バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

11月のコーディネート  ペイズリー模様の染帯で、個性的に装う

2016.11 29

ごく稀に、衝動的に仕入れてしまう品物がある。モノを見た瞬間に、引き込まれてしまい、どうしても欲しくなる。まさに、「一目惚れ」である。

店に置くモノを選ぶというのは、仕事の根幹であり、経営に直結する。本来ならば、様々なことに思いを巡らせ、慎重に行動しなければならない。だが、この「自分のツボに入った状態」の時には、そんなことは簡単に忘れてしまう。

 

「仕入れをする」と言っても、出掛けていく時の心構えは、その時々で、かなり違う。例えば、個性的な付下げを見つけたい時とか、フォーマルに使う重厚な袋帯を少し買い足しておこうか、という場合などは、単純に「品物を見つける仕入れ」となる。

こういう時は、かなり冷静にモノ選びが出来る。何も緊急を要することでは無いので、じっくりと自分の意に沿った品物を探せば良い。問屋の新作発表会へ出掛けてみたものの、欲しいものは無かったので、何も買わないで帰る、ということも珍しくない。

 

毎回、このように気持ちに余裕を持って、仕入れをすれば間違いは少ないが、時には、取り急ぎ品物が欲しい時もある。例えば、振袖向きの黒地帯が在庫になくなってしまった時とか、柔らかい色の飛び柄小紋が切れてしまった時など、である。

この辺りの品物は、急に探しに来られる方がいるので、在庫を切らす訳には行かない。うちは「展示会」のような、ある期間だけ特別に品物を集めて、商いをすることは、ほとんどない。つまり、お客様が店に来られた時が、最大の商いの機会となる。だから、その時奨める品物が在庫に無かったら、アウトである。

この、「どうしても買わなければならない仕入れ」をする時は、選び方が甘くなる。品物に100%納得出来なくても、80%くらいなら良しとして、買ってしまう。それは、何がしかを仕入れておかなければ、商いに差し支えるという切迫感が、妥協に繋がってしまうのだ。

仕入れをした時の心理状態の違いは、後々まで響く。納得して選んだモノは、なかなか売れなくても、あまり気にはならないが、妥協して選んだモノが残っていると、後悔する。品物を見る基準は、いつも同じでなければいけないが、それが難しい。

 

「自分のツボに入る」という事態は、突然起こる。これは仕入れという仕事の中の、突発的な事故なのだ。そんな品物は大概、その日仕入れる目的のアイテムからは、かけ離れているモノである。

例えば、あるお客様から依頼を受けて、色留袖に向くような引箔の袋帯を探しに行ったのに、個性的な紬の名古屋帯に惹かれてしまったり、絽の付下げを見に行ったのに、春先に限って使うような小紋を買ってしまったりする。

こうなると、仕入れの理念も目的も関係なく、自分が好きなモノを、思うがままに選んでいるだけである。もう、売れようが売れまいが、そんなことはお構いなしであり、店に置くだけで、満足する。経営者としては、失格であろう。

 

今日ご紹介する染帯も、バイク呉服屋がツボに嵌った品物の一つ。どのようなコーディネートになったのか、ご覧頂きたい。

 

(黄土色紬地 ペイズリー模様・九寸染名古屋帯  松寿苑)

突発的にツボに入る品物というのは、ほとんどがカジュアルモノ。中でも一番多いのが染帯で、次が小紋。特に太鼓腹の染帯(前とお太鼓だけに模様を付けたもの)は、描かれる図案も多様であり、個性的な品物が多く、それだけに引きこまれやすい。

バイク呉服屋には、ある程度「ツボに入る条件」が備わっているように思う。図案は、古典とモダンを融合したようなもので、植物模様ならば「唐花・唐草系」に弱い。色目は、やはり柔らかくて優しい色が主体だが、上品さだけでなく、メリハリのあるもの。

上手く表現出来ないが、「大人しい雰囲気だけれど、一癖あって個性的」というような品物になろうか。

 

ペイズリーといえば、真っ先に浮かぶのが、独特の円錐形図案。この模様は、ゾウリムシや勾玉、水滴などを思い起こさせる。大概、この帯と同じように、円の中や周囲には唐花があしらわれている。

文様の起源は、諸説あるようだが、その一つをお話しておこう。南シベリア・アルタイ共和国にあるパジリク遺跡からは、ペイズリーの原型となる模様が見つかっている。それは、紀元前4~2世紀頃、この地を支配していたスキタイ王・マッサダイの墓から発見された、皮製の水筒に装飾されたもの。

