バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

10月のコーディネート  天平唐花を意識したフォーマルの装い

2017.10 22

今月、本田・スーパーカブの生産累計が、一億台を越えたそうだ。これは、ヘビーユーザーのバイク呉服屋にとって、何とも嬉しくなるニュースだ。カブが生まれたのは、今から59年前の1958(昭和33)年。私が生まれる前年である。現在、このカブが走る国は、世界で160ヵ国。生産台数は、年に300万台を越える。

スーパーカブが生まれた契機は、創業者の本田宗一郎と専務の藤沢武夫が、ヨーロッパの交通事情を視察したところから始まる。そこで二人は、当時道路状況が悪かった日本の道にも耐えられる頑丈なバイクを作ろうと、心に決める。誰にでも操作しやすく、使い勝手の良いモノを開発すること。すなわちそれは、いかに人やモノをスムーズに運ぶことが出来るようにするのか、それを考えることになる。当時、社長の本田宗一郎が目指したバイクは、「そば屋が出前の時に、片手でも運転出来るようなもの」であった。

 

カブを運転しない方には、よくわからないと思うが、このバイクの基本的な運転操作は、手ではなく足を使う。ローからトップまで四段階に分かれているギアは、左足を踏んでチェンジし、スピードを調節する。ブレーキは、右足をブレーキレバーに踏み込むと掛かる。ハンドル右手にも、ブレーキハンドルと、加速レバーはあるが、左には何も無い。これはまさに、そば屋が片手で運転出来る仕様ではないか。

そして、この画期的なスーパーカブは、高度成長が始まった日本で、貴重な役割を果たしていく。それは、人がモノを運ぶ手段として、また移動手段としてである。そば屋の出前はもちろん、郵便や牛乳、新聞の配達、また銀行の顧客訪問等々、商店の仕事や営業活動には欠かせない道具となり、日常の中で存在感のある乗り物となっていった。

 

先日実家から、私が生まれた頃の店先の写真が見つかった。そこに写っていたのが、二台のバイク。一台はスーパーカブで、もう一台が「ラビット」という名前のスクーター。ラビットは、戦後間もない1946(昭和21)年に、スバル・冨士重工が生産を始めたもので、スーパーカブが登場する以前には、代表的な二輪車であった。

車が贅沢品だった昭和30年代では、商店にとってバイクは、貴重な営業車だった。父によれば、私の祖父はキモノ姿のままバイクを駆って、お客さまの家や職人の仕事場を廻っていたという。以来60年、バイクは今も同じように、店で欠かすことの出来ない道具として、使い続けられている。

バイク呉服屋というのは、私だけではなく、実は父も、祖父もバイク呉服屋であり、そこに、うちの店の変わらない仕事の姿勢が、見えているように思える。

 

さて、また前置きが長くなったが、今日は10月のコーディネートをご覧頂こう。キモノと帯双方の図案ともに、唐花を意識したものだが、こんな天平模様同士を組み合わせるとどのように映るのか、注目されたい。

 

(薄グレー地 菱に唐花模様・付下げ  白地 吉祥唐草文様・袋帯)

付下げと訪問着は、どちらも同じようにフォーマルの席で使う品物であるが、うちで扱いが多いのは、断然付下げの方である。以前にも、ブログの中で双方の違いをお話したことがあったが、この二つの用途先はほとんど変わらない。

ただ違いは、品物としての作り方と、それに伴う模様の位置の取り方にある。訪問着は、予め生地を絵羽(キモノの形に仮縫いする)にしておいてから、模様の下絵を描く。この方法だと、全体に繋がりのある大胆な模様の品物が多くなる。衿と胸、袖にかけてと、上前おくみ、身頃、さらに後身頃にまで連動して模様を繋ぐものが多い。だから主として、模様に嵩のあるものが多くなり、豪華な印象を受ける。

一方付下げは、反物の状態で模様を付けるため、模様が孤立しやすくなる。衿に模様の無いものも多く、胸と袖の模様が繋がらないこともよくある。また、上の画像の品物に見られるように、前身頃と後身頃の図案が繋がっていないものも多く見受けられる。訪問着と比べると大胆さや重厚感には欠けるが、かといって品物として駄目と言うことは無い。あっさりと控え目な図案の表現だからこそ、かえって上品な雰囲気を醸し出せるものが多い。

着用されるお客様の時と場合により、お奨めする品物は変わるが、私自身はあまりゴテゴテした図案が好きではない。おとなしい図案で品良く、しかもさりげなく目立つような着姿が理想に思える。だから、店に置くモノも、自然と付下げが多くなるのだ。結局バイク呉服屋は、店主の好みが直接品物に反映される「セレクトショップ」なのだ。

 

(一越薄グレー地 縦菱に唐花模様 型糸目手挿し京友禅 付下げ・菱一)

すでにこの品物は売れているので、仕立て上がった姿で画像をお目にかけるが、ご覧のように模様は実にあっさりとしている。上の画像は、模様の中心となる上前おくみと身頃、さらに後身頃を写したものだが、同じ菱図案が並んでいるだけで、左右の模様の繋がりは見られない。図案そのものも大きくなく、生地の無地部分が広く空いている。いわゆる地空きの品物である。

縦に連になった唐花菱の模様。菱と菱を小さな唐花が繋いでいる。周囲には小さな蔓も伸びている。模様を強調するように、大菱の周囲は箔加工が施されている。

斜めの線を交差させて模様を形成する菱は、幾何学文様の中でも多様に表現される。菱の平行線を幾重にも重ねたり、菱の中をさらに分割させたり、植物模様を菱形に図案化したりと、その使い方は多岐にわたる。また、単独でも連続でも、模様として成り立つ。江戸小紋の意匠としてよく使われる菊菱や業平菱、さらに帯図案に多く見られる松皮菱などは、菱文様の代表的な図案と言えよう。

