バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

秋色小紋で作る、初めての長羽織(前編) オークション品を仕上げる

2016.11 10

多くの人は、50歳も半ばを過ぎてくると、定年を意識する。組織に属していれば、第二の人生をどのように過ごすか、否応無く思いを巡らせることになる。自分の趣味に生きようとする人、まだ働く意欲があるので、「第二の職場」を探す人、何をすれば良いのかわからない人。立場や経済的な要因、家庭環境などによって個人差はあるだろうが、一つの分岐点であることに違いはない。

現在、日本人の平均寿命は、男性が約80歳、女性に至っては86歳。仕事を終えた後には、まだかなりの時間が残されている。「働く」こと以外に、何を見つけるかで、老後が変わる。「残り時間の過し方」が、人の一生の中においては、かなり大きな課題と言えよう。

 

最近友人達には、「オマエは、定年が無いから、うらやましい」などと、よく言われる。もちろん個人経営者には、予め決められた区切りはなく、仕事をどうするかは、すべて自分次第である。とりあえず、年齢によって「強制終了」させられることは無いが、それが良いのか悪いのかは、よくわからない。

事業主の中には、「仕事こそ、わが人生」として、一生現役で働くと決めている人もいるが、バイク呉服屋には、そこまでの執着が無い。後継者がいないこともあるが、もともと自分勝手で気まぐれな性格なので、先のことが決められない。とりあえず、今のまま10年くらいは、仕事を続けるかと、漠然と思っているだけである。

 

呉服屋になって、三十年。これまでのお客様は、ほとんど自分より年上の方だったが、ふと気が付けば、今は同年代か、若い方ばかりである。特に、ここ2、3年は顕著で、キモノに興味を持ち始めた30~50代の方がよくお見えになる。

店主としては、そんな方々に、キモノを長く楽しんで頂けるように、様々なことを伝えて行かなければならない。それは、質の良い品物を提案するだけでは駄目で、使い回しや手直し、手入れなど、キモノの扱い方全般にわたり、役に立つ智恵や情報を、お話しておくことが大切だ。

そして、私が店を閉じた後でも、自分が伝えたことをお客様に思い出して頂き、役立てもらえるようにしておきたい。還暦が近くなった私の、とりあえずの目標である。

 

さて今日と次回の二回に分けて、カジュアルな長羽織を二枚、ご紹介してみよう。どちらも、いわばキモノビギナーとも言うべき、若い方からの依頼品。日常着の楽しさを理解され始めたお二人にとっては、「初めての羽織」になる。「木枯らし1号」の便りが舞い込んだ、今の季節にふさわしい品物になろうか。

 

(柿色 揚羽蝶飛び模様小紋・長羽織  お客様持込品)

このブログを読んで、店を訪ねて来られる方のほとんどが、30歳代~50歳代。中でも一番多いのが、カジュアルなキモノに関心を持ち始めた若い方である。

キモノを、フォーマルな席での「特別な装い」ではなく、日常に楽しむことの出来る「お洒落着」として捉える。そんな方々にとって、品物を選ぶことや、コーディネートを考えることは、日常の中のささやかな「潤いの時間」のように思われる。

 

和装が、「趣味の一つ」として位置付けられていれば、やみくもに費用は掛けられない。そのため、ほとんどの方は、自分の出来る範囲で、無理なくキモノライフを楽しもうと工夫される。今や、インターネットという便利な道具を使えば、何も難しいことではない。ITの普及は、和装の敷居を確実に下げたと言えるだろう。

一昔前までは、「初めてのキモノ」を作ろうとすれば、呉服屋の暖簾をくぐるしかなかった。若い方など、一人で店を訪ねることには、かなりの勇気が必要であり、おいそれと近づくことも出来なかったに違いない。それに、一般的にキモノや帯の価格は、「高いもの」と認識されていて、「とても自分が買えるような品物ではない」と考えられてもいた。

 

ネットは、そんな「手の届き難いモノ」を身近にした。品物は、入り難い店など行かずとも、自由に見ることも出来るし、面倒な会話もせずに購入することも出来る。また、価格を比較することも、欲しいモノを探すことも容易に出来る。

