バイク呉服屋の忙しい日々

現代呉服屋事情

バイク呉服屋、ネット販売を読み解く (3) 続・品物編

2016.10 09

今年に入り、都心郊外や地方デパートの閉店が続いている。そして来年にかけても、三越・伊勢丹、そごう・西武、阪急・阪神といった大手資本の中の7店舗が、店を閉じるそうだ。

車が生活の足になっている地方では、郊外に大型ショッピングセンター(モール)が出来ると、人の流れは一変する。それは、バイク呉服屋が店を構える甲府でも、同様だ。

うちの店の近くには、地元資本の百貨店があり、ここを中心にして商店街が広がり、街が栄えてきた。だが、20年ほど前、郊外型店舗が増え始めるに従って客足が落ち始め、数年前に進出した大型モールにより、止めを刺された。老舗デパートは業績が悪化し、それとリンクするように、商店街は寂れた。

市の中心なので、役所や事業所が多く、平日にはまだ「働く人」が行き交う。しかし、土日になると、ゴーストタウンと化す。この現象は甲府ばかりではなく、多くの地方都市で同じことが起こっている。

 

また、首都圏近郊では、交通アクセスが発達しているばかりに、地元ではなく、都心に人が吸い寄せられる。

例えば、来年3月に閉店が予定されている、千葉・三越を考えてみよう。もし、千葉市周辺の方が、三越で買い物をしようと考えれば、地元ではなく、日本橋か銀座まで足を伸ばすだろう。同じ三越でも、品揃えが違うと考えるからだ。

これは、三越・伊勢丹に限らず、他のデパートでも同様で、採算の取れない東京近郊の店を閉じ、都心の旗艦店に経営資本を集約しようとしている。もしかすればデパートは、都心の一定の場所にしか残らないかもしれない。

 

リアル店舗を持つ小売業を苦しめるのは、こればかりではない。もっとも大きく影響しているのが、インターネットを利用して商品を購入する消費者の急増である。

店舗に出向かず、家にいながら24時間買い物が出来る。購入ボタンをポチっと押せば、翌日には品物が届く。自分の望むモノを自由に探し、いつでもどこでも買い求められる。こんな便利なツールは、他に無い。

ネット販売は、売る側も人件費や販売費を削減することが出来るので、リアル店舗より安くモノを売ることが出来る。買う側だけでなく、店側にとっても、現代の商いでは欠かすことの出来ない手段である。

 

もちろん、呉服屋とて例外ではなく、現在多くの店がネットでの販売に注力しており、中にはネット専業の業者もある。以前ならば、消費者には敷居が高かった呉服屋の品物も、自由に見て、簡単に購入できる。それまでの閉塞的な呉服屋の商いを、飛躍的に変えたという点では、ネットの力は大きい。

だが、呉服屋が扱う品物は、画一的でなく流通量が限られるものが多い。すなわち、ネットにはほどんど流れない品物が存在する。もともと流通経路が複雑で、旧態依然としているために、扱う店が限られる。そして、生産される絶対量が少ない。

今日は、そんなネットに出て来ない品物とは、どんなモノなのか、うちで扱う品を例に取りながら、お話してみたい。ここには、リアル店舗として残っていくヒントも隠されているように思う。

 

そもそも、ネットで求めやすい品物というのは、消費者がある程度の情報を持っているモノ、つまりは「よく知られたモノ」になるだろう。例えば、竺仙の浴衣などは、有名デパートへ行けば現物を手に取ってみることが出来る。実際の品物を見ておいて、後はネットで価格比較をし、一番廉価な店で購入する。

質の確認をリアル店舗でした後、ネットで品物を探す、この「双方をうまく使いながら消費行動を起こす」というのが、一番手堅いモノの買い方になる。これは何も呉服に限ったことではなく、どんなモノも同じであろう。

 

また、ネット内に多くの情報が溢れている品物ならば、実店舗へ行かずとも、ある程度の質を知ることが出来る。消費者にとっては、情報を得やすい品物ほど、購入へのハードルが低くなる。

例えば、龍村や捨松などの帯は、ネットの中で簡単に探すことが出来る。両方の織屋とも、少し呉服に関心のある方ならば、品物がすでに認知されているため、扱いやすい。また、ネット販売専業に限らず、多くの呉服専門店が扱っているので、自分のHPなどでの紹介記事も多い。

