バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

誰が、技を継いでいくのか(中編) 西陣での人材育成の現状

2017.06 02

昨日、来春の大学新卒者に対する就職活動が解禁となった。解禁日は、ここ数年早まったり遅くなったりと、猫の目のようにくるくる変わり、学生達を悩ませてきたが、学業への影響を考慮した結果として、今の時期に落ち着いた。

出張の際、東京の地下鉄に乗ると、慣れぬリクルート姿でスマホ画面に見入っている就活生をよく見かけるが、皆真剣で、その必死さが表情からも伺える。未だに改まらない「新卒者一括採用」の方式が、毎年学生を同じ方向に向かせている。ここ数年は、若年労働力不足が叫ばれ、学生にとってはかなり有利な「売り手市場」となっているものの、自分の望む仕事が期待でき、労働条件も良い会社となると、やはり狭き門である。

 

けれども、こうして苦労して入った会社でも、3年経つと、三分の一が辞めていく。厚生労働省の離職率調査によれば、今から4年前の新卒者(平成25年春)の離職率は、31.9%。すでに三人に一人が、新卒として入った会社を離れたことになっている。

離職率は、新卒1年目で12.7%、2年目で22.8%というから、一年に一割ずつ辞めている計算になる。そして、この調査を詳しく見ると、会社の規模や事業内容で、離職率に大きな差が出ていることがわかる。

例えば、従業員30人以下の小企業の離職率は、就職者の半分、49.9%なのに対して、1000人以上の大企業になると、約四分の一の23.6%で、平均離職率を下回っている。また、業種別で離職率が高いのは、宿泊・飲食サービス業の50.5%、次いで教育・学習関連の47.3%、医療・介護の38.4%。逆に低いのが、電気・ガス・水道などの公共事業関連で、8.5%、金融や保険業の21%などである。

 

この結果を見ると、規模が大きく、給与面が安定している業種ほど離職率が低く、規模が小さく労働時間が不規則な業種ほど、辞める人が多いことがわかる。離職理由のトップが、労働時間や休暇への不満であることが、これを証明している。

こうなると、学生達が、自分の未来を託す会社を選択する要因として重要視するのは、労働環境の良さや、待遇面の充実、会社の安定性であろう。仕事の内容云々よりも、まずここに目が向くことは、仕方がない。誰だって、出来る限り「人間らしい生活」を望むものだ。

 

こんな今の学生からすれば、我々が所属する呉服業界の労働環境など、想像もつかない酷さに見えることだろう。市場規模の縮小は、いつになったら下げ止まるのか、誰も見通しが立たない。そんな中で、何とか未来に品物を残そうと、低賃金や過酷な労働条件の中で、歯を食いしばって生きている。

そして、学生達のように、簡単にやめられない。いや、辞めたくはない事情も沢山ある。けれども、もうそれも限界に近づきつつある。すでに、未来へとモノ作りを繋げようにも、職人が枯渇しかかっている。職人ばかりか、道具もなくなりつつある。そして、意欲的にモノ作りに取り組むメーカーの体力も、とっくに危険水位を突破して、無くなってきている。

この「八方ふさがり」とも言える状況の中で、どのようにして現状を打開するのか。そこで、せめて技術を未来に残す事が出来れば、そこから道が開けるかもしれない。今日は、前回の続きとして、現在どのように後継者を育てる方策がとられているのか、西陣の現状を見ながら問題点を探ってみたい。

 

呉服業のような伝統産業では、長い間、人材育成の方法として「徒弟制度」が採られてきた。これは、中世ヨーロッパのギルド(手工業組合)の職人育成制度から始まったもので、職人を志す者が親方の下へ弟子入りし、技能を修得するという仕組み。

日本では、親方の下で修行する者のことを、丁稚とか小僧と呼び、常に従属的な立場に置かれていた。親方からは、衣・食・住の保証はされたが、労働に対する賃金が支払われることはない。弟子は、その代わりとして、技術が取得でき、一人前になるまで指導を受けることが出来る。そして、親方が一人前と認めれば、独立して仕事を請け負うことが出来る。いわゆるこれが、「暖簾分け」という制度だ。

 

ヨーロッパの職業訓練制度・デュアルシステムでは、人材育成の根本として、徒弟制度が残されている。とはいっても、中世の封建的な親方と弟子のような関係そのものではなく、合理的に技術を身に付ける方策としてである。

デュアル方式では、職人を志す者が、まず親方の徒弟(企業の訓練生)となって、技術指導を受け、同時に職業訓練学校にも通う。この実習と座学を並行することにより、迅速なレベルアップが図れる。そして、徒弟・訓練生と言えども、もちろん旧来のように無給ではなく、きちんと手当も出る。しかも国からは、諸々の社会保障も受けられる。

