「皆様、お手を拝借」の声で、手締めが始まる。「シャシャシャン、シャシャシャン、シャシャシャン、シャン」と三三一拍子を三回繰返し、最後は拍手で終える。手締めには、一回だけの一本締めと、三回の三本締めがあるが、地方ごとに様式が違うようだ。いずれにせよ、物事に区切りを付ける時に執り行われる、日本的な風習の一つである。
年の終わりを印象付ける手締めと言えば、証券取引所・大納会の風景であろう。この一年最後の取引日には、毎年著名なゲストが招かれ、来場者と共に手締めを行ない、取引終了時には立会所の鐘を鳴らす。ゲストは、その年に活躍が顕著だった人物の中から選ばれるが、今年は、囲碁のタイトル七つ全てを獲得した、棋士の井山裕太七冠。
「景気の体温計」と呼ばれる株価だが、今年はおおむね堅調に推移したと言えるのだろう。現在株価は23000円前後だが、これは1996(平成8)年以来、21年ぶりの高値である。その上、三大都市圏を中心に地価も上昇しており、輸出産業を中心に企業業績も好調となれば、世間がもう少し沸きたって良いようにも思えるが、どうもそんな気配は感じられない。
株価や地価上昇の恩恵を受けるのは、投資家や大都市の土地所有者であり、好業績の会社は、やはり大企業が中心。景気の良さが実感できる人というのは、ほんの一握りであり、一般庶民には縁遠い。富める者はなお富み、それ以外の人々との格差は広がるばかり。こんな世の中では、多くの人にとって今の好景気など、他人事となってしまう。
高度経済成長の時代には、国民の9割近くが中流意識を持ち、これがこの国を安定させてきた一つの要因でもあった。だが、格差が生まれたことで、人々の意識は変わり、不公平感も強くなる。正規・非正規の労働格差、都市と地方との格差、また年代間の格差、いずれも解決の方策は容易に見つからない。
そして、少子高齢化の波は否応無く押し寄せ、国は返しきれない借金を抱える。年金・医療・介護など、未来の社会保障に対する不安を、誰もが持つ。人口減少が避けられないとすれば、成長し続けることなどあり得ない。縮小していく中で、どのような国の形にしていくのか、その方策が全く見えていない。だから、人はより不安になるのだ。
バイク呉服屋も還暦近くなり、ジジイくさく世の中を嘆くことも多くなってきたが、あまり良い傾向では無い。それはそれとして、何はともあれ、今年も一年間、無事に仕事を続けることが出来た。私としては、これだけで十分であり、何も言うことは無い。利益云々よりも、自分らしい商いが出来て、その上で生活が成り立っていれば、それだけで有難い。
今年手締めの稿は、例年のように、その年の干支・酉の文様に関わるお話をして、終えることにしよう。
(白地 含授鳥・サンジャク模様 九寸織名古屋帯 龍村美術織物)
ひとくちに鳥と言っても、日本的な鳥、中国伝来の鳥、オリエンタルな鳥、そして実在しない仮想の鳥など、様々である。文様の中の鳥は、時代ごとに特徴があり、その姿を見ると時代背景が判るものも多い。
そして、特定のモチーフと一緒に使われる鳥、例えば千鳥と流水とか、鶯に梅、柳に燕などは、それぞれ定番のように使われている。また、優雅に舞う鶴は、その姿の麗しさから平安貴族の間でもてはやされ、やがて有職文様として意匠化する。二羽の鶴が向き合った「向い鶴文様」や「鶴丸」などは、その代表格であろう。
唐花の中を舞い飛ぶサンジャク、となればやはり正倉院に伝来する特徴的な天平文様。この姿は、これまでブログでご紹介した品物の中にも、多く見られ、皆様にもお馴染みかと思う。この鳥の別名は、含授鳥(がんじゅちょう)。
サンジャクは、中国やヒマラヤの奥地に生息し、全長70cmほど。画像でも判るように、羽根の付いた長い尾に特徴がある。黒い頭と青い翼、そして赤い嘴。シルクロードを通じて、天平期にもたらされた「オリエントな鳥」の一つ。その優美な姿から、嘴に花や授帯(官職を示す紐)を咥えて描くことが多くなり、高貴な鳥=含授鳥として意識された。
天平を代表する鳥には、この他に鸚鵡やヤツガシラ、鴛鴦などがあるが、いずれも、壮麗な宝相華文や美しい唐花文と共にあしらわれている。
(ちりめん紫地 福良雀模様 九寸染名古屋帯 菱一)
雀はカラスと並んで、我々にとって最も身近な鳥であろう。朝窓を開けた時に聞こえるこの鳥の囀りは、一日の始まりを告げ、人々に爽快さを与えてくれる。ゴミの集積場で食べ物を漁り、道を汚しているカラスとは、同じ馴染みの鳥でも大違いだ。