この文様を画像で見ると、丸みを帯びた唐草の蔓が二つ、左右対称に付けられ重なっている。この丸い形が、ペイズリー独特のゾウリムシの形に良く似ている。このことから、現在あるペイズリーの原点が、唐草だと理解出来る。

唐草のモチーフとして、忍冬(スイカズラ)やナツメヤシ、蓮などが考えられているが、スコットランドにあるペイズリー美術館では、ペイズリーの起源はナツメヤシだと位置づけている。

 

スキタイ族は、イラン系遊牧民として、アッシリアやアケメネス朝ペルシャなどと幾度と無く戦火を交え、影響を強く受けていた。それゆえに、ペイズリーの原型となる文様が、王墓の副葬品から発見されたのである。なお、この原型文様のことは、「ボテ文様」と呼ばれている。

スキタイ文様のことは、同じマッサダイ王の墓から出土した絨毯にあしらわれていた文様、「バジリクの午」について書いた稿があるので、そちらも参考にご覧頂きたい(2013.10.22 コプト文様とスキタイ文様 異文化が伝えるもの・2)

 

お太鼓の中心に、三つ並んだペイズリー。このゾウリムシ形の原点がナツメヤシと判ると、周囲に唐花があしらわれている意味が理解出来る。

唐花や唐草文様は、ペルシャからシルクロードを通り、中国やインドに伝わって多様にアレンジされ、より装飾性の強い宝相華(ほっそうげ)文様などとなって、日本にもたらされたが、ペイズリー(ボテ文様)は、ギリシャやペルシャから東方へ移民にする者によって、アジアに伝えられたとされている。そして、この文様を今のような形にアレンジし、広めたのはインドである。

 

カシミアは、今も毛織物の高級素材として知られているが、その名前はインド・カシミール地方から取られている。この地は、17世紀頃からショールを織リ始めており、そこに使われていたのが、ペイズリー文様であった。インドでは、この文様をショールだけでなく、木綿生地にも染め付けていく。これは後に、インド更紗文様の一つとして、日本にも伝わることになる。

質の高いカシミアショールは、当時インドを支配していたイギリス・フランス・オランダなどのヨーロッパ諸国から大いにもてはやされ、需要が高まっていった。各国では、インドから輸出されてくる品物だけでは、供給が追いつかず、イギリスでは自国での生産に踏み切った。

その生産地の一つが、スコットランド・グラスゴー西郊の町、ペイズリーであった。ここでは、18世紀半ばから、生産が始まったが、その品物は、本場のカシミール・ショールを真似たものであり、質の違いは明らかであった。そして、ジャガード機が開発されたことで、大量生産が可能となり、価格は低下。一挙に、ペイズリー柄のショールが世に広まることになる。そして、ペルシャを発祥の地とする独特な文様は、生産地の名前を取って、「ペイズリー」と呼ばれるようになったのである。

 

前部分の模様。まるで指輪のように蔓を丸めた唐草と、小さなペイズリーの組み合わせ。描いている唐草は、ナツメヤシを図案化したものにも見えなくは無い。お太鼓では、ペイズリーが主役だが、前は小さな唐草が主役になっている。

染帯では、お太鼓と前部分で、模様が変わるものが多いが、これも自由に模様を描ける染技法ならではのこと。これが織帯ならば、模様を替えれば、新たに紋図を起こす必要があり、手間と経費がかさむ。

 

ペイズリーのルーツを辿れば、古代メソポタミアやペルシャで「聖なる樹木・生命の樹」として崇拝されていたナツメヤシに行き着く。日本では、古代の装身具・勾玉に良く似ているが、この形は、「母親のお腹の中に眠る胎児の姿を模している」という説がある。何とも不思議なペイズリー文様は、「生命の力そのものを表現している」と言えるだろう。

そして、唐草や唐花とは密接な関係があり、いわば同じ係累を持つ文様である。一見、キモノや帯で使う図案としては、西洋的であり意外な感じを受けるが、文様の世界から見れば、伝統的な古典文様の範疇にあることが判る。

 

では、この個性的な染帯は、どのようなキモノに合わせると、より着姿を特徴付けることが出来るのか、コーディネートを考えてみよう。

 

(十字蚊絣 菱立て縞模様 泥染大島紬・奄美 川口織物)

単純な蚊絣を菱型に配列し、それを縦に並べて縞のように見せている大島。男モノなどによく見られる一般的な蚊絣は、生地全体に均等に並んでいて、遠目から見ると無地のように見える。この絣は、模様を形作るものではなく、それ自体が一つの模様として存在している。

上の品物のように、小さな蚊絣だけを組み合わせて、模様を形成しているのは、珍しい。単調な蚊絣でも、工夫次第で、面白い図案になるということだろう。

 

