系統は同じでも、明度や濃淡が変われば、雰囲気は全く違うものになる。そして悩ましいことに、日本の色には、それぞれ別の名前が付いている。

 

蜜柑に最も近いと思われるのが、梔子・支子(くちなし)色。初夏に白い花が咲き、香りが豊かなことでも知られているが、梔子は秋の終わる頃に、黄色味のついた赤い実が付く。この実の色が、蜜柑の色に良く似ている。また、蜜柑=橙と考えれば、橙色となる。だがこの色を梔子色と比べれば、やや薄くて明度も下がり、落ち着きのある色合いとなる。

また、柿の実やほおずきの色なども橙系であるが、これまた違う色合いを見せている。橙という色は、黄味が増すか赤みが強くなるかで、微妙に色が変化する。ということで、依頼を受けたは良いが、かなり地色に悩みながら、品物を探すことになった。

そして、地色だけでなく、着姿全体にも橙色の雰囲気を保てるようにするため、模様やその配色も考慮に入れて、数点の品物を提案した。その結果として、今回お客様が選ばれたものが、今日ご紹介する品物である。

 

(薄黄梔子色地 雲取りぼかし 扇面に橘模様 京型友禅訪問着・松寿苑)

この訪問着を、お客様が選ぶ決め手となったのは、品物全体に、橙という色が感じられたからと、思われる。それも単色ではなく、地色より濃いぼかしを付けたり、模様の一部に同系色の絞り技法をあしらったりと、変化に富んだ色の姿が、模様全体に広がっていることが、目を惹きつけたのだろう。

このキモノの地色は、蜜柑に近い梔子本来の色ではない。梔子の実は、古来から染料として用いられており、平安中期の律令細則・延喜式の中にもその記述が見える。これによると、梔子だけを使った染料を「黄梔子(きくちなし)」、紅花を混合した染料を、「深梔子・浅梔子」と分けていたことが判る。なので、この地色は黄梔子の色に近く、これをかなり薄めたような色の印象がある。

模様の中心、上前おくみと身頃、さらに後身頃に繋がる部分。

所々にある雲形にぼかされた色が、本来の梔子色で、地色の黄梔子とは、同系の濃淡になっている。また、絞り加工の雲取模様は、模様全体の中のアクセントとして、役割を果たしている。この色は、梔子色に撫子色を混ぜ合わせた、鮭肉色=サーモンピンクに近い。この色の和名は、石竹(せきちく)色。石竹とは、中国原産のナデシコ科多年草で、別名は唐撫子(からなでしこ)。日本の撫子と同じ系統の色だが、やや濃いのが特徴である。

 

桶出しと鹿の子絞りであしらった雲の模様を挟んで、二面の扇を配している。そして周りを囲んでいるのが、橘(たちばな)の花。

全体の色として、蜜柑色をイメージした訪問着であるが、模様の中に橘文様が多用されていることで、その印象をより深めている。そもそも橘という植物は、もとより柑橘類であり、古くから日本で自生していた、由緒正しき蜜柑なのである。

扇の模様には、松と菊、桜。周囲を橘の花が埋めている。模様の配色は、やはり橙系が中心。

古事記によれば、橘の実は「非時香菜(ときじくかぐのこのみ)」と言い、不老不死の霊薬として古来から尊重されていたと記されている。京都御所の紫宸殿(ししんでん)の正面右側に、橘の木が植えられている(右近の橘)のは、この故事に従ったもの。今も、雛壇飾り下段の左右に、橘の木と桜の木(左近の桜)を置くのは、こんな理由からだ。

またキモノや帯にあしらわれる橘の姿は、実と花を図案化したものがほとんど。家紋の橘紋と、ほぼ同じ姿である。なお、橘姓の源流は古く、遠く斉明年間(660年頃)に遡る。当時皇族の一人だった、葛城王が臣籍降下(皇族からの離脱)した際に、元明天皇から橘という姓を下賜され、橘諸兄(たちばなのもろえ)となっている。平安期の名筆家・三筆の一人、橘逸勢(たちばなのはやなり)は、この子孫に当たる。

 