この品物の菱模様は、トランプの「ダイヤ」のように、滑らかな曲線で形作られている。菱は本来直線交差なので、模様がカクカクしてくるが、この模様にはそれが無い。そして、中の花模様が唐花であること。この二つが融合することで、模様全体をモダンな姿に見せている。

菱と唐花を融合させた文様は、正倉院の宝物装飾の中にも、多く見受けられる。例えば、中倉に収納されている木製箱・密陀彩絵箱(みつださいえのはこ)の蓋面には、菱形に縁取られた唐花模様と、丸みを帯びた宝相華唐花が交互に並んでいる。また、南倉にある銀平脱鏡箱(ぎんへいだつのかがみのはこ)は、花喰鳥を囲む八弁唐草の間を埋めるようにして、菱形唐花文が添えられている。

このように、菱と唐花の組み合わせは、天平文様としてポピュラーなものであり、この付下げの図案にも、その意識が十分伺える。

図案の細部を見ると、丁寧な施しが判る。中心の花には相良刺繍、その上の小さな青花は、縫い切り技法が見られる。また、一部の花の輪郭には、金線描きが使われている。下の糸目を金線でなぞっているのだが、微妙にずれていることが画像から判る。

とても控えめな図案であるが、中の加工には、確実に人の手が入っている。模様に深みがあるのは、一つ一つの図案に、丁寧な仕事がなされているからこそ、である。

キモノ上部の模様は、左前袖と胸の二ヶ所だけのシンプルなもの。衿には模様が無く、胸と袖の模様に繋がりも無い。では、このおとなしい菱唐花に、同じ天平唐花を意識した帯を合わせるとすれば、どのような文様のものが良いのか、考えてみよう。

 

(白地 吉祥唐草文様 袋帯・龍村美術織物)

このキモノのそれぞれの模様は、独立している上に嵩が無く、生地の無地場が目立つ控えめなものだけに、帯は少し明るめで、華やかさを持つものを選びたい。だが強調しすぎて、キモノの雰囲気を壊すようなことがあってはならない。この辺りのさじ加減が難しい。

龍村では、様々な正倉院の装飾文様を復元・アレンジして、モチーフに使っているが、この帯は、唐草だけを繋げたシンプルなもの。配色も金銀糸が中心で、所々に、龍村独特の光沢を放った薄いブルーとピンク色が見えるだけ。

唐草の特徴を生かした繋がりのある図案で、単純だが華やかさがある。白地だけに清楚さも兼ね備え、キモノの良さを消さない。

同じように唐花を主模様として使ってはいるものの、キモノのそれとは全く異なる雰囲気。帯とキモノのモチーフを重ねたとしても、図案の使い方、描き方を変えれば、着姿にしつこさは出て来ない。むしろ、「隠れテーマ」のように見えて、お洒落に思える。では、二つの天平唐花を意識した品物をコーディネートしてみよう。

 

キモノ地色が薄グレーで、帯地が白。双方の地色に、ほとんど差をつけない濃淡合わせ。白に近いもの同士を組み合わせると、着姿が落ち着き、品の良さが前に出てくる。そんな中で、龍村の特徴でもある、光に反応する織模様が浮き立つ。それがアクセントになり、見る者を惹きつける。

小物の色を強調させず、おとなしくまとめてみる。色は、キモノと帯に共通する唐花の色・若草色を使ってみた。帯揚は、若草と墨グレーのぼかし。帯〆は、若草とベージュの二色組で、僅かに金糸がラメ状に組み込んである。帯模様に光の印象が強く残るので、帯〆に金系統のものを使うと、くどくなる。

小物の使い方、特に帯〆は、どのような着姿に見せるかを意識しながら、選ぶ必要があるように思う。全体を引き締める役割を持たせる時には、少しビビッドな色を、また柔らかな印象を持たせたい時には、控えめな色を使う方が、効果的になる。また、同じキモノ・帯を組み合わせたとしても、帯〆一本替えるだけで、雰囲気が大きく変わることがある。着用する時と場所に応じて、小物も変えていければ、着用の場により広がりが出てくるだろう。(使用した小物 帯揚げ・加藤萬 帯〆・龍工房)

 

バイク呉服屋が大好きな、唐花をモチーフにした今回のコーディネートは、如何だっただろうか。「控えめながらも、個性的で品良く目立つ組み合わせを」と考えている私のコンセプトが、果たして達成されているか否か。それは、ご覧になっている皆様の判断を、待つことにしよう。最後に、今日御紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

私が愛用しているスーパーカブは、一昨年の冬に買い換えたもので、これが三台目にあたります。最初のカブは、盗難にあって4年しか使えませんでしたが、二台目は実働26年・12万キロも走ってくれました。

あとどれくらいカブで仕事が出来るか判りませんが、果たして四台目を購入することがあるか。このバイクの頑丈さを考えれば、私がもう新車を求めることは無いように思えます。もしあるとすれば、奇跡的に後継者が見つかった時ということになるでしょう。

四台目のカブで仕事をする、バイク呉服屋四代目の姿を見たい気持ちもありますが、残念ながら現状では、その可能性はほぼありません。ですので、今のバイクと共に、最後までこの仕事が全う出来るように、頑張っていくほかはありませんね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日付から

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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