少し判り難いかも知れないが、一つ一つの絣をよく見ると、手裏剣もしくは風車のような形をしている。

これは、経緯2本ずつ、合計4本の絣糸を交差させて出来る絣で、一元式(ひともとしき)と呼ばれる絣の特徴。経1、緯2の合計三本で構成する絣は、片ス式(かたすしき)と言い、絣の形はT字型である。絣は、経緯の絣糸の本数が多くなればなるほど、絣合わせが難しく、高度な技術が必要となる。

 

伝統工芸品であることを証明する「伝マーク」や、奄美大島協同組合の検査証「地球印」が張られているが、左側の青いラベルに注目して欲しい。「古代染色・純泥染」という文字が見えると思うが、これが泥染糸を使って織られている証である。

大島の泥染めは、まず、テーチ木(車輪梅)をチップ状にして砕き、釜で煮るところから始まる。そこで抽出された煮汁を、染液として使う。この液に、糸を10~20回浸して染め付けたところで、泥田の中に漬け込んで、泥になじませる。一旦、水で洗い流したら、またテーチ木の染液に浸す。

この作業を4~5回繰り返す。だいたい、テーチ木染液で、5、60回、泥田では5,6回染め付けが行われる。これだけの手間を経て、ようやく独特の深い黒の色が得られる。このラベルは、泥染めの工程をきちんと踏んでいるという証明なのだ。

 

さてこの、単純な中にも斬新さがある泥染大島と、ペイズリー染帯を組み合わせたらどうなるのか、ご覧頂こう。

深く沈みこんだ泥の黒に、くっきり浮かび上がるペーズリー。画像でも判るが、大島の蚊絣は小さく、遠目から見える印象は黒無地に近い。キモノだけ見れば、やはりかなり地味である。

インパクトのあるペイズリー模様は、こんな単調で沈んだキモノだからこそ、よく映える。先日、おばあちゃんの地味な紬に、龍村の紅色系光波帯を使うことで、着姿のイメージを一変させる稿を書いたが、今日のコーディネートも、それに近い考え方になる。

個性的で、特徴のある帯姿を印象付けるのであれば、キモノそのものに主張が無い方が良いだろう。例えば、同じ大島でも、多色を使って絣模様を表現したようなものならば、逆に帯は主張が無く、控えめな模様の方が、しっくりくる。

 

ベージュの紬帯地が、深い泥大島の地色によく合う。黒とベージュの組み合わせは、やはり「鉄板」の色合わせかと思う。どんな地味なキモノも、帯次第でいかようにも着こなすことが出来る。個性的な名古屋帯は、そんな演出を楽しむときには、欠かすことの出来ない「主役」となる。

 

前の合わせ。お太鼓に比べると、かなりおとなしい柄の付け方。着姿を前から見たところと、後からでは、かなり印象が変わるだろう。こんなところにも、この染帯の面白さがある。

(藤グレーと青磁色 端絞り帯揚げ・加藤萬  鴇色 ゆるぎ帯〆・龍工房)

帯揚げは、少し控えめな藤グレーを使い、帯〆は、藤色を思い切り明るくしたような、鴇(とき)色の無地。いずれも、唐草の蔓の薄藤色に合わせた組み合わせ。帯〆に強く、明るい色を使って、より若々しさを印象付けてみた。

 

今日は、バイク呉服屋のツボに入った、個性的な帯を使って、コーディネートしてみた。文様の原点とも言うべき「唐草」には、たまらない魅力がある。実は、もう一点、ご紹介しようと考えていた帯があった。すでにかなり長い稿になっているので、その画像だけをご覧頂こう。

(白紬地 更紗模様 江戸紅型・九寸染名古屋帯 菱一)

この帯は更紗文様で、今日のペイズリー模様とは雰囲気がかなり違う。だが、やはりこれもある種の唐花系模様で、挿し色の紅色にインパクトがある。

おそらく、こんな衝動的な仕入れは、いつになっても止まないだろう。最後に、今日コーディネートした品物を、もう一度どうぞ。

 

案外、ツボに入って仕入れた品物というのは、早く売れていくように思います。最後にお目にかけた、紅型帯も、棚に置く間がほとんど無く、売れてしまいました。

私のツボと、お客様のツボが合致した瞬間は、大変嬉しいものです。そのうち、自分の好みで仕入れた品物しか、店に無いという状態になりはしないかと、心配しています。そうなると、棚にある品物の模様は全て、「唐草」になってしまいますね。

いつか、「バイク呉服屋」から「唐草呉服屋」へと、名前を変えるかも知れません。

今日も、長い稿にお付き合い頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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