品物を安く手に入れることを考えるならば、実在店舗やネット専業店よりも、オークションで探す方が手っ取り早い。出品されているものは、仕立て済みの古着も多いが、反物のままのモノもかなりある。買ってはみたものの、仕立てをすることなく家の箪笥に眠っていた「個人からの出品」や、品物を見切った「呉服屋からの出品」など、出所は様々である。

いわば、「新古品」である反物の価格は、驚くほど安く、1万円以下で落札されるものもかなり多い。少し品物の知識のある方ならば、思わぬ品物が安く手に入ることもあるだろう。

 

「選んだ品物が失敗しても、安い価格ならば、痛手が少ない」と若い方は話すが、なるほどその通りかと思う。ネットでの買い物は、全てが「自己責任」なので、リスクは避けたい。キモノ初心者ならば、なおその思いは強い。

呉服屋へ行けば、それなりの品物は保証されるだろうが、価格は高いし面倒でもある。それに自分に見合う店がどこなのか、それを探すことだけでも大変なことだろう。

 

オークションが、品物を手に入れる一つのツールとして、一定の役割を果たしていること。我々小売屋は、それを認めて、理解しながら、お客様の希望に寄り添う役目を果たす必要がある。

今日ご紹介する羽織も、若いお客様が「オークション」で落札して、店に持参された品物。うちで依頼された仕事は、反物の検品整理と、湯のし・パールトン加工、裏地、仕立である。

 

湯のしを終えた反物と、選ばれた羽裏。

この品物は、予め「しみ汚れ」があると明記されて、オークションに出品されていたもの。最初に、反物全般の状態を見て、汚れの箇所を確認するところから仕事を始める。

特に目立つしみ汚れは、一ヶ所のみ。まずは、補正職人のぬりやさんに送って、汚れを落とす。幸いなことは、色ヤケが起こっていなかったこと。古い品物には、生地の位置により、地色が変わってしまうモノがある。特に店舗に長く置かれたモノは、反物の端と、中に巻き込まれているところでは、色が変わりやすい。飾って表面に出た生地が、店の照明などが原因で、ヤケを起こしてしまうからだ。

色ヤケは、「色ハキ・地直し」という補正の仕事で直すことが出来るが、それが生地の広範囲にわたっていれば、厄介になる。もしも、直しきれない時は、仕立の工夫で、変色したところを使わずに除いたり、表に出て来ない「下前」に入れることを考えなければならない。品物を出品する際に、「しみ」は判っているが、「ヤケ」を確認していないこともあるので、ここは注意を払う必要があるだろう。

 

柿色というより、「サーモン・ピンク」と呼ぶべき地色。明るいが、こっくりと深みがあり、それでいて優しい色。また、季節が深まる秋をも感じさせてくれる。この色なら、茶やグレー、濃紺など、すこし渋めで地味な地色のキモノの上に羽織っても、華やかになる。

模様も、無地場の多い飛び柄で、かわいい揚羽蝶。総柄の小紋や絣、縞や格子のキモノの上にも使いやすく、若々しい品物。インクジェットではなく、きちんと型紙が使われている小紋で、地色や模様もよく、質も確か。このお客様は、良い品物を選ばれたと思う。

丈の長い羽織は、どうしても、着尺(キモノ用として使える長さ)小紋を使わなければならないが、この小紋というアイテムには、様々な意匠があり、選択の幅が広い。それだけに、選ぶのが難しい品物とも言える。

選んで頂いた羽裏。白に近い生成地色で、四角の中に多彩な文様を描いている、少しモダンな裏地。

羽裏は、脱いだ時にチラリと見えるだけだが、隠れたお洒落でもある。お客様には、5~6点の裏地をお目にかけて、その中から選んで頂く。羽裏の色や模様などは、それこそ「好み」で付けて良く、決まりなど何も無い。

 

仕立上がった長羽織の後姿。

仕立の前には、当然寸法取りをしなければならない。以前この方には、浴衣を誂えて頂いたことがあったので、おおよその寸法は判っていた。だが、今回は羽織なので、一緒に使うキモノを見せて頂き、改めて寸法を確認する

羽織は、袖丈や裄がキモノと合っていなければ、不具合を起こす。例えば、必要以上に羽織の袖丈が長ければ、中のキモノの袖が外へ飛び出してしまい、羽織の裄が、キモノより短いような時には、羽織の袖先からキモノが出てしまう。