日本でも、このヨーロッパの職人育成制度の有意性を理解し、「日本版・デュアルシステム」を立ち上げてはいるが、軌道に乗っているとは言い難い。何故かといえば、日本には訓練生を受け入れる企業が少ないからである。ネックになっているのが、訓練生に払う手当。「人を育てる」ことは良いことと理解していても、金を払ってまで、受け入れることは出来ないのだ。

これは、企業の社会貢献の難しさを如実に表してはいるが、国としても予算不足で、手当の肩代わりまでは出来ない。もちろん、実習の場が無ければ、技術は身に付くはずは無い。ヨーロッパでは、職人を育てるということが、企業の責務として考えられており、国も十分な後押しをする。このような日本の現状を見ると、この国の社会が職人という職業をどう見ているかが、判るような気がする。

 

さて、呉服業界における「人材育成」は、現在どのように進められているのか。具体的な取り組みを見ながら、話を進めてみよう。取り上げるのはもちろん、先頃ツイッターで物議を醸した西陣の帯業についてである。

帯証紙は、西陣で製造された織物の証。証紙は、上から順に袋帯・名古屋帯・綴帯。

あのツイッターで職人募集をしたのは、一人の賃機職人。自分の持つ織技術を、どうしても誰かに受け継いでもらいたい、その一心で、あのような文を書いたのだ。だが結果としては、世間からは、「やりがい搾取」だの、「ブラック」だのと批判され、未だに封建的な徒弟制度から抜けられない、古い体質が蔓延する業界と思われてしまった。こんな一人の職人の悲痛な叫びは、西陣に技術を継ぐ者がいないこと、つまり人材育成が出来ていないことの裏づけになっていると言えよう。

けれども、西陣の帯業界が、現在抱えている様々な問題や課題について、無為無策なのではなく、国からの支援も受けて、取り組んでいることは結構ある。

 

西陣のメガネ型証紙に付く製造者番号。2300番は紫紘。442番は梅垣織物。

西陣には、西陣織工業組合という組織がある。加盟している事業者は、主に帯や織メーカー。西陣での帯製造の証・「メガネ型証紙」を発行しているのも、この組合だ。ここには、西陣織を生産する業者が集まっており、業界の問題点や未来をみんなで考え、それに基づく事業などに共同で取り組んでいる。

堀川今出川の交差点をを少し下がったところにある、組合所有の「西陣会館」では、西陣織の歴史や技術を知る展示がなされ、各種イベントも開催されている。そして、職人のための研修会や、和裁士を育成する教室もある。

この組合の運営は、加盟業者の手で行われており、当然のことながら、それぞれの業者には応分の負担金もある。それと同時に、国や京都府、あるいは京都市から、様々な名目の補助金も受け取っている。

例えば、近畿経済産業局がweb上で公開している補助金等の情報を見ると、西陣織工業組合は、平成27年に「伝統工芸品の産業支援補助金(経済産業省・一般会計から)」という名目で、4,369,733円を受け取っている。この補助金を受けるにあたり、対象となる事業は、後継者(特に若年層従事者)の育成、技術・技法の記録収集、原材料の確保、意匠の開発、さらに需要開発や異業種との新商品の開発に関わることなどが挙げられている。

もちろん、補助金を受け取るには、この対象に当たる事業案を申請し、認められなくてはならない。だが、この支援対象の範囲はあまりに広すぎるもので、西陣織工業組合の事業からすれば、その全てに当たるといっても良いだろう。人材や原料の確保、技術の伝承、意匠や新製品の開発など、いずれも西陣が抱える喫緊の課題ばかりである。そして補助金は、府や市からも、「中小企業支援等対策費補助金」等の名目(これ以外にも沢山あるが)で、組合に流れている。

 

私は、実際に組合の決算書を見た訳ではないので、どんな事業をして、そこにどのくらい費用が掛かっているのかは、わからない。けれども、組合のHPを見ると、おぼろげながらも取り組みがわかる。

組合の事務所は、先の西陣織会館の中に設置されているが、活動の中で目立つのが、PR事業である。これは、振興策の一つでもあるが、組合広報誌・「西陣グラフ」の発行や、観光案内も兼ねた「西陣そぞろ歩きマップ」、さらに、西陣織の歴史や特徴、技術などを盛り込んだパンフレットの作成など、消費者や旅行者向けての広報活動が行われている。

西陣織工業組合が発行する、西陣グラフ。発刊は、1956(昭和31)年11月と古い。現在は、休刊中。

組合の総本山・西陣織会館の様子を見ると、実に様々なことが行われている。特に、観光客向けのサービスは充実していて、西陣織を体験が出来るコーナーあり、貴重な衣装や裂の展示あり、毎日6回・一時間おきに開催される「キモノショー」ありと、盛りだくさんである。