ただ、難しいのは、龍村や捨松が織る帯のアイテムは、膨大なもので、ネット上に表れてくるのは、ほんの一部に限られるということ。ある程度、本数を作りやすいもの、龍村の光波帯や、捨松の機械機の名古屋帯など、価格が10万円を切るような品物が、それに当たる。けれども、龍村が手を尽くした100万円を越えるようなフォーマル用の袋帯や、捨松の手織りのすくい帯などは、扱う店が限られ、ネット内での情報はかなり少なくなる。

呉服の場合、高価で稀少なモノになればなるほど、ネットでの販売には向かなくなり、それとともに、品物に対する情報量が減っていく。もともとが、一部のコアなキモノ愛好者を除き、一般消費者には馴染みがなく、質の良し悪しが見分け難い。普通の方が、本当に上質な品物を求めようとする時、ネットの情報だけで判断することは、難しいかも知れない。

 

前置きが長くなったが、ネットであまり見かけなず、情報量の少ない品物とは、どのようなモノなのか。バイク呉服屋が扱う商品を例にとりながら、話を進めてみよう。

(紫紘・引箔手織袋帯  左から 花扇文・天正カルタ文・観世水に春秋花文)

グーグルを使い「紫紘・帯」と画像検索を入れてみると、バイク呉服屋がこのブログの中で載せた帯が、数多く見つかる。自分が載せた品物を自分で検索して見るというのも、おかしな話だが、それだけネット内には紫紘の帯が少ないということになろう。

また、業界最大手と呼ばれているネット専業の販売サイトで、紫紘の品物を検索してみると、扱っているのはわずかに一本の袋帯だけ。これは、この業者と紫紘の間に、取引がほぼ無いことを示している。

 

なぜ、紫紘の帯はネットで探し難いのか。その大きな原因は、取引の形態にある。ブログを読まれている消費者からは、全く見えないことなので、少し説明しよう。

紫紘は、モノの作り手であると同時に、問屋でもある。いわゆる「メーカー問屋」という形になる。取引先は、有力な一部の専門小売店と、三越・伊勢丹などの老舗デパートに限られている。そして、特徴的なのは、ほとんど問屋に品物を卸していないことだ。

 

例えば、菱一や千切屋治兵衛などの、染モノ・メーカー問屋で帯を扱おうとすれば、どうしてもよそから仕入れをしなくては、帯は置けない。この時には、帯メーカーから直接仕入れる場合と、買継ぎ問屋から仕入れる場合とがある。当然価格は、メーカー直よりも、間に挟まれた買継問屋からの方が高くなる。

大概の帯メーカーは、商品の販路を広げるために、直接問屋へ売ったり、卸業者である買継問屋へ売ったりもする。(このことを、「仲間卸」と言う)。龍村や捨松などは、小売店と直取引することは少なく、ほとんどが、問屋・買継問屋を相手に商いをしている。この結果、扱う店の数は増えて、品物の裾野は広がるが、自分の商品が、最終的にどこの小売屋で扱われているのか、その全体像はつかみ難くなる。

紫紘が、問屋に帯を卸さず、一定の小売屋としか取引をしていないということは、自分の品物がどこで売られているのか、ほとんど把握出来ることになる。ただこれだと、消費者に対して商品を紹介する場が限られ、売り先も広がらない。

ネットの中で、ほとんど紫紘の帯が扱われず、品物の情報が探し難いというのは、このような取引の形態があるからだ。

 

では、なぜ紫紘は、問屋にモノを卸さないのか。そのあたりの経営方針について直接聞いたことがないので、あくまで憶測だが、数多くの帯を売り、利益を上げることよりも、質にこだわったモノ作りをしているからではないだろか。

帯は、一度紋図(設計図)を作れば、何度でも製織することができるので、同じ柄を沢山売れば売るほど、利益は上がっていく。そして、量産された帯の価格は下がる。沢山売ろうとすれば、数多くの扱い先を確保しなければならないので、当然問屋へも品物を卸さなければならなくなる。そもそも量を重視するのであれば、紫紘のような取引形態では無理なのだ。

 

数を捌くことが目的ではないとすれば、重視されるのは、もちろん質になる。図案に凝り、一本一本の糸の作り方を精査し、熟練した職人の手で丁寧に織り上げる。一つの紋図を使って織りだす数は、せいぜい数本単位であろう。

先日、紫紘の京都本社で、これまで織り出してきた帯の織見本を見せて頂いたが、その数は数千柄に及ぶ。うちでは、半世紀近くこの織屋の帯を扱ってきたが、多くが今まで見たこともない柄であった。

