バイク呉服屋の忙しい日々

現代呉服屋事情

18歳成人は、何をもたらすのか(後編) どうなる?呉服業界

2018.02 21

現在盛んに論議されている、働き方改革。労働時間の短縮を含め、時代に即応した多様な働き方を模索してはいるものの、経営側と労働側双方の隔たりは大きく、納得がいく方策を政府が提示することは、簡単ではない。そしてそもそも、残業時間の上限を、月に100時間と設定するような今の政府方針では、働き方など変わるはずもなく、過労死や過労うつが、無くなるはずもない。

昨年11月時点の有効求人倍率は、1.55倍。求職者1人に対して、1.5倍の求人がある。少し景気が上向くと、たちまち人手不足となり、企業活動を圧迫する。手っ取り早く解決するならば、数多く存在する非正規雇用者を、正規化すれば良いと思うのだが、実施する企業は少ない。なぜならば、将来景気が減速した時に、人件費のリスクを取りたくないがためである。

 

こんな人手不足の現状は、大学生の新卒採用にも大きく影響している。来月から、企業の会社説明会が始まり、就職戦線の火ぶたが切られるが、選考は6月からと決められている。だが全ての企業がこれを、遵守しているかどうかは、怪しい。

企業としても、一刻も早く優秀な学生を囲い込んでしまいたい。だから、インターンシップなどで目を付けた学生とは、秘かにコンタクトを取り、早々に内定を出してしまう。こんな「青田買い」は、今に始まったことではなく、かなり以前からの悪習であり、これも新卒一括採用の弊害と言えよう。この分だと今年は、すでに手に鎌を持って、学生を刈り取る準備を整えている、大企業の採用担当者もかなり多いと思われる。

 

まだ実も付けていない田んぼの稲を、収穫前に買い取ってしまうという、いわば先行投資が、青田買いである。我先にと手を出すことで、実利を得ようとするこんな魂胆は、呉服商いの中にも見られる。

今年の成人の日に事件を起こした呉服販売会社では、この青田買いが常態化していたようだ。来年どころか、再来年の成人式用に振袖を購入したり、レンタル予約していた消費者が多数あり、それが、被害者を膨らませてしまった大きな要因になっている。

二十歳になる二年以上前から、消費者にアプローチし、一刻も早く売ったり、レンタル予約をさせてしまう。いわば早い者勝ちという訳だが、こんな振袖客(新成人)の青田買いは、何もこの会社ばかりではなく、振袖販売を商いの中心に据える、いわゆる振袖屋の間では、すでに常識となっている。

 

だが、こんな青田買い商いも、そろそろ終焉の時を迎える。成人年齢が18歳に引き下げられることに伴い、着用の場である成人式典の日取りや形式が、大きく変わると予想されるからである。

今日は、このテーマの後編として、成人式典の変容が、この先呉服業界にどのような影響をもたらすのか、バイク呉服屋独自の視点で、考えてみたい。

 

未婚の第一礼装・振袖。(紋綸子群青色地 貝合せ文様振袖・菱一 緋色青海波文様袋帯・紫紘)

先日店にやってきた、ある老舗帯メーカーの営業マンと、成人年齢引き下げに伴う商いへの影響について話が及んだ。この帯屋は、デパートを中心に営業を展開しており、三越や高島屋で扱っている某老舗京友禅メーカーの振袖に合わせる帯として、よく知られている。(こう書いてしまうと、どこのメーカーなのか判ってしまうが)

振袖を誂えようとする消費者の中でも、老舗デパートへ足が向く方々は、品物に一定以上の質を求めていると言える。価格を考えても、この帯屋の品物と、某友禅メーカーの振袖を組み合わせれば、100万円程度は掛かる。

 

私は、成人式典が無くなった時に、最も影響を受けるのが、写真や着付けまでをセットで販売する、いわゆる「振袖ビジネス」を展開している「振袖屋」と考えていたので、この帯屋に、「おたくのように、デパートに来る高級志向の消費者が主な売り先だと、あまり影響を受けないのではないか」と訊ねてみた。

これは、質を求める消費者は、式典がどうなろうと関係なく、誂える人が多いはず。そしてそんな方々は、振袖を成人式用の衣装と捉えるのではなく、第一礼装に使うモノと、意識しているだろう。だからこそ、うわべのサービスよりも、品そのものの質を重視する、そんなふうに私は考えていた。

ところが、である。この帯メーカーの営業マンは、「とんでもない。かなり痛手を受ける。」と話す。その理由は、「そもそも、振袖を誂える動機の第一が、みんなと一緒に着用する式典があるからで、その機会を失えば、振袖に対する興味は薄れ、購入しようとはしないだろう。それは高額品を扱う店やデパートとて、同じことだ」と。

つまり振袖商いは、衣装をお披露目する場が無ければ、何も始まらないという訳である。質を求めてデパートや老舗専門店に向かう消費者と言えども、特別な存在ではない。だから、厳しい状況に追い込まれると予想している。

特にこのメーカーは、商いの柱がフォーマル帯であり、中でも振袖に使う帯の占めるウエイトが高い。この先、成人式典が変わることで、振袖用袋帯の売り上げが極端に落ちることになれば、それは死活問題になるとまで考えている。

 

では、現在振袖商いを席巻している、着付けや写真をサービスに付け、セット販売をする店では、どのような影響が出るのか。バイク呉服屋は、このような振袖ビジネスを展開する経営者と話をする機会を得たので、直接聞いてみた。

それによると、「もし式典が無くなれば振袖の売り上げは減り、営業的には困る事態となる。けれども、一番影響が大きいのは、新規顧客を獲得する最大の機会を失うこと」だそうだ。このような販売方法で振袖だけを売ったところで、あまり旨みは無い。この振袖購入客を、いかに後の商売につなげるか、それが肝だと言う。