常識的な袖丈や裄寸法は、羽織をキモノより2~3分(1cm)程度長くしておく。僅かに寸法差を付けることで、双方がピタリと収まり、格好の良い着姿となる。

表から中に付けた羽裏を写したところ。

各々の寸法を確認した上で、新たに測って決めなければならないのは、羽織の丈。この長さは、決まっているものではなく、お客様の考え方次第で変わる。

測る際に使うのは、「尺メジャー(目盛が尺・寸になっているもの」だが、これを背中に当てながら、どのくらいの長さにするのか、相談させて頂く。私が一応の目安としているのが、「膝の裏あたり」が羽織の裾端になる長さ。測りながら、「この辺りでいかがですか」とお聞きして、寸法を決める。

この方のキモノ身丈は、4尺1寸5分で、身長は156cm程度。羽織丈の長さは、2尺4寸5分(約93cm)になっている。後ほど、着姿を写した画像をお目にかけるので、この長さがどのように映るのか、参考にされたい。

飛び柄なので、バランスのとれた模様配置が求められる。舞い飛ぶ揚羽蝶を、偏って付けてしまうと、この羽織の良さが無くなってしまう。工夫一つで、模様が変わってしまう「飛び柄小紋」は、職人と呉服屋のセンスが試される品物であろう。

 

出来上がった羽織を見ると、このお客様は良い品物を選ばれたと、改めて思う。

オークションで求めたものは、必ずどこかで裏地を手当てし、仕立てを依頼しなければならない。たとえ満足の行く「モノ選び」が出来たとしても、質の良い裏地を付けたり、自分の寸法に合った仕立をしなければ、満足の行く「着姿」にはならない。「品物」も重要だが、きちんとした「誂え」も同じくらい重要で、この二つの条件が揃って初めて、「お客様が納得出来る品物」となる。

 

これからの呉服専門店では、この「誂える」ということが、ますます重要となり、多くの消費者から求められることになるだろう。この仕事は、お客様と相対で向き合わなければ、なかなか上手くは行かない。もちろん、ネットの中だけで、仕立まで受ける業者は多く存在するが、やはり品物とお客様を前にして意思を通わせ合う「リアル店舗」の方が確実で、安心感が違う。

きちんとした裏地を付けることや、腕の良い和裁職人による仕立ては、「ネット」だけでは、なかなか辿りつくことが難しい。そこにこそ、専門店としての存在意義がある。

「上質な品物」を提供することは当然だが、「上質な誂え」が出来るかどうかが、これからの呉服屋には問われることになる。それは、店で腕の良い職人を確保しなければならないことと同時に、呉服屋自身にも、寸法の知識や、裏地のセンスが求められるということだ。やはり、呉服商いを生業とする者は、自分でしっかりと基礎を磨いておかなければ、この先生き残ることは難しいように思える。

最後に、今日の品物を依頼されたお客様が、着姿を見せに来られたので、その画像をご覧頂こう。

キモノは薄紫地色に、流水四季花文様の小紋。合わせた帯は臙脂色の秋草文様染帯。少し控えめなキモノを帯で引き締め、サーモンピンクの羽織を使うことで、柔らかな着姿になる。また、キモノも帯も模様が密なので、無地場の多い飛び柄の羽織は、すっきりとした印象が残る。

写し方が稚拙なので、画像では羽織の地色が沈んでしまったが、後姿はこんな感じになる。ご自分で探した「初めての長羽織」は、満足出来る仕上がりになったようだ。このお客様はこの後、クラッシックのコンサートへ出掛けられた。Aさま、撮影へのご協力ありがとうございました。

次回は、今日の「飛び柄」とは対照的な、「大胆な総柄小紋」で誂えた長羽織をご紹介したい。

 

若い方が、自分の出来る範囲で、キモノを楽しむことが出来る。私は、とても良い時代になったと思います。これも、ネットの普及があったからこそ、ですね。

けれども、まだネットだけでは、難しい仕事が残されています。本文でも書きましたが、それが「誂えの仕事」ではないでしょうか。

良質な品物を扱うことと、良質な誂えが出来ることは、車の両輪のようなもので、呉服屋としてどちらも欠かすことが出来ません。若い方々には、ぜひ「良い誂えをして、品物を着用する」ことにも意識を置かれて、これからのキモノライフを楽しんで頂きたいと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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