このように手を尽くされた帯は、扱う側の店格も求められる。帯の価値をきちんと認め、消費者に伝えることが出来るような店でなければ、売ることは難しい。それが作り手である紫紘にわかっているからこそ、特定の小売店やデパートだけを取引相手に選んでいるのだろう。

 

稿が長くなってしまうので、ネットでの扱いが少ない他の取引先の品物は、画像で簡単にご紹介しておく。

(梅垣織物・振袖向き袋帯  七宝松文と松笹文)

ここの帯も、良質な品物として知られている。画像に載せた帯は、振袖向きの大胆な模様。この織屋の帯は、かっちりとした伝統文様を多く使っているので、古典を重んじる正統的な振袖には真向きな品。帯の雰囲気は、紫紘と共通するところがある。

うちの梅垣の帯は、西陣の買継問屋・やまくまを通して、入っている。つまり梅垣とは、紫紘のような直接取引ではないということ。ただ、買継問屋・やまくまの取引先は、ほとんど問屋ばかりで、小売屋は少ない。本来ならば、もう一軒間に問屋が入って、小売に流れるはずだ。流通の段階が一つ抜けるだけでも、価格は大きく異なる。

紫紘より梅垣の方が、ネット内で見つけやすいが、それでも数は知れている。ネット専業の販売サイトでも、少しは扱ってるが、限られた価格帯のものばかりである。やはり、この織屋の本格的な帯を扱っているのは、質を重視した一部の専門店であろう。

 

(菱一・手挿し小紋  左から 春秋吹き寄せ・よろけ縞・桐唐草)

(千切屋治兵衛・小紋  左から 飛び柄七宝・雪輪・大市松)

小紋こそ、型紙さえ作っておけば、いつでも品物を染め出すことが出来るので、「量」が確保しやすいアイテムである。けれども、菱一や千切屋治兵衛の小紋をネット販売するような業者は、ほとんど見当たらない。つまりは、この二つの染メーカーが、数を売ることに重きを置いていない証である。

そして、この両社の品物は、小紋に限らず、付下げや訪問着、黒・色留袖、振袖に至るまで、ネット内での情報そのものが少ない。双方共に、良質な江戸友禅・京友禅を作るメーカーだが、扱い店は極めて限られている。だから、同じ老舗染メーカーでも、デパートの定番として扱われている千總の品とは、比較にならない程、世間の認知度が低い。

菱一などは、デパートにさえ取引がなく、無論、問屋仲間にも品物は卸していない。千切屋治兵衛も、ほぼ同様である。販売先は、限られた専門店だけ。先の一番大きいネットの販売サイトで、両メーカーの品物を検索したところ、一点も出てこなかった。それほど、扱う店が徹底的に狭められているのだ。

 

この両メーカーは、先の紫紘と同じように、良品を少量生産し、質を理解してくれる小売店のみを取引相手と考えて、仕事を続けている。沢山売って、沢山儲けるという積極的な商いとは対極にあり、極めて「守り」を重視した考え方に見受けられる。

無論、作った品物が一点でも多く、捌けていくことを望んではいるだろうが、今まで守り続けてきたスタイルを変えてまで、商いをしていない。年々呉服の市場が狭まっていく中で、これも、生き残る方策の一つのように思える。

 

最後は駆け足になってしまったが、今日は、ネットでの扱いが少ない品物について、お話してきた。

いかにネットが商いの中心になっているとしても、呉服に関しては、まだまだリアル店舗でなければ、出会うことが難しい品物がある。ここにこそ、小売専門店の生き残る道が残されているように思う。

呉服を取り巻く複雑な流通については、また折に触れて、お話して行きたい。

 

「扱う店が限られる品物」は、他の店と差別化することにおいて、最大のアドバンテージになります。そして、この優位性を生かすためには、定期的な買取仕入れが欠かせません。

いつも店の棚の中に置いてなければ、とても「扱っている」と胸を張っては言えません。けれども、良品であればあるほど、仕入価格は高く、何をどのように買い入れるか、いつも思い悩みます。

特に、紫紘の上質な帯を仕入れる時などは、勇気がかなり必要です。何せ、帯一本買うだけで、自分の給料分など簡単に吹き飛んでしまいますので。

都知事選の候補者達は、「崖やスカーツリーから飛び降りるほどの勇気」が必要だったそうですが、バイク呉服屋は仕入れのたびに、「富士山から裸で駆け下りるほどの勇気」が必要なのです。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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