振袖ビジネスを展開し、大勢の消費者に振袖を売ったりレンタルすれば、自然にその客は、自分の店の顧客となる。それは娘さんばかりでなく、母親も商いの対象に出来る。つまり振袖という品物が、将来の営業への糸口であり、布石になっているのだ。

 

成人式=振袖着用が慣例化しているからこそ、新成人もその母親世代も和装に目を向けるのであり、それが無くなれば、関心も薄れる。そして、着用の意識は消えて、購買意欲も無くなる。無論、将来キモノを着る人も減る。そんなネガティブな図式が、否応無く浮かんでくる。

こう考えていくと、業界では、振袖商いの方法が良きにつけ悪しきにつけ、成人式は、消費者に和装を意識してもらう唯一・最大のチャンスと位置付けていることになる。もし式典を失うことになれば、呉服業界にとって、その入り口を断たれてしまうことになるだろうと。

 

品物の作り手であるメーカーや、振袖を商いの生命線とする小売屋の話から、成人式典の変容が、呉服業界の未来を大きく左右すると考えていることが判ったが、果たして本当にそうだろうか。

無論、現在700億円市場と言われる振袖関連の品物の売り上げは、かなり減ると予想は出来る。そして需要の減退は、モノ作りの現場に大きな影響を及ぼすだろう。けれども、振袖商いの成否が、そのまま呉服商い全ての成否に繋がってしまうとは、どうしても私には思えない。

 

うちの店にやってくる、カジュアルモノを愛用する30~50代の方々に聞いてみると、成人式で振袖を着用したことが、キモノに目を向ける契機となったという人は、ほとんどいない。

ある人は、祭りに浴衣を着て出掛けたことが最初だったり、またある人は、母親が沢山のキモノを箪笥に残し、それを整理するうちに、品物を生かして着てみたいと考え始めたりする。要するに、和装へ向かう動機付けなど、人それぞれに違い、千差万別である。

大切なことは、和装に関心を持ち始めた消費者に対し、どれだけ有意義な情報や知識を提供出来るか、これに尽きるだろう。消費者は、人それぞれに和装への向き合い方が違う。着用したい品物、直したい品物が各々にはあり、キモノを楽しむ場所も季節も異なる。そんな個々の希望に応じた対応が、小売屋に最も求められる。

消費者に寄り添うことが、仕事の基本であり、商いは最後の最後だ。

 

振袖客を囲い込み、次の商いへのステップにするという考え方は、消費者主体ではなく、売り手側のペースに引きずり込んで、品物を捌いて行こうとする、いわば「消費者目線」からはかけ離れた考え方が、透けて見える。

そもそも、質の伴わぬ品物を掲載したパンフレットを撒き散らし、写真や着付けをセットにして販売する商法を是とするようでは、振袖以外の品物においても、モノの見方が備わっているとは、到底思えない。

品物を買い取るリスクを負わず、問屋から借りた委託商品を使い、キモノアドバイザーなる販売員にモノを売らせる展示会を展開する。振袖ビジネスで得た客に対して、店側は次々にアプローチを掛け、品物の必要性の有無など考える隙を与えないまま、この商法に誘い込み、モノを売る。

振袖を購入した時に、モノの見方や加工の優劣など、きちんとした知識を伝えられていない消費者は、品物への理解が薄く、価格に対する疑念も持ち難い。「判らないから、お任せ」という意識を、逆手に取るのが、この商法の原点になっている。だからこそ、そうした消費者を取り込むことが出来る「振袖販売」の場を失うことは、我慢がならないのだ。

 

成人式典の変容が、こうした振袖ビジネスを基本にした商いを一掃する契機となれば、消費者にとっても、大変有意となる。売り手の都合ではなく、買い手側の立場に応じた商いにならなくては、和装への関心も深まるまい。

知識を得て、理解を頂くこと。それは呉服に限らず、どんな品物を商うことでも同じであり、それがあやふやなままにされてきたこと自体が、異常である。たとえ、振袖の売り上げが落ちようとも、それがきちんとした形で消費者に向き合う契機となれば、業界にとっても悪いことではない。

そして消費者に、品物の質や加工の方法、扱い方を伝えることが、伝統衣装に携る職人の存在をも伝えることになり、ひいては、背景にある文化や歴史を理解して頂くことにも繋がる。

 

振袖を売ることなど、呉服屋の仕事ではほんの一部であり、求められていることは、他に沢山ある。こう考えている専門店は、バイク呉服屋に限ったことではなく、数多く存在するはずだ。何より業界全体が、目先の利より、未来を見つめる姿勢を持つ必要があるまいか。

これから和装がどのような形で残っていくのか、誰にもわからない。だが、成人式典が見直され、振袖の扱いが変わることは、呉服を商う者にとって、一つの分水嶺になると思える。私はこの機を、ピンチではなく、チャンスと捉えたい。

 

ここ数年、カジュアル着が見直されてきたように思えます。特に若い方の間では、各々に、個性豊かな着姿を楽しまれる方が、目立ちます。

そんな姿を街で見かけると、誰もが目を留めます。それは、どんな人の心の内にも、和装への美意識や憧れがあるからなのでしょう。これがある限り、この国から、キモノや帯が消えることはありません。

呉服に携る我々に必要なことは、美しいと感じる人々の気持ちを汲み取り、見る側から着る側へと、辿り着けるように導くこと。それは、決して売ることありきではなく、知識と理解を踏まえた「和装への動機付け」を、消費者が得られるようにすることが、求められます。

難しいことですが、この小さな積み重ねこそが、キモノを未来へ残すことが出来る、唯一の道ではないでしょうか。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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