また、小紋や浴衣の貸し出しも行われていて、ここで着替えてから、京都の町歩きを一日楽しむことも可能だ。中には、十二単や芸妓・舞妓姿を体験し、写真撮影をするというサービスまである。もちろん、帯や小物の販売スペースも設けられている。

そして、文化教室的な事業もある。着付け教室や、簡単な和裁教室の他に、プロの和裁士を育成するための、西陣織高等職業訓練校が、会館の7階に入っている。

 

では現在肝心な、西陣が抱えている課題に関する取り組みは、どうだろう。

現在実施されていることの中で目立つのが、無料職業紹介。これは、失職・休職した西陣の技術者で、新たに就業を希望する者を、受け入れてくれる事業所へと橋渡しをすることだ。高齢化が進む西陣の現場では、一人の職人がいなくなると、代わりを探すのことが難しい。この仲介役を、組合が買って出ているという訳だ。

もう一つは、道具類の貸与。これは、織に必要な道具の安定的な確保を目的としたものだが、杼(緯糸を通す道具)や、織機の部品などが貸し出されている。これは年々、製作する職人が減り続けていることで、枯渇化する道具を、何とか確保しようという試みである。中心となっているのが、京都市から委託を受けた、京都伝統産業道具類協議会で、ここが製造を請う。組合は協議会と連係し、会員へ道具の貸し出しを行っている。

 

こうした取り組みはあるが、現在もっとも重要と思われる後継者の育成、若年技術者の確保に関わることは、何も見当たらない。かなり調べてみたが、組合として人材育成に動いた形跡が無いのだ。

どこか他に「職人を育てる場」は無いか、調べてみた。見つかったのが、地方独立行政法人・京都市産業技術研究所が設置している研修制度。ここは、名前でわかるように公的機関だが、様々な京都の伝統産業を継承、発展させるための支援をしている。

この技術支援制度の中に、西陣織技術者の育成制度がある。コースは通常過程と講義過程(講義の方は、実習を伴わない)の二つ。定員は10名ずつで、学習期間は毎年8月から2月の半年。通常過程では、製織に必要な知識と技術を、講義と実習で学ぶ。費用は46.000円(通常過程)。西陣織の他には、手描京友禅技術者育成コースや、流通に携る者を養成する「キモノ塾」などもある。

 

ただ、ここで学んだ後に、就労支援をどのようにしているのか、わからない。また、この育成期間でどの程度職人として力が付くのか、それも不明だ。実際がよくわからないので、決め付けることは良くないが、残念ながら私には、どうしてもこの制度だけで、「技を継ぐ者」への懸念が解消されるとは思えない。

未来に向かうためには、やはり根本的な技術継承の仕組みは、どうしても必要だろう。それは、公的機関によるありきたりな就労支援ではなく、もっと大掛かりで体系的なシステム、あの欧州に見られる「デュアルシステム」のようなものを、考えなければ解決出来ない。

西陣に限らず、全国の伝統工芸品産地では、かなりの名目で国から補助金を受けている。けれども、最優先課題である技術者育成に対して、有効的な取り組みをしている所は少ない。課題が山積しているから、育成だけに費用を注ぐことは難しいかも知れないが、「木を見て、森を見ず」と言った感を強く受ける。

 

「需要が限りなく落ちているのだから、生産は今の職人だけで十分足りている。そしてこの先、若い人を養成したところで、彼らが生活するだけの糧を得られそうにない。だからもう、新たな職人を育成することはない。」

産地で仕事に携る人たちが、万が一にもこのように考えているとすれば、それは確実に、終焉に向かう道に繋がるであろう。民族衣装として、未来に品物を残せるか否か、今、その分水嶺に立たされている。

次回は、このテーマの最後として、バイク呉服屋が考える「西陣版・デュアルシステム」について話してみたい。能力の乏しい、小さな呉服屋が考える「荒唐無稽」な方策と笑われるかも知れないが、一読して頂きたいと思う。

 

今日の話は、消費者の方々には、あまり面白みのない稿だったかと思います。けれども、人がいなくなれば、モノは消えます。そして残るモノは、人の手を経ないものばかりとなるでしょう。

職人の枯渇に危機意識を持たなければ、この先、責任ある仕事を続けることは出来ないはずです。一人でも多くの若者が、伝統産業に目を向けることを祈りつつ、今日は終わりにします。

なお、次回から3回ほどは、6月恒例の「浴衣コーディネート」を御紹介しますので、ぜひご覧下さい。

今日も長い稿にお付き合い頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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