さて、ほぼ全体を蜜柑・梔子色で表現したこの訪問着には、どのような帯を合わせれば良いのだろうか。この色が持つ柔らかくて上品な雰囲気を、より印象つけられるように、考えてみよう。

 

(白地 菊唐草菱花文様 袋帯・紫紘)

すっきりとした白地の中央に、四枚花弁の花菱文様を置いて、それをさらに大きな菱文で囲んでいる。周囲に蔓を伸ばした菊唐草を這わせ、さらに主模様の菱を切り込んでいることが、古典にしてモダンな印象を残す、個性的な帯となっているように思える。

菱と唐草は、バイク呉服屋にとって「ツボに入りやすい文様」の双璧と言っても良いだろう。

こうしてお太鼓の形を作ってみると、重厚にしてカッチリとしたこの図案は、立体的な帯姿として映ることがよく判る。この帯の配色のポイントは、濃橙色。花菱と輪郭、そして菊の一部に付いている。帯の中で、この色が占める割合は少ないものの、鮮やかさはかなりインパクトがある。もし、この橙色を使っていなければ、私がこの帯を仕入れることは無かっただろう。

白地と黒地、配色違いの同じ模様。この帯は、今年の3月初めに、東京で開催された紫紘の展示会で見つけた品物。ご覧の通り、同じ柄で白地と黒地があり、どちらにするかかなり迷った。その場では決められず、後日両方を送って頂き、選ぶことにした。

結果として、優しい雰囲気を持つ白地を選んだが、濃橙色に惹かれて求めたこの帯の出番が、こんなに早く訪れるとは、思ってもみなかった。ということで、先ほどの訪問着とコーディネートしてみよう。

 

キモノの黄梔子色に対して、白地の帯を合わせる。双方の地色にあまり差を付けない方法だが、これは着姿全体の色のイメージを統一する手段でもある。もし、同柄黒地の帯を使えば、まったく雰囲気は変わるだろう。今回のお客様の希望を考えれば、白地でよかった。

前の合わせ。帯模様の中の濃い目の橙色が、キモノ全体に醸し出されている柔らかな蜜柑色を、しっかりと抑えている。規則的でくっきりとした菱花文様の映り方も良いのではないか。

小物はやはり、キモノ色の雰囲気を損なわぬように、同系の濃淡を使う。帯揚げは、ほぼキモノ地色と同じ黄梔子色で、石竹色の飛び絞り模様が入っている。帯〆は、キモノの雲取ぼかしと同じ梔子色と、若竹を思わせる鮮やかな緑色の二色組み。(帯揚げ・加藤萬 帯〆・龍工房)

 

色目としては珍しい蜜柑色を基調としたコーディネートは、如何だっただろうか。どのような場合でも、着用する方が、どのような着姿を求めているのかを理解することが、品物を提案する第一歩となる。

もちろん、お客様からの希望は、千差万別だ。その希望にいつでも答えられるように、常に品物を揃えておくことは大変難しい。今日の帯など、仕入れてひと月も経たないうちに、提案できる機会が訪れたが、こんなことは僥倖であり、バイク呉服屋に「品物を見る目があったから」ではない。自分のツボと、お客様のツボとが、たまたま合致しただけなのである。

最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

では早速、バイク呉服屋も「ビジネス用語」なるものを使って、仕事依頼をする練習をしてみましょう。相手は、ぬりやのおやじさんを設定してみました。

「今度送るしみぬき依頼の品物の中で、一番プライオリティが高いのは、○○さんの振袖です。このクライアントは難しい方なので、もし汚れが落ちなかったら、そのファクトをきちんと伝えなければなりません。ですのでおやじさんもしっかりとフィードバックしてくださいね。何と言っても、この仕事は、おやじさんマターですので」。

もしおやじさんに、こんな電話を掛けてしまったならば、次回の電話では、こんな録音メッセージが、電話口から流れてくるに違いありません。

「おかけになった番号は、現在使われておりません。もう一度番号をお確かめの上、おかけ直し下さい」。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。なお、5月2日~6日まで、店舗はお休みを頂きます。メールの受け取りも、連休明けとなりますので、何卒ご了承下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

ご感想・ご要望はこちらから e-mail : matsuki-gofuku@mx6.nns.ne.jp

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