生活の中に溶け込んでいる雀は、古くから文様の中でも使われ、すでに平安期にはその姿を見ることが出来る。この鳥は、一緒にあしらうものにより、旬が表現出来る。稲穂をついばむ姿を描けば秋、枯れ枝に群れる姿ならば冬である。この帯のように、松枝と組み合わせれば、初春を印象付ける。一年中どこでも見ることが出来るため、他の模様と自由にコラボ出来る、いわば使い勝手の良い鳥と言えよう。
このように、ふっくらと太った姿で描かれる雀が、福良雀。丸い胴体と、両方の羽根を広げた格好は、どことなく愛嬌があり、微笑ましく映る。「ふくらむ」=「福良む」と当て字をして、縁起の良い鳥とするために、年の初めに縁起を担ぐ文様としても、よく使う。
また、振袖に使うポピュラーな帯結び・福良雀は、この文様の姿によく似ていることから付いたものだが、その帯姿は、若々しく愛らしいものだ。最近では振袖の帯結びとして、様々にアレンジされたものが見受けられるが、やはり私はシンプルなこの福良雀が、一番美しいように思える。
(金引箔 四神聖獣模様・鳳凰 袋帯 泰生織物)
古来より、神と崇められてきた獣がいる。東龍(龍)・朱雀(鳳凰)・白虎(虎)・玄武(亀)、これを四神聖獣と呼ぶ。そのためこの文様は、力の象徴として意識され、多くは権力者の衣装の中で使われてきた。
古代中国の伝説では、鳳凰は、優れた治世者の下で現われる鳥。それは、天下泰平な世の中を象徴する、とても縁起の良い獣ということになる。日本の帝・天皇が、特別な行事の時に着用する御袍に、鳳凰と桐・竹を組み合わせた「桐竹鳳凰文様」をあしらうのも、こんな理由からである。
鳳凰の姿をよく見ると、頭に立派な鶏冠を付け、羽根を鶴のように大きく広げている。そして、孔雀に似た長い尾を持つ。この優美な瑞鳥は、三種類の鳥を合体させて創った架空の鳥、ということになろうか。
吉祥文様として位置付けられる鳳凰は、やはり黒・色留袖や礼装用の袋帯の中で使うことが多い。上の帯は、四神聖獣オールキャストで、傍らに装飾的な唐花菱文を添えている。文様の中でも、もっとも重厚で威厳のあるものの一つと言えよう。
天平を彩るオリエンタルな含授鳥、身近な鳥を日本的に意匠化した福良雀、そして最上級のフォーマル鳥として君臨する鳳凰。それぞれの鳥には、特徴的な姿形を生かした図案があり、その出自や歴史とも大きく関わる。
そして鳥の文様は、草木、山水風景、他の動物文など、多様に組み合わせて使うことが多い。また、幾何学文の中に取り込まれて、意匠化するものも見られる。四季のあるこの国で、鳥達は自然の中の名脇役であり、その姿にはそれぞれの季節も映し出される。
キモノや帯でその姿を見ることが出来る鳥達は、まだ沢山いる。吉祥文様の鶴や鴛鴦を始め、正倉院文様の鸚鵡や鴛鴦、そして日本的な揚羽蝶、白鷺、雁等々。また機会があるごとに、ご紹介したいと考えている。
平和の象徴と言えば、鳩。しかし酉年の今年、世界を見渡せば、とても鳩のように穏やかな年とは言えず、何やらキナ臭い匂いが漂っている。来るべき戌の年、隣国の某独裁者と同盟国の乱暴な大統領が、一線を踏み越えないようにと祈るばかりだ。ただし、このご両人はどちらも、狂戌(犬)のような人物なので、とても安心はできない。
思わず鳳凰が降臨したくなるような、優れた為政者がどこかにいないものか。来年も、当たり前の生活が続くよう願いつつ、今年の稿を終わることにしよう。
今年も、全部で64回のコラムブログを、書き上げることが出来ました。
最初の年にこのブログを訪ねて来られた方は、約5千人。それが今年は、22万人もの方々に読んで頂くことが出来ました。これは、バイク呉服屋にとっては望外なことで、感謝のほかはありません。
そして多くの方からは、沢山のお励ましも頂きました。この場を借りて、御礼申し上げます。来年も小さな呉服屋の主人として、多面的に稿を書き進めて行きたいと考えています。無理をせず、ゆっくりと自分のペースで、この先出来るだけ長く、ブログを続けていけるようにしたいですね。
読んで下さる皆様が、来たる戌年が良い年でありますように。今年も本当に、ありがとうございました。
なお、来年の店舗の営業は、1月7日(日)からとさせて頂きます。また、ブログの更新も、7日あたりを予定しています。